第2話
「ローザ、お前の婚約がようやく決まった」
私が完全な健康体ではなく何度も魔法使いの侯爵邸に静養しに行っていることや、その他の様々な政略的事情もあり、私の婚約者はなかなか決まらずにいた。両親は頭を抱えていたけれど、その問題がついに解決したらしい。
そしてその相手があのアーヴィン様であることを知った時、私は喜びのあまり目まいを覚え、その場に倒れそうになった。
嬉しい。嬉しい……っ!
こんなに幸せなことがあるかしら。まさかあのアーヴィン様が、私の未来の旦那様になってくれるなんて。
幼い日のアーヴィン様の優しい笑顔をまた思い出し、私の胸は甘く締め付けられた。
私は運命を信じて疑わなかった。あまりに嬉しくて、舞い上がっていて。
だから少しも不思議に思わなかったのだ。
もう二十歳になっているはずのアーヴィン様に、なぜこれまで婚約者が決まっていなかったのか、なんて。
幼い日のただ一度だけの恋の幻影を追い求め続けていた私は、何もかもが必然のように思えていた。
◇ ◇ ◇
いよいよ彼の家の領地に赴き、婚約者として対面することが決まった。
両親は諸用のため領地を離れることができず、私は侍女や使用人たちとともに数日間の馬車の旅をすることになった。
旅の途中、私の心は千々に乱れていた。
(私を見たら、アーヴィン様はすぐに気付いてくださるかしら。どんなお顔をなさるだろう。何と言ってくださるのだろう。ローザ、ようやく会えたね。ずっと君を待っていたよ……そう言ってくれる……?ああ……)
そしてついに彼の住むお屋敷に着いた。
馬車が門をくぐり屋敷までの道を進んでいる間、私は飛び出してしまいそうなほど激しく高鳴る心臓を必死で落ち着かせようと、深呼吸を繰り返していた。
今主人と奥方が外出しているので、先にアーヴィン様にお目通りを……、と言う家令に導かれ、屋敷の中を進む。緊張のあまりクラクラする。
やがて通された部屋の中に、足を震わせながら入っていくと…………
(…………え……?)
目の前には、たしかにあの日の面影を残した美しい顔立ちのアーヴィン様と、……そしてその隣には、長い黒髪に猫のように釣り上がった目をした、綺麗な女性が立っていた。
二人して、腕を絡めあいながら。
「……君がローザという名の伯爵令嬢か」
「……。……ア……、」
「最初にはっきりと言っておこう。僕は君を愛することはない。僕には大切な女性がいる。君と同じ名だが、全くの別人だ。幼い頃から、僕は彼女一筋だった。だからこうして伯爵家同士、政略的に婚約させられたからと言って、君のことを愛する日は、絶対にやって来ない。期待しないでくれ。……な、ローザよ」
「ふふ」
アーヴィン様はこの上なく優しい目をして隣に寄り添う女性を見つめた。
悪夢を見ているようだった。目の前がすぅっと暗くなっていった。
◇ ◇ ◇
幼い頃から想いを寄せていた、ローザ。
それは私のことではないの……?
一体何がどうなっているの……?
その後アーヴィン様のご両親にご挨拶をしたけれど、正直あまり覚えていない。直前の衝撃があまりにも大きすぎたから。
私の両親とアーヴィン様のご両親との事前の話し合いの中で、この滞在中に二人の親睦を深めさせようということになっていたらしいのだけど、アーヴィン様は私がお屋敷に滞在している三日間、一度も私と口をきこうとはしなかった。こちらを見ようとさえしなかった。夕食の席などでご両親が何度もアーヴィン様に、私と話すよう促したけれど、アーヴィン様は不貞腐れた子どものように完全に私を無視し続け、その態度はますます私の心を抉った。
アーヴィン様のお部屋にいたはずのあのローザという女性は、ご両親が戻られた時にはもういなくなっていた。
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