エスケイプ フロム ザ セル

YachT

第1話

 取り調べを始めると、その男は一言述べた。


 「ここは外ですよね。出れたんですよね?」


あとから分かった事だが、彼は病院でも同じ事を8回は確認していたらしい。自分自身の認識を疑い、おびえ切った彼から一部始終を聞き出すのは骨が折れるだろう。とはいえ、こんな話題の人物の聴取に抜擢されたという栄光を糧にすれば、乗り切る事は可能であろう。

 事件、と言えば良いのだろうか、ことの始まりはとある寂れたアパートの一室であった。そこに住む男は部屋に閉じ込められたと通報し、窓の外もまるでおかしいのだと主張した。通報を受けたオペレーターはドラッグで幻覚を見ているのだろうと考え、現場に向かう警官にはスナックを食べたあとで十分だと伝えていた。数十分経っても来ない救助にイラついた男が再三の通報をおこなったため、担当警官は道を急いで現場の部屋の前にたどり着いた。


 「すみません。■■■■■■■さんですか?」


 「そうだよ!!助けてくれ!!」


 ドアの向こうから聞こえてくる声は心底おびえていた。また、声の響き方からして玄関のドアのすぐ後ろに居る事が明らかであった。


 「ドアを開けていただけますか?」


 「意味ねぇんだよ!!だから呼んだんだよ!!」


 しばらくやりとりをしたが、ノブを動かすのみで一向に出てこないため仕方なくドアを蹴り破る事にした。当時の警官によれば、安全確認のためにのぞき窓を見ると、玄関の先で動く影を確かに確認していたらしい。そうして蹴り破ると、そこには誰もいなかったのだ。


 「おい!!何してんだよ!!」


その声はたった今蹴り破り通り過ぎたドアから聞こえて来た。驚いた警官は腰を抜かしその場を一時離れてしまったが、その後呼ばれた応援によって現場が押さえられる事になる。世間は騒ぎに騒いだ。何せ“本当の”超常現象なのだから。


 「通報当時の状況に間違いはありませんか?」


 「ありません。あの時のお巡りさんには謝罪を伝えたいです。怖くて仕方なかったとは言え強い口調で言ってしまったので。」


無理はないだろう。こんな意味の分からない出来事に巻き込まれてまともに対処出来るはずなどない。私は彼に、すべての始まりを語ってもらえるように、一つ一つ丁寧に聞き出していくことにした。彼はゆっくりと語り始めた。





あの時は、恋人と一緒に映画でも見ようとしていた。付き合ってから間もなかったので、彼女は幾分か緊張してたため飲み物を飲む速度が速かった。映画は淡々と進み、彼女は相変わらずトイレの頻度が高かった。心配になった私は、トイレの方に向かい彼女に話しかけようとした所、トイレの中から彼女が電話する音が聞こえた。


 「あいつすぐ…うん…すぐ殺して…大丈夫大丈夫…いつもと変わんない…」


ほとんど囁き声であったため完全には聞き取れないが、彼女が異常なセリフを述べている事だけは分かった。動揺しながらも、彼女にばれないようにと心の準備をしてソファに座った。数分立つと彼女はトイレから戻り台所の洗面台で手洗いをした。


 「ごめんね。ちょっと体調悪くて。」


 「そっか。じゃあ、今日はもう帰る?」


 「そうしよっかな」


 彼女がそう述べた時、台所から物が大量に落ちる音が聞こえ、私は慌てて立ち上がり彼女を見に行くと散乱したキッチン用品の中から、包丁を取り出しこちらを見ていた。私はその時、ここしばらくの事件のニュースを思い出していた。男性をだまして殺し強盗をする女性殺人犯のニュースだ。彼女の目は見開いていて、包丁をしっかりと握っていた。殺されると私は直感した。その後の事はよく覚えていない。なんとなく、戦った覚えはあるがどちらがどんなケガをしていただとかの記憶はない。

 目を覚ますと私は床に倒れており、部屋は異常に暗かった。手探りで電気を探して歩きまわった。彼女がどこにいるのかわからない。まだいるかもしれないという恐怖におびえながら、やっとの思いでスイッチをつけた。


 「なんだよこれ」


ウォームホワイトのはずの照明は血のように赤く、そしてそれに照らされた部屋はとてもこの世の物とは思えなかった。家具を含めて部屋の至る所に得体のしれないピンク色の、臓物のようななにかが飛び散っていた。私は当然、玄関を開けてみるも開かず、窓もあかなかった。煤のような粉を覆われた窓を拭って外を見ると、地獄のような風景が広がっていた。ビルは歪み、空は赤く染まり、どこからともなく女性の叫び声のような高い音が響いていた。どうしようもなくなった私は警察に通報し、先のような状況になる。

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