第43話 かなうことなら、三人で

 「どうだった?」

 「いつも通り、かしらね」

 「いつも通り、だったねえ」


 以上。三学期末試験成績の報告、終わり。


 「ちょっと待ちなさい。佳那妥がどうだったか分からないじゃない」

 「わたしとお姉ちゃんはちゃんと数字見せたんだから、佳那妥も見せなさいよー」

 「………ご想像にお任せしますわ(はぁと」

 「はぁと、じゃないわよ一人だけ留年とか冗談じゃないから見せなさいってば!」

 「だから進級出来ないと決まったわけじゃないから安心してぇっ!」

 「………決まったわけじゃない……?もしかして佳那妥、補習とかしないといけない……?」


 こくり。

 仕方なく頷いたら、卯実は天を仰ぎ、莉羽は肩を落としていた。失礼な姉妹である。


 「失礼なのはあなたの方でしょ、佳那妥!私と莉羽があれっっっっっだけつきっきりで教えたのに進級確定してないってどういうことよっ!!」

 「だってだって、英語のヤツがあたしと友だちになってくれないのが悪いんだもん!」

 「あなたが一方的に無視してたらそりゃあ友だちになってくれるわけないでしょっ!!」

 「っていうかさあ、佳那妥って数学『だけ』まともなのにどうして国文志望なの?」


 そんなの簡単だ。数学の成績が悪くないって言ったって得意と言えるほどじゃないし、物理はともかく化学はさっぱりだし、古文は超低空飛行なのに国語はまとも。英語に至ってはグラマーもリーダーも仲違い中、とくる。歴史だけは友だちになってくれてるので多少は威張れる成績だけど、こんなバランスの悪い成績で理系なんか進めるわけもなく、結局無難に文系を志望せざるをえず、しかもうちの親は「私立にやる金なんかないから四年間遊び倒したいなら死ぬ気で国立に受かれ」って方針だし。

 故に身の程知らずにも国文を選ばざるを得ない、というわけなのだ。終わり。


 「……うーん…まあ理数が死ぬほどヤバい、ってわけじゃないから国文はありかもしれないけど、それにしたって英語と古文がね……これで文系選択って身の程知らずじゃない?」

 「私と莉羽があれだけ叩き込んでもこの点数だと、教え甲斐も怪しくなってくるわね」

 「しくしく……」


 フルボッコだった。親友で恋人の期末試験結果通知をネタに、言いたい放題だった。愛は儚いとはこのこなのかっ。


 「まあ来年のことは来年のこととして、とりあえず佳那妥は補習を全力で受けて進級だけはまず勝ち取りましょ」

 「そうだねー。受験はともかく補習なんかわたしたちで手伝えること何もないんだし」

 「うう……せめて補習が終わるまで待っててよぅ……それでその後遊びに行こ……?」


 ほんの少しでいいから甘やかして欲しくて、涙ながらに訴えてみたけれど、「だぁめ。補習期間中は死ぬ気でガンバレ」だって。一応お昼ごはんは差し入れしてくれるって言ってたけどさあ。はくじょーものー。


 でもまあ、補習は明日からだし、今日は終業式の後は何も行事は無いし、三年生は卒業してってるから、なんとなく気持ちに余裕はある。教室で駄弁ってても、「相変わらず仲良いね」くらいの声はかけられるくらいけれど、ヘンに注目されたりとかは無くて、のんびりしてられて気分がいいなあ、って時間を少し潰してみた。

 で。


 「……そろそろ時間じゃない?」

 「ん、そだね。莉羽ー、そろそろ行くよー」

 「はぁい」


 スマホをじーと眺めてた莉羽を促して、鞄を持つ。もうコートなんか用意する必要もない季節になっているけれど、それでも風が冷たい時間帯なんかもあるわけで、カーデガンだったりウィンドブレーカーだったりはそれぞれに持ってきていた。ちなみにウィンドブレーカーなんてえもんを持ち込んでいるのは、あたしに決まっている。兄のお下がりなので、デザインが男臭い。今まではそういうの気にしなかったけれど、卯実と莉羽とつき合ってるからかなあ……やっぱり女の子っぽいのが欲しいや。今度二人さそって買いにいこ。


