第2話 ご褒美に見せてあげる♡

 放課後になり、俺はバイト先のファミレスに向かっている。このバイトを始めたのは今と同じ高2の時だから、そう長くはない。


ファミレスを選んだ理由は、美空みそら姉ちゃんに強く誘われたからだ。俺も姉ちゃんがバイト先にいたほうが心強いし、その誘いを受けた。


だが俺はロクに料理をした事がなかったので、応募前に姉ちゃんにキッチン業務のを簡単に教えてもらった。


そのおかげで、スムーズに研修の内容を覚える事ができたよ。姉ちゃんには本当に感謝している。



 バイト先のファミレスに着いた。ここはスタッフ専用入り口がないので、お客さんと同じように入店する。


「いらっしゃいませ~!」

元気な女性の声が聞こえてきて、俺の元に来る。


「…荒井あらい君か。お疲れ」


俺に微笑んでくれたのは、ここのオープニングからいる須藤すどうさんだ。姉ちゃんと同じ大学1年だが、勤続年数が長いので店長の片腕ポジになっている。


「お疲れ様です、須藤さん」


「準備できたらキッチンに向かって。美空ちゃんが大変なの」


忙しくて仕込みができてないとか? ホールは彼女1人だけだし、訊くより見たほうが速いな。


「わかりました」


俺はレジそばのスタッフ専用入り口からバックヤードに入る。



 急いで着替えてからキッチンに入る俺。…いるのは姉ちゃん1人だけだが、何やら暗い顔をしているし手の動きが遅い。どうしたんだ?


「姉ちゃん、俺は何をすれば良い?」


俺に気付いた彼女は笑顔を取り戻し、俺の元に来る。


「やっと来てくれた。寂しかったんだから♡」


もしかして調子が悪かったのは、俺がいなかったから?


「朝会ったじゃん!」


「なるべく、ずっとそばにいたいよ♡」


「駄々こねないでくれ。須藤さんが心配してたし何事かと思ったら…」


「…何とか調子を取り戻したみたいだね、美空ちゃん」


須藤さんがキッチンに顔を出してきた。今は手が空いてるみたいだな。


「まぁね。大地だいちがいないと、私は全然ダメでさ…」


俺はそんな風に思った事ないぞ? 謙遜かな?


「わかる! アタシは妹だけど、年下がいると心の支えになるわよね~」


「そうそう」


俺も美海みうの前で情けないところを見せたくないし、須藤さんの言いたい事はわかる。


「さて、おしゃべりはここまでにしようか。状況に応じてホールのヘルプお願いね」


「わかった」

「了解です」


姉ちゃんと俺の返事を聴いた後、須藤さんはキッチンを後にする。


ここのスタッフは全員、ホールとキッチンを掛け持ちできるように指導されている。とはいえ、向き・不向きがあるから最低限になるけどな。


明るい須藤さんはホール向け・俺と姉ちゃんはキッチン向けだ。


「姉ちゃん、頑張ろうぜ」


「そうだね」


俺達はシフトを終えるまで、一生懸命取り組んだ。



 シフトを終えたので、俺と姉ちゃんは同時に上がる。俺達と交代する形で店長が来るから心配する事はない。


姉ちゃんの準備を待った後、一緒に店を出る。店から家までは徒歩圏内だから、今のように暗い中でも安心して帰れるのが良い。


「大地、手を握ってくれない?」

人気がない道に入った時、そう言って手を差し出す姉ちゃん。


「手? 何で?」


「さっき芽依に言ったでしょ? 『私は全然ダメ』って…」


芽依というのは須藤さんの事だ。それにしても、意味が違うと思うんだが…。


「ね? お願い」


「はいはい。美海にバレないように、家の前あたりで止めるからな」


「優しくて気遣いができる弟になってくれて嬉しい♡」


俺は姉ちゃんのリクエストに応え、家の前まで手を繋ぎながら帰宅するのだった。



 「ただいま~」

玄関の扉を開け、俺と姉ちゃんはほぼ同時に言う。


「おかえり~」

美海が玄関先まで来てくれた。


ラフな格好の上にエプロンを着けている状態だ。


「お母さん、今日帰り遅くなるって。だからあたしが夕食作ってるの」


こういう展開は珍しくない。部活とか塾に行ってなくて帰りが早い美海が、母さんの次に家事をこなすのだ。


「そうか、ありがとな」


「お姉ちゃんはあたしを手伝ってね」


「わかってる」


「お兄ちゃんにはお風呂掃除をお願いしたいんだけど良いかな?」


「もちろんだ」


「バイトで疲れてるだろうし、ご褒美がないとね♡」

美海はそう言って、エプロンとスカートをまくり上げる。


…水色のパンツがはっきりしっかり見えた。


「……それじゃ、後お願いね」


美海は顔を少し赤くして、逃げるようにキッチンに向かって行く。恥ずかしいならやるなよ!


「美海なかなかやるわね」


「そうだな…」


いろんな意味を含んだ発言に思えるが、今訊く事じゃない。


「って、いつまでもここで話してる場合じゃないな。すぐ準備しないと」


「そうね」


家に上がった俺と姉ちゃんは、部屋の近くまで一緒に行った後に別行動をとるのだった。

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