第3章 研究と交流編

第46話 これからの話

 帝都に帰還してから数日後。私はフェルナン様と共に皇宮に向かい、応接室に入っていた。中には皇帝陛下であるレオポルド様とノエルさん、リュシーさんがいる。


「リリアーヌ、体調に問題はないか?」


 レオポルド様から問いかけられ、丁寧に頷いて答えた。


「はい。全く問題なく過ごしております」

「それは良かった。では今日は、これからのことについて話し合いをしたいと思っている」


 その言葉に緊張しながら頷くと、レオポルド様は柔らかい表情を浮かべてから、口を開いてくださった。


「一番の議題は、今回の事件における公式発表をどうするかだ。リリアーヌの不在は大々的に周知し、各貴族にも捜索を頼んでいたため、結果を発表しなければならない」

「そうなのですね……事実をそのままというのは、やはり避けるべきでしょうか」


 レオポルド様が空間属性に対してどう考えているのかを知りたくてそう聞くと、ほぼ迷うことなく頷かれた。


 やはり私が知ったこの世界を揺るがしかねない事実は、秘匿事項とするのね。


「空間属性と転移魔法に関しては、慎重に扱いたいと思っている」

「私も賛成です。それらの情報が出回ってしまったら、大混乱となるでしょう。深淵の森が荒らされる事態は……避けていただけると嬉しいです」


 あの森で静かに暮らしている聖樹様やラウフレイ様の姿が思い浮かび、心からそう思った。


「分かった。ではそれらのことを隠すとなると……リリアーヌは帝都近くの森の中に飛ばされたとするのが一番だな。フェルナン、そこを騎士団が見つけ出したことにできるか?」

「そうですね……夜中に一人で捜索をしていた私が見つけたとした方が、矛盾が生じないかと思います」

「分かった。ではそれでいこう」


 そうして発表の方向性が決まったところで、レオポルド様がノエルさんとリュシーさんを示しながら言葉を続けた。


「なぜ二人をこの場に呼んでいるのかだが、空間属性と転移魔法に関して、密かに検証を行なってほしいと考えている。公にすることは当分ないと思うが、どのような能力であるかを把握しておきたいのだ」


 そこまで告げたレオポルド様は私にしっかりと視線を向け、真剣な表情で問いかけてくださった。


「検証に協力してもらえるだろうか」


 レオポルド様ならば命令すれば済むのに、こうして確認してくださるところがお優しいわ。


「もちろんです」


 笑顔で答えると、レオポルド様も頬を緩めてくださった。そして隣にいてくれているフェルナン様が、私の手を取り心配そうに顔を覗き込んでくださる。


「無理はしないようにな。未知の能力だ。使うことで悪影響がないとも限らない。それから暴発などをして私の前からいなくなるのだけは、絶対に避けて欲しい。また……」

「ふふっ」


 まだ言葉を続けそうなフェルナン様に、思わず笑いを溢してしまった。


「フェルナン様、そこまで心配せずとも大丈夫です」

「……そうだな、しかし十分に気をつけてくれ」

「はい、ありがとうございます。もし何かあれば、すぐフェルナン様にお話ししますね」

「ああ、何でも話してくれて良いからな」


 私たちがそんなやり取りをしていると、ノエルさんが私たちの近くに来てじっと顔を見つめてきた。


 何か変なことをしているかしら……


「何だかお二人、前より親密になりましたね!」


 ノエルさんの無邪気なその言葉に、私の顔は一瞬にして赤くなる。


 数日前の夜にフェルナン様とお話をしてから、確かに前よりも距離が縮まったとは思っていたけど……まさか周囲から見ても分かるほどだったなんて。


「師長! そういう余計なことは言わないんです!」


 リュシーさんが慌ててノエルさんを叱ってくれているけれど、もう私はバッチリと聞いてしまった。


「ノーエールー! リリアーヌが恥ずかしがってしまうだろう!」


 フェルナン様もノエルさんの頭を掴み、瞳を鋭くしている。でもフェルナン様、そう言われると余計に恥ずかしいです……


「あ、あの、大丈夫です。仲良く見られるのは……良いことですよね」


 いつまでも恥ずかしがってたらダメだと思いそう伝えると、フェルナン様は柔らかく微笑んで私の手を取ってくださった。


「ああ、私たちの仲の良さを見せつけなければ、リリアーヌを狙う輩がまた出ないとも限らんからな」

「はっはっはっ」


 レオポルド様が突然声を上げて笑ったことで、私たちの話は中断して全員がレオポルド様に視線を向けた。


 心から笑っているような、とても楽しそうに見えるレオポルド様の表情は初めて見るものだ。


「フェルナン、お前がリリアーヌのことを好いているのは見ればすぐに分かるので、見せつける必要はない」

「いえ、父上。やはりリリアーヌの安全のためにも、やり過ぎぐらいがちょうど良いかと」

「それでリリアーヌに嫌がられても知らないぞ?」


 レオポルド様の揶揄うようなその言葉に、フェルナン様は表情を一気に真剣なものに変えた。


「確かに、それはいけません」


 そう呟いたフェルナン様は、これから私との関係をどう周囲に見せていくか、真剣に悩まれているようだ。


「あの、フェルナン様? そんな真剣に悩まれることではないと思うのですが……」

「いや、これは大切なことだ」


 私はフェルナン様との関係性を見せつけるのが嫌なわけではなくて、ただ恥ずかしいだけなんです。


 そう声を掛けようかと思ったけれど、楽しげな表情でフェルナン様を見守るレオポルド様が目に入り、口を閉じることにした。


 皇族なのにとても家族仲が良くて、本当に微笑ましいわ。


 私もそんな素敵な家族の一員に入れてもらえていることが嬉しく、自然と頬が緩んだ。

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