SS  名物、油そば


「よう、サトウさん。相変わらず大繁盛だな」


 王都から帰ってきて一か月を過ぎた頃、店じまいを終えた『洞窟亭』にメスカルがやってきた。


「メスカルさん久しぶり。ビールでいいかな」

「あ、いやお構いなく」


 メスカルはカウンターに座ったものの、プレミアムなビールのジョッキに手を伸ばさないでいる。


「薄皮付きピーナッツを塩で乾煎りしたんだ。いいつまみになるよ」

「…………」

「何かあったんですか?」

「い、いやな……このダンジョンも15階層までは踏破が終わったんだよ。いま下の階に職人たちを入れて、中を整えているんだ」

「それはおめでとうございます」


 俺は、口ではお祝いの言葉を述べがらも、嫌な予感を感じていた。これはいつもの頼まれごとのパターンである。


「しかし、職人たちが仕事を嫌がりやがる。下の階層に行くと『洞窟亭』に行けない上、ウチから支給している携行食が不満なんだとさ」

「はあ……」


 ギルドの携行食は、黒パンに干からびたチーズと水で溶かした粉ミルクである。

特に黒パンは、あまりにも固く俺からすればこれをパンと呼んでいいのか、首をかしげるような代物。チーズはプラスチックみたいだし、ミルクもクセが強く、独特のにおいがする。


「サトウさんの店が無いときは、みんなこんなメシでも文句を言わなかったんだ。しかもここだけの話、ギルドの携行食は、サトウさんの店で食べるより割高なんだよな」


「それは何とも……」

「だから俺は、文句をいう職人たちを集めて言ってやったんだよ」

「まさか……」

「お前ら、何文句言ってんだ! 美味い携行食なんてサトウさんにかかれば、一発なんだからな! ……って」

「は?」


「いや、だからサトウさんが美味い飯をつくってくれるから、どうか文句を言わず働いてくれって」

「え?」


 おい、何、頭搔きながらテヘペロしてんだ‼


「……というわけで、サトウさん。どうか新しい携行食をつくってくれないだろうか。シャーマン様なら一週間でできるって大見えきっちゃったんだよ」

「何だって~?!」

「すまない、この通りだ‼」


 涙を流して土下座した後、五体投地するメスカル。そういうことは、事前に言って欲しいぞ。ギルマスのくせになんて奴だ。しかも工事中は火器厳禁らしく、あくまで『洞窟亭』で作った料理を容器に入れて、現場まで持っていくという。


「お兄ちゃんもいつもメスカルさんにお世話になっているんだし、ここは男らしく引き受けたらどう?」

「お、お前、他人事みたいに言いやがって」


「そんなのシャーマン様にかかれば簡単ですよ。ね、サトウ様」

「い、いや~。まあ、そうかも。クリスが言うなら頑張っちゃおうかな~」

「なんか、私のときとは態度が違うんですけど!」


「確かにクリスちゃんの言う通り、サトウさんにとっちゃ朝飯前か」

「当たり前です。何しろ伝説のシャーマン様に、不可能なことなんてありません!」


 おいおい、クリス。なんでお前が“フンス”と、ドヤ顔しているんだ?!

