恋愛疲弊




 恋愛に疲れたんだ。


 男は言った。

 世界共通の法律に賛同する多くのやつらは、恋愛に疲れたんだ。


 恋愛を成就させる事に。

 成就させた恋愛を維持させる事に。

 恋愛相手に裏切られた事に。

 恋愛相手探しに奔走する事に。

 恋愛相手から自由を、命を脅かせられる事に。

 恋愛相手と縁を切る事に。

 性交渉について悩まされる事に。

 子どもを産むか産まないか悩まされる事に。


「あらゆる恋愛問題を自分で考えて行動する事に疲れて、そして、世界共通の法律に飛びついた。自分で考え、行動しなくていい、子どもに対して責任を負わなくていい。この世界共通の法律に押し付けられているという理由の下、決められた結婚相手と、選ばれた赤子と添い遂げればいい。不平不満が出てきたとしても、やり遂げられそうな気がする。なんて。意味がわからん。自由恋愛を禁止されて、恋愛に関する押し付けを、まさか嬉々として受け入れるだなんて」

「世界共通の法律が課せられるのは、この法律が成立施行された年以降に生まれた者からだ。すでに成人のおまえには関係のない話。やり過ごせばよかっただろう。それを、大々的に反対デモを起こした。当然の報いだ」

「別に後悔はしてねえよ。あるとしたら。はい」

「私とおまえは初対面だ。その葉書を受け取る謂れはない」

「あんたが被っている看守の皮とは確かに、初対面だが。あんたとは長年の付き合いじゃねえか。なあ」


 男は鉄格子の合間に挟み込んだ葉書をゆらゆらと揺らした。

 看守は見下げるだけで、微動だにしなかった。


「早く受け取ってくれよ。それとも、警察のくせに、投獄された俺に呆れ返って他人の振りをし続けるつもりか?長年追い続けたってのに、つれねえなあ。怪盗バレンさんよお」











(2024.2.7)



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