 「校門のところだっけ?」

 「うん。まさか校内に入れるわけにいかないし」

 「うふふふ……楽しみ!」


 何が楽しみかってーと……うん、まあすぐに分かるか。

 明日から春休み、ってことで浮き立つような雰囲気で校舎は満たされていて、そんな中あたしたち三人は、時折声をかけられたり歩きながらそれに返事をしたり、ちょっと時間をかけながら校門に向かう。どうせ待ち合わせって言ったって待たせて怒られるような相手でもないしぃ。


 「遅い!」


 怒られた。なんでだ、と校門で腕組みして仁王立ちしていたハルさんに食ってかかる。


 「たりめーだろ!こっちは見世物みたいにさっきから好奇の視線ってえヤツが何本も何本も刺さってるってーのに、のんびりやってきやがってほんっとにもう……」


 最後の辺は頭抱えてしゃがみ込んでいた。そこまでダメージになってるんだったら、物陰に隠れてどんな様子か眺めてりゃよかった。


 「そんなことしやがったら絶交だかんな!」

 「しねえて。ハルさんの乙女顔見れるってんなら一刻も早く駆け付けるに決まってらーな」

 「……それはそれでどうなんかと…はあ」


 なんて漫才やってる間にもう、卯実と莉羽はハルさんと一緒にいた少年とアイサツを交わしていたのだった。紹介するまでもないね。


 「ふぅん……聞いてたより大っきいんだね。あ、品槻莉羽だよー。佳那妥のいーひと」

 「よろしくね、佐土原くん。姉の品槻卯実。佳那妥のい人一号ね」

 「……お姉ちゃん、わたしを二号さんみたく言うのやめてくれるかな?」

 「あら。ただ姉を差し置いて一番目みたいな顔をするのはやめてもらえる?」


 ……なんて明け透けな話を出来る相手なんて、ハルさん以外にゃ一人しかあるまい。


 「ははっ、聞いていた通りなんだな。よろしく、佐土原雪之丞だ。春佳の彼氏、ってことになってる」

 「いやおめーも、なってる、じゃなくてだな」

 「そーだそーだ。ハルさんの旦那はあたしだー」

 「じゃあ私が佳那妥の妾一号で」

 「わたしが二号…ってこと?」


 そうなるな。


 「そうなるな、じゃないわよバカ佳那妥っ!」

 「人のことなんだと思ってんのよ佳那妥のあほーっ!」


 終わらぬ漫才、恋人たちの空間はまさにメビウスの間……。


 ……っていつまでもバカやってたら、通りすがりが笑いながら歩いていくようになっていたので、我に返って校門を離れる我々であった。


 「ああ、本当に視線が痛かったよ」

 「そら仕方あるめえて。校内でも有名な美女三人に絡まれてる他校の男子、じゃあ明日刺されても無理なかろ」


 明日から春休みでよかったな、と雪之丞の背中の低いところをぽんぽん叩いていたら、ハルさんに嫉妬される……なんてことはなく、むしろ、


 「おい。三人の美女てあたしはハブかい」


 なんて筋違いのことを言われた。


 「何言ってんだ。ハルさん、卯実、莉羽で三人だろ?」

 「またおまえは……自分を勘定に入れないとかイヤミにも程があるぞ」

 「校内で有名な美女、って言ったじゃん。あたしが数に入るわけが……」

 「……なんてお為ごかしをいつまでも許す私たちじゃないわよ。三年生になるまでの間にそのふざけた性根たたき直してあげるからね」

 「だね。とりあえず補習が終わったら春物ウィンドウショッピングで修行しよ?佳那妥」

 「なんか世界一呑気な修行になりそうだなあ……」


 五人でのんびりと、駅前目指して歩いてく。いや途中でバスには乗るけどさ。ともかく、今日は二年生の終わりを祝して、打ち上げだ。雪之丞がいるのはまあ、ハルさんの彼氏を見てみたいと言ってた卯実と莉羽の熱望に耐えかねて、のことだ。ダラダラと歩きながらも、二人は並んで歩いてるハルさんと雪之丞の周りをくるくる回ってなかなかご満悦っぽい。「やー、お似合いだねぇ」「ほんと。琴原さんがとてもかわいく見えるわ」「ねーねー、琴原さんのどの辺がよかった?わたしたちの知らないいーとこ教えてよ」「お返しに学校での琴原さんの様子を教えてあげるわよ」等々、なんかむちゃくちゃ言われてハルさんが苦り切って……ないな、あれは。唇の端がピクピクしてる。まあ卯実と莉羽もそれが分かるからにやにやし通しなんだろうけど。

