どっちの入れ替わりショー!

うちは ツイタチ

どっちの入れ替わりショー!

第一章 入れ替わる


源(みなもと) 瞬(しゅん)輝(き)――――。


カシャパシャ

まぁたすれ違う女子の撮影かよ、変態じゃねえか。

まぁその変態の跡をつけてるオレも変態、か。

始業式を一ヶ月以上前に終えたというのに、いまだのんびりのんのん進行びよりの日程の名残で、午前授業だったその日、オレは帰宅部の変態カメラマン、女子の写真ばかり撮っているキモキモ男子、西村(にしむら) 道博(みちひろ)のストーキングという変態に対しての変態行為をしていると、とある坂の上にある神社にやってきていた。

「神社、か」

賽銭でもしてくかな? せっかくだし。

「おーい西村(にしむら)ぁ!」

その名を呼ばれた変態、西村 道博は賽銭箱の前でビクつく。

「な、何、源……君?」

変態は驚いた表情を見せると、一瞬硬直した。

「いや、偶然神社に登ってくお前を見つけてな、なんかお願い事か?」

「そ、そうかな? まぁここ縁結びのご利益あるかわからないけど、不思議な力をもつ神社で有名って幼馴染が言ってたから、お願いしようと」

「へぇー、そうなんだ。さ、斎藤(さいとう) 菜穂(なほ)との?」

「ち、違うよ、なんで今更、家が隣の幼馴染と縁結ばなきゃいけないのさ?」

家隣だったのかよ。破ぜろ、オレと変われ!

「じゃあ一体誰と?」

「わ、渡辺(わたなべ) 瑳(さ)月(つき)」

「オレの隣人じゃねぇか!」

「え? そうなの!?」

「なんか面白いことになってんな、ちょっと話そうぜ」

馴れ馴れしく肩を組んでみた。

人は心のどこかで見下した相手と仲良くできるもの。

友達同士で似たりよったりな人間関係なのは、類は友を呼ぶのは、自分のコンプレックスを友人も持っているからなのかもしれない。

今のオレの心境はそれに近かった。

キモオタ相手なら、美少女に話しかけるよりも簡単に話せる。

そう言われて心当たりのある男子、女子は多いのではないだろうか?

もちろん、異性のキモオタ相手なら話す気無くなるけど、というか話したくないけど。

「と、とりあえず賽銭済ましてからでいい」

「ああ、じゃあオレもせっかくだし賽銭してくよ」

財布から五円の十倍の効果がある、賽銭において最強の硬貨、五十円を取り出す。

ふと隣の西村を見ると、西村もまた五十円を取り出していた。

場面だけ切り取ればBLのカップリングにしか見えないかも知れないが、念じていることは、オレは女のことだった。

先ずは賽銭を入れ、鈴を鳴らして神にやって来てもらう。

二礼二拍手の後願い事をして、最後の一礼をする。

BLカップルかよというくらいに揃っていたその動作は、願い事をするタイミングも同じだったのだろうか?

最後に一礼をこれまたきれいにBLかよというくらいにきれいにそろえて行うと、急に何者かに背後から襟首をひっつかまれたように倒れ、頭を打った。

「いってぇええ~」

オレがそう声を上げると、西村(にしむら) 道博(みちひろ)も同じく後ろに倒れ、そう声を上げ……ってあれ!?

 

ふと、オレは違和感に襲われた。


現在オレの目の前で倒れているのはキモキモ男子の西村 道博のはず。それは当たり前のことだ。


しかし、倒れているのは、オレだった。

 

いや、ちょっと待て、オレは混乱して変な汗が沢山体中から噴きだす。

すると眼前のオレは動きだした。オレはオレを指さして来る。

オレが喋った。

「ちょ、ちょっと落ち着こうか、スマホで確認しよう、現代の文明利器、スマホで」

「お、OK、スマホな、ってなんだこのスマホ、色ちげーよ!?」

「とりあえず横についてたボタンを押すと、指紋認証され、そこに映し出された待ち受けには、オレ、源 瞬輝の幼馴染の渡辺 瑳月のジャージの中に着ているであろうTシャツ姿、(ピンクの透けブラ)の画像が現れた。

「ヒッ!」

思わずスマホを落としてしまった。

幸いにも地面は土だったのでスマホ画面が割れることは無かった。

そしてもうこれは確定的だろうと思うが、『カメラ』を起動し、インカメラを起動した。

そこには、天然パーマのメガネ陰キャ、西村 道博が映っていた。

その時、同タイミングでオレに驚いてるオレがいた。

 

も、もしかしてオレ達……、


「「 入れ替わってるうううう!? 」」


これからオレ達はこの神社に、短いようで長い、三十日弱の期間、お世話になることになる。























第二章 それなりに満足してたのに……


入れ替わる前、の源 瞬輝――――。


「おはようお兄(にぃ)、今日もカッコイイね!」

プロテインバーと、喉が渇いてたらそれに水追加という朝食、を済ませ歯を磨いてる時だった。妹の源(みなもと) 唯(ゆい)が話しかけてきた。

「ああ、唯(ゆい)か、シャワー先浴びていいか?」

オレ、源 瞬輝の朝はシャワーを浴びることから始まる。

朝食は基本ブロックタイプのプロテインバーかカロリーメイトと水。

朝飯など、脳にブドウ糖が運ばれれば十分だ。

「もちろんだよ! 唯はお兄がシャワーを使っってる最中に、お兄の部屋でゴミ箱のシコティッシュチェックをしてそのシコティッシュを盗んで、口に入れたり匂い嗅いだり」

「ちょっと待て、お前そんなことしてたの?」

「あ、ああ~どうだろ? まだ寝起きだからよく分からないな、ちょっと昨日見た夢と現実がごっちゃになってるのかも」

「どんな夢だよ、まぁオレもまだ寝起きに朝の筋トレしたばっかりで眠いしな」

 実は唯がオレの部屋のシコティッシュチェック、をしてるのは知ってる。

 知っててあえて放置してる、のも問題な気がするが、

 もしシコティッシュを焼却して処分して唯の性欲があらぬ方向へ行ってしまったらと考えると、そっちの方が怖い。

 例えば、

「ハァ、ハァ、お兄のシコティッシュないから直接お兄のチ●コ嗅いだり口に入れたりしないともう我慢できないよ~」

 などと言われた日には、もうオレはこの家に居られないだろう。

 たぶん親父と母さんも知ってる上で、あえて放置してる。

 とくに母さんの、

「唯はお兄ちゃん大好きね~、将来結婚しちゃうのかな~?」

 という問いに対して、

 三歳児が、

「しょうらいは、おにいとけっこんしゅる~」

 などと言うものなら、可愛げがあるが、

 唯はオレの事を血のつながっていない兄妹だと勝手に盲信(もうしん)しており、母さんと親父は今日もハラハラドキドキしている。

 DNA鑑定にでもかければ一発なのだが、親父達は一度実施して唯に現実を突きつけている。

 それでもこの妹の妄想は止まらないのだった。

「わかってるよお母さん、そう言って唯が16歳になったら、打ち明けてくれるんだよね?」

 母さんはそう言われた時、何かを諦めた。

 親父もオレも、そんな唯がいつオレを襲ってくるか、日々戦々恐々(せんせんきょうきょう)としている。

歯磨きを終えると、朝シャワーに入る。

こうすることで髪のセットはしやすくなるし、背中の広背筋にシャワーを浴びる。ということで交感神経を働かせ、痩せやすい体質になる。

おかげで、ビジュアルは良くなる。

高校入学時はちょっと太っててちょいブサだった見た目も、今では腹筋バキバキで目や顔パーツは彫りが深い顔になって、髪のセットも完璧になった。

そんなオレは廊下を歩くたびによく女子から、

「源君だぁあ」

「源君カッコイイよね」

という声まで聞こえる様になってきていた。

 幻聴ではない。と信じたい。

ここまで来ると自信も付いてくる。次第にオレは彼女にしたい人、を無意識に探すようになっていた。

もともとは彼女を探すのは、「勉強を頑張る」との、バスケ部を辞めた時の親父との約束を果たしてからの予定だったが、勉強も模試で校内上位に食い込むようになったので、彼女を探しても問題無いだろう。

外に出ると、隣人の幼馴染女子に声をかけられた。

「瞬輝~、一緒に学校行こ!」

 一言で言えばギャル、二言で言えば白ギャルの渡辺(わたなべ) 瑳(さ)月(つき)が声をかけてきた。

「ああ、瑳月か、お前好きな奴いねえの?」

「えへへ~、瞬輝かな~? まぁ振られてるけど」

「だってお前、今は別に本気じゃないじゃん」

 オレがそう言うと、瑳月は苦い顔を一瞬見せた。

「本気……なんだけどな……中学の時から、小学校の頃はバレンタインに毎回チョコ上げてたし」

中学の頃はくれなくなったけどな……、まぁ一年の時に酷い振り方してからだけど……。


中学一年時……。


まだ中三で部活を引退してぽっちゃりする前、オレはバスケ部でブイブイ言わせて痩せてモテモテだった。

当然女子バスケ部員はオレを狙う、引き締まった美少女多し。

しかしそんな中、女子バスケ部員でもなんでもない渡辺 瑳月が、なんの前触れもなく、いきなりオレに告白してきた。

告白は白昼堂々、場所を選ばず教室内にて……。

「瞬輝ぃ、瞬輝のこと好きなんだけど付き合ってくれない?」

一斉に、視線が、オレと瑳月に集まった。

しかしオレは、その視線から逃げた。

オレと瑳月は小学生の頃から音楽のおススメをしあったり、DVDや漫画を貸しあったり、瑳月は男子との会話の中でも抜群にオレと馬が合ったので、よく同じクラスで男子と女子の橋渡し的な存在だった。

瑳月の誕生日会にも呼ばれたことがある。

そんな瑳月の告白だったが、オレは外見的にただの美少年の瑳月を好きになることが出来ず、瑳月との付き合いも男子と女子。というより完全に男友達。としての付き合いだったため、困ったオレは、


「どうして、そんな冗談言うの?」


逃げた。

情けないが、あまりにも急すぎる告白に、オレは回避の術(すべ)をもっていなかった。

あそこでキレイに回避出来たら、それこそ少女漫画の王子キャラだ。

でもオレは王子でも何でもない、ただの平民。

ちょっと商売ができる巷(ちまた)で名の知られた商人、程度の身分なんだとその時実感した。

その時のオレの表情はどうだったろうか?

自分で自分の表情が分からない。

唐突すぎる、まるで白昼堂々の隕石の襲来に、オレは完全に思考停止していた。

とにかくその場を乗り切ることだけを考えていた。

結果は大失敗。

瑳月は友達だった女子の下に行き、男らしからぬ、少女のようにすすり泣いた。

「……くすん……くシュン」

そうすすり泣いて、

「振られたぁぁ」

と泣きながら、女友達の下に集まっていた。

男勝りな外見美少年の瑳月の女友達、というくらいだから快活な女子で、名を岸本(きしもと) 光(ひかり)ちゃんと言ったのだが、その子はオレを軽く非難した。

「冗談なんかじゃないよ、瑳月は本気で源のことを……どうしてそう言う事言うの?」

何も言えなかった。

汗だけが額を伝った。

背中は変な汗でぐっしょりだった。

言い訳する気にもならなかったし、クラスの奴等は、なーんだ、瑳月が源に玉砕したのか、カワイソス。もしくは、ざまぁくらいにしか思っておらず、大した話題にもならなかった。

あれから瑳月は、少しずつだが変わっていった。

中一のオレに告る前は、スカジャンを着て帽子を被り、男の、競馬かボートレースにでもハマってるようなオッサンの恰好をしていたのだが、中二、中三ではそんな姿は見なくなり、気が付いたら、少しずつギャルになっていて、現在に至る。

「まぁ今のお前なら付き合いたいっていう奴多いかもな、ギャルだし、胸膨らんできたし」

「なるほど、瞬輝はおっぱい星人……と」

「男は殆ど皆、おっぱい星人なんだよ!」

「あんな脂肪の塊の、何がいいのさ!?」

「おっぱいには、夢が詰まってんの!」

「ワ、わたしだって成長してきてるんだからね? 若い体は、若いうちにしか体験できないんだからね!?」

「ハイハイ、白ギャル金髪さまと登校できて、オレは幸せですよ」

「ふ、フフフ、もっと感謝するが良い!」

でも確かに、瑳月は金髪白ギャルになってから一気に垢抜けた。オレがモテだしたのと同時期ぐらいに、瑳月も完全ギャルになってモテだした。

「そういや瑳月って好きな奴いんの?」

「瞬輝!」

「いや、真面目に、お前だってモテるようになってきたんだから、付き合いたいイケメンの一人や二人いるだろ?」

「真剣なんだけどな~……わたし瞬輝以外の男子と喋らないし」

「それは嘘だろ、同じクラスのイケメンの井上(いのうえ)とかイケメンの俊(しゅん)輔(すけ)とかとよく喋ってんじゃねぇか、この面食いめ!」

「それはノート見せてもらったり教科書借りたりしてるだけだし!」

「いやそこは女子に頼めよ」

「女子は歳取るごとに面倒くさくなるからやだ、仲いいギャル以外、切った」

「切ったっておま……将来困るぞ?」

「わたしは小説家になるからいいもん!」

「全作品一次落ちなのに?」

「くっ、下読みに見る目が無いだけだし」

「現実見ようよ」

「いやだ!」

そんなバカなやり取りをしながら、オレ達は自称進学校、神月高校に到着した。

自称進学校というのは、とりあえず大学進学率ほぼ100%だが、進学する大学というのが偏差値50~高くても数人が偏差値60程度という、普通の学校である。

中学生にも分かるように説明すると、偏差値50というのはちょうどバカと秀才の真ん中、平均中の平均、キングオブ・普通の存在だ。

偏差値について知りたければ、統計学の入門書を読むと一発で理解できるよ?

そんな自称進学校についてだが、皆大学に進学するだけあって、工業高校生と比べると、やんちゃなオラついた人物もいないし、超進学校みたいに偏差値がんじがらめ、勉強がんじがらめでピりついた雰囲気も無い、平和な王国だ。部活は体育館が二つあるので、ハンドボール部やバスケットボール部が県ベスト4に入るくらいには強い。いや、バスケ部に関しては強かった。過去の事だ。

オレの退部と共に部の空気は一気に悪くなって、その後ぬるま湯のような部活動が続いてると現バスケ部の陽キャの一人が言っていた。

オレの退部と共に、オレと仲が良かった奴のほとんどは一緒になって退部した。

しかし辞めない奴もいた。

というか辞める事が出来ない奴等だ。

親の金で決して安くないバッシュやらトレーニングウェアまで買ってもらって、辞めるに辞めれない奴等。そういう奴等は本当に立派なものだと思う。

だがオレは帰宅部だ。

一年時、最初はバスケ部に入部したものの、結局辞めた。

辞めた理由は単純。

オーバーワークで脚が故障しそうだったので部活を三日休んだら、再び部活に出た時、オレを受け入れてくれる空気は無かった。

だから辞めた。それだけ。

それ以来オレは勉強に打ち込んだ、他のことでなにか鬱憤を晴らせないか?

と、日々探していたのだ。

最終的に思い至ったのが彼女を作って恋愛してみる。だった。


学校に着くと、瑳月は直ぐに文芸部の活動があるから……という理由で消えて行った。

ちなみに、その文芸部の雰囲気も、自称進学校の纏う空気らしく激ゆる。

活動してるんだか、していないんだか、文化祭で発行する小説を集めた部誌を100円で売る程度だ。

そんな緩い平和な王国での日常がオレ、源 瞬輝の日常。

学校に到着すると、玄関で、オレは中学の頃から親友の日笠(ひかさ)に、

「見てたぞ~」

と声をかけられる。

日笠は高校に入ってから、痩せた。

中学の頃は肥満気味だったのが、高校生になると皆代謝が良くなるのか、男子高校生。という生き物は皆基本的に痩せている。

太っているのはキモオタくらいだろう。

靴箱前で、完全に油断してた状況での声かけだったので、通常であれば、「おわっ!」や、「うぉっ!」くらいの反応はあってもいいと思うのだろうが、今更聞きなれた声なので驚きもしない。

「お前はまだ渡辺 瑳月と付き合わないのか?」

靴箱で靴を履き替え日笠と共に教室、二年一組へと向かう。

「もう見た目でも文句ないだろ、付き合えよ」

「お前には何回も言ってるだろ。オレは斎藤(さいとう) 菜穂(なほ)がいいの!」

「あんな乳と顔と尻と、くびれだけの綺麗になろうと努力もしない奴のどこがいいんだよ? 髪だけ変に痛んでるから目立つんだよ! さ、さては瞬輝、お前は目立ちたいがために……」

オレは日笠の横顔を、グーを作り軽く押す。

「オレが目立ってどうすんだよ、磨けば光るダイヤの原石じゃねーか! 確かに髪は所々枝毛あるけど、それ直して姿勢変えるだけで完璧なんだぜ! 話したこと無いからどんな奴か知らんけど……続くのは一目惚れっていうだろ?」

 熱い議論を交わしながら教室まで男二人で歩く。

 教室に到着すると、自分の窓側の席に着き、教室入り口付近の斎藤 菜穂をチラチラと観察する。

そんな斎藤 菜穂を最近眺めていて気づいたことがある。

朝、西村が斎藤に親指を立てると斎藤も西村に親指を立てていた。

なんだあの分かりあってる感?

正直かなり嫉妬した。

「なぁ、日笠、斎藤と西村って仲いいのか?」

「あぁ~、幼馴染みたいだぞ?」

サラッと答えられる、お前のその、ギャルゲーの友人のごとき情報網はどうなってんだよ? いったい何処から仕入れてくるの? 確かに交友関係の多い奴、ではあるけどさぁ。

「マジか……西村ねぇ~、あのキモキモ西村と……。話してみるか」

オレは一人、心に決めてそう呟く。

オレは、基本的にこの穏やかな校風の、自称進学校を選ぶくらいなので、中学の交友関係も大人しかった。

もっと分かりやすくぶっちゃけて言うと、中学時代は友達が、まぁイケてない奴等だったのだ。アメトーークで言う所の、『中学の時イケてない芸人』みたいな奴等が友達だった。

いや、短い人生を振り返って今になって思えば、小学4年生の北谷(きたや) 弘(ひろ)貴(き)君が、人生で一番の友達だった。


弘貴とは、学芸会で二人で出し物をしたり、野球を、オレの好きなスポーツにさせてくれた、大切な友人。

それに弘貴とは、何故か物の貸し借り、ゲームや漫画を貸し借りしても、通常なら感じる嫌悪感、を全く感じなかった。

生活環境も似ていたのだろう。

弘貴の家もオレの家も奇麗すぎず汚すぎず、普通の清潔な環境。

弘貴の家は転勤が多く、年賀状も二年連続で出したきり住所が変わったのか、届かなくなった。それからの小学校時代は暗黒だった。5,6年生になると、山根(やまね) 誠(まこと)という大嫌いな、暴力を振るって自分の意のままにする、いじめっ子の太鼓持ち、要はスネ夫だ。オレはスネ夫になった。

こいつのせいで、オレは野球というスポーツが、全ジャンルのあらゆるスポーツの中で、一番大嫌いになった。野球が大嫌いになるには、とある少年団が関係してくるのだが、そこはまた別の話。

 

席に腰かけていると、前の席に座った日笠はオレに振り返って、オレは授業の準備をしながら、さっきまで独占禁止法を破って一人でチラチラと観察していた斎藤 菜穂を、今度はカルテルを組み日笠と共に、気になる斎藤 菜穂を、チラチラと眺めるのだった。実はコッソリ、スマホのカメラで写真撮って、待ち受けにしていたりする。

画像は至って健全なもの。エロさなど微塵もない、ただの横顔だった。

西村の事をキモキモ男子とバカにしているが、自分を貫いてるアイツの方が、小学生の頃スネ夫になったオレより、よっぽど、何倍も凄い。

でも高校生にもなったら、外見気にするのは当たり前だと思う。やっぱり最低限モテたいのが男子高校生っていうもんだろ?

