第2章 第13話 王都でデート

「ちょっと、お兄ちゃん、お兄ちゃん!」


 朝っぱらから、部屋のドアを激しくノックする音が鳴り響く。


(近所迷惑なんだから、いい加減にしろよな)


 なんてことをぼんやり思い浮かべつつ、俺は無理やり起こされた。


「一体どうしたんだよ? 頭痛いから、朝食ならいらないぞ」


「まったくもう、何言ってんのよ!」


 こっちは仕方なしに、だるい体を引きずってドアを開けてやったのに。


 沙樹はというと、右手を差し出して手のひらを上に向けるや、揃えた指先を“クイッ、クイッ”と上にあげる。


 全く……これからもうひと眠りしたいというのに。


「あのねえ、お兄ちゃん。さっきクリスちゃんから聞いたんだけど、昨日はいびきかいて一晩中寝てたそうじゃない! 後でクリスちゃんに謝ってよね!」


 そういや、昨日は『銀馬車亭』でみんなと宴会したんだっけ。


 久しぶりの酒に加えて、王都に来た高揚感もあり、不覚にも酔いつぶれてしまったようだ。


 しかも、そう言われれば、同室だったはずのクリスがいない。


 何だか非常に悪いことをしたような……。


 だが、それはそれとして、何で俺が沙樹に文句言われなきゃならないんだ?!


「クリスちゃんは今、私の部屋にいるけど、覗いちゃだめだからね。お兄ちゃんは、午後の集合時間に遅れないでよ!」


 釈然としない俺にはお構いなく、沙樹は一気にまくし立てると、プイッと横を向いて自分の部屋に帰っていったのだった。



 ◆



「サトウさ~ん、こっちです~♪」


「ロゼさん、ちょっと、こっち見てよ~。このネックレス可愛いっ! お兄ちゃんったら、早く、早く!」


「二人で先に行っていていいよ。クリスの具合が悪そうだし」


「サトウ様、私なら大丈夫です~」


 寝不足で体調の悪いクリスに代わって、ロゼが王都を案内してくれることになったのだが、クリスは自分も行くと言ってきかない。


 最初は「部屋で休んでます」なんて言ってたのに。


「王都にはどんな危険が潜んでいるか分かりません。むしろ私が行かない方が心配です!」


 ロゼの話では治安はいいらしいのだが、クリスにここまで言われては、置いておくわけにもいかない。


 市場に一歩足を踏み入れれば、むせるような人々の熱気に混じってスパイスの刺激的な香りが鼻腔をくすぐる。

 そして、通りを行き交う様々な人種と、彼らが身にまとう色とりどりの民族衣装―――。


「じゃあ、クリスちゃん、ギルド本部の前で待ち合わせね!」


 異世界のファッションやアクセサリーに興味津々の沙樹は、ロゼを連れて先に行ってしまった。


 今までの給金を一括して渡してしまったことに後悔したが、後の祭りである。


 沙樹の奴、あれだけクリスのことを心配していた割にひどいと思うのだが。


 結局、俺とクリスは、二人で別行動することになった。



「クリス、俺たちは無理せずゆっくり見て回ろうな」


「はい。ありがとうございます。し、幸せです」


「え? 知らせ? ギルドから何かあったのか?」


「そ、それより、サトウ様、あちらに美味しい串焼きがありますよ」


「ホントだ。香ばしい匂いがするな」


「エディンバラ名物のエスカルゴの串焼きです。買ってきますね~」



「うん……これは美味い!」


「サトウ様のお口に合って良かったです! あちらの屋台で売っている腸詰の石窯焼きも、美味しくて有名なんですよ」



 こうして俺は、クリスと二人で王都の屋台グルメを堪能することができたのだった。



 ――――――



 腹が膨れた後は、【査定】スキルを頼りに、様々な店をのぞいてまわる。


 俺がひとつの商品を見つめると、その買い取り査定額が横に表示される。


 うっかりと店主の口上に乗せられると、とんでもない割高商品や、偽モノを掴まされそう。良心的な店が多いものの、中にはやはりというべきか、ぼったくりの店もそこかしこにあるのだ。


「兄ちゃん、それウチのお値打ち品なんだけど、よくわかったな」


「さすがお目が高い!」


「旦那は一流の目利きですかい?」


「何だ、何だ?」


「よくは分からないんだが、とにかく凄い人がいるみたいだぞ!」


 いつの間にか俺たちの周りには人垣が出来ていた。そして俺が商品の山からお値打ち品を探し出す度、露店の店主たちから驚きと感嘆の声が上がった。


 そして……。


「そういや、『あおの洞窟』の奥深くに住む伝説のシャーマンが王都に来てるって話を聞いたが……」


「おい、あの兄ちゃんの恰好、話に出てくるシャーマンそのものじゃないか?」


「もしや、あいつ……いや、あの方が伝説のシャーマン、サトウ様なのか?!」


「そんな大物が何で市場で買い物なんかしているんだ?!」


 別に最初から隠していたわけではないのだが、程なくして、市場の一角では俺の正体が露見し、ついには店主たちから在庫の査定まで頼まれるようになった。


「サトウ様とお見受けします。実は出入りの業者から魔石を預かっているんですが、本物かどうか見て頂けませんか?」


「こっちにも魔物の素材があるのですが、査定していただけますか? 古いものですからギルドでも鑑定できないと突き返されたのです」


(な、何でこんな面倒なことに……)


 俺はクリスと二人きりではじめての買い物を楽しんでいたはずだったのに、いつの間にか市場の店主たちから頼まれるまま、働かされる羽目になった。


「サトウさま、素敵です~♪」


 俺の頼みごとをされると断りづらい性格は、異世界に来てからもなおっていないが、クリスから褒められると悪い気はしない。


 しかし……。



「あいつらですぜ」


「フフフ……そうか」


 このとき俺たちはまだ、忍び寄る武装集団の気配に気付かずにいたのだった。

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