第17話 とある十二月の日曜日 後編
幸い、ほんっとーに幸いなことに。
合流した時は既に莉羽もいつも取りに戻って、あたしと二人でいたときのようなふにゃふにゃした様子ではなくなっていた……なんか卯実を見た時の態度が一瞬、ちょっと熱っぽくてドキリとしたけど。
そしてお家に戻って、お昼ご飯をご馳走になる。といってもサンドイッチを頂きながら二人の部屋でゲーム機の接続と設定をしたんだけど。ちなみにお父さんが手伝いたそうにしててお母さんに一喝されていたのを、三人で面白がったり。
「これ、ここでいいの?」
「あ、はい。奥までぐいっと挿さないとちゃんと繋がったことにならないから気をつけて」
「ふぅん。けっこー大変なのね。……しょっと」
「あ、映った映った。お姉ちゃん、かなたー、画面出たよー」
「はいはい、見れば分かるわよ。どう?佳那妥」
「問題ないですね。で、あとはWi-Fiの設定を……」
「えー?ゲーム機なのにネットに繋ぐの?」
「繋ぐんです。っていうか莉羽のやってるスマホゲーだってネットに繋がってるじゃないですか」
「そういうもんか」
「それからアカウントの設定しないといけないので、これは、っと……卯実のスマホのアカウント使ってもいいです?」
「それ大丈夫なの?」
「あたしだって同じことしてるんですけど」
「あら。佳那妥と一緒というのには惹かれるものがあるわね。いいわよ」
「お姉ちゃんなんかずるい!わたしのアカウント使ってよ!」
「あーはいはいどっちでもいいんで二人で話し合って決めてくださいー」
……という感じの、本題とはあんまり関係のないやりとりが大半を占める時間を経て、ようやくゲームが出来るようになった。ちなみにお昼ごはんもすっかり消化されて「なんかお腹空いたね」と莉羽が言い出すくらいには時間がかかってた。
「あとはゲームするだけなので、あたしはこの辺で……」
「え?帰っちゃうの?一緒に遊んでいかない?」
「そうよ。仕事だけさせておいて、終わったら帰したんじゃあ、すごい人でなしみたいじゃない」
別にそんなこと考えたりしないけど、二人が仲良く遊んでいるところを見るのはあたしにとってご褒美なので、じゃあ折角だから、ということになった。
「そうこなくっちゃ。じゃあわたし何かお菓子持ってくる!」
「おかまいなくー」
「かまうに決まってるでしょ!」
常套句を冗談にして、莉羽は上機嫌で部屋を出て行った。莉羽のそういうとこ、あたしは結構好きだったりする。
「ふふ。早速始めてみる?」
「あー、なんか莉羽に悪いので戻って来るまで待ちましょ」
「佳那妥ってほんっと、律儀よね。そういうところ」
半ば呆れ気味に言われてしまった。そんなつもりはないんだけど、他の人からはそう見えるんだろうか。っていうかあたしの場合、二人が一緒にいたり何かしたりしてるところを最優先してるだけだと思うよ……って。
「……何してんです?」
「ぴとっ」
「口で言わないでください。なんか恥ずかしいので離れて離れて」
隣の卯実が、気付いたらぴっとりと肩から腕のトコまでくっつく距離にいた。普通に恥ずかしい。ていうかこの部屋ってさっき莉羽が言ってた、同じ布団に入ってくっついてたら落ち着いたり落ち着かなかったりした部屋……あわわ。
「……へー。私にくっつかれてそんな顔する辺り、少しは意識してくれてるのかな?」
「そっ、それは意識するに決まってるでしょっこぉんな美少女にくっつかれたら全人類が緊張しますって!」
「そう?褒め言葉だと思いたいけど、私としては莉羽と佳那妥だけが意識してくれればそれでいいかな」
「だからなんで莉羽とあたしを並べんですの………ううっ」
にじり、と膝を起点に体をずらすと、ぴとっ、とまた口にしながらひっついてくる卯実。その度に彼女の髪や肩からいいにおいが漂ってきて落ち着かなくなる。
にじり。ぴとっ。にじり。ぴとっ。にじり。ぴとっ。
恥ずかしいけどなんか逆に楽しいかも……と思う頃にはとうとう壁際まで追い詰められ、これからどう逃げようかと考えたところで、莉羽の冷たい声で我に返った。
「何してんの?二人とも」
「あら、おかえり。莉羽も混ざる?」
当然あたしは凍て付く声色に射貫かれ身動きとれず。
一方卯実はのんきに振り返って、こっちおいでと莉羽を手招き。おいで、って一体どこに収める気なんですかあーたは。
