第84話 国の代表と覚悟
封印から解き放たれた竜が生息している霊峰の周辺国は大きな被害を得ていて、元凶である竜を討伐するため、その国々は大陸中の国に対して緊急援助を発した。
それによって各国の代表が集まって大陸会議が開かれることになったけれど、フェルナン様が仰るには、その会議にフェルナン様と私が参加することになったらしい。
私は重要な役目を任されたことに驚きと共に嬉しさも湧き上がってきたけど、それよりも困惑が勝ってしまった。だって私には、戦闘力なんて全くないのだ。討伐に対する助言をすることもできない。
ひたすら不思議に思っていると、フェルナン様が説明を続けてくださった。
「私は反対したのだが、最終的にはリリアーヌが適任ということになった。まず皇帝である父上はこの国から動くべきではないと候補から外れ、会議の内容が竜の討伐であることから、王族であり騎士団長でもある私が選ばれた」
ここまでは順当な決定だ。皇太子殿下であるエルキュール様は、武よりも文が得意な方だと聞いているから。
「そして有事の会議とはいえ、多くの国の代表が集まる公式の場ということで、パートナーを連れていく必要があるのだ。そこで婚約者であるリリアーヌの名前が上がった。しかしまだ婚約者であるし有事でもあることから、普通であれば別の者を連れて行くのだが……リリアーヌが改良版治癒薬の第一人者であることから、最終的には適任だろうと決定された。今回の竜討伐に、あの治癒薬をできる限り投入するそうだ」
その説明を聞き、私は深い納得と共に嬉しくなった。私のやってきたことが多くの方たちの役に立ち、その命を救うかもしれないというのは嬉しくて誇らしい。
「確かにあの治癒薬は、必ず竜王との戦いで役立ってくれると思います。治癒薬を改良した責任者として、役目を果たしたいです」
フェルナン様は私を危険に巻き込みたくないと考えてくださったのだろうけど、私は役に立てることが嬉しいのだ。
そんな気持ちを込めて考えを伝えると、フェルナン様は僅かに目を見開き、それから口元を緩めた。
「……安全な場所に閉じ込めることだけが愛ではないな」
小さく何かを呟かれたフェルナン様は、迷いがなくなったような表情で顔を上げる。
「分かった。ではリリアーヌ、改めて私と共に大陸会議へ参加してくれるだろうか」
「はい、もちろんです」
私は差し出されたフェルナン様の手を取り、必ず平和を取り戻そうと決意を固めた。
「ありがとう。ではさっそく準備を進めてくれるだろうか。大陸会議は霊峰に接している周辺国の一つ、リナーフ王国の王宮で行われることが決まっている」
リナーフ王国は、霊峰を基準とするとユルティス帝国側に位置している国だ。確か国の端で霊峰と接していて、そのちょうど真逆のような位置に王都が位置していたはず。
そこならば安全を確保しつつ、建設的な話し合いができるのだろう。
「あまり遠くない場所で良かったです。帝都からですと、馬車で数週間でしょうか」
「そうだな。急げばもう少し早く着くだろう。大陸会議は遅くとも三週間後には開始するそうなので、できる限り早く帝都を出発したいと思っている」
三週間後……たくさんの国が集まる会議としては異例の早さだけど、仕方がない。遅れるほどに、竜による被害が拡大するのだろうから。
「分かりました。荷物などはどうすれば良いでしょうか。治癒薬は一緒に持っていきますか?」
「そうだな……」
フェルナン様は真剣な表情で考え込まれ、すぐに顔を上げた。
「会議でその効果を説明するためにも持っていくべきだろう。しかしあまり重くなると馬車が遅くなるので、最低限にしよう。残りの治癒薬は荷馬車に乗せて追いかけさせれば良い」
荷馬車に後から追いかけさせるのね。それならば、私の荷物もすぐ必要なもの以外は後から送ってもらえば良いかしら。エメたちに荷物を選別してもらって……。
「あ、メイドや護衛は連れていけるのでしょうか」
ふと疑問に思って問いかけると、フェルナン様が頷かれたことに安堵する。
「もちろんだ。私たちの側近と、さらに護衛の騎士も同行する。ただ竜討伐に投入する戦力は会議の後に動かすので、帝都で準備をしつつ待機だ。騎士たちならば騎乗での移動となるので、霊峰までも比較的早く駆けつけられるだろう」
比較的早くとは言っても、数日で到着することはできないはずだ。これから三週間後に会議をして、それから方針が決定されて、竜討伐の作戦が立てられ、さらに騎士たちが移動して――。
その間にどれほどの人が犠牲になるのかしら。
心が痛む想像にギュッと唇を噛み締めていると、フェルナン様が私の手に手を重ねてくださった。
「リリアーヌ、全てを救うことはできない。それでも一人でも多くの命を救うために尽力しよう」
フェルナン様はいつもこのような覚悟を胸に、そしてこの痛みと共に、騎士団長として立たれているのね。
私もフェルナン様の隣に立つ存在として、そんなフェルナン様を支えられるよう強くありたい。そう決意が固まったら、もう後ろ向きな考えはなくなった。
「はい。精一杯頑張ります」
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