第2章 第17話 誘拐、危機一髪?!

「わあ、クリスちゃんこれ美味しいね!」


「王都の名物なんですよ。キュイもお食べ」


「キュイ、キュイ~♪」


「あ、沙樹様……」


 美味しそうに串焼きにかぶりつく沙樹の口元にソースが付いているのを見て、笑いながらハンカチでそっとぬぐうクリス。


「クリスちゃんってホントいい子だよね~。可愛いし、優しいし、気が利くし」


「そ、そんなことありませんよ」


「その控え目な所まで満点。ウチのお兄ちゃんにはもったいないな」


「そんなことないです。サトウ様は、伝説のシャーマン様なんですから。私なんて……」


「う~ん……お兄ちゃんは、しがないサラリーマンなんだけど……大丈夫、クリスちゃん自信持って!」



「でも……サトウ様も沙樹様も、いつか元の世界に帰られるんじゃあ……」


「私もいきなりこっちの世界に来ちゃったからね。正直、最初は一日でも早く帰りたいと思ったよ。だけどこうしてクリスちゃんとお話ししたり、キュイと遊んだりするうちに、何だかこっちの生活も悪くないなあって思えてきちゃった」


「本当ですか?」


「うん! とにかく『洞窟亭』でラーメン売って、魔石買って、レベルを上げて、【無限廻廊】だったっけ。それでいつでも帰れるようにはしたいんだ。でもずっと帰りっぱなしは嫌かな」


「沙樹様……グスッ……」


「もう、泣かないの! せっかくの可愛い顔が台無しだよ。そうそう、クリスちゃんが注文したユニフォームって、いつできるの?」


「あさってには出来るそうです」


「ならさ、出来たら、いきなりはいてお兄ちゃんに見せちゃえば?」


「は、はい……正直、なんて思われるか自信ないんですけど……頑張りますっ!」


「よし、その意気!」


「キュイキュイ~♪」



 ――――――



「あいつらで、間違いないか」


「間違いありませんや」


「……行くぞ」


「兄貴、待ってくださいよ~」


 手を繋いで楽しそうに市場を歩く二人の後ろに、怪しい影が忍び寄っていたのだった。



 ◆



「ところでサトウさん。先ほどメスカルから連絡があったんだが、『あおの洞窟』十階層の工事が終了したらしい。いつでも『洞窟亭』に帰れるぜ……って、サトウさん……いや、様か? こんな口の利き方でいいのかな?」


「そんな。ハーネスさんはギルド長なんですから、遠慮なんてしないでくださいよ」


「いや、でも侯爵様やガスパウロ様のご友人に対して……」


「大丈夫ですよ。ハーネスさんはハーネスさんらしく、いつも通りで構いませんから。それより、クリスと沙樹はそろそろ帰って来る頃だと思うんだけど」


「そういや少し遅いな。市場ならウチの若い冒険者に迎えに行かせるが」



「サトウさん大変です! 今しがたギルド本部にこのような文が!」


「何だロゼ。騒々しい」


「ギルド長、そんな悠長にしてる場合じゃないですよ! とにかく、これを見てください!」


 慌てふためいて、執務室に飛び込んできたロゼ。

 彼女の持ってきた手紙に目を通すや、ハーネスの顔からサーっと血の気がひいていった。


「サトウさん、落ち着いて聞いてくれ。クリスと沙樹さんが何者かにさらわれたらしい!」



 ============================



 シャーマンへ


 二人とスライム一匹を預かった。返して欲しくば今夜0時、ひとりで街はずれの共同墓地に来い。最奥の一本杉にて待つ。

 仲間や配下の者と一緒の場合は、人質の命は無いものと思え。



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「一体、誰がこんなことを」


「正直、俺も分からねえが、こりゃ王都でもとびきりのバカの仕業に違いねえ。ひょっとして、サトウさんのことを根に持つ騎士団の連中が関係してるのかもな」


 確かに俺がこの世界に来て恨まれるのは、騎士団くらいしか思いつかない。だからといって決めつけは良くないと思うのだが……



 ◆



 その夜。俺はひとりで指定された共同墓地へ向かった。


 正直、元の世界でも肝試しなんてしたこともない。しかし、今回ばかりは、震える膝をピシャリと叩き、気合を入れて臨む。

 敵に対する恐怖じゃなく、俺の大事な二人と一匹を拉致した輩に対し、沸騰しそうな怒りで冷静になれそうにないのだ。



「おうおう、シャーマン様が本当にひとりで来やがったぜ!」


「ひゃひゃひゃひゃ!」


「どうした。こいつらを返して欲しいなら、裸になっていつくばってみな」



「「ううっ……!」」


「キュイ、キュイ!」



 一本杉の根元には、クリスと沙樹がさるぐつわで転がされ、キュイはずだ袋に入れられている。

 へらへらしている悪党は、みたこともない連中。街のチンピラか、いいとこ窃盗団といった連中がざっと二十人あまり。



「要求通り、ひとりで来てやったぞ。お前らの目的は何だ」


「ぎゃはははっつ!」


「何ておめでたい野郎なんだ」


「ぷっははは! そんなの、お前の命に決まってるだろうが」


「そうか……で、誰から頼まれた」


「ふっ……。そいつは言えねえな」


 どうやら、かなり頭の悪そうな奴らだ。

 これでは自分たちが他の第三者から頼まれての犯行だと自供しているようなものじゃないか。


「よし分かった。騎士団には俺から掛け合い、倍の報酬を約束しよう。もちろん、騎士団長や公爵に対してもだ。それを条件に今すぐ人質を渡してもらう!」


「……な、何?!」


「どうしやす兄貴? まさか向こうから報酬のつり上げされるなんて想定外ですぜ」


「しっ。ここは俺に任せろ。奴の出方を見るんだ」


「さすが兄貴」



 ――――――



「……そうか、分かった。どうやら不満なようだな! ならば、俺がお前たちが騎士団と交わした報酬の全額を、人質をひとり返す度この場で支払う。合計三倍でどうだ!」


「あ、兄貴~!」


「分かった! 今から一人ずつ人質をそちらへ寄越す。だが、まずはお前が百万ギルをこちらに渡してからだ」


 “ジャリン!”


 俺はバックに百万ギルの金貨を詰め込むと、相手の方に放り投げた。


「よし。今数えるからちょっと待て……」


 もうそろそろ茶番もいいだろう。実行犯のこいつらだけでなく、チンピラを使って汚いマネをした連中を含めて、もう許せん。


 俺は奴らの前に進み出ると、とびきり丁寧な【挨拶あいさつ】をしてやったのだった。



 ――――――



「サトウ様~!」


「お兄ちゃん、怖かったよ~」


「キュイ~」


 俺は三人を抱きしめて無事を確認すると、ハーネスに知らせを送る。


 確かに指定の場所に来たのは俺ひとり。しかし墓地の周囲はギルドの冒険者たちが、十重二十重に包囲していた。


「よし、かかれ~っ! 報酬は犯人ひとりの捕縛につき十万ギル! 足りない分はサトウ様が請け負ってくださるから安心しろ!」


「「「おお〜っ!」」」


 え?! 足りない分は俺が払うの?! 聞いてないよ~‼



 ◆



 この後、ギルドの取り調べで騎士団の関与が発覚。


 このスキャンダルは侯爵を通じて国王の知るところとなり、公爵家は取りつぶしに。

 騎士団は解体され、王国の軍備は白狼族をはじめ獣人族が一時的に担うことになった。

 そして王国のかじ取りは、侯爵家が一手に担うことになったのである。

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