そしてあたしの後ろにやってきた莉羽、黙ってあたしと卯実の間に両手を入れると、引き剥がすようにそこに身を差し挟んできた。
「わたし、ここがいい」
やーん、お姉ちゃんとられたとか思ってる。かわいー。莉羽に妬かれるのとっても楽しい……いやこの場合お姉ちゃんに妬いてる、って言うんだっけ?どっちだったっけ……まあいいや。莉羽がとってもかわいくて、思わず頭をなでなで。
「……うー」
そしたら小さくうなって俯いてしまった。ますます可愛い。良き。
「………ね、佳那妥。私も。はい」
そして負けじと卯実もあたしに頭を差し出す。……いやちょっと待てあなた姉でしょうがむしろあたしから莉羽を奪って「私の方が莉羽を大事にしてるからっ!」って宣言かましてそれ聞いた妹は「おねえちゃあん……」ってその豊満な胸に顔を埋めてすりすり。「もう、甘え上手よね、莉羽は」とお姉ちゃんも満更でもない様子で二人は一つに溶けてしまいそーなくらい近くでぎゅぅって抱き合う二人は幸せあたしも幸せ、って場面になるのが本来でしょーが正義でしょーが……って。
「…はやく」
……正義どこいった。だって卯実は、いつもみたくあたしをからかうように、悪戯っぽい笑みを浮かべているのでなくて、なんか面白くなさそーに催促していたから。あ、あれぇ……?
「こ、これで……い?」
「んっ………」
仕方なく……というか、むしろそんな卯実の赤くなった顔を見てむくりむくりとおかしな気分が湧き起こり、そんな衝動に動かされるがままに、莉羽の頭を現在進行形で撫でてる手と反対の手で、卯実の頭も同じようにしてあげる。ていうか「してあげる」て何だ。仔猫の親かあたしは。
でも、何故か。なーぜーかー、悩ましげな声を出してあたしをミョーな気分にさせる卯実。ついでに莉羽も張り合うみたいに負けず劣らず艶っぽい声をあげていた。あああもおおおおなんなのこの世界ぃぃぃぃ!
「……ふぅん…」
「う、んっ……」
「……えっ、えっと!………そ、そろそろゲームしません?ゲームしましょっ?!ね!ね!」
なんか耐えきれなくなって、ゲームの話を始めるあたし。というかゲームが本来の目的だったんじゃないか。一体どうしてくれるのこの空間……。
でも、始めてしまえばそこはあたしたちもまだまだ子ども。二人とも、スマホやタブレットでちょこっとしたゲームはやってるみたいだったけど、ゲームの専用機でがっつり遊ぶのは初めてということで、やり方をちょっと教えたら早速ムキになって競い始めた。
「あーっ!お姉ちゃんそれずるーい!!」
「ルールの範囲内でやってるのにずるいもなにも無いわよっ!!」
とか。
「莉羽それさっきの仕返しのつもりっ?!陰険過ぎるわよあなた!」
「ふんだ勝てば官軍だもんっ!!」
とか。
「これで三連勝ーっ!やーい、お姉ちゃんザコーい!!」
「姉妹の縁切ってやろうかしら!このナマイキな妹はもうっ!!」
……なんてあたしの胆を冷やすようなやりとりもあったりで。正直これ失敗したかなあ、なんて後悔の念も頭をよぎった瞬間もあったよね。ほんと。ゲームが切っ掛けで愛しあう姉妹は別れました、なんてオチにしてもひどすぎるっ。
でも、結局は二つのゲームで、コントローラーが二つしかなかったから三人で交代しつつ、とても賑やかな日曜の午後を過ごしたのだった。
そして対戦にもちょっと飽きて、というか疲れてしまって、卯実はお花を摘みに中座した頃。
「んー……やっぱり難しいなあ、このステージ。ねー、佳那妥?何かコツとかないの?」
ぼけーっと遊んでいるところを見てたら、今は乱戦格闘ゲームの、対戦じゃなくて一人プレイ専用モードで遊んでいた莉羽が振り返ってそんなことを言っていた。
まあ一人遊びはあたしのお手の物だし、アドバイスするくらいいくらでも、とコントローラーをかしてもらおうとしたら。
「教えてくれるの?じゃ、こっちきて」
「?」
自分のお尻の後ろあたりの床を、ぽんぽんと叩く莉羽。意味がよく分からなくて首をかしげていたら、少しムッとした顔になって、四つん這いになって近付いてきた。
ここしばらくの莉羽の態度からしてまーた何か距離感ぶち壊し系の困った真似でもするのかと思ったら。
「ほら、足開いて」
言うと同時に女の子座りしてたあたしの膝頭を持って強引に開くと、空いた隙間にお尻の方から割り込んできたのだった……って予想のはるか斜めうえっ?!
