第2章 第12話 王都エディンバラ

「サトウ様、ようやく出口です」

「キュイ、キュイ~♪」


 俺たちは早朝に出発したものの、外に出る頃にはもう日が傾きかけていた。


「ありがとう、ガイル」

「いえ……」


 メスカルが請け負ってくれた通り、途中でいくつか出たらしい魔物も、すべてガイルたちギルドの先行部隊が退治してくれた。


 そして、ガイルは俺たちをダンジョンの外まで送り届けると、冒険者たちを率いてダンジョンに引き返していったのだった。



 ◆



「お兄ちゃん、早く早く~♪」

「サトウ様、ようこそ、カレドニア王国の王都エディンバラへ!」


 街は古い城壁に何重にも囲まれ、夕日を浴びて輝いている。


 城門をくぐると石畳が整備された大通りがまっすぐにのび、馬車がせわしく行きかっている。露店が所狭しと並び、夕食の買い物客でにぎわっており、屋台からは串焼き肉の香ばしい匂いが漂ってきた。


「お兄ちゃん美味しそうなものがいっぱいあるよ~♪」

「メスカルさんに予約してもらった『銀馬車亭』は、もうすぐですよ」


 沙樹によると王都は、卒業旅行で行ったイスタンブールに雰囲気が似ているそうだ。俺は行ったことが無いからよくわからないのだが。


 街は人族だけでなくエルフやドワーフ獣人族など多種多様。


 おかげで、ジーンズ姿の俺や沙樹、そして胸と腰に『佐藤』のネームが入ったクリスも違和感なく街に溶け込めているのかも知れない。


 俺たちはそんな王都エディンバラの大通りを、ギルド本部にほど近い宿に向かって歩いたのだった。



 ◆



『銀馬車亭』は大通りに面した一等地に店を構えるギルド公認の宿。

 店内に入ると、冒険者だけでなく商人や一般の家族まで、多くの人で賑わっていた。


 俺たちはチェックインを済ませると、真っすぐに部屋へと向かった。

 とにかく一日中歩きっぱなしで、くたくたで空腹である。


 しかし……。


「おい、沙樹! この部屋割、一体何なんだ?!」

「何ってどういうことよ」

「何で俺とクリスが二人部屋で、お前がひとり部屋なんだよ」

「私はキュイと一緒だからお互い二人部屋でしょ!」

「さ、サトウ様がお嫌なら私は別に……」

「いや、そこは全く嫌じゃないんだけど……」

「は、はうう……」

「もう、お兄ちゃん、細かいこと言ってないで、さっさとご飯食べに行きましょうよ。明日はギルド本部に行くんでしょ」


 そういや沙樹は、カウンターで宿泊手続きをするクリスの所に行って、ごにょごにょ話していたようだったが、部屋割りのことばったのか。


 俺としては、何だが沙樹のペースに巻き込まれている様で少し面白くないのだが、そうは言いつつも、異世界の宿でクリスと一泊過ごすことに、ドキドキしているのは内緒である。


 この日の夕食は、奮発してエディンバラの名物料理を頼んでみた。


 名物のソーセージの様な腸詰料理とムール貝に似た貝の酒蒸し料理。そして、肉や野菜がたっぷりと入ったスープ。何よりエールが美味い。


「サトウ様、王都の名物料理の味はいかがですか?」

「こりゃ美味いよ。俺の袋ラーメンとは大違いだな」

「A級グルメとC級との差ね」

「おい沙樹! そこはせめてB級って言ってくれ!」


 名産であるというエール以外にも強い蒸留酒も絶品。この国のウイスキーだろうか。


 食後はナッツをつまみながら、俺は久々にいい気分でに浸っていたのたが……。



 ――――――



「きゃーっ!」

「おい、姉ちゃんこっちに来て酌しろよ」


「お、お客様、当店ではそのような……」

「何! 俺たちが第一騎士団だって知ってんのかよ」

「嫌~っ!」


 ミニスカートのメイド服に身を包んだ美少女に絡むタチの悪そうな輩。嫌がる女の子の片腕を掴み、抱き寄せようとしている。


「どうか、お許しを」

「知るかジジイ!」


 たまらず支配人が、止めに入ったが、あっけなく蹴り飛ばされている。

 そして、ホールは客で満員なのに、皆この悪行に目をそむけている。


 何とも、異世界にありがちな展開が、俺たちのすぐ後ろのテーブルで始まっていた。


「ちょっと、お兄ちゃんどうするのよ」

「いや、それは……」


「サトウ様……」

「任せとけ」


「なんで、私とクリスちゃんでそんなに態度を変えるのよ!」


 後で思えば、このときの俺はどうかしていたのかも知れない。


 なにしろ、スキル【挨拶あいさつ】だって知り合いやお客にしか使ったことがないのだから。


 現代の日本じゃ助けに行ってやられたとしても命までは取られないかもしれないが、ここは異世界。そもそも日本でも止めになんか行けないと思う。

 にもかかわらず、俺は実の妹の非難めいた視線と、妹のような異世界美少女のすがるような瞳を受けて、柄にもなく止めに入ってしまったのだった。


「はじめまして。私、サトウという者です。こちらのお嬢さんは、嫌がっておられるようですよ。どうか許してやって頂けませんか」


「—――っ!」


 騎士団の男たちは、腰を浮かせて一瞬臨戦態勢を取ったものの、俺の言葉を聞いて一様に姿勢を正して椅子に座り直した。


「これは失礼いたしました」

「お嬢さん申し訳ありませんでした。それから支配人にもお詫びいたします」

「我々はこれで失礼しますので、どうかご容赦ください」


 騎士団の連中はそう言うと、女の子と支配人に謝罪して、そそくさと退散していったのだった。


 すると……。


「おおおっ、すげえ! あんた何者だ?!」

「騎士団の連中、いつも好き放題しやがって、ざまあみろ!」

「俺にも一杯おごらせてくれよ!」


 騎士団の連中が去った後、俺たちのテーブルは瞬く間に人垣ができた。


「ひょっとして、あなたはサトウ様ではございませんか。この度は危ない所をお救いくださいましてありがとうございました」


 支配人が、恭しく俺に礼をしてきた。蹴り飛ばされて割れた丸眼鏡が何とも痛々しい。


 すると……。


「おい、ちょっと待てよ」

「あれって、もしや」

「確か、サトウっていや『あおの洞窟』の十階層で店を開いているっていう……」

「そうだよ、伝説のシャーマン様なんじゃあ……」



「お兄ちゃん、かっこよかったよ!」

「さすがは、サトウ様です~♪」


 この後、店を挙げての大接待にあった俺は、王都観光初日にして、したたかに酔いつぶれてしまったのだった。

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