そして朝礼の時の、『起立!』の時に斎藤 菜穂の脚をチラリと見る。

これがオレのモーニングルーティン。みたいなものだった。

オレはこんな日常に、そこそこ満足していた。


放課後、女子の写真を撮りまくる変態の西村と話す機会を伺って、変態をストーキングする、という変態行為をしたところで、神社にて遭遇。

そしてただ一緒に賽銭をしただけなのに。

ただ一緒に二礼二拍手一礼をしただけなのに。


それがどうしてこんな、付き合いたくない男子一位、(日笠調べ) ニキビ肌にキモイ天パ、小太り。口開ける時ニチャアって言いそう。なんか臭(くさ)い、常に女子の写真撮ってる、キモキモ男子、西村(にしむら) 道博(みちひろ)と入れ替わってんだ?


    ◇


入れ替わる前の、西村(にしむら) 道博(みちひろ)――――。


「えぇっと、この画像をこうして……こう! で、出来た! 奇跡の一枚だ!」

現在、見る人が見れば加工画像だとわかる、渡辺 瑳月のTシャツ透けブラ画像、をパソコンからスマホに送り、待ち受け画面にしていた。

「ああああ、これでいつでも、好きな時にシコれるうう!」

「うるせえんだよクソアニキ!」

壁をドゴンと蹴られた。

おれの部屋のカーテンは、今日も閉じている。

だが流石に朝の光を浴びたくなったおれは、ベランダに出て伸びをする。

冴えないオッサンが着るようなランニングに、冴えないオッサンが装備するようなトランクス。今どきは男子高校生ならボクサーパンツが普通だろうに……おれは何故ここまで、ダサい自分を貫いてしまうのだろうか?

日光が気持ちいい。そう思ってると、隣の家のおれのベランダ正面のベランダから、完璧な体に完璧な顔をしたぼさぼさ頭の幼馴染、斎藤(さいとう) 菜穂(なほ)が出てきた。しかも下着姿で。

しかもその下着の色はたった今、おれが興奮していたピンク色の下着。

「お、おま……おま…………!?」

 別に菜穂の事は、好きでも何でもないのだが、流石に今出来上がったばかりのオカズの下着の色と同じ色の下着を装備して出て来たら、赤面してしまうのは必至というものだ。

「何? 道博?」

 菜穂は欠伸(あくび)をして、口を間抜けに開きながら尋ねてくる。

「服着ろよ!」

「下着付けてるし、道博みたいな、ダサいランニングは着たくない」

クソ、やっぱりださいのかコレ、体育の着替えの時、スクールカースト底辺のキモオタ、(おれよりはキモくないキモオタ)にもからかわれるしな……、ちょっと下着の新調を検討するか。

菜穂の現在装備すべき肌着、よりも自分のことでいっぱいいっぱい、なのがおれらしい。

「な、なぁ菜穂、どんなのならダサくないと思う?」

「ボクサーパンツとUNIQLOのインナーでいいんじゃない? 私も冷えたらUNIQLOの肌着着るし」

「そ、そうか」

おれに下着姿見られても、悲鳴の一つも上げないって、……おれはもしや男性以前に人として見られていないのかもな……はぁ。

「な、なぁ、菜穂!」

「なにー?」

気怠そうに反応する菜穂。

勉強か小説で煮詰まってるのだろうか?

「お前好きな男子とかいるの?」

「うーん、同じクラスの源 瞬輝君かな?」

「へ、へぇー、どんなところがいいの?」

「シンプルに外見、話したことないからどんな人か知らないし」

「お、おれとかは?」

菜穂は下着姿のまま、伸びをして、一瞬こちらをチラリと見ると、

「いやぁ~、幼馴染だから無条件で好きってのは無いよ。そんなの今時まんがでも、あ、ふうこいであるか。アニメ化もして面白かったしな、でもあれは幻想だって。ギャルの渡辺 瑳月さんも源君と幼馴染みたいだけど、幼馴染が道博なら、話しかけてももらえないでしょ?」

「や、やっぱりそうだよなぁ~……はぁ」

「分かってるなら何とかしなよ、今時ネットの時代なんだから、ラノベとか脱オタの本に頼らなくても、外見の変え方の情報なんていくらでもあるでしょ?」

「おっしゃる通りです」

「先ずは本屋行って、大量にファッション誌とヘアカタログ買いなよ、三千円もかかんないでしょ? 本屋で中身チラッと見てから買うんだよ? 恥ずかしいからって電子書籍に逃げたらダメだよ? クラスメイトに見つかってプークスクスされてもそれは一瞬の恥。イケメンになって見返しちゃえ」

「はい、頑張ってきます」

それから本日の学校、朝、教室に着くと菜穂に目線だけで挨拶をして、お互いにサムズアップをしたところで、放課後、奇跡の一枚完成記念に、おれも外見を磨いて、変わろうと決意をし、記念に神社でお参りでもしようかと思い、賽銭前になんと菜穂の好きな男子、圧倒的モテ男子、源 瞬輝に話しかけられる。


それがなんで、いきなり校内モテ男子、レベル999の山田君ともいうべき魔王、男女が認めるイケメンの大ボス、どうやってセットしてんのかわからないお洒落ヘアに、ニキビ一つ無いツルスベ肌。もちろんすね毛などなく全身ツルツル。そのツルスベの全身から発せられるなんかいい匂い、特に口臭はフローラルミントの香り! みたいな殿上人と入れ替わってんだああああ!




















第三章 とりあえず、入れ替わりチュートリアル


外見 西村 道博(中身 源 瞬輝)――――。


「入れ替わってる……よな?」

聞いたことも無い、別物の声帯から発せられる声でオレが自分に尋ねる。

「い、入れ替わってるね」

なよなよすんなよ、いや、くねくねもすんなよ、気持ち悪いな。なんだそのくねくねした動きは。

西村 道博は自分の体を確認するのに、じぶんの置かれた状況を確認するのに、何故か内股になったり、腕や体を気持ち悪くさすったりしながら、くねくねしていた。

「と、とりあえず、神主さんに事情聞こうか?」

 西村 道博は意外と冷静だった。

 キモオタのくせに動じないなんて、やるじゃん!

「そうだな、とりあえずそうするか。の前に人の身体でその内股になったりくねくねするキモイ動き、辞めてもらっていいか?」

「え、あ、ああ、ごめん、なんか身長大きくなったし、慣れなくて」

とりあえずオレ、外見 西村 道博(中身 源 瞬輝)は神社で働いている人に話しかけ、事情を説明する。

「なんした? お兄さん方入れ替わってしもたん? まぁ珍しいなぁ~、家ん中で茶でも飲んで行きなさい」

 何弁だよ? どこのお国の話し方? そんなことを思うよりも、現在の緊急事態の状況の方が勝った。

 早く話聞かないと!

「え、いいんですか? それじゃあお邪魔します、おい西村、早く来いよ」

「わ、分かってるけど、今日おれは、ファッション誌買いに行くわけで、その」

「ファッション誌? そんなのオレがいくらでも貸してやるから、明日でもいいだろ? 入れ替わりが戻ってからでも、付き合ってやるから」

「ほ、本当!?」

目の前のオレは、目を見開いて、子供のように無邪気に期待を含んだ顔をする。おお、その反応のオレも中々ありだな、なんて思いながら、現在のキモキモ男子になってしまったオレはと言うと、髪が油でべとべとしてる。シャワー浴びたい。

そんな中、神社の境内の中にある小さな家の居間、フローリングに背の高い背もたれのある木の椅子と木のテーブル。色は暖かい、黄土色よりも暖かい薄い色。にてお茶と団子を頂いた。神主は話す。

「この神社はとりかえばや物語に由来のある神社でな。お兄さんがたも神月高校なら知ってるやろ? とりかえばや物語」

自称進学校とはいえ、近所では三番目、公立校では二番目、くらいに頭の良い神月高校。近所の偏差値50程度の大学へ皆進学していくため、勉強は一通り、一般人と呼べる、並のくらいにはやる。

とりかえばや物語は、『古文』という、教科書では無いが、古典が沢山載っている、教科書類と一緒に配られた本で知っている。

その『古文』には、平家物語や徒然草など、見ておくべき古文の、古典の物語が結構載っている。

さすがのオレでも知ってた。

「ええっと、関白の娘と息子が入れ替わっちゃう話ですけど、あれ実際には中身は入れ替わってないですよね?」

「おお、メガネ君はよう知ってるね、実はあの話には、ちょっとだけ隠されていた話があってな?」

ほぅ、一体どんな? と思いオレと西村は身を乗り出して聞く。

「実は本当に入れ替わってた時期があってな、その期間が七十三日、人の噂も七十五日っていうやろ? その原型となった七十三日間、入れ替わってたんよ。だからたまにこの神社に来る人らで、入れ替わってしもた子にはそう説明しててん」

「七十……五日……いや、性格には七十三日か、マジかよ」

「でも安心してええで」

「「え!?」」

「今七十五日っていったのは雨季を一つの季節と考えて、一年を五つの季節で区切った時の七十五日やねん。せやから、人の噂も七十五日ってのは、季節が代わる頃には人の噂も忘れられてたって意味やねん。今春も真ん中やろ? その春の季節が終わる頃には、自然と治ってるから、あと三十日とちょっとや、我慢しぃや」

「ど、どうしよう源君?」

「だからくねくねすんじゃねえよ! 猫背禁止!」

 オレは自分の猫背に丸まった体を、無理やり腕で矯正しながら神主さんに尋ねる。

 オレの体の西村はその矯正を「うっ!」と呻きながら受け入れる。

「神主さんはどうするのがいいと思いますか? その……周囲に知らせた方が良いとか……?」

「知らすのは止めときや、捕まって実験材料にされるのも、嫌やろ?」

実験材料、とかいう物騒なワードが出てきた。

「「そ、それはまぁ」」

西村とオレは、揃って同意した。

神主さんは、割と起こる出来事故、人生に絶望した人間達が、入れ替わりを求めて来るのは良いが、偶に大学関係の人間が、実験材料となる、入れ替わりサンプルを求めて訪れる事がある。と説明すると、一枚の紙をだしてきた。

そこにはこう記されてあった。

『入れ替わり後のチェックリスト、これで日常生活に支障なし!』

と題して、やるべきことがずらりと書かれていた。

小学校の遠足のしおり、についてるチェックシート、みたいな紙だ。

「とりあえずそれ抑えといたら問題無いから、今日中に急いでやりなさい!」

慣れた言葉遣いで、淡々と説明する神主さん。

オレと西村は、急いでそれを実行するのだった。

具体的にはスマホの電話番号チェックと家族構成、家庭での立ち位置、家の手伝い、家事当番など、はあるかどうか、バイトや部活はしてるか、など。

これは学校生活どころじゃねえな。

入れ替わってしまった、キモキモ男子の腹の肉をつまんで、一人決意する。

その後、西村と打ち合わせして、実際の家庭の様子を確認。

お互いの家に行き家の場所だけ確認した後、西村 道博の姿になったオレは、ベタベタする髪を切った。

あぁ~、美容室のシャンプーはやっぱり違いますわ。髪も短くなったおかげで、ベタベタしてたのが一気に落ちた。

「にしてもこの小太りの身体、入学式の頃の自分、バスケ部を中学で引退した後、高校のバスケ部に入るまでぽっちゃりだった自分、を見てるようだぜ。西村、痩せるけど、問題ないよな?」

「え、ええっと、ならおれはどうすれば? あとこの髪、どうやってセットしてんの?」

「あぁ~、そこからか、めんどくさ、その前にお前顔洗ったりこまめに歯磨いたりしてる? あと朝シャワー浴びろよ?」

「え、ちょっと待って、シャンプーに、トリートメント? ワックス付けてる髪の毛ってそんなに面倒くさいの?」

「お前は中学時代何をして来たんだよ? ナニをして来たのかよ? オナ●ーしかしてないのか? まぁオレも中学時代はイケてないけどもだなぁ」

「えっと、あ、うん、ごめん、けど、そうなんだ、源君も、イケてない時期があったんだ、そうなんだ」

外見がオレ、源 瞬輝の 西村は、ぶつぶつと呟く。

「それにしても、二人ともバイトしてないのはついてたよなぁ。してたら詰んでた」

「確かに。それじゃあ道具はこれぐらいでいいの?」

道具、とは、ワックスや洗顔フォームなど。

現在、オレ達は、オレがよく行くドラッグストア、に来ていた。

「いや、あとすね毛とか、毛剃る機械と、眉メイク買ってく」

「お洒落って、金掛るんだね」

この世の無情を訴えるように、見た目 源の西村がぼやく。

「どこがだよ!? 今は初期費用だから掛かってるけどな、月に換算したら三~四千円程度しか掛ってねえぞ? 美容室も学割利くし! その三千円は、お前が買おうとしてたファッション誌の代金と変わんねえだろ?」

オレは自分で言ってて、何かの金額を忘れてる気がした。

お洒落は確かに金が掛る。そして自分は、大事な事を忘れていた。

「ってあ~そう言えば服とか、で金掛んのか。まぁ三十日の入れ替わりだし服はいいだろ、制服で誤魔化せ。なんだったらお前の小遣い少なけりゃ戻った後にバイトしろ」

そう、お洒落には服の代金が係るのだ。服の代金が掛かってこそのお洒落。靴から小物類やらバッグまで、全身まともな恰好をしようと思ったら最低でも3~5万はする。その他遊びに使う費用も考えるとお洒落をしたいなら親の財布をあてにするかバイトでもするしかない。

全身UNIQLOで揃えても別に問題無いが、靴やベルトやバッグはしっかりしたものを装備したいところだ。


ただ、こればっかりは、家庭の事情による。

実際、家に金が無くて、服を買えない奴等はいる。

そういう奴等は、自称進学校の神月高校に多かった。

塾に行く金が無いから、私立にも行けず、公立の神月高校にランクを落として、仕方が無く、神月高校を受験してやって来た奴等だ。

オレは自らの意思で積極的に、自由度が高そうで、且つゆるそうな神月高校を受験したが、金のない奴等、というのも一定数いる。

事実として、ご近所で一番の進学校の、偏差値70の公立の南高校、に通う生徒さん達は、医者や銀行員などのしっかりと収入のある堅実な人達、言ってみればエリートのご子息で、塾に通えて来た奴等がほとんどだ。

対して、自称進学校の神月高校の生徒は、親が何をやってるか、あまりハッキリしてない、もしくは両親共働きで母親はパート、というのが殆どのパターンだ。

オレは、源家は、親父が会社が倒産した後も、社員や社長に嫌味を言われつつ、ホテルの副社長になったりしながら、なんとか不自由なく、小遣いも服代、散髪代と別に月に一万円貰えてる。

母親は専業主婦。

ハッキリ言って恵まれてる。

塾に行きたい、とでも言えば、何不自由なく、通わせてくれるだろう。

でもオレは普通でいい。

普通に好きな人と、同じキャンパスで学んで、結婚して、幸せな家庭を築いて行きたい。と、思うのは、贅沢なのだろうか? オレは普通に、愛する人と同じ道を行きたい。

まぁその為には、まず第一歩として、斎藤 菜穂を知る事から始めなければいけないのだが。


「う、うん、ありがとう源くん!」

 西村が見せた笑顔に、オレの心には少しの罪悪感が生まれた。

金が無ければ、戻ってからバイトしろ、発言はいささか無責任だったかも知れない、自分はバイトする必要なんかないくせに、何様だよ。

さて、西村は特に、成績が良い、というわけでもなかったはずだ。

「あと、筋トレのメニューな。朝起きた後と寝る前、毎日やれよ。それと朝起きてからの暇な時間見つけての小顔体操な」

「や、やること多過ぎじゃないかな? ネットサーフィンする時間は?」

「んなもん寝る前にみとけや!」

「そ、そんな、生きがいが」

「なんだ西村、SNSでもやってんのか?」

「そりゃあやるよ! 日々の愚痴を呟いて、ボク等キモキモ男子は鬱憤を晴らしてるんだよ?」

「アホくさ、んなことしてる暇あんなら、自分磨いてバカにしてきた奴見返せっての」

「くっ、悔しいけどぐぅの音(ね)も出ないっす」

「それじゃあオレ、帰った後に走って食事制限して早速痩せるから、じゃあな。西村も上手い事やれよ?」


それから別れて現在。先ほど一旦はお互いの家を確認したものの、間違えないように住所と地図を頼りに家を探す。現在時刻は午後4時半というところであろうか? 住所とグーグルマップを照らし合わせて、目的地までたどり着くのが得意なオレはといえば、問題なく家には着いた。

どうやら家路への道は、西村の体の脳内にも刻まれていたようだ。家に近づくたびに、

「あ、こっちだ」

 という感覚が全身を駆け巡った。

しかし家に着くなり、早速困った。

「ただいま~」

さて、早速困った事態が起きた。

家の家族構成はお互いに確認した。西村 道博にもオレの妹の唯(ゆい)と同じく、妹の西村 楓(かえで)なる存在がいるようだ。

それは知っていたのだが、部屋も子供部屋は二階にあるということは確認済みなのだが、部屋はどっちだ?

二階に部屋は三つある。

階段を昇ってすぐの、右側の大きい一部屋と、左側に並んだ二部屋。

スマホで写真撮ってどれが部屋か尋ねようかなとも思ったが、スマホの電池が切れてやがる。クソ、自分のスマホは格安スマホにしていたのがいけなかったか、西村のスマホは最新式のiPhoneだったからな。スマホ交換はしなくても良かったかもしれない。

いやでもオレのスマホの待ち受け斎藤 菜穂だしな。

見られる訳にはいかない。ああ時間がもったいない。

こんなことで時間を使っている程暇ではない。サッサと着替えて走りにいかねばならない。とりあえず右側の大きな部屋を開けてみる。飛び込んできたのは二つのベッド、どうやらこの家の家主夫婦の寝室だろう、オレはそっ閉じすると、背後に飛び込んできた二つの部屋。右か、左か、左、天翔ける龍の閃き、というわけで左の部屋を開けてみる。

普通の部屋だった。

というか普通過ぎた。

白を基調とする暖色系の部屋。

アイドルのポスターも無ければ、寝具も色付きでないので男の部屋か女の部屋か分かりづらい。

ただパソコンはあった。

アイツオタクだしこの部屋で間違いねぇだろと思い鞄を降ろす。

とりあえずクローゼットを開ける。

だが大失敗だった。女物の服がいっぱい。そしてこういう時、悪い事と言うのは重なるものである。

「何してるんですか?」

恐らくこの家の住人、配偶者娘、で合ってるだろう。

「あー、いやー、これはそのー」

オレは運が悪いことに、クローゼットの中から、妹の唯(ゆい)が決して履かないであろうセクシーな下着、そう、神聖なおパンツ、勝負パンツというものだろうか?

を物珍しさから、手に取ってしまっていた。

そして目の前の、中々に可愛い、西村の妹とはとても思えない容姿をした、『美』をつけても文句が無いほどの銀髪のお洒落少女が、目の前でニッコリ笑って、無言で、もう一度尋ねてくる。

「何してるんですか? ク・ソ・ア・ニ・キ?」

ここは兄として、毅然とした態度をとるべきであろう。

西村は妹との関係性をチェックリストで確認した時にうざいほどに熱心に、それはそれは兄として、いや、人として、完全に舐められてるか、同じ人間(ヒューマン)だと思われていないと熱く語っていたのだ。

現在、その妹と、その妹の勝負パンツと思われるおパンツを片手に遭遇中。

大ピンチ、というやつなのではないだろうか?

しかしそこで疑問がふと起こった。

西村からの情報によれば、妹の西村 楓(かえで) なる人物はかなり暴力を振るうらしい。

「うるせぇぞ!」

という壁殴り事案はしょっちゅうだし、すれ違う度に腹パンされることはしょっちゅうのことらしい。というかすれ違う度に腹パンされるって、兄として情けなさすぎだろ? と思って聞いていたのだが、眼前の今自分が置かれている状況は、どう見ても半殺し事案である。

無論、オレならば西村 妹の楓さんには悪いのだが、簡単にやられるような真似にはならない。ワンツーパンチで、兄妹としてどちらが上かをハッキリとさせてもらう。

しかし、西村妹の楓ちゃんは、銀髪の長髪をリボンで一つにまとめた、美少女の楓ちゃんは、なぜか攻撃を仕掛けてこない。

そんな時だった。

「お邪魔しまーっす! 楓ちゃん、先に行って勝負おパンツを隠そうとするのは無しだよ? 楓ちゃんの勝負おパンツは、私のお兄ちゃんをドキドキさせる参考にさせてもらうんだからね?」

「唯!?」

思わず自分の妹を見つけて、叫んでしまった。

「え!? お兄ちゃん!? じゃない。えっと…………変態……さん?」

 唯はオレの呼び方に反応したのか、お兄ちゃん呼びに一瞬なるが、オレがパンツを握りしめているのを見るや、態度を一変させた。

「あ、しまった! いや、何でもない」

思わず突如現れた、唯の名前を叫んでしまった。

しかしこれが、楓ちゃんに更なる誤解を与えてしまった。

「人のパンツ漁るだけじゃなくて、交友関係もストーキングしてんのかよ、気持ち悪い、ほんっと最悪! もしかしてあのパンツが無くなったのも!?」

楓ちゃん、おそらく唯の前だからキャラをつくっているのであろう、言葉がブツブツと途切れている。

こういう時はたとえ誤解されていても、サッサと立ち去るにかぎる。

オレは勝負おパンツをクローゼットの中の収納棚に戻し、唯に向かって、

「じゃあ楓ちゃんのお友達もごゆっくりどうぞ、それじゃあ」

まさにクールに立ち去ろうとした、そのところだった。

オレは楓ちゃんに胸を信じられない怪力で捕まれ、床からちょっと浮いて引きずられた後、

「後で覚えとけや、クソが」

なにこの娘、怖いよ、最近のJCこんな怪力なの? ビーストだよ。もはや野獣だよ。ネクタイちぎれるかと思ったよ。

オレはその時、人生において、女子に初めて恐怖を感じた時だったかもしれない。

完全に、妹の楓ちゃんは、ビーストの目をしていた。

その後、オレは正しい西村の、西村 道博の部屋に入ると、そこは完全にオタクというか、性犯罪者の部屋だった。

アニメのポスター、であればどれ程かわいいオタク小僧であったことか、壁面に貼られていたのは、まさに現代オタクとでも言えば良いのか、3D美少女を作成するように、非現実的ではあるが現実的な肉体を持ったデジタルで作成したような、美少女のエロい、いや、流石に胸が露出された画像などはないのだが、どれもみなきわどい画像だ。

その画像の張り紙の中に、瑳月がいた。無地のTシャツにピンクの透けブラをしているのが、ベッドの真上に、天井に貼ってあった。

楓ちゃんの部屋もそうだったが、元々は木造建築の家をリフォームしたかのような、木造とフローリング、天井は壁紙が奇麗に張られている。その綺麗な天井に、瑳月のちょっとエッチな画像。

今この体が西村 道博のものゆえ脳も西村道博のせいなのか、なんと…………勃起してしまった。

いや、あり得ねえし!

あり得ねえし!

瑳月で勃起とかあり得ねえし!

脳と心のバランスがおかしい。

心は、魂は勃起するなと言っているのに反して、脳みそとチン〇は勃起しろと命令してこの体は反応する。

「うぎゃああああああ」

耐え切れなかった。気づくとオレは奇声を発して、天井に貼ってあった画像をビリビリに破く。

すると、直ぐ隣から悲鳴が聞こえてきた。

「ヒィッ!」

それは唯のものだった。

ていうか冷静になると、隣の会話内容丸聞こえだった。

「い、今のうぎゃああああって楓ちゃんのお兄さんなんだよね? どっか病気なの?」

「大丈夫だよ、いつもの事だから。迷惑だった? 迷惑だったなら存在を消して来るけど、そうしようか?」

「か、楓ちゃんちょっと怖いよ、存在は消さなくて大丈夫だよ、それより勝負おパンツを見せてもらいたいんだけど、楓ちゃんもお兄さんLOVEなのかな? それで勝負おパンツをさっきお兄さんが、ええっと、唯の理想の兄妹相思相愛ってやつかな?」

唯の可愛い声での話し声に、楓ちゃんは普通の声のトーンで、

「う~ん、私の場合は兄が唯ちゃんみたいなのかもね」

「え!? 私勝負おパンツを盗み取る事まではしないよ!? お兄ちゃんの持ってるおパンツのうちどれが勝負おパンツかも分からないし!」

そりゃあオレ勝負パンツなんて持ってねえしなと思い、静かにキモオタの部屋で冷静になったオレは妹たちのガールズトークに耳を傾けていた。

単純に兄として唯が学校の友達とどんなことを話すのか気になったし、ガールズトークに、女子だけのトークが気になっていた。というのが大きい。

しかし楓ちゃんはこの家の壁の薄さを理解しているのか、まるで学校で男子の目を気にする女子の喋り方のような、言ってしまえば他人行儀な喋り方で、腹の内を見せているように感じない。

いや、この娘は先ほどのやり取りからしても、学校では猫を被っている系のキャラなのかもしれない。

っと、あまり話を盗み聞きするものでもないな。

そろそろオレも着替えて出かけるか。

えぇっとクローゼット開けて……。

服を一通りみたが、ダセェ…………なにこれ? ギャグ?

完全に中学生の私服だった。というか中二病の私服だった。

なんでこんなに髑髏(どくろ)むだにプリントされてるの?、お前はホネホネマンなの?

あと何このズボンとしか呼べないズボン、パンツに失礼だろうが!

そしてジャケットが、アウターがない。

シャツもねえのかよ。

まぁ服はどうでもいい、ジャージはって、なんでジャージだけこんなに一杯あんだよ?

まぁ運動するのに困らないか、早速走ってくるか。それにしても結構遅くなったよな。

入れ替わって説明受けて帰ってきたと思ったら唯と楓ちゃんがやってきて。

って中学生帰宅時間遅くないか? いや、唯と同じ中学だからお嬢様中学なのか。

やっぱりカリキュラムが違うのかな? 中学生だからマックでも家来る前に食べてきたのかな? あるいは放課後残って勉強とか? まぁ色々あるか。


オレは着替えて外を出る。

夏至に近いこの季節は、既に夕方5時半を回っていても明るかった。

この場所は知ってる。

源家とチャリで20分と掛からない距離だ。

ただオレが通っていた幼稚園、小学校、中学校、と縁のない土地だった。

神社とは自転車で30分位の距離にあるこの家だが、スポーツをやるにはうってつけの環境だった。 

なんといっても河川敷に近い。

入れ替わる前にもランニングで近くの河川敷を通っている。

ランニング、その他ダッシュ等し放題の環境がここにはある。オレは川沿いを走りまくった。

あれ? そんなに疲れないな。小太りのキモオタの癖に、それにしても汗かかねえ、代謝が悪いのだろうか? それとも中学の時にスポーツでもやっていたのだろうか? この体そんなに悪くないぞ? 普通なら三時間もぶっ通しで走れば血豆潰れて痛くて走れなくなるんだけどな。まぁそろそろ限界だな、結構汗かいたぞ。

河川敷を走り終え、汗だくで帰宅すると、西村家の両親が帰宅していた。

二人はオレを見るなりギョッとした。それはそうだ。髪型がまず変わってお洒落になっているのである。

だがそこら辺は年の甲、大して動揺しているようには見えない

父親と思われる男性が話かけてきた。

「なんだ道博? 今更走ってももう身長なんか伸びねえだろ、どうせ逃げたんだからよ」

逃げた? 今更走っても? 

オレは勝手にパズルを組み立てる。

西村 道博は過去にスポーツ経験者、だったのだろうか?

まぁそんなパズルは置いといて、オレは父親と母親と思しき大人の男女二人におかえりなさいを言いつつ、母親と思われる女性には、

「あ、母さんもやしってある? オレ晩飯もやしだけ食べたいんだけど……」

「え~、今日カレー作ったんだけど~」

「ご、ごめん、痩せようと思って、ダメかな?」

よし、話せてはいる。違和感なく、コミュニケーションをとれてはいる!

ここら辺はチェックリストで確認したからな。

家族への接し方と態度。

先ほどの、楓ちゃんとのコミュニケーションは、こちら優位でいこうとして失敗したからな。

前情報には逆らわずに素直に従っておけばいいんだ。

「痩せるってアンタ、痩せてどうするの?」

「そ、その、モテようと思って、変かな?」

 西村母は一瞬固まると、

「へ、へぇー、好きな娘でもできたの? あ、もやしね、もやし、好きにして」

「う、うん、ありがと」

それから西村母が調理場を使わせてくれる。冷蔵庫の中身を見ると、もやしと、なんと伝説の調味料、『これうまつ〇』があった。

その調味料は優れもので、油を引かずとももやしを美味しく炒めることができる、貧乏人ご用達の最強調味料だ。炒めたもやしから出た水分と、その調味料からできあがったちょっとしたスープのような汁がめちゃくちゃ美味い。フライパンを洗う手間も油を使っていないから簡単。スポンジで軽くこするだけで洗いものが終わる。

もちろん菌が気になるなら洗剤でこすってもいいが、熱したフライパンを拭くだけなので気にしない人はOK。

それだけを食べると、オレは家族に一応断りを入れておく。

「ごめん、筋トレで部屋うるさくなるかも、あと学校一週間休むね?」

それだけ言うと西村父がキレた。

「おいちょっと待てや、何学校サボろうとしてんだ?」

 西村父は外見から昔気質(むかしかたぎ)という印象を受けた。

 白髪交じりの髪型に今時角刈りに近い髪型。

 令和の時代に、お爺さんでもそんな奴はいない。

「ごめん父さん、言いたいことは分かるんだけど、勉強も家でするし、なんとか見逃してくれないかな?」

「ふざけんじゃねえ! 誰のおかげで学校なんか通えてると思ってんだ? 誰のおかげでパソコンやらネットやらが出来てると思ってんだ?」

「うん、ごめん。でもどうしても変わらなきゃいけない理由があるんだ」

ボソッと言った。西村母と西村父はその理由を聞いてきた。

「なんなの? その理由って?」

「どうせ大した理由じゃねえんだろ?」

 まぁおっしゃる通り大した理由じゃない。

 肉体改造して痩せる。やることはこれだけだ。

 だがそれを正直に言ったところで、

「何言ってんだこいつ?」

「学校通いながらやれよ」扱いである。

そこでオレは一芝居うった。

「どうしても……見返したいやつがいるんだ……たとえ死ぬ気になってでも」

 随分と大仰なセリフだ。漫画の主人公じゃ無いんだぞ?

(何言ってんだこのデブ)

 そう思われたらそこまでだ。

しかしオレがそれを言った瞬間だった。

「じゃあやりなさい。気持ち悪くても何も変わろうとしなかったアンタが、そこまで言うならよっぽどなんでしょ? 一週間でも、二週間までなら、いや、そこまでサボると勉強がキツイか。じゃあ一週間までね」

西村母はノリが良かった。

「ああ、母さんの言う通りだ、そういう理由ならやれ、バカにされたまま逃げんじゃねえぞ、今度はな」

西村父もノリが良かった。

先ほどまでの態度とはうってかわって、バカにされたまま済ませるのは、どうやら許されないらしい。

ただし『今度はな』と言ったのは気になった。

何かから逃げた過去があるのだろうか?


 高校生にもなったら、何かから逃げた過去の一つや二つは、誰もが経験していることだろう。

 オレだって野球の少年団辞めたし、高一の時にバスケ部から逃げてるしな。

 続いたのと言ったら中学の頃のバスケ部くらい。

 村八分にされただけで逃げた。と言えばただの雑魚野郎にしか映らないだろうが、部員の全員からシカトされる空気。というのは、逃げてしまえるほどにきつかった。

 オレの退部によって、不満を持ってる奴等や、オレと仲の良かった奴は責任を感じてなのか、結局退部してしまった。

 オレの世代、一年が三年とミニゲームをすれば一年が勝利する環境は、キセキの世代と言われていたが、オレの退部によって強豪校並みだったポテンシャルを秘めたバスケ部は、普通の公立高校のバスケ部になった。

 思い出したら、西村両親の優しさに涙が出そうになってきた。

 部活を辞めた日、オレの親父と話し合ったのを今でも覚えてる。

「瞬輝、キャッチボールしよう」

「one on oneの方がスッキリするんだけど」

「父さんは野球しかしてないんだ。瞬輝も少年団でやってたろ、環境が糞だから辞めるの認めたけど」

「じゃあ付き合う」

軟式のボールでは無く、硬球を使用してキャッチボールする。

親父は甲子園球児だった。

プロになる前に故障して、プロにはなれなかったけど。

頑張ってもダメな事、どうしようもない事がある。というのを知ってる親父とのキャッチボールは、小さい頃から楽しかった。

ボールは正確に胸に投げられる。

オレも胸か顔のどちらかには確実に、正確に投げる。

二人のコントロールは凄い。

余裕のあるキャッチボールなので、自然と会話も生まれる。

「バスケ辞めてどうすんだ? モテなくなるぞ?」

「とりあえず勉強しようと思う。んで彼女出来たら同じ大学行ってキャンパスライフ満喫した後に結婚して就職したい」

「そっか、スポーツはもういいのか?」

「たぶん、元々チームスポーツに向いて無いんだよ、オレは、プレーに華があって一人だけ目立っちゃうし」

「ハハハ、自分で言うなよ。まぁ中学のバスケ部の引退試合見てたら、確かにそんな感じだったけど」

「じゃあオレ勉強頑張るから、親父も長生きしてよ、バイトとかできればしたくないし」

「任せろ、大黒柱だからな、俺は」

「親父かっけぇ」

「あ、イケメン高校生に褒められた。ちょっと嬉しいからもう一回言って!」

「オヤジカッケェ」

「カタコトかよ、素直じゃ無いな、まぁいいや、次にやることは決まった。飯にしよう」

「ありがとう、親父」

「息子の事は自分の事だ、気にすんな」

 オレは親父が親父で良かったと、心の底から思う。


楓ちゃんは既にカレーを食い終わったのか、オレと西村両親が話してるダイニングには既にいなかった。

オレは、西村両親にお礼を言って部屋に戻る。

自室に戻ると、部屋中の壁に貼ってある画像にマジックで落書きされていた。

おそらく楓ちゃんの仕業だろう……。

本物の西村なら発狂するところだろうが、あいにく今この体の持ち主はオレ、キモキモ画像の一枚や二枚ダメにされた所で、何も感じない。

というかオレとしてもキモかったので、全部破いて捨てた。

キモキモ画像を処理し終わってスッキリすると、オレは早速筋トレを始めた。

「ふんっ! フンッ!」

とにかくひたすら筋トレの連続。立てなくなるまで追い込む。高校生の身体なら絶対痩せる。

根拠はある。

オレは中学時代バスケットボール部だったのだ。その時に夏休みの時、一週間練習二時間だけなのにムキムキになった。

もちろんプロテインを飲んでいた。という理由もある。

しかし二時間だけの練習でムキムキの細マッチョになったのだ。一日は二十四時間、オーバーワークでとにかく死ぬ気になれば人間一週間あれば絶対痩せれる。

オレはそう思い筋トレを続ける。


その時だった。

窓に何かが当たる音がした。

一応ベランダになっていることは確認したのだが、まるでスーパーボールでも当てられたように小気味いい反響音がトットットットと聞こえる。

一体何か動物でも集まって夜会を開いているのかな? と思いカーテンを開ける。

そこでオレはその時見た扇情的な光景に後ろから倒れて頭を打った。

そこには、斎藤 菜穂がピンクの下着で手を振っていた。

その時、まるで大都会の人込みに紛れてる時のように色んな思考が頭をよぎった。相対性理論、超ひも理論、ハンバーグ、オナ●ーとボク、クズの本懐、ハンバーグ、マスクメロン、ガツンとみかん、マスクメロン。

思考が追いつかないなか、目の前のベランダに出ている斎藤 菜穂に向かって会話できるチャンスだとオスの中の本能が、いや、違う、この体の本能とでもいうのだろうか? おそらく長年こんな関係だったんだろうなという証明だった。この体の本能が、自然とベランダの扉を開けさせた。

カラカラカラ、と戸は音を立てた。

外に出ると、先程の反響音はやはりスーパーボールだった。

オレはスーパーボールを拾い投げ返す。

斎藤菜穂はそれをキャッチすると、胸の谷間に突っ込んだ。

体と脳が源 瞬輝だったなら、それだけで年単位のオカズになっていただろう。

しかし不思議な事に、この体は、起たない。なんでだ、オレは理解不能だった、不能だけにってか? やかましいわ!

「へぇー、髪切って来たんだ。いいじゃん」

「えぇっと」

と言ってみるものの、その後の言葉が続かない。

だがオレは、冷静ではいられなかった。

「な、菜穂はいっつも下着姿なのか?」

なにかが終わった気がした。

目の前に平然と下着姿でいる女子を前に、この発言はキモすぎる。

グッバイ西村 道博 と 斎藤 菜穂、今の発言で百年の恋も冷めただろ? だが安心しろ、西村 道博、お前はオレが責任を持ってイケメンにしてやる。

心に誓いを立てていたところ、斎藤 菜穂は笑って答える。

「道博がイケメンになったら、下着姿もぼさぼさ頭も、しなくなっちゃうかもね」

「まじ天使」

「は?」

「いや、何でもないです」

「それで? 渡辺 瑳月はどうにか出来そうなの?」

一瞬黙ったが、何事もなかったように問い返してきた。

「ああ、それね、オレ一週間学校休んで、ガチで肉体改造から始める事にした」

「…………はぁ?」

今度は短い疑問符ではなく、声が裏返るほどの叫びだった。

「実は今日色々あって、オレに足りないものはまず外見だと判断した!」

オレは大げさに言って見せる。

「いやいやいや、まぁ気持ちは分かるけど、小学校以来のスポーツに、体って急についてくものなの?」

今の斎藤 菜穂の発言で確信した。

どうやら西村 道博はスポーツ経験ありだ。

まぁ小太りになるスポーツなんて十中八九野球しか思いつかないけどな、オレがそうだったし、運動経験あるなら言っとけっての。

「まぁ今日ある人にすれ違って、意見を聞く機会があってね、本気でやれば結果はついてくるみたいなんだよ」

自分で言ってて、いったいどこの誰の偉人の言葉だよそれは? と思いつつも、真剣に答える。

「道博のお父さん達がよく許してくれたね」

「自分でも意外とうまくいった方だと思う」

「そっか、それじゃあせっかくだし、一週間後の道博の姿見るまで私も学校にこれまでどおりひっそりと通うよ。お互いそれまで会わないでおこう、楽しみが増えるし、それじゃあねぇ」

斎藤 菜穂はひらひらと手を振ると自室に戻って行った。

背中が見えたが、背中もエロかった。完璧だ。

でも残念なことに、この西村 道博は斎藤 菜穂に男として見られていない。

オレですら瑳月を今では完全に女であると認識している以上、とてもじゃないが瑳月の目の前にパンツ一丁で現れることなどできはしない。

瑳月もオレの目の前に、下着姿で現れるなどしないだろう。

オスとして見られてない、なんでそれだけのことがこんなにワクワクするんだろうな。西村、悪いな、もうお前が斎藤 菜穂の下着姿を拝む日は来ねえよ。

オレはそれから、一週間の肉体改造期間に入った。かとおもいきや、まだ楓ちゃんの勝負おパンツの件が片付いていなかった。

オレが筋トレをしてると、ノックも無く部屋が開けられた。

オレは唯が筋トレ中に部屋にノック無しで乱入してくることがしょっちゅうあるので、別に気にしない。気にせず筋トレを続ける。

しかし楓ちゃんは心中穏やかではなかったようだ。

オレが筋トレをしているのを見て、

「なにやってんの?」

小太りキモデブのくせになにやってんの? とでも言うように冷たい言葉をかけてきた。

オレは、見たらわかんだろ? と、言いたい気持ちを必死でこらえて、このビーストシスターを刺激しないように冷静に淡々と。

「筋トレですけど?」

オレなりに精一杯へりくだって答えた。

楓ちゃんはそれを観て、「ふ~ん」と言うと、一旦部屋に戻ったと思いきや、日中、オレが握りしめてしまった神聖な勝負おパンツを持ってきて、それをオレの顔面に投げつけた。流星のダンク(メテオ・ジャム)だ! アレックスもビックリだぜ。

「やるよ、アニキの手触れたのとかもう履きたくねえし、あと母さん達から聞いたけど、そんなに見返したい奴いんの?」

「関係ねえだろ、と思いついたのですがいかがでしょう?」

ストレートに関係ねえだろとは言えない。

そんなことをすればビーストを目覚めさせてしまう。ビーストシスター怖い。

「そいつ教えてくれたら、パンツの件チャラにしてあげる。てか教えろ」

オレは困ったので、

「……源 瞬輝」

答えてしまった……やっちまった。

「ふ~ん、唯ちゃんのお兄さんか……まぁ頑張れば、じゃね」

「え、それだけ?」

「なんだよ?」

 淡泊すぎる楓ちゃん男らしい。でも銀髪似合ってて可愛い。

 この娘生まれて来る性別間違えたんじゃ。

「いえ、何でもないです」

 攻撃されないように、さっさとこの場はやり過ごしてしまおう。

こうしてオレは、妹の楓ちゃんの勝負おパンツをゲットし、肉体改造機関に入った。


    ◇


外見 源 瞬輝(中身 西村 道博)――――。

 

ど、どどどどうしよう、源君の家に来ちゃったよ。

え~っと、チェックリスト、チェックリストで確認だ。

家族への呼び方はうちとはちょっと違って親父と母さん、と。よかった。パパとかママとかだったらなんかイメージ崩れてた。

にしてもマジでチュートリアルだなこれ。

「ただいまー」

「お帰り瞬輝、イワシのおやつ食べる?」

 いきなり源君の母さんがお出迎えだ。

「え? イワシのおやつ?」

なんだそれ、食べて良いのか? 食べても太らないならちょっと食べてみたい。

いや待て待て待て、この体は源君のもの、ここは慎重にいこう。

「え~っと、そのおやつってカロリーどれくらい?」

源君、曰く源君はカロリー計算を常にしているよう。母親は代謝が化け物なのでスリム美魔女だが、源君の代謝は高校生男子の平均値らしい。

だから日々の努力が欠かせないのだとか。

「またカロリー? 晩御飯まで時間あるよ? 持つの?」

「う、うん、まぁ余裕」

調子乗った。おれは今凄い何か食べたいです!

まぁ確かに痩せてるほうがモテると思うんだよ源君! でも流石に髪切ってドラッグストア寄って買い物した後にファーストフードの一つも食べないで帰宅して筋トレしてプロテインって寂しすぎる気がするんだ。

はぁ、とりあえず部屋に行こう。

としたところで早速チュートリアルだ。

自分の部屋が分からない。

まぁサクッと見れば分かる。ものなのかな?

たしか源君が言うには、妹は可愛らしいマスコットガール的な妹だと言っていた。

ならば部屋などうちの妹の楓と違って、女の子女の子してる、ピンクで統一された部屋なのではないのだろうか?

とりあえず部屋は二つ。

妹さんの、唯(ゆい)って子の、クソ、唯って言ったら声優の小倉(おぐら)唯(ゆい)ちゃんしか思いつかないぞ? 名前だけなのに既に可愛さが想像できてしまう。なんて羨ましいんだ。

部屋を開けると、そこは女子の部屋だった。

女の子の匂いが鼻腔をくすぐる。

いけないいけない、おれは、今は源瞬輝は性犯罪者になる訳にはいかない。

女の子の部屋をそっ閉じして、もう一つの部屋をオープン。

一瞬、硬直してしまった。

おれは言葉を失った。

イケメンの部屋、というものを見た。

白より黒を基調としたモノトーンな部屋、カーテンはお洒落な遮光カーテン、ダークブラウンのカーテン。エアコンもしっかりついてる。

なんだろう、『ガクト 部屋』で検索したら出てきそうな部屋だ。

イケメンはインテリアに拘る。と。

唯一白色のこの部屋に似つかわしくないベッドは一体?

おれは一瞬考えた後(のち)、

そうか! 白色なのは、よごれが目立つように白色のベッドなんだ!

一人勝手に分かった気になる。

事実、白色のベッドには汚れが一つも無かった。

こんなのシーツしょっちゅう交換しないといけないんじゃ。

おれマジでネットサーフィンする時間ないかも、いや、でもさ、源君くらいのイケメンだったらSNSとかやりまくりで広告収入ガッポリとか想像しそうじゃん!

なにこの大人空間、オナ●ーとかするの源君?

ふと、石鹸の香りが漂った。

消臭力(しかもプレミアムアロマ)という、馴染みのないアイテムを見つけてしまった。

ブルジョアかよ。

いや確かにおかしい気はしてたんだよ?

この家着いたときに立地、日当たり考えても西村家の倍の資産価値はありそうだったし、いや、これで隣が渡辺 瑳月な時点で確実に資産価値は西村家の倍はある。

そりゃあ今まで遊んできた友達の家にないアイテムの消臭力なんてものが見つかるわけだ。

まぁ西村家と斎藤家みたいに、直ぐ隣に渡辺家と隣接してるわけじゃないから、ネックといえばそれくらい。

源君のお父さんって何やってる人なんだろ? 

こんな暮らしで母親が専業主婦なんて、手取りで50万以上無いと厳しいんじゃ、クソ、やはりブルジョワか。

まぁいいや、先にやれって言われてた筋トレ終わらせちゃおう。

いや、ちょっと待て、なんだこのメニュー。

おれは絶句した。

こんなメニューに真剣に取り掛かっていては半日が潰れてしまう。

だが今この体は源君のもの、源君のやっていることには向き合わなければいけない気がする。

おれはため息をつきながらも、腕立て20回×3セットから始める事にした。

これだけで一時間かかる自信が長年運動不足のおれにはあったが、体は源君のものだった。

なんと、負荷を感じる事無くすっすっすっと身体を動かすことが可能で、10分もかからない内にあっという間に終わってしまった。

なにこの体、すげぇ! そういや源君、元バスケ部だって言ってたっけ?

バスケってやっぱり全身のバランスすげーんだな。

おれも小学生の頃野球やってたけど、野球は全身太くしてなんぼっていう感覚強いもんな、メジャーの選手なんか化け物みたいな体してるし、ほっそりした選手でホームランバッターはいない。それゆえに引退したら反動で太るんだよなぁ、おれみたいに。

イチローみたいなアベレージヒッターの例外、細マッチョ選手もいるにはいるけど、やはり野球の醍醐味といったら、ホームランだろ、大谷みたいな。

大谷のガタイ見ればわかるけど、ホームラン打つにはあれだけの体の大きさ無いと不可能なんだよな。

にしても体幹鍛える項目多すぎだろ。メディシンボールとか使った腹筋とかやってるし。メディシンボールってなんだよ? あ、これか。

もちろんごつく見えないようにインナーマッスル鍛える筋トレがほとんどなんだけど、にしてもほんとすごいなこの体。

全然疲れないや、そういえば源君って体育のスポーツ全般で活躍してたっけ。

なんかイケメンは、ブサ面がひがみと嫉妬でSNSに共感コメントあげて、ブサ面の同士を募ってる間に、こんな筋トレして更なる高みへと行ってるんだと思うと、ブサ面の西村 道博本当にカッコ悪いな、反省しよう。

そうこうしてるうちにシングルスクワットも終わり、クールダウンのストレッチ。

あー、いた気持ちいいし、プロテインうめえ。

プロテインって腹持ちいいんだな。お腹空かない。初めて知った。

あー、でもプロテインバーは朝食以外でダメなんだっけ? 食いすぎて太るって言ってたな。

よく分からんな、イケメンの考える事は。

まぁあれとカロリーメイトはおやつみたいなもんだからな、言われてみれば納得の理由ではある。

しっかし入れ替わったはいいけど脳の不思議だよな、勉強レベル、学力は源君の学力なのに、源君の知らないであろう斎藤 菜穂の下着姿や渡辺瑳月の合成画像とかはハッキリと思いだせるもんな。

これが俗に言う、魂の重さってやつか。

たしか魂の重さは21グラムだけど、それは魂の重さじゃなくて死の間際の発汗による説、が有効なんだっけ?

でもここまで来たら信じるしかないな。魂の重さ、説、あると思います。

きっと昔の思い出は脳の海馬じゃなくて魂に刻まれてるんだと思う。

カッコつけてるんじゃなくて真面目に。

それからおれは寝る前に西村 道博になった源君と話したくなり、電話した。スマホはさすがにお互い交換してある。

源君はほとんどLINEしかしないし、おれは連絡を取る相手もいないので、スマホを交換しても大丈夫。

だと思ったのだ。

パスワードを入力しロック画面を解除すると、ピンクの透けブラのおれが作った渡辺 瑳月のチョイエロ画像がこんにちは。

よし、元気100倍、アンパンマ●!

さて、源君に電話だ! 教えてもらった番号は。

しかし、かけ続けるも出ない。

いやいやいや、流石に入れ替わった初日に電話に出てくれないなんてこと、ないよね?

だがかけ続けるが、一向に出る気配が無い。

もしかして楓にボコボコにされてるのかもと不安になる。

だがやがて電話は繋がった。

「もしもし? どちら様ですか?」

「あ、自分源 瞬輝といいまして」

この声は楓だ。楓の別名はビースト、野獣だ。逆らっちゃいけない。

楓様が『どちら様ですか?』 と問えば、正直に答えなければ、問われた者の命はない。

楓には伝説がある。まだ小学生でおれを兄と慕っていた頃の楓は、ゲーセンに行き、とあるパンチングマシーンをやりたいと言いだした。

伝説はそこから始まった。

なんと、その店一位の記録を塗り替えたのだ。

おれはその時確信した。

こいつはボクシングをやれば天下取れる。とんでもない危険人物だ。以降、楓は味を占めたのか、おれと廊下ですれ違う度に軽く殴って来て、おれが悶絶しかけていると、

「アニキよえぇ~www」と、ケタケタ笑うのだった

ここはいくら源君の身体と言えど、全力でへりくだって対応させていただこう。

「なんで兄の電話から電話かけてるんですか? もしかしてイジメて兄の携帯奪ったんですか?」

おれ氏、そこでミスに気づく。

しまった――――。

バスケ漫画のキャラが一瞬の判断ミスをした時の、『しまった』だった。

電話は源君と交換してある。実際源君の携帯は安いやつだったから、この場合楓サイドから見たら面倒なことになってる。

すなわち、西村 道博は最新式のiPhoneを奪われ、安い携帯と交換させられたのではないか?

という誤解が生じる

「えっと、いや、その~」とおれが言葉に詰まっていると、楓はあり得ない提案をして来た。

「私、西村 道博の妹の西村 楓っていいます。良かったら明日私と会ってくれませんか?」

「なんで!?」

ちょ~っと理解が追いつかないぞ? いったい何が起こってるんだ?

「兄が、どうしても見返したい人物の名に、貴方の名前を挙げたので、会ってくれませんか?」

「ん~と、ちょっと待って話が見えない」

源君はいったい何をやってるの?

おれは激しく混乱した。

どうしても見返したい人物ってことはつまりは、え~っと落ち着け、一体どういうことだ? しかも携帯も変わってるってことは?

混乱してきた。このままでは楓ペースで話が進んで行ってしまう。

落ちつけ、先ずは落ち着くのだ西村 道博よ!

いや、おれ今源 瞬輝だよ!

『倫也(ともや)君はわたしの……だよ』

いやこれ違う、これ冴え●ノの劇場版のやつ。

なんで今思い出したおれ、だめだもう意味が分からなくなってきた。

落ちつけ、素数だ。

素数を、数えてる時間なんて、ねえよバカぁ!

『お互いナチュラルで♪ いいから~♬』

いやだからこれ冴●カノの劇場版のやつ。

なんで今思い出したおれ、もう川の流れのように、緩やかにこの身をな~んとかかんとか~。

ああ、ダメだ、この頭脳は優秀過ぎる。

次から次へと考えが浮かんできてしまう。

「あなた人バカにするのもたいがいにしといてもらっていいですか?」

「ふぇ?」

「兄は貴方の名前出して、一週間学校休むって言ってるんですよ!?」

「わ、分かりました分かりました。お会いしましょう!」

何故か翌日、実妹、西村 楓と会うことになった。

妹さえいればい●だったら天国なのだろうが、ここは平坂 読フィールドが展開されていない。常人には妹のパンツを口に含むなんていう発想は、ゲフンゲフン。

いったいどうなったってんだ?

源君は、今の西村 道博 は一体何をしてるんだ?

それから、とりあえず明日も早いから寝ようと思ってベッドに入り一時間後、携帯が鳴った。

テンテケ テンテケテッテ テケテケテン!

「うぉ!」

iPhoneの着信音だった。

紛れもなくおれの電話だった。

電話の主は源君。

眠りに入っていたが飛び起きた。

「な、ななな何源君?」

「いや、何じゃねぇよ……電話して来るだろ普通!」

おれは思わずカッとなった。

「電話したよ!」

「え!?」

そこでおれは、先ほどの楓と翌日会うことになってしまった事案、について説明する。

「いや何やっとん」

 通話をスピーカーモードにしてから聞こえてきたのは、源君の呆れ声。

 それを聞いて、おれは更にヒートアップした。

「こっちのセリフだよ! なんで源君、電話に出ないのさ!?」

「そりゃあ、夜だし走ってたし、なんかスマン」

「トップカーストが謝らないでよ調子狂うなぁ!」

「まぁ妹だし、最悪楓ちゃんも普段は猫かぶりのキャラっぽいからオレはバレてもいいよ、西村は?」

「ま、まぁおれも別に被害受けるわけじゃないから別にバレてもいいけど、できるならバレたくない、それにバレたらこの源君の体がどうなるか保証が出来ない」

「そっか、じゃあバレずに頑張れ、オレはこの後寝ないで筋トレするから、じゃあな」

「え、ちょっとま」

そこで通話は切れた。

そして翌日、おれは楓と会うことになるのであった。

ただこれだけは言わせてくれ源君。

寝ないで筋トレって聞いたことねえよ。

どこのゴリゴリマッチョだよ?

一週間後、自分の体が果たしてどうなっているのか、不安に駆られた。

いや、ここは源君を信じよう。

そして、源君は期待を裏切らなかった。
































第四章 瞬輝と道博の入れ替わり二日目 ①妹達にバレる


外見 源 瞬輝(中身 西村 道博)――――。


耐えきった、耐えきったぞおれは!

窓を開けて叫びたくなった。

掃除の行き届いてる部屋だ。

窓を開けるも、窓の桟(さん)はピカピカ。うっそだろ、掃除まで完璧かよ? 

おれの叫びたい欲求は、一気に血の気と共に引いていった。

昨晩、オナ●ーしたい欲求をなんとか我慢した。

やはりイケメンといえど、所詮は高校生男子。

あれだけの運動をした後にプロテインをとれば、タンパク質を摂取すれば●ナニーもしたくなるというもの。

しかし掃除まで完璧とは、いつ寝るの?

いや待て待て、たしか源君のお母さんは専業主婦との事だ。掃除や洗濯はやってくれているのかもしれない。

朝日を浴びてると再びちん〇がムズムズしてきた。

な~に、一ヶ月程度、おれはオ●ニーを耐えきってみせる!

病院に入院してる人達は、オナ●ー出来ない環境なわけだからな。

この消臭力というブルジョワ御用達のアイテムのある部屋で、オナ●ーなどしてはいけない。

とりあえず朝やることの確認だ。

おれはチェックシートを確認する。

そして挫けた。

なんでこんなに忙しいのこのイケメン君、こんなの朝の短い時間でできるわけないじゃない!

でもそもそも起床時間が朝の6時だからな。まぁやろうと思えば出来ないことはない、のか? 筋トレ、小顔体操、ストレッチ。

あ、注意書き書いてある。

※小顔体操はトイレの時間を使って!

※ストレッチ中に朝のニュース確認できるよ!

ふむふむ。

まぁ筋トレのメニューは相変わらず鬼だけど、この体なら30分あれば終わっちゃうんだよな……継続って大事なんだね。

一通り終わったら、朝食のプロテインバー食って歯磨きしてっと、歯を磨いてると妹と思われる唯ちゃんが話しかけてきた。

ちなみにこの後シャワーに入った後に髪のセットについて聞く。髪の扱いについても聞いた。たしか髪をガシガシ拭いたらダメらしい。

そっとタオルに水分を吸わせるのが大事なのだとか。お洒落めんどくせえ!

「おはようお兄(にい)、今日もカッコイイね!」

いや、なにこの圧倒的妹感? 声からしてもう小倉唯ちゃんだよ。 妹声優の小倉唯ちゃんだよ。

うらやましすぎるだろ! 源君。

「お兄ちゃん? どうかしたの?」

「あ、ああいや、なんでもないよ、唯も今日も可愛いな」

「お、お兄ちゃん、遂に、ついに唯の愛を受け入れてくれる気になったんだね?」

あ、やべ、チェックリストを思い出せ思い出せ。

たしか妹の唯ちゃんには普通の兄貴として接する。

源 唯は源 瞬輝 を溺愛しているようなので、兄として正しい距離間を持って接すること。

と書いてあったのだった、ナイスチェックリスト。あぶねえあぶねえ。

それにしても妹から溺愛されてるって、羨ましいな。ラブコメの主人公かよ。

「いや唯よ、兄妹に愛もなにもないだろ、何言ってんだ?」

よし、100点の答えが出来たぞ!

そう、兄妹に愛もなにもない。血のつながりのない義妹生活ですら遠慮してる綾瀬さんと浅村くんなのだ。

血のつながりのある源 唯 と源 瞬輝になにかあっては大問題である。

「え、お兄ちゃん、でも世の中には妹の勝負おパンツを握りしめる兄もいるんだよ?」

「そんな兄はいない」

 どこの変態アニキだよ、キモいなそいつ。

「い、いるもん! 昨日見たもん!」

「あーはいはい、朝飯食って学校行こうな!」

「ムーッ!」

ふくれっ面になる唯ちゃん。

なんて可愛い妹の反応なんだ。

楓と交換してくれって、ああ、今日の放課後、楓と会うんだ、なんだってこんな面倒くさいことに!?

まぁいいや、気持ちを切り替えよう。

シャワー入って髪セットして、ようやっとこさ登校だ。

隣の家渡辺 瑳月なんだよな。ここは角の立地、つまりお隣さんは一つしかない。

ふぅむ、渡辺 瑳月の家、こちらも中々に金持ちと見える。

まぁいいや、どうせ親の金だろうし、学校行こ。この家からなら徒歩で通えるのがいいところだよな。

っと、の前にスマホの待ち受けの透けブラ瑳月たんハァッ、ハァッ、を拝んで置いて。でへへ。

その時、不意打ちでバッグで後頭部を殴られた。

「瞬輝~、おはよう!」

「いった!」

 何が起こった? ちょっとガチで痛いんだけど、後頭部が!

