SS 流しそうめんは黒帯です


「そういや、そろそろ夏ね~」


「え、もうそんなになるのか……」


 沙樹の何気ない言葉に、俺は、思いがけずつぶやいた。俺がこの世界に来てから、いつの間にか2か月が過ぎようとしていたことに改めて気付かされたのだ。


「何よバカにい、どこ見てんの!」


 リビングの踏み台の上にはカレンダーをめくりながら、お尻を隠しつつ俺をにらむ沙樹。


「誰がお前の縞パンなんて見るか!」


「何見てるのよ、変態! しかもその発言自体がセクハラなんだからね!」


 そもそもしょっちゅうパンちら現象が起こるのは、沙樹がメイド服のスカートをウエストで何度も折り返しているせいなだけだと思うのだが……。

 白とグリーンの縞パンをはいた沙樹には、俺の理屈は通用しないらしい。

 それに加えて、俺も実兄として、沙樹のメイド服にいつかビシッと指導したいと思っているのだが……。


 ……すいません。言えてなくてごめんなさい。


 そしてメスカルが『あおの洞窟』スタンプラリーの景品としてつくったカレンダーには、マスコットキャラのスライムの親子が涼しげに水浴びをしているイラストが添えられている。ちなみに、モデルはウチのキュイとキュー。


「そういや、こっちにも夏の風物詩とかあるのかな?」


「フウブツシですか?」


 リビングの騒ぎにクリスがやってきて小首をかしげた。沙樹みたいに超ミニでもないメイド服が、ちょうどのバランスでよく似合っている。


「あ、いや。こっちの世界でも夏ならではの楽しみとかあるのかな?」


「う~ん。川で水浴びをするくらいでしょうか」


「水浴び? 泳いだりとかしないのか?」


「そんな、とんでもないです~」


 アースガリアでは、川や海で泳ぐのは漁師くらいで、ほとんどの人は泳げない。こちらの人たちは、夏は単に暑いので清流につかるくらいだという。当然水着などという文化はなく、男女問わず全裸で沐浴するような感じらしい。



(じゃあ、夏になればクリスも…………)



「ちょっと、お兄ちゃん!」


「え?」


「さっき、クリスちゃんの体見ながら、変なこと考えてたでしょ!」


「お前、何言ってんだよ!」


「シャーマン様がそんなことって……」


 慌てて我に返ると、目の前には真っ赤な顔で、慌てて両腕を伸ばして胸元と脚元を隠すクリスの姿。


 俺ってここまで恥ずかしがられるような視線を向けていたのか。

 逆にショックなのですが……。


「ほんとやらしい! 男のチラ見は女のガン見だっていつも言ってるでしょ! クリスちゃん、私の部屋に行こう」


 沙樹はそう言うと、クリスの手を引いて自分の部屋に入ってしまった。

 ちなみに沙樹の部屋は自分の洋室に元俺の和室を合わせた二十畳以上ある広々としたスペースである。


 諸々釈然としない俺だが、沙樹はともかく、クリスには恥ずかしがらせてしまって申し訳ない。

 お詫びにクリスが喜ぶようなことをしてあげたいのだが……。


 そういえば、ずっと俺も食べたいと思っていたものがある。この季節にぴったりのアレだ。せっかくだから、メスカルたちも呼んで、ワイワイ楽しく食べるのもいいかも。





「よう、サトウさん。注文の品はこれで全部だが、こんなの何に使うんだ?」


 メスカルは積み荷の青竹をセーフティースペースの隅に運び終わると、俺にいぶかしげな視線を向けた。確かにこんなことをするのは、日本人くらいかも。


「まあまあ。それより来週臨時休業にして、ささやかなイベントをしようと思っています。メスカルさんたちもいかがですか?」


「そりゃ楽しみだ! ロゼとガイルを連れて、三人で来るよ!」





一週間後、『洞窟亭』を臨時休業した俺は、メスカルたち三人を呼んで食事会を開いた。


「サトウさん、こりゃ、一体どういう趣向なんだ?」


 メスカルをはじめ、ロゼやガイルも、頭に?マークを浮かべている様子。

 キッチンから美人の湯まで、セーフティースペースを縦断するように、半分に割られた青竹をつなげた店内は壮観である。


 正直、俺と沙樹以外、訳がわからないのも当然だろう。俺は、思わずどや顔でにやけそうになるのをこらえるのに必死である。


「お兄ちゃん、もったいぶらずに早くはじめようよ」


「なんだか、ワクワクしちゃいます」


「キュイキュイ~♪」


 メイド服姿の沙樹とジャージ姿のクリスが、お椀とお箸を全員に手渡したのを確認すると、俺はキッチンの蛇口を開いた。


「おっと、ラッキー! お兄ちゃんどんどん流して~」


「きゃーっ! 取り損ねちゃいました~。」


「キュイキュイ~♪」


「キュ~♪」


 俺が、そうめんを流す度、セーフティースペースから歓声が上がる。沙樹はともかくクリスやキュイたちが喜んでくれて何よりである。


「うわ~っ、と、取ったぞ~!」 


「ちょっとメスカルったら! ギルマスになったからって、取りすぎなんですけど!」


「うるせー、弱肉強食とはこのことだ!」


「……うまい」


 メスカルたちも楽しんでくれているようだ。普段口数の少ないガイルが慣れないわさびに涙を浮かべつつも、美味しそうにそうめんを掻っ込んでくれている。


 ちなみに、今流しているのは播州素麺『揖保乃糸』の黒帯(特級品)。さわやかなのど越しがたまらない逸品である。


『揖保乃糸』の特級品は、上級品よりも麺が細くて舌触りがつるるん。 めんつゆもよく絡んで、流しそうめんによく合うのだ。


 生産組合の皆さま、いつもありがとうございます!



「サトウ様、あ~ん」


「あっ! 高潔なシャーマン様に対して何をなさるのです! 必要以上に近付く行為はお控えください!」


「何よ! サトウ様と何も進展してない人に言われたくないわ」


「な、な、なんですって~!」


「「ちょ~っと待った~‼」」


 今回も俺とメスカルがロゼとクリスの間に割って入って事なきを得た。


 この二人は打ち解けてきたようで、たまに二人で話している姿を見るのだが、俺の話でもしていたのだろうか?


「いやあ、サトウさんうまかったぜ」


「お兄ちゃんやるじゃん」


 結局この日、俺たちは桐箱に入った最高級素麺を食べつくし、異世界の初夏を存分に満喫したのだった。



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SSまでお読みいただき、ありがとうございました。

今後もカクヨムに続々と作品を出す予定です。作品&作者フォロー、レビュー、感想、❤、☆☆☆、よろしくお願いいたします。

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