第三章 星護高校 ⑨

 少し離れた所からゆっくり歩いてくるのは背の高い青年だった。ジーンズにラフなジャケットを羽織ってどこか酷薄な笑みを浮かべている。


「せっかくの職場体験だけど。適性がない人間に経験させても無駄だと思うぜ?」


 大学生くらいかなと見つめた透子に、彼は満面の笑みで返した。

 千瑛がちらりと千尋を見て、青年の視界をふさぐように立った。


「……久しぶり。かず

「お久しぶりです、千瑛さん……と、そちらが芦屋透子さん? 千瑛さんがもったいぶって本家に連れて来ないからおやが不満たらたらだったよ」


 値踏みするような視線に透子は一歩下がる。千尋が透子をかばうように無言で二人の間に立ったが、青年は千尋を押しのけるようにして無理やり透子の前に立つ。


「初めまして、さいとう和樹です」

「紫藤さん」


 透子が呟いたとき青年の後ろで何かが動いた。

 先日、神坂の家ではまひらの口から出たモヤのようなものがこちらをうかがってうごめいている。

 透子の表情に何かを察したのか和樹が振り返る。


「ちっ──霊かよ!」


 ──愚痴った和樹の手の中で何かが──短刀が光る。彼はそれを無造作に透子が視線を向けた方角に投げた。


「ギャアアアアアアッ」


 もんの声に透子は耳をふさぐ。おそるおそる和樹が何かをした方向を見ると、透子が見つけたもやは、叫び声をあげながら解けていくところだった。

 ──和樹はそれに近づき、床に刺さった短刀を引き抜く。

 サラサラと砂が崩れるようにそれは姿を消した。


「なんなんだ? この高校……霊の気配が濃すぎじゃないか」

「……和樹。さっきのはただ、学校を漂っていただけの霊だ。無理に消す必要はない」


 和樹と呼ばれた青年は肩をすくめる。


「死んだ奴に気を遣う必要ある? いずれ鬼に変わるかもしれないだろう。予防だ」


 透子は思わず両耳に手を触れた。──切り裂かれた時の断末魔が消えずに怖い。平然としている目の前の青年も同様だ……。青年は夜のように黒い目で透子をまた値踏みするように見た。


「お姫様は何も訓練を受けていないのに目がいいみたいだな? 俺より先に、霊に気づくとは思わなかった。さすがすみサマの娘」


 透子は困惑しながら青年を見上げた。真澄と言うのは母の名前だ。


「母を、ご存じなんですか?」

「それはもう、よくご存じだよ。芦屋真澄は優れた見鬼だったと伝説だから。一族以外の一般人なんかと結婚して、せっかくの能力を無駄にしたって聞いたけど。娘が優秀なら生んだがあったな」


 透子は絶句して、耳を疑った。

 一般人なんか。無駄にした。

 初対面の人間に対して言い放つ言葉ではない。


「失礼な言い方をするな」


 千尋が不快をあらわに吐き捨てると和樹と呼ばれた青年は、やけにうれしそうに千尋に顔を寄せるとねずみをいたぶる猫みたいにちろり、と赤い舌を出す。


「走れないサラブレッドより、優秀な雑種のほうが役に立つよな」

「──やめろ、って言っているだろ」


 思わずといった具合で胸倉をつかんだ千尋を、和樹がにやにやと笑いながら見下ろす。


「はいはいはーい、ストーップ! 和樹は高校まで何しに来たんだ? けんしに来たわけじゃないだろ? 大学の授業が理解できなくて、高校に舞い戻るつもりとか?」


 和樹はべ、と再び舌を出した。ぱしん、と千尋の手を払う。


「公立とか頼まれても行きたくないね。制服がヤダ」


 険悪な雰囲気を隠しもしない和樹を千尋から引きはがして、千瑛がはあっ、とため息をついた。で? と千瑛に促されて、和樹と呼ばれた青年もけんのんな空気を収める。


「警察から紫藤の家に依頼があったんだよ。最近星護高校で霊障が多いからなんとかしてくれって。ま、俺はいらなかったみたいだけど……謝礼は俺がもらってくからな」

「じゃあ、さっさと帰れよ」


 和樹は毒づいた千尋を見た。


「千瑛さんに用事だよ。それにせっかく久々にあったんだし、友好を深めようぜ、弟」

「弟?」


 透子は驚いて和樹と千尋を見比べた。

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