 なんだこれ、脳出血ってやつか? おれ死ぬの!?

 しかしその痛みと不安は、声をかけてきた主を見るや吹き飛んだ。

 サラサラの金髪に白い肌。

 ニキビもニキビ跡も一つ無い、完璧な、それがメイクによる賜物(たまもの)なのかは男のおれには判断不可能だが、誰もが振り返る白ギャルの容姿。

 スマホの画面から出てきた美少女。

 おいおい、ARの技術でも使ったってのか?

 今おれが見てるのは幻か?

「な~に見てんの? てかスマホ変えたねえ!」

「あ! いや、これはなんでもな、くはないかな? そ、そうなんだよ、スマホちょっとレンタルしてみた」

 おれはその時、いったいなんて返すのが正しかったのだろうか?

 ただ、これが後(のち)に、おれのキモオタ卒業のきっかけになったのは確かだろう。

「レンタル? 今そんなことできんの?」

「あぁ~、まぁ高額な商品はリース契約といってだな……」

おれは適当にネットで知り合った、日商簿記1級を勉強している学生の言っていた事を右から左に説明する。

「企業のパソコンなんかはリース契約らしいぞ?」

「へ、へぇー」

あ、ヤバい、オタク臭かったかな?

「さ、瑳月、はなんか面白いことあった?」

落ち着け、落ち着くんだ西村 道博。

お前は今、たしかに憧れの人である渡辺 瑳月とツーショット登校を決めている。

しかし、現実はそのツーショット登校を決めているのは、西村 道博ではなく源 瞬輝なのだ。

確かに現在の状況は至福の時間だろう。

でもな西村 道博、いやおれ、お前はなんの努力もしていないんだ!

そして天が、「その通りだよ、バァ~カ」と告げるように、そんな至福の時間はあっという間に終わった。

「あぁ~、あっつい、あっつくなってきたね~、あ、ゆかだ! じゃあまたね瞬輝! おおいゆか~!」

「瑳月暑苦しい、ギャルならもっとギャルらしくしてよ……義妹生活の綾瀬さん見習って!」

「そ、そんなことより、ゆか、ちょっと聞いて欲しいんだけどね」

「む? その反応はマジなやつだな、どうした?」

渡辺 瑳月はそのまま友達と何処かへ消えて行ってしまった。

去り際に、心なしかおれをチラリと見て頬を朱に染めていた気がする。

源君ほどのイケメンになるとすこし話しただけで、女子が頬を朱に染めるっていうのか? なんてうらやまけしからん!

もっと匂いとか嗅いでおけばよかった。と考えるのは気持ち悪いのだろうか?

いや気持ち悪いだろ。こんなこと考えてるからまともに女子の一人とも喋れないんだよ。

一人で反省しながら歩くこと少し。そのまま学校に着いた。

教室に入るや否や、菜穂を見つけた。

女子の集団にいるでもなく、一人で本読んでる。

ふと、おれと目が合った。おれはついついいつもの癖で、菜穂にサムズアップしてしまった。

しまった――――。

再びの『しまった』である。

バスケ選手なら二度目の『しまった』に頭が真っ白になってもおかしくない。

おれは何度やらかせば気が済むというのだろうか?

反省じゃ生温い、猛省(もうせい)しろ!

菜穂はそれを見て目を丸くした後、赤面して本に隠れた。

おいおいおい、なんだその反応は?

お前もしょせんはメスだったのか?

イケメン相手なら尻尾振って股開くのか!?

なんだかおれは急にやるせない気持ちになった。

そして席に着くと、隣の男子に、

「いや、源君、そこ西村の席なんだけど」

「おっとおれとしたことが……間違えた間違えた」

素で間違えて着席してしまった。

源君の席は、流石に女子の写真しか撮ってなかった、おれといえども知ってる。

なんかオーラ発してたから分かる。

キラキラしてたオーラだ。髪の毛は金髪というわけでも、特別茶髪や赤毛に染めているわけでもないのに不思議だ。

魔王とでも言ったらいいのだろうか?

『マインファーターマインファーター』

 いやそれ魔王違い。

黒一色のソードアートオンライ〇のキリ●君みたいなコスプレしてくれないかなと思いながらいつも憧れてたんだ。

その席に、今、着席した。

スターバースト●トリーム!

を、心の中で放(はな)ったところで一旦落ち着く。

ふぅーっと一息。ここに来るまで色々あった。筋トレして筋トレしてシャワー浴びて……、髪セットして……大変だったなぁ。

にしても髪のセットって髪質っていうか、普段からワックス使ってるかどうかの影響でかいよな。

なんかワックスちょっと触れただけなのに、髪の毛動いた、源君の髪の毛すげぇ! ってなったし。

源君は毎日ワックス使ってればセットもしやすくなってくるって言ってたけど、でも毎日ワックスしっかり落とさないと禿げるって言ってたんだよなぁ、めんどくさ。

源君の席は窓側。

今日も太陽が気持ちいい。

なんてことを考えながら、欠伸(あくび)を猫のように目を細めてしていると、源君の友達の、ええっと、日笠くんだ。

キモオタのおれも話しかけられたことがある、誰にでも話す、陽キャってやつだ!

その陽キャが目の前の席に座って、先程のおれと菜穂とのやりとりについて問いただしてきた。

「おいおいなんだよ瞬輝! 遂に本格的に斎藤 菜穂攻略に乗り出したのか?」

いや攻略っていうかね? 本来ならおれと菜穂との日常的なやりとりなんだけどね?

でも源君言ってたっけ?

源君は菜穂が好き。

菜穂も源君が好き。

なんだ両想いじゃないか! おれの介入する余地はない。

しかしなんか腹立つ。というかもやっとする。いや菜穂は努力してないだろ。

そうか、これは菜穂が努力してない事に対する怒りか。

源君は一日源君を体験してみてわかったけど、努力の塊なんだぞ?

朝はプロテインバーだし、シャワー浴びる事から始まるし、妹が小倉唯ちゃんそっくりでも発情しないし、小顔体操するし、髪セットしてアフターケアも欠かさないし……。

そんな沢山努力してる源君に、あのベランダに下着姿で現れるような痴女が釣り合っていいはずがない!

断固阻止! 出来る事ならしたい。

でもまぁ、そこはおれが口を出すことじゃない。

菜穂が源君に玉砕覚悟で告白したとして、ペロリと食べられちゃって捨てられても、それは菜穂の責任。おれの関与する所ではない。

いや、むしろやり捨てされれば、アイツも少しはお洒落に気を遣うのでは?

ここは日笠くんには、適当な事を言っておこう。

「いや、まぁちょっといっつも西村とやってる挨拶真似してみたけど、ダメだったわ」

「お前そりゃ、いきなりイケメンから、地味女子がサムズアップされたら、混乱するだろうに」

「やっぱそう思う?」

「お、イケメンって認めたな」

「いや、おれはイケメンじゃないよ、ただの努力家だ」

「努力ねぇ、一体どんな努力すりゃそんなイケメンに? うらやま~」

くっ、こいつ等は源君がどれだけ努力してるか知らないんだ、だから軽々しくイケメンイケメンって言って済ますんだ。なんの苦労も知らないで、クソが!

いや、待てよ、つい昨日まで、おれがしてきたことも同じじゃないか、努力も知らないでイケメンうらやまって簡単に済ませて、ネットで毒吐いて、おれも最低人間のひとりじゃないか、それから日笠くんは直ぐに何処かへ消えて、朝の授業が始まった。

それから放課後まではあっという間だった。

源君の学力は優秀だった。

なんなのこの人、完璧超人なの? 漫画の主要キャラクターなの!?

あーでもそういや、にちゃんねる創始者のひろゆきも言ってたっけ?

見た目もいい方が頭も良いんだってな、いや、メンタリストのdaigoだったっけ?まぁそれはこの際どっちでもいい。いったいどうなってんだよ神様。

でも確かに、不細工のヤンキー達はみんなバカ校行ってたしな。

そのバカ校ブサイクに対して、進学校の、南高校の生徒さん達はそりゃあ美男美女揃いだ。エリートの血族というやつだろう。まぁ不細工もいるこたいるけど、でも少数。

南高校といえば、おれの友達のオタク達はみんな南高校受験してたんだよな。

受かってるか知らんけど、中学卒業したら切られた、薄情な奴等だ。

まぁ人のこと平気で見下すような連中だったからな。今更連絡とりたいとも思わんさ。

本当はちょっと寂しいけど。元気にしてんのかな?

窓の外を見ながらそんなことを考えながら、授業を受けた。

昼食の時間もあっという間に過ぎて行った。

チェックリストで昼飯を確認する。西村 道博は母さんの作った弁当。

源 瞬輝の昼飯はというと、千円渡されて後は自由。

しかし制約があった。

ええっと、昼飯はパンよりもおにぎりを食う事。ただしマヨはダメ。

いや、おにぎりっていったらツナマヨですやん……鬼か、なんだその縛り。

しかし、おれ氏、ここで初めての発見をする。コンビニのおにぎりの斜め下に置いてある、ネギトロ巻きと納豆巻き。

これもおにぎりと言っていいのではないだろうか?

わーい! 何個食おうかなと考えるが、ここでも制約。

おにぎりは二個まで。

飲み物は水か飲むヨーグルト、ビタミン足りてないなと思ったら砂糖不使用の野菜ジュース。サラダなど不要。少食こそ美容なのだと。

ちなみに、と、※で注意書きが書いてあった。

「オレは昼は基本食わん。食うとしてもナッツ類だ。だが西村 道博よ、入れ替わったばかりでそれは流石に辛かろう。なので温情采配でおにぎり二個にした。慣れて来たらナッツ小袋一袋、もしくは何も食べない。を貫いてくれ」

なんなの?

源君念能力者にでもなるの? 制約多すぎでしょ? 制約と誓約が多すぎだよ!

そんな五百円で終わる昼飯を、一人でボロを出さないように外のベンチで食って、放課後の楓とのシミュレーションを行っていたが、その時、女子陣では大変な事が起こっていた。


    ◇


渡辺 瑳月――――。


大変なものを見てしまった。

本日、朝、源 瞬輝が家から出発するタイミングを見計らいわたしも家を出る。

それがどういうことだ?

いつもなら自信に満ち溢れる姿、を一周通り越して、なんかちょっと哀愁を帯びた風格を醸し出している源 瞬輝なのだが、本日はまるで、新入生一年生の入学式の時のようだ。

何がそんなに初々しい気分にさせるんだい瞬輝?

幼馴染の瑳月ちゃんに話してごらん。

という思いを込めて、スクールバッグで後頭部を小突く。

この小突き方も、絶妙な力加減を要する。

恥ずかしい話ではあるが、弟で何回か練習させてもらった。

そしてこの時、瞬輝がスマホで何を見てるのかのチェックも忘れない。

いつもならニュースを見てるので、今日もそのニュースを見て話題を合わせつつ登校。

こうしてツーショット登校を決める事で外堀から埋めていく。

まさに策士、渡辺 瑳月とはこのことよ! はっはっは。

さて、プランを実行してみたところ、想定外の、緊急事態宣言が脳内で起こった。

 

なんと、わたしの画像を見ていたのである。


しかも、ピンクの透けブラ


それからはマシンガンのように、超スピードで脳内を多種多様な思考が流れて行った。

緊急事態だ!

いったい何が起こってる!?

脳内で鳴りやまないヘリコプターのプロペラ、救急車と消防車のサイレン。

まさに東日本大震災を想起させる。いや、その頃わたし産まれてたっけ?

とにかく一週間はテレ東以外の局が全て、被災地の状況を放送する大地震。

それに匹敵する、まさに日本沈没に近い状況が起こっていた。

ついいつもの癖で、

「瞬輝~おはよう!」

など口から出たはいいが、頭の中では閣僚が緊急事態において閣議決定を余儀なくされる場面。

続く刀で早く話題という技を繰り出さねば!

画像、スマホ、スマホ、あ!

「な~に見てんの? てかスマホ変えたねえ!」

 お分かりいただけるだろうか? 

たったこれだけの攻防戦においても、この渡辺 瑳月、既に背中が汗でぐしょぐしょなのだ。

ブレザーの制服でよかったとこれほど思ったことは無い。

源 瞬輝は、わたしが画像を見たのに気づいて無いのか、

「あ! いや、これはなんでもな……そ、そうなんだよ、スマホちょっとレンタルしてみた」

と、動揺している。

おかしい、明らかにおかしい。

いつもの瞬輝であれば、ニュースの話題が出なかったことにもっと動揺していてもいいはずだ。

これは……踏み込んでいいのだろうか?

敵の防衛ラインに、源 瞬輝はわたしにとって心の闇! 倒すべき敵なのだ!

エネミーなのだ!

中学時代、わたしはこの源 瞬輝にこっぴどく振られた。

告白自体を、無かったものにされたのだ!

ふざけるなよ? 冗談だと!?

わたしの告白は冗談?

ギャグ扱いですか!?

今でも思い出す。

わたしが告白した時、この男は、

「どうして、そんな冗談言うの?」

わたしは一瞬固まったのち、涙がじわりと出てきて、当時親友だった岸本 光ちゃんに泣きついた。

周囲の女子からのざまぁという視線、男子達からの面白いものでも見てる好奇の視線に晒される情けないわたし。

そして加速する涙の循環。

屈辱過ぎて思い出したくないため、光ちゃんとはそれ以来連絡をとっていない。

絶対に復讐してやる!

許さない!

それからわたしはギャルになるべく、女らしく、女らしくなるようにと情報を収集し戦略を立てる事にした。

名付けて、『オペレーション・女豹(フィーメール・レオパルド)』

まずはこの、イケメン野郎に釣り合うだけの美少女にならねば!

情報……男受けする喋り方、仕草、声、顔、髪、服装……etc。

情報収集した後は、ひたすら訓練、ひたすら自分に合う戦闘スタイルに、磨きをかけた。

その様、まさに平突きを極めた牙突(がとつ)の如し!

まさかその成果が実ってしまったとでも言うのか?

わたしの牙突が、遂に完成した?


今こいつ、白Tシャツの、ピンクの透けブラ姿のわたしの画像見てたよな!?

 

え? 復讐成功!? これ復讐成功しちゃうの!?

思考回路が突然の出来事にパンクしそうになる。

あれ、こういう時どう対応すればいいんだ?

今わたしにやけてないかな?

ま、まさか復讐する敵を前に赤面してるなんてことは……ないよな? ないよね?

あ~やばい、やばいこれヤバい、汗……そう、このままでは汗が……。

てかリース契約ってなんだよ!?

今それどころじゃないよ! 

企業のパソコンとか知らねえよ。うんちく語ってんじゃねえよ!

焦(あせ)るわたし!

語(かた)る瞬輝!

状況は刻一刻と深刻化していっている事に、気づいているのかこの瞬輝(バカ)は!?

そんな時、この緊急事態から脱出する一筋の光明が見えた。

るろ剣で例えるなら、生と死の狭間で、光明が見えた。

さしぞめ、この場合、精と子の狭間で見えた光明ってところかな? 子は精子の子と卵子の子ね。いや誰が上手いこと言えと。

「あぁ~、あっつい、あっつくなってきたね~、あ、ゆかだ! じゃあまたね瞬輝! おおいゆか~!」

そう、クラスのギャル仲間、島田(しまだ) ゆか の姿が偶然見えた。ゆかも時間はいつも違うが、今日は、瞬輝がいつもより遅く登校したため、上手いことバッティングしたのだ。

天は、我を見捨ててはいなかったようだ。

「瑳月暑苦しい、ギャルならもっとギャルらしくしてよ……義妹生活の綾瀬さん見習って!」

ヒューッ♪

このクールガールめ!

今から身も心も、真夏になっちまう話題……だしてやんよ。

「そ、そんなことより、ゆか、ちょっと聞いて欲しいんだけどね」

「む? その反応はマジなやつだな、どうした?」

ここでエネミーとの距離を確認、よし、緊急回避に成功した。

「ふぅー」

「おい、なに一息ついてんだよ! 源君と何かあったんだろ? 話せ」

まったく、落ち着いてくれよ、せっかち娘(むすめ)さん!

「ちょっと待って、今話すから!」

息を整えそう言うと、

ダパァッ!

その前に汗が噴き出した。

汗が滝のように流れるとはこの事であったか……。

「ちょ、瑳月、汗ヤバい! 何その汗!? メイクが、ああ~もう、ちょっとサボって遅れよう」

こうして遅刻する事が決まった。


    ◇


公園の最近できた新しいタイプの清潔な化粧室にて汗拭きシートで汗を拭いた後、ゆかに話した。

最近の化粧室、言ってみれば公衆お便所さんは、公園の景観を損なわないように綺麗なものにどんどん作り替えられている。

昔の公衆便所は、微妙だったことが記憶に新しい。

微妙というのは、臭(くさ)い、利便性、外観、に、おいてだ。

今はもはや和式トイレというものは見なくなった。

てか使い方分からねーし。

「え!? 源君が瑳月の透けブラ白Tシャツの画像を?」

公園の机があるタイプのベンチにて、ゲンドウポーズで深刻に話し、遠くを見つめるわたし。

「まさか瞬輝がわたしをオカズにする日が来るなんて……」

「いやいや落ち着け、ただ画像が回ってきただけかもしれないだろ」

「!?」

え!? 

ってことはもしかしてわたし、男子のほとんどの、オカズになってるってこと?

焦(あせ)るわたし!

説明(せつめい)するゆか!

「だがこれは喜ぶべきことなのだろうか? 男子全員のオカズ……いやごめんゆか、正直気持ち悪い」

ゲンドウポーズは崩れない。

というか固まってしまって動けない。

「でもまぁ告っていいと思うよ、あたしら女子が男子と付き合うのにさ、女子同士の評価。みたいなのあるわけじゃん」

「あーあるね。井上君がモテモテだから、井上君と付き合いたいって女子、多いもんね」

「で、瑳月は源君にしか興味がないと?」

「い、いや……まぁ、はい」

裁判長! ウソをつきました!

わたし、渡辺瑳月はウソをつきました! 本当は振るために瞬輝にちょっかいを出しているのです!

源 瞬輝がわたしに告白してきた時にこっぴどく振るためにちょっかいを出しているのです!

「よし、瑳月、告れ! これは命令だ!」

ゆかの命令に、いったい何の権力があるのか分からないが、わたしはそれに乗った。

ゲンドウポーズを解くと、男子と話す時の猫かぶりモードになって、

「わかったよぅ、じゃあ告白してみるね」

「結果は聞かせろよ、まぁ分かり切ってるけどな……これでビッグカップルの誕生、か」

「ちょ、ちょっと待って! 流石に心の準備が! せめて神社でお願いしてから……」

「まぁタイミングは任せるよ」

「くっ、他人事だと思ってぇ~」

「だって他人事だし、それじゃ学校行こうか」

こうして、放課後神社に寄る事にした。


    ◇


斎藤 菜穂――――。


幼馴染の西村 道博が、遂に本気を出した。

道博のお母さん、おばさんの話によると、昨晩あやつはモヤシしか食わなかったようだ。

ちなみに昨晩の西村家のメニューはカレー。

道博なら三杯はおかわりするデブメニューだ。

それを断(た)ってまでモヤシ? ありえない。

デブの癖に、鏡見ろよ。

そんなに、渡辺 瑳月に本気なのかあの男は?

玉砕、文字通り玉のように美しく砕け散りたいのだろうか?

一週間籠(こも)って自分を磨くと言いだした。

自分磨きかぁ……私もやってみようかな?

でも小説読んでいたいんだよなぁ。

それか小説を書いていたい。

私は、小説家を目指している。

理由は単純。

人嫌いだから。

特に努力することも無く、自称進学校の高校に入学して、将来どうなるんだろと思っていた時に、進路指導の先生が、生徒を集めて進学先の大学について少しでも良い大学に入るよう、偏差値の高い大学に入るよう熱く語っていた。

そしてその時に現代ではありえないウソを言っていた。

「人と関わらない仕事、なんてものはありません。何かしら仕事するなら、絶対に人と関わります。人と関わらない仕事なんて、小説家くらいのものです」

コイツ馬鹿じゃねぇの?