「え?ふぇぇぇぇっ?!」
「佳那妥うるさい。ほら、これで教えて」
「ちょまっ?!」
そして、あたしの手をとってコントローラーを持った自分の手に重ね、はいお願い、と画面に向き直る。
ごてーねーに首を右に方向け、左側にあたしの視界を確保してくれてるのはいいのだけど、かつてない密着っぷりによって莉羽のにおいが体の前面に漂いついでに彼女の髪はあたしの頬をくすぐってこそばい。そのかつてないあざとさにあたしの脳天は何か出たらいけない系の汁を噴出しているかのようで、なんか頭がふわんふわんしてきた……ああ、莉羽の香りがとってもイイ………………じゃなくて!あたしは姉妹百合の教徒にしてこの二人の友だち!愛しあう友だちの背中をみつめ見送るのが我が矜持だからして!だからして。だから……
「佳那妥ぁ、はーやーくー」
はふん。
鼻にかかるような甘い声に、あたしの脳は……というか、体の奥のどっかが、じゅんわり、と湿り気を帯びたような気がした。なんか、少なくとも生まれてこの方味わったことのない感覚。でもどこか懐かしくて、だけど気持ち悪くもあって、それを認めると自分が自分でなくなるような……手に取ると壊れてしまうような…………やば、これ………ちょっと、卯実……たすけ………あたし、おぼれ…………。
「……何をしてるの?二人とも」
………またかっ!!いい加減ワンパターンだっつーの!と抗議しようとしたけれど、やっぱりココロとカラダを繋ぐものがどこか曖昧な感じになってしまってたあたしは何の反応も出来なくて、そのまま莉羽の肩に頭を預けるような格好のままでいたのだ。
「んー。なんかこうしてると気持ち良くて。お姉ちゃんもどう?」
「……仕方ないわね」
何が仕方ないんだろ。
そう思っているうちに、背中の後ろに卯実のものとしか思えない気配が濃くなる。
「じゃあ、ちょっと」
いや、じゃあもちょっともありますかい、って突っ込む間もなく、卯実が豊満な胸をあたしの背中に押し当てる。あたしが莉羽にしてるのと同じよーな格好を、あたしの後ろの卯実がしてる。違うのは、前に位置する背中に当たる、ナニガシかの迫力くらいのものだ。ちくしょー。
「……ふふ、なんだか安心するわね、これ」
「でしょ?」
あたしを間に挟んで行われる会話の意味が、よく分かんない。あたま、ぼーっとしてる。卯実の腕が、あたしのお腹の方にまわってやさしく締め付けてくる。背中に当たってる双丘の感触が強くなる。ねたましい、というより包まれるみたいで、なんだか安心……んや、やっぱり体の奥の湿り気が増すみたいな。
でも今度は、不思議と怖くなかった。ただひたすらに気持ちよかった。このまま飲み込まれてしまいたいと、思った。いつまでも、二人のにおいに包まれていたいと、思った。
あたしは……愛しあっている姉妹の間に挟まれ、悦びを知った、気がした……。
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