第35話 暗い森の中と出会い
身体中が痛くて重くて、しかし寒さからなんとか瞼を持ち上げると……なぜかそこは真っ暗な森の中だった。
「えっと、ここはどこ、かしら。私はどうしてこんなところに」
そう呟いてから、ふと意識を失う前の記憶を思い出す。そういえば誰かに後ろから顔を覆われて、その直後に意識が遠のいて……
もしかして、私に恨みを持つ人に攫われた?
いえ、一人で暗い森の中にいるということは、攫われたというよりも邪魔だと捨てられたのかしら……
そこまで考えたところで、私はなぜか妙に納得してしまった。
帝国に来てからは基本的に、優しい人たちばかりと接していたけれど、王族で公爵様でさらには騎士団長でもあるフェルナン様に突然他国から嫁いできた存在なんて、強く疎ましく思う方がいても不思議ではない。
いえ、そういう方がいない方が不自然よね。先日のお茶会でもベルティーユ様からの悪意を感じだけれど、あのような方はたくさんいるのだろう。
今まではフェルナン様や皇族の方々が、必死に抑えてくれていたのかしら……
「今度は私が、頑張らなくては」
そう呟くとなんだか力が湧いてきて、辛い体に力を入れてその場に立ち上がった。助けられてばかりではなく、私も自分の力で前に進みたい。
まずは現状を把握して、これからどうすれば良いのかを考えなくては。
「蝶々たち、森を照らしてね」
まずは周囲の様子をしっかり確認しようと、心細さを誤魔化すように声に出して呟きながら光魔法を行使した。すると輝く蝶々がふわりとたくさん飛び立って、暗い森が明るく照らされる。
「ここはどこなのかしら……」
森の様子に特異な様子は見られないけれど、私は植物などにそこまで詳しくないので、景色を見てもこの場所がどこなのかは分からない。
ただあまり喉が渇いていないことを考えると、皇宮からそこまで遠い場所には運ばれていないはず。そうなると、皇都の周辺にある森の中かしら。
しかしこの推測が当たっていたとしても、どちらに歩けば皇都があるのかは分からない。街の光でも見えれば良いけれど、それも視界には映らない。
「どうすれば……」
辺りを改めて見回してみても、馬の足跡もなければ馬車の車輪の跡もないようだ。獣道のようなものも……全く見当たらない。
私はどうやって、この場所に運ばれたのかしら。こんなにも痕跡がないなんて凄く不思議だわ。まるで私だけがこの場に突然現れたような、そんなふうに――
「……っ」
突然後ろの茂みが揺れる音が耳に届き、何かの気配を感じた。何がいるのかしら……ここが森の中だということを考えると、やはり魔物よね。
どうすれば、どう動けば逃げられるの? 私に魔物を倒せるような攻撃手段はない。逃げ切れるような身体能力もない。
でも、ここで諦めたくはない。生きてフェルナン様の下に戻りたい。
拳をキツく握りしめてガバッと後ろを振り返ると、そこにいたのは……青白い光を纏った大きな獣だった。
四足歩行で虎のような獣の形を見て魔物かと思ったけれど、なぜか怖い気配を感じない。私のことをじっと凝視している瞳には、理性的な色が浮かんでいるように見える。
「……あな、たは?」
言葉が通じるはずはないけれど、なんとなく声を掛けたくなって掠れた声で話し掛けた。すると目の前の獣が一歩前に出るのと同時に、落ち着くような低い声が響く。
どこか神聖的な、清らかな声音だ。
『我は聖獣である』
この声は……目の前の獣から発されたもの、よね? 聖獣とは、どのような存在なのだろうか。
『この世を見守る存在だ。とはいえ我は、主にこの大陸だが』
「え……もしかして、心を読めるのですか?」
『うむ、聖獣だからな』
「……なぜここに」
目の前で起きているのは夢なのではないか、そんなことを考えながら問いかけると、聖獣は僅かに微笑みを浮かべたような気がした。
『お主の魔法に釣られてきたのだ。近くで寝ていたら、とても清らかで美しい魔法の気配を感じたのでな。来てみたらやはりとても美しい』
そう言って聖獣は、私が作り出した光の蝶々を見上げた。
「ありがとう、ございます」
『そうだ。お主はなぜこのような場所にいるのだ? ここは人間が来れるような場所ではないのだが』
「……そんなに森の奥なのでしょうか。実は皇宮で誰かに襲われて、意識を失っている間にこの場所へ運ばれたようなのですが」
『ふむ、人間はいつの世も争っているのだな。ここは人間が深淵の森と呼ぶ場所だ。近くに街もないため、お主は何かしらの方法で飛ばされたのではないか? 確か人間は魔法陣というものを描いて、さまざまな現象を作り出していただろう?』
私は深淵の森という言葉を聞いて、呆然としてしばらく言葉を発せなかった。なぜなら深淵の森という場所は、帝国の辺境に広がる大規模な森のことなのだ。少し前にメイドのクラリスに教えてもらった。
確か皇都からは馬車で数週間は走らなければ着けないところにあり、また森の中には強大な魔物がたくさんいるから、誰も近づかないと聞いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます