第28話 冬休みの再会

 るんたった。


 擬音にすればこんな感じで、あたしは指定された駅前アトレの広場にのこのことやって来た。いや何だよ「るんたった」て。浮かれるにも程があるだろー。そう、あたしはクールな女。ビー・クール。アイ・ワナ・ビー・クール。じゃないワナビはアウト。ナチュラルに、クール。そう、ナチュラル・クール。時代は、これ。来る新時代をリードする女、椎倉佳那妥を今年もよろしく。これで行こう。


 「何してんの?佳那妥」


 ………………………だから落ち着け、あたし。たった今あたしはクールな女になった。げきどーするこの令和の時代を生き抜く、いや時代を最先端に導く女になってやるっ。つまり現代の最先端は百合。その中でも最先端オブ最先端こそが、麗しき姉妹の織りなす、姉妹百合。ザ・姉妹百合。そこに最も近い場所にいるあたしこそが、最先端の更に最先端にいる、尖った存在。そんなあたしがこーしてゴチャついてるところを莉羽に声かけられたからって「うひゃほひゃへぴらっ?!」とかいう無様を晒すわけには………いかないっ!!よし洗脳完了、今こそ伝説のはじまり…


 「だーれだ?」


 「うぴゃぽぺゃぺぴぱっっっ?!」


 ……ダメでした。いつも通りの、というより久しぶりに直接聞く分余計にかぁいく聞こえる声で後ろから目隠しされて「だーれだ」なんてやられて心臓の止まらないあたしはいない。グッバイ世界。あなたは最後にあたしに優しかった。出来れば来世は付かず離れず卯実と莉羽を見守れる存在に生まれ変わりたい………二人の間の子どもとか?って流石に発想がキモいわあたし。


 「あははっ、佳那妥おもしろーい。どしたの?」

 「えっ、うえぇぇ……その、急に触られたりするとあたししゃっくりが出る体質だから……」


 我ながら意味不明だったけど、莉羽は「ふぅん。大変だね」と理解したのかどーでもいいのか、よく分かんない返事になってた……っていうか。


 「あれ?莉羽ひとり?卯実は?」

 「お姉ちゃんはお母さんと一緒にこっちの親戚まわり。お母さんの実家こっちだからね」

 「莉羽は行かなくていいの?」

 「妹権限はつどーして逃げてきちゃった。お姉ちゃんには悪いけど佳那妥と早く会いたかったからね。うれしい?」

 「もち!」


 ここで卯実がいなーい、とか言って莉羽の機嫌損ねるほど今のあたしはアホではない。ちょっと前だったら「百合姉妹は一緒にいるのがデフォなんです!」とか言って怒らせるか愛想尽かされるかのどちらかだっただろうなあ。

 でもそれ以上に莉羽もあたしに会いたいと思ってくれてたのが、本当に嬉しかった。会いたいなあ、と思ったのがあたし一人の思い込みなんかじゃなくて良かった。


 「ふふっ、今日は誰かに見つかる心配ないだろーし、とりあえず楽しも?もしかしたらお姉ちゃんも後で合流するかもしれないし」

 「そうなの?じゃあそれまでは思い切り楽しもっか」

 「うん!」


 地元だと誰かに見られるかもしれないし、でもお出かけもしたいし、ということで本日四日、電車に乗って吉祥寺の方に遊びにきていた。正月休みってことでそれほど混んでもいないだろーって予想してたんだけど、これが意外に人が多くて、人混みの得意でないあたしはどうなるかと思って、でも莉羽と卯実に会えるから、って頑張った甲斐はあったとゆーものだ。


 「じゃあどこに行く?どっか行きたいとこある?」

 「あたしは特にはー。莉羽は?」

 「アクセみたいかな、って。それに……ふふふ、佳那妥の本気に応えなきゃね。化粧品見に行かない?」

 「あ、あう……お手柔らかに……あはは……」


 莉羽がやけにノリノリだったのは、あたしがまた頑張って一人で目元をきれーにしてきたからだ。といっても、早寝早起きを心がけて起きた後寝る前に目元のケアをちゃんとして、目の疲れそうなスマホいじりも程々にして、って感じだけれど。


 「あはは、そっか佳那妥のおかーさんもおにーさんも挙動不審になったかー」

 「あなたたち娘と妹を何だと思ってるんですか、と並べてセッキョーした時はすごく楽しかったけどね。ほんと、莉羽と卯実には感謝だよー、こんなことでもなかったら一生家族に頭上がらなかったもん」

 「そんなことないでしょ。佳那妥はさ、別に成績悪いわけでもないし、これからいくらでも、何にでもなれる……よ、きっと」

 「……?」


 なんだか少し、莉羽の声が曇ったような気がしたけれど……何だろう?


 「あの…」

 「そこそこ。電車の中でいろいろ調べてきたんだあ。早く行こ!」


 声をかけようとしたタイミングで莉羽はお目当ての店を見つけたっぽくて、伸ばしかけたあたしの手から逃れるように小走りで先に行ってしまう。なんだろう、なんて思う間もなく後を追ったけれど、卯実に聞いてみた方がいいのかな、なんて一応は考えて、それは果たせなかった。結局、きゃいきゃいと楽しんで莉羽が買い物してあたしはそれを見るのが楽しいだけの時間が過ぎて、遅ればせながらやってきた卯実と合流したのはもう暗くなりかけの頃だったからだ。


 「おねーちゃーん!こっちー!」


 ハーフコートにマフラー、といういかにもー、な装いの莉羽とは違って卯実は割とシックな色合いのロングコートを優雅に着こなす。

 そんな対照的な二人が姉妹の呼び合いをしていると、一層華やかに思えるのは別に姉妹百合云々は関係無いハズだ。だって、最初に待ち合わせたアトレの広場でまた合流したんだけど、正月にしては多い人出の中、明らかに人々の視線が集中していたから。それを受けて、ふふん、この二人あたしの親友なんだぞ、とアホな自慢をしたくなるかと思いきや、相も変わらず人混みの苦手なあたしは「なんだこのオマケは」みたいな視線に頭痛がする思いだったりする。


 「大声出さなくても聞こえてるってば。それよりも莉羽ぅ?」

 「な、なに……?」


 待ってたあたしたちの前に立った卯実は、あたしには流し目めいたちょっとドキッとする色っぽい視線をくれたあと、妹に向かっては目をつり上げややドスの利いた声で、耳元に囁くようにしてこう言った。


 「……よくもはめてくれたわね。お陰でこっちはしたくもないあいさつを何度もさせられたわよ。あまつさえこぉんな長い時間、佳那妥を独り占めとか……罪深いにも程がある、ってものでしょう?」

 「………あ、あは、あはは」


 にこやかに合流したかと思ったら、姉は鬼になっていた。妹、南無。


 「佳那妥はわたしの冥福祈ってないで助けてぇっ!」

 「そうはいかないわよ。コレ」

 「どれ?………げ」


 コートのポケットに手を突っ込んで卯実が取り出したものは、都合三枚のポチ袋。つまり。


 「あなたの分として預かってきたお年玉よ。諸々の代償として私がもらっておくわね」

 「お姉さま大変申し訳ありませんでしたぁっ!!」


 ……莉羽はほぼ九十度、上半身を折り曲げて姉に謝罪していた。外じゃなかったらジャンピング土下座せんばかりの勢いだった。こんな光景、学校の莉羽のファンが見たら気絶するんじゃないだろうか。


 「結構。これに懲りたら二度と姉を身代わりにしようなんて考えないことね。いい?」

 「……はぁい。じゃっ、いただきま………え?」

 「……だけで済ますわけにはいかないわね」


 そして早速喜色を満面に浮かべ、姉の手からポチ袋を強奪…もとい収受しようとした莉羽だったけれど、姉の顔に浮かんだ鬼の笑みがまだ消えていないのを見て固まる。


 「とりあえず罰として、この中から私と佳那妥に夕食を奢りなさい。済ませて帰るから、って家には言ってあるから」

 「お姉ちゃんひどいっ!」

 「あ、そーいうことなら心配しなくていーよ、莉羽」

 「……ふぇ?」


 今日はけっこー散財してて、きっとお財布の中身がアレなことになってるだろうなあ……の莉羽が涙目になってたので助け船を出す。というか別に姉妹相克とは全然関係無いんだけど。


 「お母さんから、三人で夕食でも食べてきなさい、ってお小遣いもらってきたから。クリパもご馳走になったし、今日はうちが出すから美味しいもの食べて帰ろ?」

 「佳那妥愛してるっ!」

 「うきゃぁっ?!」


 突然愛を告白されて抱きつかれた。なんならキスでもしよーかって勢いだった。別にイヤではないけどお年玉を取り返した代償として初キッスを奪われるってのはびみょーに納得いかない。てことで、莉羽を引き剥がしておく。


