第9話 きっと初めての経験

 「……と、いうことがありました」


 なんか昨日も同じようなことを言った気がするけれど、その日の夜にあたしはハルさんに電話で夕方の出来事を報告したのだ……といっても、別に品槻さんの事情を細かに説明したわけじゃなくて、ただ単に二人の家に遊びにいって、割と仲良くなったよー、ってだけの話だ。大体、こと細かに説明なんかしたらあたしの醜態まで晒さないといけなくなる。ハルさんとは隠し事しないでやっていこー、と思っているあたしではあるけれど、アレだけはあり得ない。二人にも「どうかこのことは誰にも言わずに!」と土下座してお願いしたら、一般的にはささやかな代償と共に快諾はしてくれたんだけど。まあいい。


 『別にいちいちカナの交友関係をあーしに報告する義務はねーと思うけど、まあよかったね』

 「うん。ありがと」


 電話口のハルさんの対応は素っ気ない。でも、こーいう場合普通に喜んでくれてることが多い。独立不羈のツンデレ、とかつて例えたことがあったけど、何を言ってんのあんた、と友だち付き合いしだしてから最悪に冷たい目で見られたのは悪い思い出だったりする。


 『ま、こないだも言ったけど、あの二人についてなんか困ったことがあったらさっさと言うこと。いい?』

 「考え過ぎだと思うんだけどなあ……」


 スマホ片手に枕を抱えてベッドの上、なんて図なら平成のオトメっぽいけど、いかんせん令和の百合オタ女子高生は兄のお古のデスクトップパソコンに向かってヘッドセット装着した格好でDiscordのボイスチャットだ。色気も可愛げもないこと甚だしい。あたしらしいと言えばらしいけど。

 で、ハルさんの言わんとすることがよく分かんなくなってる。

 品槻姉妹は、今日一日一緒に過ごして分かったけれど、ほんとーにお互いを大事にしてて、そんであたしみたいなしょーもない女にも、そこにいるのが当たり前に接してくれる。ありがた~い話だ。

 そんな二人が友だちづきあいしてる子らが、悪い人のわけないと思うんだけどなあ。普通に、当たり前に、幸せに高校生やってると思うよ、二人とも……ってなことをヘッドセットのマイクを介して伝えたんだけれど、ハルさんの反応はすこぶる鈍かった。


 『ん、まあなんていうかさ……まあいいよ。これ以上言ったら品槻たちを悪く言ってるみたいに思われるからさ』

 「それ言ってるも同様……ってことはないか。うん、ハルさんはあたしのことを思って言ってくれてるんだよね」

 『それも百パー事実ってわけじゃないんだけどね……いやカナに酷い目に遭っては欲しくないってのは本当だけどさ』

 「分かってる。ハルさん、いつもありがと」

 『改まって言われると……』

 「照れる?」

 『おばか。今さらカナ相手に照れたりするかっ』


 それツンデレの定番の台詞じゃん、と言おうとしたら、『ありゃ、雪の字からの着信だわ』とツッコミをかわすようなことを言い出した。まあ時間も遅いし、あたしも馬に蹴られたくはないので、「んじゃあたしは寝るね。ごちそうさまー」と伝え、何やらハルさんの喚く声が聞こえるヘッドセットを外してボイチャを退出したのだった。

 眠たかったのは事実だしね………いろいろあって。



   ・・・・・



 「おっはよ、佳那妥っ!」


 ……いやなんであたしの通学路で待ち伏せしてんのこのひと。家の方向逆でしょーが。もしかしてわざわざ学校を一度通り過ぎてからこっちまで来たのか。呆れる。


 「んふ、昨日の光景が忘れられなくてねー。佳那妥がどんな顔してるのか見たくて迎えに来ちゃった」


 と、あいさつもそこそこに赤面したくなるよーなことを言う、品槻妹こと莉羽だった。ていうか、いつの間にかあたしのことを下の名前で呼ぶようになっているのは……。


 「だからおはよ、佳那妥」

 「……おはよーございます、莉羽さん」

 「莉羽……さん?」

 「……莉羽」

 「おっけ」


 んふふ、とこれまたご満悦の表情。対照的にあたしは苦虫を噛みつぶしたような顔、の見本みたいなぶっちゃいくなツラになっている。たぶん。

 とりあえずそんな不様を見られたくなくて、不機嫌なオーラを背負ったまま先に立ってあるく。この辺は駅からの道でもないので、他にオナコーの生徒もいたりはしないけど、人通りそのものは少なくないので並んで歩くわけにもいかない。

 ちなみになんであたしの登校路を莉羽が把握してるのか、というと昨日なんやかんやあって連絡先を交換した時に聞かれたのだった。別に隠すようなことでもないので住所を教えたのだけど、まさか即翌日に活用されるとは思わなかった。行動力。

 それにしても。


 「……どうかした?」


 莉羽がかわいく小首を傾げてそう尋ねたのは、きっとあたしが目の上に手かざして素早く周囲を確認していたからだろう。だって。


 「卯実さ……卯実はっ?一緒じゃなんいですかっ?!」

 「お姉ちゃん?今日は委員会があるから、って先に学校行ったけど」

 「そそそそんなぁっ………がっくし」

 「え、わざわざ会いに来てあげた新しい友だちを前にその反応はひどくない?」

 「ひどいのは莉羽の方ですっ!」

 「わっ」


 この世の終わりみたいな気持ちになって一度はうずくまったあたしだったけど、彼女のもう半身を忘却の彼方にぽーいっと放り投げるような物言いは許さない、と立ち上がって莉羽を指さす。