と始めは思った。

人と関わらない仕事なんて、今の時代いくらでもあるだろ。

ユーチューバーとか、インフルエンサーとか、アフィリエイターとか。

それに小説家だって、なにより編集者と関わるじゃねえか。

何十年前の人間の価値観だよ?

しかし私は、そのバカバカしい考えに乗った。

もう今の時代に、飽和状態になってしまった動画配信や広告収入で稼ぐには、何か新しいことをやるか、エロで釣るかの二択くらいだろう。

しかしエロで釣るのは、犯罪に巻き込まれそうで怖い。

女性で、ユーチューバーやらインフルエンサーやらになってるのは、相当に覚悟のいる事だと思う。

本を読むのが好きな私は、結構その手の、金稼ぎの本を読んだりもしていた。

しかし、楽に稼ぐ。

という手法など存在せず、稼ぐ方法としては、どうしてもある程度の知識が必要であり、

一番効率がいいのが、新規参入者が、大量に見込まれる市場に、誰よりもいち早く群を抜いて根を張る。というものだった。

例えるなら、ユーチューバーで言えばはじめ社長やヒカキン、アフィリエイターで言えば副業クエストの人やヒトデブログの人。

黎明期の昔からやっていて根を張っている人は強いし稼いでいる。YouTubeがオワコンになる未来は当分見えそうにないので、これからも彼らは稼ぎ続けるだろう。

今後さらに時代が進化していくにつれ、メタバースやら仮想空間やら拡張現実やら色々あるが、正直何が次の時代に来るかなんて、ファッションにも流行にも敏感ではない、まして大学で真剣に学んでもいない私が、分かる訳無かった。

スタバやタピオカミルクティーが流行るのなど、誰が予想できたであろう?

そしてタピオカミルクティーはポップコーンと一緒で、一瞬でブームは過ぎ去った。

なにが来るか読む能力はこれから必須のものと言えるが、私にはそれが、その能力がない。

それなら小説家の方が、手っ取り早く分かりやすくていい。

何が売れるか売れないか。

どの作家が成長するかしないか、なんて分からない。

なら書店員のバイト、でもやりながら、小説家でも目指すのが、自分には向いているのかもしれない。

そう思い小説家を目指すことにした。

それはいいのだが、最近になって、恋愛もしてみたいと思う様になっていた。

きっかけは、同じクラスの源 瞬輝君。

当たり前のことだが、人間見た目はある程度大事だ。

誰も100キロ越えの160㎝のデブで常に汗臭くてなんか臭い奴なんて、普通好きになる訳が無いし、チビ、デブ、禿げ、不細工のサイクル安打達成しちゃってる奴とセックスとか絶対無理。それが普通の感覚だろう。

たまに漫画などでデブがモテるフィクションがあるが、フィクションのデブは汗をかかない。

「そう言えば道博も残念な外見になっていったよなぁ~」

一人ベランダで暑さを紛らわすため、下着姿でつぶやく。

小説では幼馴染が絶対に負けないラブコメ、やら幼馴染は無条件で冴えない男の子が好きなもの、だが、現実は違う。

心理学では、毎日顔を合わせていると、その人に親密感を覚える。

という実験データがあるが、所詮(しょせん)親密感、家族の弟とかそんな人物に抱く情だ。

気づけば、なんか裸以外なら見られても変わんねえな、と思うようになっていた。

だが源 瞬輝君にはこんな、だらしない下着姿なんて見せられない。

源君を好きになったというか、好意を持った、というのは同じクラスになってからだ。

最初は、やたらとキラキラした人いるなぁ~と思い眺めていたのだが、よく目が合う。

明らかに私とだけよく目が合う。こう思い始めたらヤバい人らしいが、そんなのは知ったことではない。恋は盲目なのだ。

あとなんか、重いもの持ってたら代わりに持ってくれた。

それだけのことである。

しかし、男慣れしてない女にとっては、それだけの事で好きになるのだ。

たぶんだけど、男子だってそうだろ?

可愛い女の子と目が合って、優しくされたら、コロッと好きになっちゃうものだろ?

それこそ、西村 道博が可愛さだけで渡辺 瑳月 を選んだみたいに……いや、あれは選んでないか……選んでないな。

あれは、可愛い女子なら誰でもいいタイプだ。

その証拠に、女子の写真めっちゃ撮ってるし。

幼馴染ながら、あれはちょっと引く、いや、かなり引く。

性欲の塊かよ……キモイ。

女子は自称進学校に来るような女子だとおとなしい子が多い。

学年によっても違うのだが、

性にオープンな学年とそうじゃない学年がある。

去年の三年はなんか凄かった。

『さくらんぼ狩り』と称して、新入生の童貞男子、を食い散らかす事案が発生していた。

特に運動部でその動きが激しかった。

食われたチェリー君達は数知れず。

ただ処女を食い散らかす、という事案は発生しなかった。

それは幸いだろう……正直去年は高校怖いと思ってひっそりと過ごしてた。

目立たないように、髪の毛をぼさぼさにして、伊達メガネをかけていたのが去年。

今年は、伊達メガネは外してみた。

ただ、メイクなんてものはしていない。

髪もいじってない。

だから地味女子だ。

正直、渡辺 瑳月 がうらやましい。

私達の学年、二年生はお洒落さんが多い、自称進学校の神月高校である。

私もあの女の子みたいに、高校入ったら、お洒落とかしてみたかったのかもしれない。

そうすれば、もっと源君からグイグイ来られたのかも?

なんて考えが頭をよぎる。

いや、今からでも遅くないのかもしれない。

今からでもお洒落してみよっかな~なんて考えていた所、

なんと西村 道博 が肉体改造するとか言いだした。

カレーの献立の日にモヤシ。

奴は本気だ。

私だって、変われるかもしれない。

実際、二年になってからだけど、伊達メガネから裸眼にしたし。

渡辺 瑳月 のお洒落には遠く及ばないけど。

あれで源君と幼馴染なんだから、源君も渡辺 瑳月 でシコシコしてるんだろうな。

なんて朝考えていたら、突然の落雷だった。

源君が……、あの源 瞬輝 が、私に向かってサムズアップしてきたのだ。

いつも西村 道博 が私にしてくるみたいに。

やばい。

やばいやばいやばい。

もちろんここでのやばいは、大変だ、という意味のやばいだ。

エマージェンシ―。

超・緊・急・事態

クラスの隅で聞こえていた、女子達の会話が一瞬、途切れたのが分かる。

こういう時、興奮と冷静が同時にやって来るものだ。

頭の思考回路は、とっくにショートしているかと思いきや、

「なんであいつが源君と?」

という、コミュニケーションを取ってしまったがゆえの、

「アイツ何様!?」

感が出て、イジメられる! なんとかしないと! という危機回避本能が働く。

しかし陰キャの私に、陽キャみたいな上手い返しができるわけもなく、そっと顔が熱くなるのを感じながら、本に顔を隠すのだった。

私がその反応をすると、女子達も、

「いったい何だったんだ?」

とでも思ったのだろう。

僅かばかりの沈黙の後(のち)、教室内は再び喧騒に包まれた。

あっつい、顔があっつい! 私もしかして今源君にコミュニケーションとられた?

いやでも源君、話しかけられたら普通に誰にでも反応するし。

でもでも、源君からのコミュニケーション、っていうのは限られた人物しかありえないんじゃないのか?

ああ~なんでこんな恋する乙女、みたいな思考になってんだ?

キモイキモイキモイ、キャラじゃないし!

で、でもでも、恋は人を狂わせるというし、一回くらい、告白とか経験してみても……ってなんでいきなり告白!? 飛躍し過ぎだろ!? 乙女脳になっておかしくなったか?

ダメだ、考えてる時間がもったいない。

こうしてる間に小説のネタだしいっぱいできるぞ!?

いやそんなことより、今のうちに高校生活の甘酸っぱくてほろ苦い恋愛経験しとくのも小説家になるには大事じゃないのか!?

まぁそんな経験、何の努力もしてない奴にできるわけないんだろうけど、少女漫画じゃないんだから。

私も渡辺 瑳月 みたいにキレイになったらワンチャンあるかなぁ。

そんな考えが一瞬頭をよぎったが、すぐに冷静になって、ないない、とため息を吐(つ)きつつ、ある考えが浮かんだ。

 

 いっそのことフラれて失恋して、お洒落な自分に生まれ変わる。


というのはどうだろう?

そのルートの方が良い気がする。

そうして、女子のお洒落の知識も手に入れる。

完璧だ。

これは小説のネタになるぞ!

そうと決まれば善は急げだ!

今日の帰りに神社に寄って、恋愛成就のお守りでも買って賽銭して行こう。

 

渡辺 瑳月 と斎藤 菜穂 が出会うまで、数時間後。


    ◇


外見 源 瞬輝(中身西村 道博)――――。


休み時間、イケメンの源君の友達と、陽キャの源君の友達に話しかけられた。

そして思った。

なにこれ、陽キャ同士の会話ってこんなに体力使うの?

プロレスの技のかけ合いかよ、なんでこんなに体力使うの?

まぁプロレスの技なんて、スピニングホールドしか知らねえんだけどさ。

小学校の時に、同級生の間でプロレスが流行った時、野球しかやってなかったおれはプロレスの技が分からない。

だからいっつも昼休みのプロレスごっこでは技をくらうだけ、悔しかったので親父に技を教えてくれと頼んだら、スピニングホールドを伝授された。中学になってパソコンをいじるようになり、ネットで調べたらスピニング・トーホールドというのがなんか正式名称っぽかった。ほろ苦い記憶だ。

まぁそんなガキの昔の思い出の一ページは置いといて、陽キャのノリは疲れる。

これ普通に生活してるだけで痩せるんじゃなかろうか……と思う程に、放課後になると腹が減った。

しかし放課後、そう、気づけばついに、放課後の時間が来てしまったのである、

本日の放課後は、我が妹、西村 楓 と会うことになっている。

場所とかどうすりゃよかったんだろ?

とりあえず、どこで会うかとの問いに、楓が中学生でも入れそうなファーストフード店を指定してきた。

ファミレスとかじゃなくて良かった。

ファミレスで会ってるところなんかもし渡辺 瑳月 にでも見つかったら、間違いなく誤解される。

一応源君に妹がいる。というのは周知の事実なので、特定の仲の良い友人以外は、女子中学生の妹と会っていても、

「ああ、妹さんと会っているのね」

と考えてくれるだろうが、古くから仲がよさそうな、日笠くんやそれこそ、幼馴染の渡辺 瑳月には誤解される。

そして広まるのは、あいつは女子中学生好きのロリコン。

というレッテル張りだ。

源君の名誉のためにも、サクッと終わらせてサクッと帰って、サクッと筋トレしてプロテイン飲んで「あ~うまぁ」って言おう。

しかしそれにしても不思議だな、源君の妹とおれの妹同じ学校のはずなのにおれと源君と斎藤 菜穂 中学で出会ってないぞ? もちろん渡辺 瑳月 もだけど、そういや楓が仲の良い友達、全く連れてこなくなったのって、おれが高校に入ってからだっけ?

そう言えば制服も変わってた気がする。

制服の変更なんて、ジャージの変更と同じくらい割とあることだから、気にも留めてなかったけど……、いや、もしかして楓は、私立のお嬢様中学に通っているのだろうか?

あれ、そう言われてみれば色々と納得できるぞ?

小学校のときのアイツに、唯ちゃんみたいな友達ができるとも思えない。

小学校の時の楓は性的な意味じゃなくて、子供としてかわいかったなぁ~。

よくアニキ、アニキとやんちゃ坊主のように、男みたいな女だった。

それがおれが中学後半に突入して、太っていき、女子の写真を撮るようになると、

「アニキキモ、キモオタじゃん」

そう毒づくようになっていったんだっけ? 本当の事だから言い返せなかったけど、あの妹からの落胆の視線はきつかったかな?

まぁ確かにキモイけどさ、反省は少しはしてるんだぞ? 

妹のいる兄の行為ではないから、堂々と変態行為を行うべきじゃなかったな、とか。

まぁこう思えたのも、ひとえに源君のおかげなんだけどさ。

源君一日体験してみて、おれは反省した。

おれがオナ●ーして、シコシコして身長を伸ばすのに必要な亜鉛、を体外に放出してる間、源君は努力に努力を重ね、イケメンになっていったんだ。

自身の過去を反省し、おれはなぜあんな無駄な時間を、と後悔していたら、目的地のファーストフード店に着いていた。

とりあえず中に入り、適当に楓と連絡を取る。

何も注文しないのには、中々の覚悟が必要だった。

ごめんなさい店員さん、おれ、この体だと、水しか飲めないんです。

コーラ注文出来ないんです!

なぜならコーラには砂糖、めっちゃ入ってるから!

とりあえず窓側のカウンター席に座り、

「何も注文してないのがボクです」

とだけ連絡を入れて、楓の到着を待つ。

喉乾いた。

水だけ注文してもいいですか店員さん?

ダメだ、

「冷やかしか!? 帰れ! 水だけに」

とか言われたら苦笑いせずにはいられない。

いや待てよ、源君のこの容姿なら、店員もスマイルゼロ円で、

「お兄さんお金無いの? この店でバイトする?」

とか言われそうだし。

源君との約束で、バイトはお互いしないことにしている。

もしバイトなんか始めて、短期だけど長期で続けてくれない?

なんてことになったら大変だ。

楓早く来てくれ~、ペットボトルの水ならあるから、なんか注文してきておれに水を飲ませてくれ~。

その念が届いたのか、遂に楓が来た。

「源 瞬輝さんですか?」

声のする方を見ると、ポニーテールにして完全武装した銀髪のお洒落妹、西村楓が注文してきたのか、トレーを持って立っていた。


    ◇


西村(にしむら) 楓(かえで)――――。


私は夜、部屋にて考えていた。

あのキモイアニキが、いや、キモかったと既に過去形の話になってしまったのだが、ああも一日にして変われるものなのだろうか? 

別人になってるじゃねぇか!

いや、外見は髪切っただけだ、そこまで変わった訳じゃない。

しかしオーラがまるで違う。

さっきすれ違ったら、殺気を感じた。

殺気!? この私が!? 他人の圧に気圧されただと!?

まるでタイトルマッチを控えた、減量中のボクサーだ。

なんなんだあの鬼気迫る気迫は?

母ちゃんと父ちゃんなら、何か知ってるかも。

でもアニキのことで話したくないしなぁ、とりあえずメシ食うか。

だがしかし、飯の時間の食卓にアニキは現れなかった。ちなみに今日はアニキが三杯は必ずおかわりするカレーだ

おかしい、そんなカレーの日になぜいない?

思わずポカーンとして、

「あれ、アニキは?」

と父ちゃんと母ちゃんに尋ねてしまった。

いや何尋ねてんだ私? これじゃあ私がアニキを気にかけてるみたいじゃねぇか!

違うぞ、いつも豚みたいに飯を食うアニキがいない食卓に違和感を覚えただけだ!

母ちゃんは答える。

「なんか痩せるんだって、晩ご飯もやしだけみたいよ?」

「もやしだけ!?」

再び驚く。声裏返った。

あの豚の兄貴がもやしだけ!? 

「もやし鍋とかじゃ、ないんだよね!?」

「どうしたの~? いっつもアニキきもいアニキきもいって言ってるのに」

ひょっとしてお兄ちゃん心配になっちゃった? とでも言いたそうな母ちゃんをさえぎって父ちゃんが言う。

「どうしても見返したい奴が出来たんだとよ」

「どうしても見返したいやつ!?」

驚きのあまり復唱する。

「学校も一週間休むみたいよ、あんなに本気な道博、初めてみたわ。高校受験もパソコンなんかやんないで勉強してたら南高校に行けたのにねぇ、もったいない」

「ようやっと男らしくなってきたじゃねぇか、いいことだ」

いったい何が起こってるんだ?

いやちょっと待てよ、学校も一週間休む?

それすなわち、私の下着がピンチなんじゃないのか!?

さっきアイツ私の部屋でパンツ握りしめてたし、もうあの下着は履きたくもないし、そうだ、いっそのことあれをくれてやろう。

そして被害を、最小限に食い止めるのだ!

これ以上キモアニキにパンツ触られるとか、嫌すぎる!

考えたら即行動。

私はそうやって暇になると即勉強して、中学をアニキや菜穂ちゃんとは違う、公立ではない私立中学に入学したのだ。

そこでは猫かぶりモードで生活しているが、この近所に住みながら同じ私立中学に通う、

源 唯 ちゃん、と、友達になれたのは奇跡に近い。

パンツを握りしめ服のポケットに入れて、一度、兄の部屋を訪れる。

私の普段の服装はなんか女子が着たり履いたりしてるひらひらしたの、とあとはUNIQLOの部屋着。とあるが、今はUNIQLOの部屋着だ。近所のコンビニに行くのにも困らない。

UNIQLOの部屋着は素晴らしい。非の打ち所がない。

扉を開ける前に、一応室内の音を確認。

なんか「フッ、フッ!」とか言ってる。

流石に、考えたら即行動! の私にもこれはためらわれた。

オナ●ーしてたらどうしよう……あいつキモオタだしな。

いや、オ●ニーしてたら、

「こいつ見返したい奴いるのに●ナニーしてました~」

って、父ちゃんと母ちゃんにチクってしまおう。

よし、開けるぞ、3、2、1、GO

ガチャ。

扉を開けると、キモアニキが全力で体幹を鍛えていた。

チラリとキモアニキは私を見ると、まるで何事もない、空気がエアコンから出てきた時のように、私の事など気にせずに筋トレを続けた。

ありえない、キモアニキの普通の反応じゃない。

キモアニキならここで、

「ぴゃ、ぴゃあ~、か、楓たんどうしたんでございますか!?」

とでも言いそうな雰囲気だというのに、それがどういうことだ!?

一心不乱に体を鍛えて、いや、体を絞(しぼ)っている。

「なにやってんの?」

キモアニキはキモイ分際で、私の顔を見ずに、

「筋トレですけど?」

邪魔すんじゃねーよ、とばかりに冷たい答えが返ってきた。

あまりの鬼気迫る勢いに私も、

「ふ~ん」

くらいしか言えなくなる。

やはり今日のキモアニキは、ひと味違う。

これじゃあただの、カッコイイ兄の姿ではないか……いや何考えてんだ私、カッコよくねえよ、調子乗んな豚。

あ、そういやパンツやるんだった。

いっつもこんな兄だったら、唯ちゃんの、兄への行き過ぎた愛情、の気持ちも理解できるのだが……と思いつつパンツをくれてやる。

「やるよ、アニキの手触れたのとかもう履きたくねえし、あと母さん達から聞いたけど、そんなに見返したい奴いんの?」

母ちゃんとは言わない。

一応アニキは知っているのかいないのか知らないが、私は私立のお嬢様中学に通う、お嬢様の皮を被った庶民なのだ。

さすがにそんなキャラで、母の事を母ちゃん呼びはないだろう。まぁ、心の中で呼ぶけど。

まぁ女子の写真ばっかり撮ってる、キモオタのアニキが、お嬢様中学の制服すら知らないことはないだろうとは思うけど。

と、思考が色々と高速回転する中、アニキはため息でもつくように、冷たい一言を吐きだした。

「関係ねえだろ、と思いついたのですがいかがでしょう?」

キュン! イッツ、ソークール!

いやキュンじゃねえよ!

なにキモオタにときめいてんだよ私、おかしいだろ!?

あ~もうやめやめ、さっさと部屋戻って勉強しよう。

どうせ、このキモオタアニキは、この後、妹のパンツでオナ●ーパーティーだろ、まったく気持ち悪い。

「そいつ教えてくれたらパンツの件チャラにしてあげる。てか教えろ」

おいいいい!