 「ぶー。佳那妥はわたしの愛が要らないの?」

 「どーせなら卯実と莉羽の二人分まとめて欲しいので、ピンなら遠慮しておきますー」

 「あら嬉しいこと言ってくれるわね。じゃあ莉羽、これは渡しておくけど、食後のデザートくらいは出しなさいよ」

 「……はぁい。ま、それくらいならいっか」


 そういうことになった。


 「で、佳那妥。あけましておめでとう、っていうのも二度目だけどね」

 「ういうい。あけましておめでとーございます。お疲れ、卯実」


 ようやくまともな会話になる。で、卯実はあたしの顔を見て感心したように頷いていた。


 「ふふっ、佳那妥のきれいなところをまた見られて、よかった」

 「いや別にナリは変わってもあたしなんか中身は一緒だよー。現に、卯実が来るー、ってならヨドバシでゲームでも探そうか、って思ってたくらいだし」

 「そういう気取りのないところも、結構気に入ってるのよ、佳那妥」

 「そんなものかなあ」


 時間的にはもう結構いい時間だったので、あたしの提案に乗っかってヨドバシで新しいゲームでも探して、いー感じに食事して莉羽の奢りでドーナツでも食べて、帰ることにした。



   ・・・・・



 吉祥寺からJRを乗り継いで池袋に行き、東武に乗り換えると、流石にお正月の夜ってこともあってベンチシートに三人並んで腰掛けることは出来た。

 真ん中に卯実、その左にあたしで反対側に莉羽。ふふん、両手に花で幸せだろー、なんて自信満々にはなれないあたし。


 「ふふ、莉羽とどれだけ騒いだの?」


 で、右手側の正真正銘の花は元気にはしゃいで疲れたのか、卯実の肩に頭を預けて「くー、くー」と寝息をたてていた。うわぁかわええ、向かいのシートに映って目に焼き付けてぇ、と言いたいところだったけど、卯実があたしの右手を握って放そうとしないのでそうもいかなかったりする。いやそうでなくてもそんなみっともない真似出来るわけないけど。


 「うーん……どっちかっていうと莉羽の方が率先して騒いでいたけど、あたしだってちゃんと楽しんでいたよ?ただー、最近早寝早起きを心がけて、健康的な生活をしてるから、少し疲れたくらいじゃ居眠りなんかしないし」

 「それは残念。佳那妥も私の肩を枕にしてくれると思ったのに」

 「それで三人分の自撮りかなんかして、後であたしを強請る?」

 「そんなもったいないことしませぇん。ちゃんとスマホの奥に保存して一人で楽しむわ」


 比較的間近で顔を見合わせて、同じタイミングでくすり、と笑う。なんだか通じ合ったみたいで楽しい。でも、それだけじゃ物足りない、と思うのは贅沢なんだろうか。

 電車の車内を見回す。他の乗客も少なくて、小声なら会話してもいいかな、と、卯実の耳元に口を寄せて言った。


 「ありがと、卯実。来てくれて。今日は二人のおかげで楽しかった」

 「そう?私も最初から来たかったんだけど、この」


 と、反対側の莉羽に目を向ける。陰になってどんな表情だったかは分からないけど、きっと優しいものだったと思う。


 「自分勝手で先走り癖がいつまで経っても抜けないワガママ妹のおかげで、そうはいかなかったけれどね」


 ………気のせいかもしんない。


 「あはは……。ね、やっぱり卯実は、莉羽のことが…好き、なんでしょ?」

 「うん。それは昔も今も否定出来ないわ。きっとこれからもそうでありたいとも思ってる。でも、それがどうかした?」

 「あー、うん。まあそうであって欲しいな、っていうあたしの希望。二人にはそうあって欲しいから」

 「他人事みたいね」

 「他人事、じゃないよ。あたしはきっと、前よりもずっとずっと、二人の側に居たがってる。興味本位で近付いたことは確かだけれど、二人が仲良く在るのはあたしの興味だけじゃなくて、小さい頃にやらかした自分の失敗が、失敗してなかったらこうだったのにな、っていう希望だから」

 「佳那妥……」


 すっ、と卯実から顔を離す。逃がさない、とでも言いたげに右手にかかる彼女の手の力は強くなったけれど、それはそれとして申し訳なく思った分、あたしも力をこめておいた。どう解釈されたかは……よく分かんない。


 「……あのね。これは勘違いだったりしたら申し訳ないんだけど……」

 「うん、なに?」


 今度は卯実からの問い。右肩の莉羽に気をつかってこっちに顔を寄せられない卯実のために、あたしは自分から耳を近づけた。


 「間違っていたら怒ってね?」


 やけに勿体ぶる。別に二人に言われて怒るようなこと、あたしには無いっていうのにね。


 「……えっとね」

 「うん」


 息を呑む音がした。そんなに覚悟決めるみたいにされると緊張してしまう。早く言って欲しい。


 「……佳那妥って、もしかして琴原さんのこと、好きだったのかな、って」


 ………言わないで欲しかった。やっぱり。

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