第26話 魔法使いのお姉さま

 翌日になっても俺とクリスは何とも微妙な距離感のままである。


 かつては恥ずかしながらも、互いにたまに目が合って慌てて逸らしていたものだが、今は最初から互いに目を合わせない状態である。


「洗い物は俺がしておくよ」


「はい……私はキュイとお店の掃除しますね」


「うん……」


 一応、朝晩一日二回の食事は一緒にとるし、ぎこちないながらも会話は一応するのだが、必要最小限のコミュニケーションのみ。


 クリスは今日もいつものように部屋では俺の中学時代のジャージで過ごし、メイド服に着替えてから店に出る。


 はっきりいってどちらも可愛く、似合い過ぎているのだが、俺はクリスに危険人物として察知されないよう視線を外している。クリスも俺のことを警戒しているのか、不用意に俺には近づかないでいる。


 そして当然ながら、昨日クリスが仕事中に急に部屋に帰ってしまった理由を聞けずにいる。


「「あ、あの……」」


「え? どうぞ」


「いえ、サトウ様こそ」


「あ……えっと、昨日はごめん」


「そんな。私の方こそ、あんな身勝手なことを」


「えっと、クリスは俺のこと分かっているんだよな」


「はい……」


「え、あ、ご、ごめん!」


「はうう……」


 またもや俺の失言? で、クリスは恥ずかしそうに両手で顔を覆ってしまった。それにしても、一体クリスは俺のことをどのように分かってしまったのだろうか。



 ◆



 “カランコロン~♪”


「きゅーい、きゅーい、きゅーい!」


 そんな中、キュイはいつもと変わらず可愛く鳴きながら、フロアを転がっている。


 お前はいいよな。幸せそうで。


 キュイは最初は獲物と間違われて冒険者の皆さんから狩られそうになっていたが、今ではドアに取り付けた鈴が鳴る度にお客さんを出迎えてくれるようになった。


「おお、キュイ、また来たよ」


「また少し大きくなったんじゃねえか?」


 今ではすっかり『洞窟亭』の一員として認知されている。冒険者の皆さんからも可愛がられ、ちょっとしたマスコットのようになっていた。


 特に女性冒険者たちからは、頭を撫でられたり、食べ残しをもらったりしている。


「まあ。この子、可愛いわね♡」


「きゅい、きゅ~い♪」


 今も、カウンターで魔法使いらしき格好のセクシーなお姉さんの膝の上でラーメンを食べさせてもらている。


 人の気も知らないで、うらやましい奴め。


 しかしキュイが来てからというもの、『洞窟亭』にはお客が目に見えて増え始めたのは事実。まだ店に行列ができる程のことはないが、満席も珍しくない。

 おかげで経営の方も順調。

 毎日、4,000ギル引かれるものの、売り上げはコンスタントに2~3万ギルはあり、袋ラーメンやトッピングに使う卵やモヤシ、そして最近新たに加えたネギ、ゴマ、紅ショウガなどの薬味も十分に仕入れることが出来ている。


「そうそう、店主さん。魔石があるんだけど、買い取りはOK?」


 魔法使いのお姉さんは、食事を終えると艶やかな黒髪をかき上げながら、声をかけてくれた。


「スライム限定で、1,000ギルまでの買い取りしかできませんが」


 『洞窟亭』で買い取りが出来るはスライムの魔石のみ。スライムの魔石はギルドでもその大きさで価格が安定しており、俺でも買い取りが可能だからだ。ただし一個につき上限1,000ギルまで。


 最初は小石と魔石の区別がつかなかったが、今では小石の中に魔石が交じっていても区別が出来るようにはなっている。


「いきなりとびかかって来たものだから、思わず倒しちゃったんだけど……」


 お姉さんはそう言うと、袋から黒い魔石をテーブルに出した。何やら今まで俺が買い取って来たスライムに比べて、一回り大きく、色も艶やかな気がする。


 この前クリスと一緒に上限いっぱいの1,000ギルで買い取ったモノに比べ、明らかに品質も良さそうだ。


「これは、スライムですか」


「そうなの」


「キュイー!」


 キュイは悲鳴を上げて震えたかと思うと逃げるようにお姉さんの膝から転がり落ちていた。


「フフフ……。何も怖がること無いのに」


「しかし立派な魔石ですね。先ほども申しましたように、ウチは1,000ギルまでしか値が付けられませんので、ギルドで売られた方がいいかと思うのですが」


 さっきから、クリスがこちらを、ちらちら見ている。こんなとき、いつもなら俺の方からクリスを呼ぶのだが、今はちょっと呼びにくい。


「それで構わないわよ。こんなに美味しいお料理を頂いたのですもの。それより、店主さんをシャーマンと見込んで話があるのだけれど……」


 そういや、『洞窟亭』に来るお客は、基本的に『あおの洞窟』に潜る冒険者パーティーのみ。女性ひとりでの来店は珍しい。何やら訳アリに違いない。


「私はラビアン=ローズ。ラビアンでいいわ。王都で魔法を教えているの。今日は久々に休みが取れたから、素敵な店主様が作る噂のお料理を食べに来たのよ。それから……」


 ラビアンはそう言うと、俺の耳元に濡れた唇を寄せて来た。


「ねえ、店主様。あなたのことは王都でも噂よ。王都一の料理を出す素敵なシャーマン様ってね」


 何とラビアンは、王都の魔法学院の教授。しかも休日にグルメを楽しむ感覚でダンジョンの十階層にある『洞窟亭ウチ』に来たという。よく見ると街歩きをするような軽装。ただ者じゃないのは明らかである。



「お客様、な、何かご用でしょうかっ!」


 俺が迷っているうちに、クリスの方から来てくれた。思いつめたような顔で、肩で息をしながら、ラビアンをにらみつけている。


「ご用なら、まず私がお聞きすることになっております」


「あらあら。私はあなたには用はないわ。こちらの殿方と二人でお話したいのだけれど」


「ふ、二人で! それはいけません! サトウ様は高潔なシャーマン様です! 当店では女の人が近づくことは禁止になっております!」


 そう言うとクリスは、涙目でラビアンから俺を引き離した。俺はそんなルール作った覚えはないのだが……。


「あらあら、何か訳アリのようね。私も泣く子には勝てないわ。お話は次の機会にゆっくりとね」


 ラビアンはそう言うと、代金代わりの魔石を残して帰っていったのだった。

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