雷鳴都市

飛水 遊鳳

雷鳴都市

 街の建物たちは、その頭上に迫る灰色雲に触るまいとめいめい奇妙な角度を取っている。

 それが窓から見えるのを、授業中にも関わらず生徒らが夢中に眺めている。

 私は声を張り上げた。

 そうすると生徒らははっとして黒板の方を向くようになったのだが、じきに雨が降ってきて雷が鳴った。

 暗雲の狭間は盛んに閃き、ともすれば稲妻が弾き出されてくるようにみえるのが分かると、生徒らはまた窓に張り付いて光景への興味を隠さなくなった。

 街はざざ降りの雨に濡れて、モザイク様に在る工場の煙突から昇る煙は白くなっていた。窓を這う水滴も絶えることがない。

 悪天がますます勢力を増していくのに授業は忘れ去られて、誰もが窓にかじりついていた。

 バリバリ、ガラガラ、雷ががむしゃらに雲中を駆け回る音だけが不穏に耳に届くのを、生徒らは楽しんでいる。

 席を立っていた一人が「光った」教室はにわかに色めき立って、その瞬間が訪れるまでの僅かな静謐が訪れた。

 刹那。

 ゴロゴロォ、と大きく唸るような音声が空を響いて、生徒らは歓喜の声を上げた。

 私が戦々恐々と空の行方を窺っている心も知らずに、弱冠もない人間は冒険心に任せて騒ぎ立てているのだ。

「そろそろ落ちても可笑しくはない」

 窓際からそういうのが出てきて、皆口々にいつだの、どこだの、と恐ろしい予想を立て始めた。

 私が着席を命じても、もはや聞くものはいない。

 然れば私は教卓に立ち、さても崩れそうな膝を固めて、黙然と威厳を防衛し続けるしかないのである。

 生徒らはもう期待して遠雷がゆるゆると鳴るのには少しく退屈を見せ始めていた。

 それを一際窓が光って、竹をいっぺんに千万も割ったような大音声が劈いた。

 生徒らが大いに驚喜してその胸のすくような快気をさらに喚呼するのを見て、私は居ても立っても居られなくなってしまった。

 私が窓に駆け寄ると生徒らは何ら抵抗無しに間隙を空け、招き入れる。逸る気持ちで光景に臨むと、或工場の屋根が火災になっていて一層堪らなくなった。

 しばらくして消楼とも称すべき雷鳴都市の守護者が跳んで来て、工場の燃える屋根の直上で吊るされた銀色の細かく彫刻された洋鐘を震盪させた。

 りんごんりん、と響震する銀鐘を一心見つめるのは私だけだ。他は頭上の暗澹ばかり視ていて、都市に広がる神秘をみつけようとはしない。

 不乱に振り動く消楼が雷火を鎮めるのをじっと観察していると自信がみるみる戻ってきた。

 体感には永遠にも等しき時間で壮麗さを見せ付けた消楼は、実際は寸分も満たずに鎮火を果たして飛び去った。

 煙はじきに雨で消えるだろう。

 私は教卓に戻って、手を叩いた。


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