何聞いてんの私、何聞いてんの楓ちゃん。

ダメだよ、せっかく心だけでもストイックになりかけてるのに、邪魔しちゃまた気持ち悪いアニキに戻っちゃうよ?

しかしそんな考えとは裏腹に、アニキは屈辱の表情を浮かべながら、

「……源 瞬輝」

と、芝居がかった間をおいて吐き出した。

どこかで聞いたような? 聞いて無いような?

こんな時でも優秀な頭脳というのは働いてしまうものだ。

それはまるで、数学の問題を公式を使って解くように、閃きが頭に浮かんだ。

源…………ふぅむ源……そうか! 唯ちゃんのお兄さんか!

「ふ~ん、唯ちゃんのお兄さんか、まぁ頑張れば、じゃね」

 唯ちゃんのお兄さん。という解にはたどりついた。

するとなんと、自然と言葉が口から出たではないか!

頭で考えるよりも先に言葉が出てしまった。

バタン、と強くも無く弱くも無く、心ここにあらずの状態で扉を後ろ手に閉めた。

唯ちゃんのお兄さんか、唯ちゃんに聞いてみるか。

部屋に戻った私は、唯ちゃんにLINEをする。

本当は通話したいが、兄がいる状態での通話は壁が薄いから駄目だ。

聞かれるかもしれない、そしたら鼻で笑われて、

「お兄ちゃん大好きかよ、ブラコン」

なーんて思われた日には軽く死ねる。

だから、連絡手段はメッセージアプリしかないのだ!

さーて源 瞬輝についての情報を、アニキを変えてくれた礼も込めて、収集するとしますか。

スマホを片手に取ると、隣の部屋の、アニキの部屋の扉が開いた。

なんだ? パンツ一つじゃ足りないからもっとよこせって言うのか? 

変態かよ!?

だがしかしそれは杞憂だった。

アニキはめっちゃハァハァと息を切らしていたが、そのまま玄関に向かった。

さすがの母ちゃんも心配する。

「道博! アンタこんな時間にどこ行くって言うのさ!?」

「……走ってくる」

 激しく息を切らしてるからか、答えるのに少し間があった。

「走ってくるって、もう九時から十時になる頃じゃない! この辺は変なのも出るんだから、アンタみたいのが目つけられたら、危ないでしょ!」

「絡まれたらボコる」

「キュン」

いや母ちゃんも、キュン、じゃねえよ!

親子そろって何やってんだ。

しかし父ちゃんが待ったをかけさせなかった。

「行かせりゃいいんだよ! 男が本気になってんのに邪魔すんじゃねえ!」

「ありがとう、親父」

「ハッ、いきなり父さんから親父呼びかよ、変わり過ぎだろ、別人じゃねえの?」

父ちゃんが照れ隠しに、そんなことを言っていた。

あれは照れ隠しだ、声で分かる。

なんにせよアニキがいなくなった。

これで唯ちゃんに心置きなく電話できる。

椅子に座りこんで、即行でスマホの通話ボタンを押した。

「あ、唯ちゃん? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「楓ちゃん! うんうん、いいよ、なんでも聞いて!」

「唯ちゃんのお兄ちゃんの瞬輝さんってどんな人?」

「あ!?」

濁点のついた「あ」だった。

ヤンキーがよく使う「あ」だった。

唯ちゃんの心の闇の中の一端を垣間見た気がした。

「えぇっと、楓ちゃん、それはつまりどういう事かな?」

まずいぞ? 

ここは言葉選びは慎重にいかないと、何が地雷か分からない。

「いやいや、実はうちの兄が、唯ちゃんのお兄さん見返したい、って言って肉体改造しだしてさ、うちの兄がそんなことするの初めてだから、どんなお兄さんなのか興味持っちゃって」

誤魔化さずにいくことにした。

こういうのは、変にウソを言うより、正直に言ってしまった方がいいだろう。

「楓ちゃんのお兄さん? あの、楓ちゃんの勝負おパンツを握りしめてた? あの人がうちのお兄ちゃんを見返すのは、さすがに無理があるとおもうなぁ」

クソ、このブラコンめ!

「まぁうちのお兄ちゃんは、一言で言えば努力の天才、かなぁ? よく言えばだけどね、悪く言えば諦めが悪い」

あれ? 唯ちゃんのことだから、てっきり、

「うちのお兄ちゃんはねぇ、完璧かな?」

とか猫なで声で言うのかと思いきや、意外に冷静な分析されたぞ? なんだこれ?

「そんな諦めの悪い、例えば相手に好まれるために、徹底的に自分を磨いて追い込むお兄ちゃんが、唯の事を好きになったらって考えると……あ、ああ、もうダメ、我慢できない、一旦電話切るね楓ちゃん!」

「え、あ、うん」

オナ●ーだ。

あの子絶対オ〇ニーしだしたぞ?

我ながら、なんであんな子と友達やってるんだろう、まぁ家近いからなんだけどさ。

それにしても努力の天才か、我ながら自慢になっちまうが、本気になった今のアニキを見てる気分だぜ!

その時だった。

隣の部屋から聞きなれない着信音が流れた。

あれ? アニキの携帯ってiPhoneじゃなかったっけ?

着信音が違う気が……まぁ単純に携帯変えたのかもしれないし、すぐ切れるだろ、と思ったら、十五分は電話がなっていた。

いや、なげーよ。

普通、留守番電話サービスに繋がるだろ、なにカスタマイズして設定してんだよ、これだからキモオタは、もう十五分だぞ? 相手もどんだけしつこいんだよ?

うるさくて勉強できなかったので、仕方ないので部屋に行って、電話してきた人だけ確認することにした。

ここで、はてな。? が生まれた。

アニキの部屋に勝手に入るのは滅多にないことだが、たまにパソコン関係の動画編集などを調べたくなった時に、本を拝借させていただいてる。

昨今はワードプレスやブログ関係、動画編集のやり方もYouTubeを見れば分かるのだが、目的について調べたいなら、やはり本で調べるのが近道なのでは? と思う。

まぁ本の事は一旦置いといて、今は携帯だ、熱心にアニキにラブコールを送ってるキモオタ野郎は誰だぁ?

と思いスマホの着信画面を見て混乱した。

そこには西村 道博 の名が刻まれていた。

んんんん????

そこで私立中学に通う頭脳は、一瞬でルービックキューブを完成させるように、とある解を導き出していた。

後は詰将棋だ。

「もしもし? どちら様ですか?」

「あ、自分源 瞬輝といいまして」

「なんで兄の電話から電話かけてるんですか? もしかしてイジメて兄の携帯奪ったんですか?」

そう、私が導き出した解とは、ズバリ、

『アニキ、源 瞬輝 にイジメられて見返したい』

というものだった。

そう考えれば、全てが上手いこと納得できる。

アニキはガジェットオタクだ。iPhoneも最新式という筋金入りのガジェットオタクと言っていい。

そのアニキのスマホが、イジメられて取り上げられたのだろう。

だから見返したい。

シンプルで分かりやすい動機だ。

「私、西村 道博の妹の西村 楓っていいます。良かったら明日、私と会ってくれませんか?」

「なんで!?」

それはもちろん、アニキを変えてくれたお礼と、イジメは良くない、というお言葉を言うためなのだが、単純に源 瞬輝 さんに興味がある。

「兄が、どうしても見返したい人物の名に、貴方の名前を挙げたので、会ってくれませんか?」

「ん~と、ちょっと待って話が見えない」

いいから会うって言えよ、この野郎。

「あなた、人をバカにするのもたいがいにしといてもらっていいですか?」

「ふぇ?」

「兄は貴方の名前出して、一週間も学校休むって言ってるんですよ!?」

私が凄むと、唯ちゃんが崇拝するお兄さんは私のアニキのように、

「わ、分かりました分かりました。お会いしましょう!」

ちょろいなぁ~、中身アニキと入れ替わってんじゃねぇの?

ハハハ、いやいや、まさかまさか。

とりあえず明日、会う約束を取り付けた。

唯ちゃんには黙っておこう。

なんかその日は色々あって疲れた。

決戦は明日だ。今日はもうボディメンテやったら寝よう。


そして本日。源 瞬輝さんと会うことになった。

場所はファーストフード店。

「何も注文しないで窓側に座ってるのが、おれです」

なるほど、何も注文しないとはケチなのか? それとも分かりやすくて優しいのか? せっかくだからポテトのひとつでも買って行ってあげようかな?

ファーストフード店に到着。

窓側を眺めていると、いた。

うわぁ、イケメンだ。

嫌なものを見た時の「うわぁ」が、心の底から出てきた。

私イケメンって、そんなにいうほど好きじゃないんだよな。

同じくらい好きな人に告られた時に、どっちがイケメンかで判断するだけで、そこまでイケメンを重要視してるわけではない。

他の客はその圧倒的イケメン度に引いているのか、席が両隣空いている。

ゴクリ、と思わず生唾を呑んだ。

今からあの隣に私が座るのか、考えただけでも緊張するな。

気合いを入れる為にエビフィレオを注文し、軽くつまめるようにポテトの一つでも持って行ってあげる。

「源 瞬輝さんですか?」

源 瞬輝さんは見た目に反して意外と童貞男子なのか、席から立ち上がると、体育会系のノリでおじぎしてきた。

やはりこれはアニキをいじめていたのだろうか?

「隣座りますね。あ、ポテト食べます? このにおいの中何も注文しないのはきつかったですよね、すみません」

しかし源 瞬輝さんは変に気を遣っているのか、

「あ、自分水あるんで大丈夫です。カロリー計算するのも面倒なんで」

いいから食えよこの野郎。

と喉から出かかったが、必死にこらえる。

「カロリー計算って、モデルかなんかやってるんですか?」

「いや、そういうわけじゃ無いんですけどね、この体はまぁ、自分のものであって自分のものではない、借り物の身体みたいなものでして」

「借り物の身体?」

この人、もしかして中二病か?

なんかそういうの昔の漫画で観たぞ?

自分の身体はもう一人のオレ、相棒、の物、みたいな。

「漫画とか好きなんですか?」

「あ、うん、好きだけど、人並みには」

「へぇー、最近だとどんな漫画が?」

「さ、最近!?」

「ええっと、最近読んだ漫画は、あ、ダメだ、これ女子に言ったら引かれる」

「引きませんて、私銀髪なんですよ?」

「いやいや、銀髪かどうかは関係ないじゃない。というか銀髪って、お洒落さんでしょ?」

なんか褒められた。

これはいわゆる、もてる男のテクニックにの一つ、モテクというやつなのだろうか?

「そんな事より楓ちゃん注文したんでしょ? 遠慮しないで食べて食べて」

「あ、ありがとうございます。ではいただきます」

エビフィレオの包み紙を剥がしながら思う。

でもなんか、昔のアニキと話してるみたいで楽しいな。

そうだ、アニキは昔はキモオタなんかじゃ、なかったんだ。

公園で遊んでても、遊具先に使わせてくれるし、お菓子は譲ってくれるし。

エビフィレオを食べると、昔の記憶が蘇って、突然、涙が頬をつたった。

昔、家族でファーストフード店に入った時だ。

アニキがエビフィレオを、美味そうに食ってるのを見て、

「私も食べたい~」

とぐずると、文句の一つも言わずに、食べて無い所をちぎって譲ってくれた。

その記憶が蘇ってしまって、昔のアニキのような目の前の人を前に、懐かしさと、キモオタになってしまったアニキへの悔しさから、唐突に涙が出たのだ。

目の前のイケメンは当然大混乱。

「な、なんで泣くの? なんか変なこと言った?」

私は気合いで瞳に浮かんだ涙を拭い、涙を枯らした。

「すいません、目に大きいゴミが入ったみたいです。今取れました」

「そ、そう、目にゴミが……大丈夫?」

「あの、一つ聞いていいですか?」

「はい、なんでしょう?」

イケメンはいまだ落ち着きをみせない。

「兄は、どうしてキモオタになったんでしょうか?」

「え?」

「キモオタにならなかったら、瞬輝さんも兄をいじめる事無かったと思うんですよ」

「ああ~、うん」

私はいったい何を聞いているのだろうか?

そんなこと、いじめたこの人に聞いてもしょうがないことなのに。

「やっぱりちゃんと話す必要があるか……ごめん源君」

その時、源 瞬輝さんの空気が変わった。

「ごめん楓、おれ、お前のアニキなんだ!」

「…………は?」

その時、私はさぞかし間抜けに口を開けていた事だろう。

なにせ、いきなり意味の分からない事を言われたのだ。

「いじめもそもそも起こってないし、おれ、西村 道博と源 瞬輝君は、入れ替わっちゃったんだ!」

「はいい?」

それから、詳しく事情を聞いた。

源 瞬輝さんと我がアニキ、西村 道博 は入れ替わっちゃったらしい。

そう言われれば昨日のアニキの奇行(きこう)にも納得だ。

ちなみに奇行は今日も続いていた。朝起きたら、また母と少し口論になってた。

「道博! あんたどうしちゃったのよ!? そんなフラフラで倒れるわよ」

「人間そんな簡単に倒れねえよ! 走ってくる」

「行かせろ行かせろ! ぶっ倒れてこいや!」

「ありがとう、親父」

「アンタもいい加減にしてよ! 息子のこと心配じゃ無いの!?」

「心配する年でもねえだろ」

「そ、そりゃあそうだけど」

そんな感じで、何処までもストイックなアニキを見てると、それは完全に異常だった。

このアニキが、妹のパンツを、果たして握りしめるだろうか?

だが、入れ替わってるのならば、その行為にも納得だ。

うっかり、部屋を間違って、パンツを掴んでしまったのだろう。

私の部屋はよく白や灰色で、来客からはよく、可愛げが無い、と言われる。

一度だけ、唯ちゃんの部屋にもお邪魔したことがあるが、そこはピンク一杯の、みるからに女の子の部屋だった。

確かに、初見で私の部屋に入ったら、アニキの部屋だと間違えてもおかしくはない。

というか間違えるだろう。

そしてアニキはその後、ジャージ姿に着替えていた。

つまりはこういうことだ。

源 瞬輝さんは、ジャージを探す為に、クローゼットを開けた。

しかしクローゼットの中には、何故か女物の下着。

アニキと入れ替わった源 瞬輝さんは、アニキ変態かよと思い、思わず下着を掴む。

そこに私、突然の登場。

状況を察した源 瞬輝さんは、部屋が妹のものであったと気づき、その場を立ち去る。

「ああ、ああああ! なるほど!?」

パズルのピースが組み合わさっていく。

「そういえばあの時、瞬輝さん、唯ちゃんのこと名前で呼んでた!」

私は声に出すほどに、もうその時点では納得していた。

「え、ええっと、分かってくれた?」

瞬輝さんの皮を被った、クソアニキが尋ねてくる。

「え!? あ、ああ! まぁ、はい!」

こういった時、なんと説明していいのか、入れ替わりを暴露された方も困る。

それから、兄妹は数年ぶりに仲良く会話したのだった。

その現場が、源 唯に見られているとも知らずにほのぼのと。

そのことが、後にある噂を引き起こす。

「フーン、ずっと入れ替わっててくれればいいのに」

私が笑ってそう言うと、

「な、なんだ楓! お前も源君のこと好きになったのか!?」

「お前も!?」

「あ、いや別に、なんでもないです?」

「なんだよ、アニキの好きな奴も瞬輝さん好きなの? まぁしょうがないね、あきらめろ」

「く、クソ、男は顔じゃない! 頑張ってる姿だ! おれは一日源君を体験してそれを学んだんだ!」

「へぇー、いいこと言うじゃん、てかポテト食えよ、私だけ食ったらデブるだろ」

「だ、ダメだ、この体は今は源君の身体。ポテトなんて食べさせて太らせる訳にはいかない! それに源君は今もおれの体を肉体改造してくれているんだろう? そんな不義理はできない!」

「瞬輝さんカッコイイよなぁ、告ろうっかな」

「え!?」

エビフィレオを完食し、ポテトに自然と手が伸びる。

そのポテトをむしゃむしゃし終わった後に、何気なく口から出た言葉だった。

「あ? ああ!? 何でもねえし! クソアニキに関係ねえし!」

照れくささのあまり、ボディブローをつい叩きこんでしまった。

「いてぇ!」

そりゃあそうだ、私は自慢じゃ無いが、パンチングマシ―ンでハイスコアを更新した事がある。つまり歴代チャンピオンだ。

そんな私のボディブローが痛くない訳がない。

普段から鍛えてる源 瞬輝さん以外の人間、例えば貧弱オタクだったら、間違いなく骨にヒビが入ってもおかしくない。

「くっ、この隠れ筋肉ゴリラが! 源君の体じゃなかったら、骨にヒビいってるぞ?」

それを聞いた瞬間殴りたくなったが、源 瞬輝さんの体を傷つける訳にはいかない。

私は怒りを抑え、拳を引っ込める。

それから、入れ替わったアニキの生活の様子を聞いた。

どうやら瞬輝さんの毎日は、かなり忙しいようだ。

なかなかにハードな内容の、トレーニングメニューを聞かされた。

「それ勉強する時間とか無いんじゃ?」

「と思うだろ? それがこの体すげーんだよ。全然筋トレきつくないの、もうきつくないただの作業! たぶんインナーマッスル? とかいう奴が半端ないんだと思う」

「ふーん、ちょっと触らせて」

「ああ、いいぞ、っていやダメだ、この体源君のものだった、こら、触るな!」

私は触って確認する。

「ああ、これはすごいね、やっぱ瞬輝さん只者じゃねえな」

家に帰ったら、いったいどう接すればいいのだろうか?

それから、兄妹久しぶりに話した後(話題は筋トレだったが)、瞬輝さんの皮を被ったアニキとバイバイした。

その様子を、唯ちゃんにバッチリみられていたことを、私はその時まだ知らない。


    ◇


外見 源 瞬輝(中身 西村 道博)――――。


楓が到着してしまった。

結局、おれと源君が入れ替わってるのを、報告してしまった。

すまん、源君。

それにしても源君の体、ちゃんと勃起するんだな。

楓は外見だけなら、おれの目から見ても美少女に分類されるだろう。

銀髪にしてる時点で、そのあたりの気合いの入りようが分かる。

そんな楓に触られた時、源君の脳みそと体はおれの精神に反して、反応した。

不覚にも勃起した。

まさか妹で勃起するなんて、罪悪感半端ない。

でも久々に話せて、兄としては嬉しかったな。

それにしても「兄は、どうしてキモオタになったんでしょうか?」なんて、相当思いつめていたんだな、申し訳ない。

アニキは反省しました、とりあえず帰ったら筋トレします。

源家に帰ると、唯ちゃんが大変なことになっていた。

源君の、瞬輝君の部屋で下着姿でベッドにてお出迎えだった。

それはもはや、妹女体(にょたい)盛(もり)と同義のやべー事案だ。

ちょっと何が原因でこんなことが起こってるのか、まるで分からない。

さすがのキモオタのおれも、冷や汗が一瞬で滝のように噴きだした。

「ええっと、唯、何やってるんだ?」

「お兄(にい)、今日楓ちゃんと会ってたでしょ?」

「いや会ってたけどさ、唯はなんでそんな恰好?」

クソ、この状態でも勃起しないっていう源君の脳と体、一体どうなってんだよ!?

妹には反応しないってか? 健全過ぎるだろ!?

おれでも楓が目の前で、下着姿でこんな状態だったら勃起しなくても多少反応はするぞ? 普段見れないものが見れたとしての反応だけど……ちなみに菜穂はいっつも下着姿でベランダに出るのでお互いなんの反応もしない、おれもたまに下着姿で出る時あるし。

でも唯ちゃんは違うでしょう?

この娘(こ)こんなはしたないことしないでしょう? 絶対しないでしょう?