 キュイもクリスと同じ意見なのか、嬉しそうに跳ね回っているし。


「ま、まあ。ウチのお得意様に言っちゃったことですし、仕方ないかな~」

「サトウさん恩に着る。それにしてもこの豆の塩炒めとエールの組み合わせは止まらんな」


 いつの間にか、メスカルはジョッキをあおっている。さっきまで床に手をついて俺に謝ってたくせに変わり身の早い奴め。


「……んぐんぐんぐ……ぷはあ。クリスちゃんビールおかわり。沙樹ちゃんつまみもお願い」


 さっきまでのしおらしい態度とは打って変わり、上機嫌で飲み食いするメスカル。

くうう……。なんて奴だ。


「シャーマン様の携行食ってどんな美味しいものになるか楽しみです~♪」

「任せてくれ!」


 クリスの可愛さに思わずサムズアップしてしまった俺は、毎日試作品をつくるはめになってしまったのだった。





「これでどうだろう」

「え~っやっぱ麺がのびてるよ~」

「こちらは少し硬いような……でも携行食よりずっと食べられます」


 あれから俺は毎日閉店後に試作品の開発を続けた。

 まずは、伸びないように硬めの袋ラーメンを試すことにした。

 麺の茹で時間を変えて試作品をたくさん作ってみたが、どうも上手くいかない。


「あっ、スープをこぼしちゃって、すいません」

「あっ、クリスちょっと待って」


 俺は、慌ててスープを拭こうとするクリスの手を止めた。

 汁なしのラーメン、福岡の屋台で売られているような、焼きラーメンならどうだろう。さっそく試作にとりかかったのだが、これまた苦戦続きだった。


「これはこれで食べやすいです~」

「もう、クリスちゃん優しいんだから。お兄ちゃん、これ、ダマになってるよ」


 ならば、焼きそばを作ってみたが、これまた時間がたつと麺同士がくっつくし、冷めると味もいまいちになる。しかも焼きそばは入れる具材が多く、大量生産が難しい。


「この焼きそばは、冷めてもギルドの携行食より何倍も美味しいです」

「お兄ちゃん、もう少し油を増やしてみたら」

「なら、いっそのこと、袋ラーメンで油そばをつくってみるか」


 俺は鍋に袋ラーメンを三玉入れると、大きなどんぶりに、付属のラーメンスープを一袋入れ、サラダ油とごま油を加えてよくかき混ぜる。そこにゆであがった麺を投入してかき混ぜ、最後に刻みネギを乗せてみた。


「お兄ちゃん、これ美味しいよ!」

「お箸が止まりません~」

「キュイキュイ」


 何といつもは、袋ラーメン自体より袋の方を欲しがるキュイもこの油そばを気に入ってくれたようだ。

 俺も味見してみたのだが、袋ラーメンより美味しいかもしれない。

 直接油でコーティングされているせいか、箸でつまむと麺がばらけ、ゴマ油の香りが広がる。

 具材は刻みネギだけだが、具を多くしてもかえって邪魔な気がした。


 そして、何度も試作品を作るうち、この油そばは、麺がのびにくく、くっつきにくい。しかも冷めても中々美味しいことがわかった。翌日、『洞窟亭』に催促にきたメスカルが大喜びしたのは言うまでもない。

 




 『あおの洞窟』13階層では、職人たちが通路に手すりや階段を設置していた。ギルドは、一日でも早く下層に観光客が入れるよう工事を急いでいた。


「ふう~ようやく休憩か。メシでも取りに行くか」

「俺、あんまり食欲無いんだよなあ」

「そういや今日から携行食が新しくなるんだってよ。しかも『洞窟亭』が作ってくれるそうだ」

「そういや、ギルマスがそんなこと言ってたな。あの、クソまずい飯とおさらばできるかと思うと嬉しいんだが、あんまり期待しない方がいいぜ。いくらシャーマン様でも、店とは勝手が違うだろうし」


「あんまりマズけりゃここでの仕事はごめんだぜ」

「俺も作業場を替えてくれるように言ってんだよな」


 そうこうするうち、ここで作業する職人たち全員に、新しい携行食が手渡された。何でもこの新しい携行食は下層で働く職人限定で支給されるという。


「ほう、この容器に入ったのが一人前か。どれどれ……。なんか地味っていうか、あんまり美味そうじゃないな……うん?」

「そりゃ、しかたないって……え?」


「美味い、美味いぞ‼」

「なんだこれ?! 作り置きなのにこんなに美味いの反則だろ」

「毎日これが食えるんなら、ここの持ち場ずっと続けてもいいや」

「俺もだ。それより、冷めてもこれだけ美味いなら、出来立てはもっと美味いだろうな」

「よし、今度の休みに店に行ってメニューに入れろって頼んでみねえか?」


 結局、油そばは『洞窟亭』でメニューに入ることはなかったのだが、ダンジョン下層でしか食べられない名物として、噂は瞬く間に広まった。その結果、下層で働きたい職人が殺到したため、工事は計画の約半分の工期で終えることができたのだった。



「サトウさん、こいつを見てくれ」


 一か月後、十一~十五階層の一般公開に先駆けての式典に呼ばれた俺は、下層へ続く階段脇へと案内された。

 

 何かオブジェでも展示しているだろうか、白い布がかけてある。


「ここで働いていた職人たちが、感謝の意を込めて自分たちで造ったものなんだ」


 メスカルはそう言うと、はらりと布をめくったのだが……。


「きゃ~っ、かっこいいです~♪」

「何か美化されんじゃないの?」

「キュイキュイ~♪」

「恥ずかしいから、すぐに撤去してくれ~‼」

「え? サトウさんさん、何でだよ。いいと思うんだけどなあ」


 そこには、油そばをすするシャーマンの像が設置されていたのだった。

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