第11話 北欧系美少女は、朝の定番がお気に入り

 今日も六時きっかりに目が覚めた。


 食パンとコーヒーとのいつもの朝食を摂るつもりで、体を起こしたのだが……。


 “あれ?”


 思い出した。


 どうやら、昨日、クリスのことが心配で一晩中見守っているうちに、寝落ちしてしまったらしい。


 そして俺は、会社に行かなくていいんだ。いや、いけないんだった!

 


(ううう……俺のプレゼン……)



 正直な所、まだ俺は今の状況に対して気持ちの整理がついていない。何とかして、元の世界に戻れないだろうか。


 それも、出来ればあの日の朝に。


 しかし、目の前には、幸せそうにすやすや眠るクリス。色白の肌にさらさらの銀髪がかかっている。例えるなら北欧系の美少女のようだ。


 うっすらと笑みを浮かべて幸せそう。



 ―――い、いかん。



 思わず、クリスの寝顔に見とれてしまっている自分に気づき、頭を振る。


 と、とにかく、今置かれた状況で自分なりのベストを尽くそう。俺の目標は、レベルを限界まで上げて【無限廻廊】の獲得を目指すことに変わりはないのだ。



 俺は朝食を用意するためキッチンに向かったのだが……。


「ひ、ひやい~っ!」


 突然部屋からクリスの声が響いた。


「クリスどうした? 大丈夫か?」


「ひゃ、ひゃいい~。……キャッ!」


「あっ、いきなり入ってごめん」


「は、はうう……」


 部屋に入ると、クリスはベッドの上で体を起こしていたのだが、俺の顔を見るなり布団で顔を隠してしまった。


「サトウ様、昨日はすいませんでした~」


 消え入るような声のクリス。


 昨日は横になってからの記憶が無いのだとか。


 どうやら、すっかり元気になったようだ。


「そういや結局、風呂に入らなかったよな。今からシャワーでも浴びるといいよ」


「え、そ、そんな……申し訳ないです」


「いいから、いいから」


 俺は、遠慮するクリスの手を引き、浴室に連れていった。


「これがボディーソープ……って、わかりやすく言うと石鹸だよ。それでこっちが、リンスインシャンプー……って、頭につけて髪の毛を洗うやつ。遠慮せず使ってね」


 俺の説明にコクコクと頷うなづくクリス。


 しばらくするとシャワーの音に混じって鼻唄が聞こえて来たので、俺も安心して朝食の準備の続きをすることにしたのだった。



 ◆



「サトウ様、ありがとうございました」


 ちゃぶ台に、トーストを乗せた皿を並べた後、コーヒーをれているとクリスがやって来た。


 しかし……俺が中学時代に使っていたジャージの上下を着ているのに、けしからんくらい可愛い。


 今まで着ていた服は、お風呂で洗ってきたのだそうだ。


 後で洗濯機と乾燥機の使い方を教えようと思う。



「本当にお世話になってばかりで、申し訳ないです」


 タオルで髪を拭きながら何度も頭を下げるクリス。動くたびお風呂上がりのいい香りが漂ってくる。


「昨日は見苦しい姿をみせてしまい、申し訳ありませんでした。しかも介抱までしていただいて……」


「気にするな、クリスが元気になって何よりだよ」


 俺は、横を向きながら応えるのが精一杯である。


 ようやく慣れて来たと思っていたのだが、俺はシャワーあがりで可愛さが何割か増したクリスをまだ正視できないでいる。


「それより朝ごはんにしよう。もう用意が出来ているんだ」



 ◆



「この香ばしい香りは何でしょう……あっ、私ったらお食事のお手伝いもせずに、申し訳ありません」


「そんなの気にしなくていいよ。それよりクリスは昨日まで大変だったろう。それに、この家の電化製品……いや魔道具の使い方も教えてないし。とにかく、俺の国のパンとコーヒーを味わってみてよ」


 この世界には、植物の葉などを使ったお茶はあるらしいのだがコーヒーは無いらしい。


 クリスは初めて飲むコーヒーに興味津々の様子である。


「サトウ様、この温かくて黒い飲み物がコーヒーなのでしょうか」


「そうだよ。とにかく、だまされたと思って飲んでみてよ。砂糖とミルク多めに入れてるから飲みやすいと思うんだけど」


「はい……。熱っ、苦っ、あ、甘い……?」



「トーストも食べてみてね」


「サクサクです~」


 何の変哲もないバタートーストに見えるかもしれないが、俺のこだわりとして四枚切りの厚切りトーストに包丁で“囲”の形に切れ目を入れたもの。

 しかも俺が姫路で出張したときに、あまりの美味しさに思わず箱買いしてしまった『アーモンドバター』をたっぷり塗ってある。


「さすが、シャーマン様です。食べ物からして格が違いすぎます~」


 クリスはトーストを両手で持って、至福の表情を浮かべながら、はむはむ食べている。


「お、おいひいです~♪」


 そして、甘いコーヒーを一口すすると、蕩けるような顔で喜んでくれたのだった。



 ◆



 食後、二人で食器を片付けていると、クリスがおずおずと話しかけてきた。


「お食事、とっても美味しかったです。ここまでしていただいて、どうお返ししたらいいかわかりません。せめて少しでもサトウ様のお役に立ちたいのですが……」


「なら、このダンジョンを案内してくれないか? もちろん安全な範囲で」


 今朝、【所持金】を確認すると4,000ギル引かれて9,000ギル。水や電気の使用量が増えたのか、1,000ギル多く引かれていた。


 これは早く商売を始めるに越したことは無い。


 そして店を開くにあたり、少しでもこの世界の情報が欲しい。


「喜んでご案内します。この辺りは通路が狭いので大きな魔物は入ってくることができませんので、安全ですので」


 こうして俺は、クリスに手を引かれ、ダンジョン『あおの洞窟』に足を踏み入れることになったのだった。

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