 で、雪之丞は我が校の誇る美少女ツートップに代わる代わる話しかけられてデレデレ……するわけもねえ。あれハルさんにベタ惚れだし。


 「ねーねー、佐土原くん。琴原さんに聞かれたくない話したいから連絡先交換しない?」

 「はは、嬉しい話だが春佳を通じてにしてもらえるかな。ヤキモチでまだ死にたくはない」


 とか堅実そのものだもん。あれ、男子のくせして身持ちの堅さじゃ三年モノの鰹節より上だぞ。ほんとにキミ十七才の男子高校生かね。


 「おい、そこで他人ヅラしてるあの二人のカノジョ。いい加減止めてくれよもう……」


 とはいえ、いつまでも構われて面白いわけでもなく、いい加減疲れ切った顔色のハルさんが雪之丞から離れてこっちにやってくる。まあ今まで一対四で動いていたのが二対三になるのだから、人数配分としてはちょうどよかろ。すれ違う通行人からなんか雪の字が嫉妬の視線受けてるのは相変わらずだけど、それ以外には特段害もないからほっておくことにする。


 「まあまあ。二人だってハルさんの彼ピに会ってみたかっただけなんだから、今日のところは勘弁してやっておくれよ」

 「彼ピ、なんてかわいいもんじゃねーだろ、アイツわ……」

 「まーなー」


 二人に構われて目を白黒させてたりしたら、多少はかわいいところもあると思えるが、おなごに現を抜かしている場合などではない、ってお侍みたいだもんな、あれだと。確かにかわいいもんではない。


 「そういう意味じゃねえよ」

 「でもカノジョとしては大事にされてる感あって嬉しかろ?」

 「……まあなあ」


 肩越しに雪之丞の姿を見て、はふう、とナカナカに悩ましげなため息ひとつ。すっかり乙女の風格だねい、ハルさんも。


 「おま……いや、なんでもね」


 何か言いかけて、筋違いのことだと気付いたみたいに口を閉ざし、前を向いて歩き出す。なんかえらいのんびりしている後ろの三人は、まだきゃあきゃあ言いながら……雪の字がなんか赤くなってるトコ見ると、ハルさんとの間のこと聞かれてんな、ありゃ。……あとで何話したか聞いておこ。


 「カナタ」

 「ひゃいっ?!……こほん、いや……はい?」

 「……んー、まあその」


 さーとらしく驚いたあたしを見て何か言いたそうだったけど、それは抑えて本当に言いたいだろうことを、言葉を整理してるみたいにしばらく考えてから、ハルさんは言った。


 「いま、楽しいか?」


 それは春の晴れた空に相応しくない、郷愁とか悔恨とか、そんな湿ったものをまとった言葉だったけれど、何かを蔑むような響きは無くって、ただひたすらに過去のモノとコトにのみ目を向けた物言いだったように思う。

 それが何を指し示すのか、あたしとハルさんの間でもう確かめる必要なんかなく、でもいつまでもそこにあっていいものでもない、っていうのはきっと、思っていてもなかなか口に出来ることじゃあないんだろう。少なくとも、ハルさんの側からは。


 「んー………そうだねえ」


 だから、あたしはそこに込められているいろんな感情とか諸々に気付かないフリで、のんびりした口調で答える。


 「しあわせだよー、あたしは」

 「そっか……」


 それで、おしまい。

 ハルさんはもう何も言うことは無い、って感じにもう一度後ろの光景に目を向けた。あたしもそれに倣って同じことをすると、卯実がなんかスマホを雪之丞に見せるような格好で、当然背丈は三十センチ近い差があるもんだから、雪之丞は身を屈めて卯実の手元に顔を寄せるみたいな格好になっていて、なもんだからとーとーガマン出来なくなったカノジョさんは。