 「いいですかっ。あなたと卯実は……こないだも言いましたけど比翼連理の関わり。あなたがいるから卯実がいる。卯実がいるからあなたがいる。少なくとも昨日からわたしはそう理解したんです!」

 「……えーと、昨日の話を聞いてどう解釈すればそういう結論になるのかよく分かんないんだけど」

 「分からなければ教えてあげましょうっ!いいですかそもそも姉妹は……」

 「………うん」

 「姉妹、は………」

 「わたしとお姉ちゃんは。うん、なに?」

 「し、姉妹は………」


 ……………またやってもうた。だから正真正銘の百合姉妹というか尊いとかそんな賞賛を超えたところにある姉妹という名の絆で結ばれた卯実と莉羽に、あなた方は一緒にいないとわたしが萌えられないじゃないですか、とかアホの極みな宣言を声高くしてどーする。いや二人がきゃっきゃウフフしてる場面は網膜に焦げつかせてあたしの記憶どころか人類の未来に送り届けないといけないのは義務として、それとは別にやっぱり二人も当たり前の女の子として暮らしていく権利はあるんだから。


 「……うーん、佳那妥はまた何か難しいこと考えてるみたいだけど、わたしとお姉ちゃんのことでそんな思い詰める必要ないよ?」

 「うぇ……?」


 指突き付けたままの格好で固まるあたしの手をとって、莉羽は学校に向かって歩き始める。そいやのんびりしてられる時間でもないのか。


 「佳那妥が優しいのは昨日のことで分かったから。だから、面倒なこと考えないで、あたしやお姉ちゃんの友だちやってくれればそれでいーよ。その方が……」


 でも、莉羽は立ち止まって、通学鞄を両後ろ手に持ち、セミロングのボブを翻すように勢い付けて振り返って、言う。


 「わたしも楽しいし。お姉ちゃんも楽しいし。そして佳那妥も……」


 それから、お返しみたいにあたしの鼻先に指を触れるくらいの距離にまで右手の指先を寄せて。


 「楽しいと思ってくれると、わたしは嬉しいなっ!」


 で、ぽかんとしてるあたしをほっといて、また振り返ってスキップでもするくらいの空気をまといながら、さっさと行ってしまった……もしかして照れてたのだろーか。

 それにしても……。


 「…あざとい。どこまでもあざとい子」


 この、ドストレートな感想だけは、どうしても捨てらんないんだよね。


 「あ、ところで……と」


 で、あたしを置いて行くかとも思えた莉羽は、すぐに立ち止まってあたしを待っていた。ここからは道も広くなるので、確かに並んで歩いても迷惑ってわけじゃない。あたしは莉羽の隣に回り、少し歩くスピードを落として「なんです?」と肩を寄せた。


 「ん、例のお願いなんだけど……」

 「例の……っていうと、お姉ちゃんに嫉妬させたい、ってあれです?」

 「うん、そう」


 うーん……あたしとしてはもういいんじゃないかな、って思う。だって一緒に下校した段階でもう卯実はけっこーあたしにジェラシってたもの。その後の出来事で割とうやむなになってしまった感はあるけれど、あたしの鋭敏な百合センサーによればまず間違い無く、お姉ちゃんは妹ラヴを極める階段きざはしを登りつつある。卯実がどういうつもりであっても、二人はラブラブ姉妹。あたしが保証するっ。


 ……てことを、言葉を選びながら(だって百合センサーなんて言えるわけないし)伝えたところ、莉羽は。


 「う、うん……だといいなあ、って思う」


 ぷしゅぅぅぅぅ………ってな具合に真っ赤になっていた。あーもーどこまでかわいいのこの子ー。


 「でしょ。だからもう、あたしにひっついたりする必要なんか……」

 「……で、でもっ、もうちょっと押しは必要だと思わないっ?」

 「え?」


 一転して、慌てる莉羽。なんで?時々手伝うくらいならいーけど、もうそんな真似する必要ないと思うんだけどなあ。あたしとしては間に挟まるよりも少し離れたところで愛でて見守りたいのだよー、この世界に貴重な姉妹百合はー。


 「……だって、もうあなたなんか必要ありません、って捨てちゃうみたいで……そんなひどい真似、したくないもん」

 「あ、ああそういう……でも大丈夫です。もともとあたしは友だちなんかほとんどいなくて。昨日のことだってほんと奇跡みたいな出来事だったし、それに二人の邪魔したくないんです、あたしは」

 「邪魔とかそんなんじゃなくて……ええっと………ああもういいっ!佳那妥のあほっ!!」

 「は?……え、ちょっ……り、うー……?」


 怒り方の擬音としては「ぷんすか!」って感じで深刻さはないけど、ハルさん以外に友だちに怒鳴られた、なんて経験のないあたしは、どうしたらいいのか分かんなくってその背中を見送ることしか出来ないのだった。


 「………佳那妥のあほーっ!!」


 ……だから、その立ち止まって振り向いて、もう一度叫んでいくの……必要なん?

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