第79話 二人の世界
僅かに動いたリリアーヌの瞼に気づき、その様子をじっと見つめてしまっていると、リリアーヌがゆっくりと目を覚ました。
「リリアーヌ、大丈夫か?」
待ちきれずに思わず声をかけると、リリアーヌの視線が私に向く。
「……フェルナン、様……」
しかしまだぼんやりとしているようで、いつもより緩んだ表情だ。瞳はどこか潤んでいて、見つめられると落ち着かない気持ちになる。
急かしたい気持ちを抑え込んで、ぼんやりと私を見つめ続けるリリアーヌがしっかりと意識を取り戻すのを待っていると、しばらくして瞳の焦点がはっきりと合ってきた。
リリアーヌは安心したような柔らかい笑みを浮かべ、ゆっくりと私に手を伸ばす。
「ご無事で、良かったです……」
そう呟いたリリアーヌの手が私の頬に触れたところで、私は我慢できずに、リリアーヌの体を持ち上げて強く抱きしめてしまった。
リリアーヌが無事で、本当に良かった。生きて帰ることができて良かった。またこうして抱き合えて良かった。
そんな気持ちが絶え間なく浮かんできて、思わず瞳が潤んでしまう。
「フェルナン様、大丈夫ですか……?」
しかしリリアーヌの声に不安の色が載ったのに気づき、心配させてはいけないとすぐに笑みを浮かべた。少しだけ腕の力を抜いて近くで見つめ合いながら、リリアーヌの活躍を伝える。
「大丈夫だ。リリアーヌのおかげで誰も死ぬことなく、皆で帝都に戻ることができた。本当にありがとう」
その言葉にリリアーヌは、とても可愛らしい笑みを浮かべた。
「皆さんご無事で……本当に良かったです」
私はそんなリリアーヌを見ていたらなんだか我慢ができなくなり、リリアーヌに顔を近づけ――――たところで、ルイの咳払いで我に返った。
「ごほんっ。……フェルナン様、皆さんが見ています」
その声にこの場所がどこであるかを思い出し、同時にリリアーヌも周囲に意識が向いたようだ。たくさんの者たちが私たちに注目していて、それに気づいたリリアーヌは一気に顔を真っ赤に染めた。
「な、え……」
言葉にならない声を発して、リリアーヌは自分の顔を両手で隠す。
「恥ずかしいです……私は皆さんの前でなんてことを」
心から恥ずかしいと感じているのだろうリリアーヌには悪いが、私には照れているリリアーヌもとても可愛く、周りなど気にならなかった。
しかしさすがにここでこれ以上はできないため、私はリリアーヌの耳元に口を近づける。
「リリアーヌ、また後で」
その言葉を聞いたリリアーヌは顔を覆っていた手を耳に移動させ、赤い顔のまま瞳を見開いた。
「フェルナン様……!」
責める声音で私の名前を呼ぶリリアーヌは元気そうで、心から安心する。この様子ならば、少し休めば大丈夫だろう。
「ではリリアーヌ、私の首に腕を回していてくれ。馬車まで運ぼう」
「え、いや、自分で歩きます」
「ダメだ。先ほどまで気を失っていたのだからな。無理はせず休んでくれ」
そう伝えるとリリアーヌは自分でも自覚があるのか、恥ずかしそうにしながらも私に体を預けてくれた。そこで私は体に力を入れ、リリアーヌの膝裏と背中を支えて抱き上げる。
多くの者たちに視線を注がれながらすぐ近くの馬車まで移動すると、馬車の中にいたノエルに呆れた眼差しを向けられていたが、それは無視してアガットに声をかけた。
「アガット、頼むぞ」
「はい、お任せください」
リリアーヌが意識を取り戻したので、アガットに抱えてもらう予定からは少し変更して、アガットの隣の席にリリアーヌをそっと乗せる。
そして私は、馬車から一歩離れた。
「ではリリアーヌ、一足先に戻っていてくれ。私もここでやるべきことが終わり次第、すぐに戻る」
「かしこまりました。……フェルナン様、ご無理はなさらずにお戻りください。屋敷で待っております」
「ありがとう」
眉を下げたリリアーヌの表情に早く戻ることを決意し、私は馬車を送り出した。
リリアーヌたちが乗った馬車が雑踏に消えて見えなくなったところで、慌ただしく働く騎士や兵士に視線を向ける。
「レオ、あと少し付き合ってくれ。犠牲なしに帝都を救うぞ」
「はっ、最後までお供いたします!」
まずは現状を正確に把握するため、まだ少し開いている外門に向けて足を進めた。
〜あとがき〜
本日発売された月刊プリンセス10月号に、
「婚約破棄された可憐令嬢は、帝国の公爵騎士様に溺愛される」
7話が掲載されております。
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