 「……くぉら雪之丞!おめーいくらなんでも気易すぎねーか、おい!」


 と、鞄をぶんまわしながら彼ピのトコに向かっていったのだ。

 で、当然何もやましいところのない卯実は、まあまあ、とハルさんをなだめようとしたんだけどハルさんの方は勘弁ならねえ、と切歯扼腕して雪之丞にくってかかろうとして、で、卯実が巻き込まれないよう庇った雪之丞は無論ハルさんに誤解されて、とまあ誰かが脚本書いてるんじゃないかってくらい、思ってた通りの騒ぎが繰り広げられていたのだった。


 「おーいキミたちー、通行人の迷惑になるからその辺にしときー」


 ま、聞きゃしないだろーなー、と思いつつ忠告だけして、あたしは足を速めて先をゆく。なんかハルさんの泣き言めいた文句が聞こえてきたけれど、そんなもんカレシに聞いてもらえ、あたしゃ知らん、と聞こえないふり。


 「聞こえないふり、とは感心しないね、佳那妥」

 「……だぁってどうせ間も無く痴話喧嘩に移行するだろーし」

 「そうねえ。傍目に見てもお幸せに、って感じよね」

 「散々煽っておいて丸投げですか。いー性格してますね、卯実さんや」

 「何のことかしらねー」


 ま、いっか。

 もう立ち止まってなんか言い争い始めた二人に、「後で二人には謝らせるから程々になー」とだけチャットでメッセージを送っておき、一先ず目的地へ向かう。ペシュメテで、とも考えたけれど、天気もいいから今日は途中でお昼を買って、川沿いの公園で過ごすつもりでいる。


 「莉羽ー、バス出るまでどれくらいー?」

 「うーん……ちょっと急いだ方がいいかも。公園のトコでキッチンカー出てるみたいだから、そっちで買わない?」

 「あら、いいかもしれないわね」

 「んじゃ、あっちにも知らせとくねー」


 のんびり、からやや早歩きに移行しつつ、再度チャットメッセを送る。まあ行き先は分かってるんだから、後で合流は出来るでしょ、と先を往く二人の背中を見た。

 見ると、手を繋いでいる。

 姉妹が、なんだから別に珍しい光景でもない。女の子同士で手を繋ぐというのでも、別にどうってことはないのだ。

 けれど、あの二人がそうしている、誰の目からでも見える場所でそうしていることは、また少し意味が違うんだろう。

 生まれた時からずっと一緒だった二人は、ちょっとした心の在り方に左右されて互いに想い慕うようになった。

 それは……当然、許されることではないんだろうけど、だから余計に、二人は自分たちの在り方を尖らせてしまうことになった。

 あたしが二人に関わったのは、間違い無く偶然のいたずらに過ぎない。けれど、それによって救われたものがあったのも確かだと思う。

 それを自惚れと言われれば、否定は出来ない。でも、同じようにあたしも救われたものがあったことだけは、誰に否定されても自分自身のこととして大切にしておきたいことだ。


 あるいは、あたしたちの関係は長くは続けられないものかもしれない。

 でも、かなうことならこの三人で、世界を呪わずに生きていけたらいいと、今は思ってる。


 「佳那妥?」

 「どしたの?早くいこ!」


 繋いでいた手を解き、二人はあたしを待つ。

 その間に入ろうとして、しばしためらう。そこはあたしの位置じゃないのだから、って。

 けれど。


 「ふふ、何を遠慮してるの?」

 「だよ。今さら、わたしたちから逃したりしないんだからね!」


 あたしの両手を、二人が繋ぐ。まあ鞄を持ってる右手を掴んだ卯実にはちょっと負担をかけてしまうかもだけど、そんな歩き方が、今はあたしのとっておきになっていることだけは、どうにもがまん出来ないくらいに認めたい、事実なんだろう。

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