疎外光

普遍物人

疎外光

今よりずっと暗かった。


 私の家には、周りをぐるりと見渡せる大きなベランダが階段状のマンションからはみ出すように存在している。

自分の住んでいる部屋のベランダというのはそこそこ高さがあり、周りに遮蔽物もなく、街を一望することができるのだ。

 私は幼い頃からそのベランダが好きだった。そこからの風景が全て自分のものの様に思えて、幼い私は小さな手に余るほどの優越感を抱いていた。

 「綺麗。」

 時間に依存する風景の中でも、私の1番のお気に入りは夜景だった。夜景といっても、どこぞの三景に選ばれるほど豪華なものではない。田舎でもないし都会とも言い難い、住宅と街他人の需要に見合った施設の群集。眼前に広がるというよりかはどこかに浮かんでいるようなものだった。

 でも私はそんなぼんやりと浮かび上がる光が好きで、昼には見えてこなかった何かのロゴや建物、群でしかなかった建物や車が人を除いて浮かぶ。もう切れてしまった文字の一部をなすネオン、絶え絶えなアパートの蛍光灯。蛾の影がチラチラと見える近くの公園の明かり。

 加えて田舎ほどではないが都会ほど見えないわけではない星々。ちょっと目を凝らせば若干の星雲も見えたような気がする。流星群の時期になると若干ではあるものの、流れる星を見ることができる。

 よくいえば夜景と星空の両立。

 悪くいえば中途半端だった。


 「ふぅ。」

 と、冷たくなった夜景を見つめながらあの頃の高揚感を俯瞰し、孤独感に身慄いする。


 今日、私を除く家族全員が何かしらの用事で家に帰ってこない。夜景を直に見る絶好の機会。夜にベランダへと出ると何をしているのかと心配する様子を見せるだろうと思い、今までは窓から眺めるに限っていたが、今日はそういう人はいない。

 だから私は夜景を見ようと玄関から運動靴を取り出し、それを履いてベランダに飛び出して、最も夜景の見える場所に移動した。


 ただ私が思っていたよりも、私の夜景は変化していた。


 「眩しい。」

 思わず目を細める。あの頃の浮いた光なんてものはどこにもなく、ただ完璧な光をそこに携えていた。色とりどりのパチンコ屋は無くなっていたし、文字は全てはっきりとした色になっていたし、絶え絶えに光っていたオレンジ掛かった白の蛍光灯はただそこに居座る青っぽい白のLEDになっていた。


 「あぁ…。」

 自分の手から離れた夜景に会いに行くと冷たい態度をされた。そう、感じた。

 窓越しに幻想を以て見た夜景はもうすでに私の手中から離れており、気がつけば私なんていなくてもそこにツンと立っている。

 空を見上げれば肩身を狭くしている星々がトントンと寂しく浮かんでいる。


 完璧な夜景。

 電飾を貼り付けたような夜景。

 星空を侵犯していく夜景。

 私を拒み嘲笑う夜景。

 

 私は落胆し、トボトボとそこを後にし、カーテンを勢いよく閉めた。


 コンビニの弁当を買って食べた後、スマホを触って、気がつけば深夜の3時になっていた。


 「そろそろ寝るか。」

 私は適当に寝る準備を済ませて、家の鍵の戸締りをしに窓を回る。母から入念に確認するよう言われているのだ。


 そしてとうとう、戸締りのためにベランダに通じる窓のカーテンを開けた。


 「あ。」

 オリオン。

 彼は南に佇んでいた。

 思わず裸足でベランダへと飛び出す。

 先程より街の明かりも弱くなり、先ほどより星が綺麗に見える。まだオリオンの季節ではないが、彼は木の葉がまだカサカサと乾燥する中何食わぬ顔で、一番よく見える時間に一番よく見える位置で、棍棒を振り上げていた。


 「かっこいい。」

 ほぅっと息を吐く。思ったよりもオリオンは大きく、街なんて見えていないようにそこにいた。

 街を再び見つめれば、そこに文明の光あり。星空を見れば、ただそこに彼は佇む。

 分岐した道の結果がそこにある。そして私はその境界に取り残された。


 酷い話だと苦笑してそれらに背を向ける。  

 私は明るい窓の方へと進んだ。

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疎外光 普遍物人 @huhenmonohito

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