第2章 第25話 シャーマン伝説

 王都での盛大な結婚式を終えた後も、俺たちの毎日は基本的に変わらない。『洞窟亭』で営業を続ける日々。


【収納ボックス】は、レベルが100を超えた後、いつの間にか【レベル】が1に戻っていたのだ。


「次こそ約束通り、私もサトウ様たちの世界へ連れて行ってくださいね。久しぶりに、沙樹様にもお会いしたいです~」


 相変らずの体操服姿で微笑むクリス。新調した体操服に『2-B 佐藤』なんて縫い付けなくてもいいと思うのだが。


「だって、私はサトウ様のものですもの。胸に大きくサトウ様の名前が書かれてあることが嬉しいんです」


 実はクリスが例の布を付けているのが、王都で話題になっている。


 最近では高級衣料店では最新のデザインとして「2-B 佐藤」のロゴがデザインされた服や小物が売れているらしい。

 てっきりクリスもデザインとして気に入っているだけかと思っていたが、どうやら少し違うようだ。


 そしてクリスは、なぜか最近はユニフォームの着用を控えている。今日もあずき色に二本のラインが入った、ジャージの長ズボン。


 別に俺の前くらいなら好きな格好で構わないのに。いや、別に俺が見たいとかいうんじゃなく……。


 ……ごめんなさい。やっぱり見たいので長ズボン姿は、少し残念に思います。


「それから、サトウ様も私たちのものですよ」


「“私たち”って……え、もしや……クリス?!」


「サトウ様……はうう……」


 俺は恥ずかしそうに自分のお腹をさすっるクリスを優しく抱き寄せたのだった。




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 その昔、王都にほど近い洞窟の奥に、シャーマンを名乗る一人の男が現れた。


 彼は漆黒の瞳と髪、そして黒の衣装を纏っていたという。


 その頃、王国では一部の権力を持った大貴族とその手下の軍部が専横を極めていた。彼らは、罪の無い人々を虐げ、しかも自らは何ら罰せられることもなく横暴の限りを尽くしていた。


 その行いに国王も頭を痛めていたのだが、一歩間違えば内乱の危機も孕んでいたため、誰も手が出せないでいた。


 そこで、シャーマンは街に出向いて困っている人々を助け、横暴な貴族や軍部を排除した。しかも武器を手にすること無く、一滴の血も流さずに王国を本来あるべき姿に導いたとされる。


 後に国王から禅譲を持ち掛けられたが、それを丁重に断った後、自らを国の守護として陰で支え続けたという。


 そして異世界から未知の文物を召喚し、王国を中心に大陸中を富ませた。各国の王たちはシャーマンに臣従を誓い、互いに争いをやめ、大陸は平和的に発展を遂げた。


 やがて彼はアースガリアで聖なる力を持ったひとりの美しい女性と恋に落ちた。


 シャーマンは高潔な魂を持つ男性にしかなれない。


 言い伝えでは、特定の女性に心を惹かれて結婚しようものなら、その強大な力は次第に失われ、最後にはごく普通の一般男性に戻ってしまうと言われている。


 しかし、シャーマンはそのようなことも全てご承知の上で、ひとりの女性と結ばれる選択をした。


 結果、シャーマンは、強大な力を失うことになったのだが、それと引き換えに永遠の愛を手に入れた。


 そして二人は永遠に結ばれたのだった。




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「ねえ、ママ。この本に書いてあることって、本当なの?」


「ええ。そうよ。ママはとてもよく知ってるわ」


「じゃあ、アヤも大きくなったらシャーマン様のお嫁さんになる。そしたらママたちみたいに一生幸せになれるんでしょ?」


「ふふふ……あなたは本当にママにそっくりね。ママも子供の頃、絶対にシャーマン様と結婚するって決めたのよ」


 クリスはそう言うと、娘のつややかな髪を優しくなでた。



「ねえ、ママはどうしてシャーマン様と結婚したいと思ったの」


「それはね……」



 クリスはそう言うと言葉を区切った。



「……アヤのばあばとじいじがとっても幸せそうだったからよ」


「ふううん」


「そんなママの願いを聖女様が叶えてくれたの」


「……せいじょ? じゃあ、アヤの願いも聖女様が叶えてくれるかな」


「アヤの願いなら聖女様も、きっと叶えてくれると思うわ」


「やったあ!」 


「パパ~っ! アヤねー、将来シャーマン様と結婚するの~。聖女様が叶えてくれるんだ」


「おお、そうか、よかったな。アヤならきっと結婚できるよ」


 俺は駆け寄って来た愛娘を抱きとめるとそのまま膝に乗せた。


 アヤの外見は、どちらかというと俺よりクリスに似ている。いや、子どもながらすでにシャーマンと結婚したいなんて言っている時点で、内面もクリスに似ているのかも知れない。

 父親としては少し悔しい所だが、アヤとクリスの可愛さに免じて許そう。


「そういや、俺だけじゃなくて、義父とうさんも、シャーマンって呼ばれていたよな」


「はい」


 俺は、婚約前、はじめてクリスの両親に会った日のことを思い出したのだった。

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