いや待てよ、普段からこんな調子だから源君の体は反応しないのかも?

「唯、ちょっと聞いていいか?」

「なぁに~、妹の年齢の女子は、ガキにしか見えねえって言っていたお兄?」

そんなこと言ってたのか源君!?

ロリは立派なジャンルの一つだろう!?

こんなに可愛い妹が迫っても勃起しないなんて、源君は修行僧か何かなの?

「いや、その、えぇっと、人のベッドの上で、なんでそんなことしてるの?」

「お兄こそ、今日楓ちゃんと会ってたのは、なんで?」

なるほど、嫉妬というやつだろうか?

ヤキモチかな?

可愛いところあるじゃないか。

「いや、ちょっと西村のお兄さんとの件で、色々と話してただけだけど?」

「お兄、あの変態さんとどういう知り合いなの!?」

「いやどうって言われても」

ちょっと待て、あの変態さんってなんだ?

確かにおれは女子の写真も撮るしパソコンで加工してそれをスマホの待ち受けにするくらいの変態だ。

 しかしそれを知ってるのは楓くらいで、楓もお嬢様中学で、わざわざ自分の兄が変態だ。などとは言わないだろう。

じゃあ、あの変態ってどういう意味だ?

「唯は西村 道博が変態だって知ってるのか?」

 自分で自分の事変態だって言うの、地味にダメージありますね。

「うん、昨日楓ちゃんの部屋で、楓ちゃんの勝負おパンツ握りしめてた」

源くうううううん!

きっと何か事情があったんだろうけど、それはやっちゃダメだよ~。

「た、確かに西村 道博はそういう変態な所もあるんだけど、人間としてはまだ終わった訳じゃ無いんだぞ?」

「どういう事?」

「とりあえず、服を着てきなさい」

唯ちゃんはノリ気じゃないのか、

「はぁ~い」

とだけいって着替えてくると、部屋に戻ってきた。

服装はエロい恰好でもしてくるのかと思いきや、強調する胸や尻が無い事からか、どうやら普通のUNIQLOの部屋着だった。

おれは帰宅に遅れたということもあり、筋トレしながら話すことにする。

源君にも妹が部屋に入って来ても、気にせず筋トレしろって言われたし。

唯ちゃんはおれが体幹を鍛えだすと、足や頭を固定して補助に回った。

もちろんボディタッチである。

え!? 兄妹で!? 年の離れた兄妹ならいざ知らず、思春期の兄妹でこんなボディタッチしてるの源君!?

エロ過ぎでしょ!

だがもちろん源君の体は勃起しない。

「お兄は血のつながってない兄妹の恋愛についてどう思う?」

「え!?」

いやいや待て待て待て、源君情報によると、唯ちゃんはよく、「実は私とお兄は血がつながっていないの!」

とよくウソを言う事があるが、両親に聞いても普通に血がつながっているらしいから、無視してOKとのこと。

どんな妹だよ?

いくらアニキがイケメンでも、血のつながった兄妹相手に、いやちょっと待て。

実は、本当に血がつながっていないという可能性、もあるのではないのだろうか?

だって源君と唯ちゃん、似てないし。

両親はそれを隠してて、あえて源君に教えていないのでは?

思春期が通り過ぎたら教える。

みたいな?

「血がつながってないなら別にいいんじゃないか?」

とりあえず源君の意見は考えないでおれの意見を述べてしまった。

とっさの出来事だったのでしょうがない。

おれは、そんな未知の出来事に急に対応できるほど、人なれしてないし、場慣れもしていない。

だから不意の事態、不測の自他、予測できない事態においてはきょどる。

「お兄、本当にお兄なの? 人が変わったみたい」

そりゃあ入れかわってますからね、あなたのお兄さんと!

にしても唯ちゃんのこの反応は、失敗したかもしれない。

おれは筋トレ中にも関わらず妹を前にして、息を呑む。

なんかドキドキしてきた。

体と心は相変わらず、全くドキドキしてないんだけど……ん? じゃあ何でドキドキ?

と思いきや、おれの手は唯ちゃんの胸に触れていた。

なんで!?

いったいどうしたらそうなるのか? という事は置いといて、唯ちゃんの心臓はドッキドキだった。

「お兄のせいで唯のここ、こんなにドキドキしてるんだよ?」

これなんてエロゲ?

おれが楓に、西村 道博の体でこんな風に迫られたとしたら、鉄の貞操観念をお持ちの源君と違い、平常心でいられるわけはないだろう。

そこでおれは冷静になり、筋トレのインターバル中に、唯ちゃんがおれの手を取り、自分の胸に押し当てていた事を思い出す。

これもまたとっさの出来事、というやつだ。

突然の事態に、おれの頭は思考を停止し、気づけば唯ちゃんの心臓のドキドキが手を伝わって自分に波及していた、というわけだ。

「唯、やめなさい」

おれは小さく、けどきつく、子供が電車で禿げてる人を指さして笑っている時に注意するように言った。

しかし、唯ちゃんの暴走は止まらない。

「なんで? お兄と唯血がつながってないんだよ?」

「ウソつくのやめてもらっていいすか?」

まるで、ひろゆきのように唯ちゃんの熱弁を否定するおれ。

すると唯ちゃんは突如、涙を流した。

「楓ちゃんとは会ったくせに」

「だからそれも理由があってだな!」

「知らない! もうお兄としばらく口きいてあげない!」

それから、その日は本当に、すれ違っても一言も口をきかなかった。

楓とは仲良くなったと思ったら、今度は唯ちゃん。また妹に悩まされるのかよ。

その夜、おれはたまらず源君に電話した。

すると楓が出た。

「おっすアニキ、瞬輝さんか?」

「お、楓か? そうなんだよ、源君はまた外走ってるのか? ていうか入れ替わりがわかったからって、簡単に出るなよ。父さんと母さんに怪しまれるぞ?」

「まぁ瞬輝さん、今家出てったばっかだから、あと二時間は帰って来ねえよ? たぶんな。なんか用件あんなら伝えとくけど? ていうかあんだろ! 教えろ!」

「なんで教えなきゃいけないんだよ、やだよ」

「いいだろ別に、アニキは用件を言って落ち着ける。私は瞬輝さんに話しかけるきっかけができる。ウィンウィンだろ?」

「真剣な話なんだよ、二時間後に帰ってくるならまた後でかけ直す」

その時、部屋の扉が勢いよく開いた。

「お兄、入れ替わりってどういう事!?」

こりゃあ、ややこしくなってきました。


    ◇


源 唯――――。


本日、未明、楓ちゃんが、なんかそわそわしてるのを発見。

話しかけても、

「ああ、唯ちゃん、ちょっとね」

とお茶を濁すような話し方。

う~む、これは怪しい、まさか楓ちゃん、パパ活というものにハマってしまったのでは?

えぐい勝負おパンツといい、それを握りしめる、変態さんのお兄さんといい。

もしかして、自分の周囲の男から精液とお金を搾り取る、ドスケベ中学生になっちゃったんじゃ、いけない、いけないよ楓ちゃん! 

これは友達として、間違った道に進もうとしてる楓ちゃんを、軌道修正してあげなくちゃ!

という事で、その日はクラスの他のお友達からの誘いを断り、楓ちゃんを尾行することにした。

楓ちゃんは私にとって、少し特別な友達だ。

入学して間もない頃、まだあか抜けてない時期に出会った私達は、お洒落になりたいという一点において意気投合し、一緒に話すようになった。

話してるうちに、楓ちゃんにも兄がいることを知った。

貴重なアニトーークができる人材の一つである。

ただうちのお兄、源 瞬輝は、自慢できる、何処に出しても恥ずかしくない兄だが、楓ちゃんの兄はどうやら違うらしい。

仲良くなってから、こっそり教えてもらったのだが、どうやら楓ちゃんのお兄さんはキモオタという人種らしい。

キモオタってなんだろ? と思い、家に帰ってパソコンで画像検索すると、気持ち悪かった。

生まれて初めて、お父さんのおちん●んを見た時と同じくらいの衝撃だった。

楓ちゃん、かわいそう。

ただどんなに気持ち悪い人でも、うちのお兄が言うには、痩せる、歯並び整える、髪型変える、メガネ外す、眉毛と髭整える、これだけで普通には成れるらしい。

だから楓ちゃんのお兄さんも大丈夫だよ!

と、元気づけてあげたのだが、

「うちの兄はもうダメだよ、あれはもう、手遅れだ」

そう悲しそうな表情を浮かべた。

仲良くなり時が経つにつれ、楓ちゃんのお兄さんがどんなものか気になってきた私。

そして昨日、楓ちゃんの勝負おパンツ&お兄さん見学を兼ねて、楓ちゃんのお宅訪問。

結果――、想像以上にダメなお兄さんだった。

あれはダメだ。顔パーツ自体はネットで見たキモオタの人よりもまともだと思うんだけど、小太り感が無理、あとなんか臭(くさ)い、眉毛太い、メガネかけないで欲しい。

そして何より、なんで楓ちゃんの勝負おパンツ握りしめてるの?

楓ちゃん、何か言ってあげた方がいいよ、優しさだけじゃ人は救えないんだよ?

そしてアニトーークをして、うちのお兄自慢をして、その日は帰宅。


そして本日に至る訳だが、なんと楓ちゃん、うちのお兄と会っていた。

しかもかなり仲良さそう。

お触りこそ無かったが、楓ちゃんのボディブローはあった。

あれ世界狙えるんじゃ、やっぱり楓ちゃんは凄い!

じゃない! そこじゃない! なんで楓ちゃんはお兄と一緒に居るの!?

お兄もあんなに楽しそうに……いや、楽しそう、ではないかな?

あれ? おかしい? お兄の感情が読めない!?

こんな事今までに一度も無かったことだ。

長年身近に見てきたからこそ分かる、お兄の感情。

最近のお兄は結構隙を見せていた。

好きな人でも出来たのか、シコティッシュチェックは毎日行っているが、量が若干増えた気もする。

しかし昨日はゼロだった。

お兄の部屋は消臭力の匂いで清潔に保たれているが、私の嗅覚は誤魔化せない。

私の鼻は、お兄のオナ○〇に使用済みの、ティッシュのにおいをかぎ分ける。

そんな特殊能力を持っている私だが、今朝のお兄のゴミ箱からは、エッチな臭いがしなかった。

もしかして昨日我慢した?

とも思ったが、仮にお兄が楓ちゃんを好きな場合、お兄は楓ちゃんをオカズにシコシコする事必死。

だが入れ替わってるのならば、楓ちゃんのお兄さんとうちのお兄が入れ替わっているのだとしたら全て説明がつく。

今朝、シコティッシュチェックした時にお兄の匂いが無かったのは、お兄と楓ちゃんのお兄さんが、入れ替わっていたから。

昨日、楓ちゃんとうちのお兄が仲良く話していたのは、入れ替わっていたから。

今日のお兄の様子がおかしかったのは、入れ替わっていたから?

そう言えば、お兄のスマホ、なんかいつもと違ってた気がする。

楓ちゃんのお兄さんが勝負おパンツ握りしめていたのは、楓ちゃんのお兄さんとうちのお兄が入れ替わっていて、お兄が女の子の部屋っぽくない楓ちゃんのお部屋を、楓ちゃんのお兄さんのお部屋と……ああ、もう! とりあえず入れ替わってるなら辻褄(つじつま)が合う!

これは音を集中して拾って、お兄の部屋の音を集中して聴いてみよう。

もし入れ替わってるなら、私なら毎日、入れ替わった人物と報告会はする、たぶん皆するはずだ。

と思いきや、かかった。

ちょろい獣だな、楓ちゃんのお兄さんは。

そんなんじゃ、ウサギみたいに食べられちゃうぞ!?

『入れ替わり』というワードが、お兄の部屋から、ハッキリと聞こえたのだ。

たまらず、私は勢いよく、お兄の部屋のドアを開けた。

「お兄! 入れ替わりってどういう事?」


お兄は、いや、お兄と入れ替わった、楓ちゃんのお兄さんは、あっさりと認めた。

認めた理由として、楓ちゃんにバレたので、私にもバレていいだろうとのこと。

「それで、うちのお兄は今どこで何やってるんですか?」

「源君は、今、おれになってます」

自己紹介し合ったのち、現在のお兄は、楓ちゃんのお兄さんの道博さんだという事が分かった。

思い出してほしい。

私は先ほど、下着姿でお兄のベッドの上に寝転んでいたのである。

これは、とんでもないオカズを提供してしまった。

あの変態のお兄さんのことだ、入れ替わり期間はどうやらあと三十日とちょっとらしいが、元に戻ったら絶対に、今日の下着姿でベッドに寝転んでいた姿、はおかずにされるだろう。

いや落ち着け、変態なのは、楓ちゃんの勝負おパンツを握りしめてたうちのお兄。

いや、だからそれ誤解で、お兄は道博さんと部屋間違えただけ、のはず。

断じて、狙って楓ちゃんのおパンツを引き当てたわけではないのだ! 絶対そうだ!

でもオカズにされるの、なんか怖くなってきた。

キモオタさんだから、エッチな絵とか上手いのかな?

もしかして私のあられもない姿が、イラストにされちゃうのかな?

「あの、イラストとか得意なんですか!?」

「イラスト? 別に得意じゃないけど……あ、でも3Dの作画なら自信が」

「ヒィッ!」

思わず悲鳴が出た。

3Dのイラストだって? 実写じゃないか! やっぱり変態だこの人!

でも今は体はお兄、そう、体はお兄なのだ! つまりお兄とエッチなことし放題!「あ、あの、知ってますか? 源家では寝る前に兄妹でハグしてから寝るんですよ? なんなら寂しい時は添い寝も、したりしなかったり」

「そんな兄妹はいない」

「んな!?」

正論で返されただと?

この人、中身は思ったより変態じゃないのか? いやだから待て、この人は別に変態というわけでは。

「でも源君には悪いけど、正直入れ替われてよかったよ」

「そ、それは私の下着姿が見れたからで?」

「いや、なんでそうなるの? 唯ちゃんは変態なの?」

「くぅううう!」

変態に変態って言われた! 何たる屈辱! いやだからこの人はただのキモオタさんなだけで(以下略)。

「いや、違くてさ、楓ともうずっとまともに口きいてなかったから、今日まともに喋れたのが嬉しくて」

あれ、思ったよりまともだぞこの人?

「それに普通のイケメンが努力してるのも分かったし、おれがいかにダメ人間だっったか自覚できたしさ、元に戻ったら努力するよ、今は源君が努力してくれてるし」

「へ、へぇー、せいぜいうちのお兄に感謝するがいいです、それじゃあ私はこれで!」

お兄の部屋をそっ閉じし、自分の部屋のベッドに寝転んで足をパタパタさせる。

ど、どうしよう、思ったよりも常識人だよぅ。

それからなぜか、お兄じゃないお兄に対して、悶々として過ごす私だった。



第五章 瞬輝と道博の入れ替わり二日目 ②幼馴染女子までも……


渡辺瑳月――――。


さて、告ることになってしまった。

告らせるつもりが、結局告ることになってしまった。

先ずは戦略。ストラテジーが大切だ。

どう告る?

呼び出してみるか?

それともいっそ奴の家に押しかけてみようか? お前を蝋人形にしてやろうか? ふぅむ、どうしたものか。

気づけばわたしは神社のある階段のふもとまで来ていた。

よくギャルなのに歩きでこんな所まで来てしまうものである。

これも過去にわんぱく小僧だった名残かな?

ほかの女子だったら、

「絶対にそんなところまで歩きたくない」

とでも言うところだが、わたしの場合は以外と苦も無く行けちゃう。

中一の頃には、ラーメン屋に一人で入って大盛ラーメンとチャーハン注文したりもしていた。

流石にギャルがそんなことしてたら、大食いギャルと間違われるので、今となってはそんなことはしない。

とりあえずそんな、もとわんぱく少女だったわたしは、必勝祈願をするべく、恋愛成就のお守り購入と賽銭を賽銭箱に奉納させて頂こう。

恋愛成就のお守りを買うと、学校の女子がいた。

おやおや瑳月さん! 学校の女子がいましたよ。

大ピンチだ!

突然の窮地!

 我が名は渡辺 瑳月! 紅魔族随一のギャルにして、体裁と評判を気にする者!

 心なしか瞳が赤くなった気がした。

 いや、これ、恥ずかしくて泣きそうになってるだけだわ。

 そう、恥ずかしすぎる!

 ギャルが、今時神社で恋愛成就の祈願だと?

 ないよないよ~さつきちゃん。

 そんなギャルは、ギャルとは呼べないんじゃないかい?

 瞬間、翌日に、他のわたしを煙たがっている女子から、プークスクスされるであろう未来が見えてしまう天帝の目(エンペラーアイ)が発動する。

 赤司様が言っている。

「渡辺 瑳月の敗北は絶対だ」と!

 そりゃそうだ、ギャルが神社なんて、修学旅行かよ? としか思われない。

 とりあえず標的の女子の姿を把握させてもらう。

 もし面倒な相手と判断した場合、石投げてボコった後に脅してやる!

 だがよく見ると、その女子は地味女子だった。

 髪型ダッセぇ~。

 ヒューッ♬

 イカしてぬぅ~♪

 あれ? よく見たらクラスに居た気のする女子だな。

 それにしてもあのボディラインは……磨けば光るかもしれん。

 まぁそんな面倒くせーことやんねーけど!

 おっと賽銭箱に向かうようだ。

 まぁいいや、どうせ見つかっただろうし、一緒に賽銭して、少し脅しの意味も込めて、お茶でもするか。


 そして賽銭をした時、奇跡はおきた。


    ◇


斎藤 菜穂――――。


 神社にやってきた。

 どうせ私みたいな地味陰キャが告っても撃墜するだけだろうが、失敗は始まりだ。

 失恋することでようやく、私の女子高生としての生活が始まるとしたら、それはまぁ悪くないだろう。

 メイクしたりお洒落してJKライフを満喫するんだ!

 でも告るからには真剣にいく。

 戦うからには勝ちに行く。それが私の流儀。

今の自分に出来る最大限の、地味なりの戦い方ってやつでさ。

それは、全くの無知のお洒落、を背伸びして無理にすることでもない。

 ただひたすらに、神に祈ることだ。

 日本には、寺でもない、神社という素晴らしい施設がある。

 神社には神社によってそれぞれ祀られている神や霊や偉人が違ったりするが、同じものもある。

 ちなみに、ここの神社に祀られているモデルとなったのは、とりかえばや物語に登場する関連人物のような?

 まぁフィクションだろ、と思いつつも、

 渡辺 瑳月のようになりたい。と思いながら賽銭をした。

 二礼二拍手一礼。

 まずい、目つむって願い事してる時に隣に人来た!

 早いことお願いしよう。

 ええっと、渡辺 瑳月になれますように!

 隣にやって来た人と同じタイミングで願い事が終わったようだ。

 一礼して顔を上げると、異変に気づく。

 あれ、立ち位置が違う。

 次の瞬間、驚愕した。

 隣をキョロキョロと見渡すと、なんと、私がいた。

 ちょっと意味が分からない。

 思考停止すること数秒。

 自分の身なりを一望する。

 なんだこのキレイな白肌は……一体誰だ?

 鏡、鏡はどこだ、くっそなんだこのめんどくせー鞄、あ、胸ポケットに鏡入ってた……。

 鏡を見ると、なんとビックリ、私が渡辺 瑳月になっていた。


    ◇


外見 斎藤 菜穂(中身 渡辺 瑳月)――――。


 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 ナニコレナニコレ何だこれ?

 まず姿勢がいつもの自分と違ったのと、肌や髪の毛をそれぞれ触れて確認する。

 地味、猫背キモイ、髪ダセーッ! メイクしてない! 女子として終わってる!

 あ、でもおっぱい大きい、ちょっと肩こる。

 クソ、そうじゃない。

 なんだこの体は!? 一体誰のものだ!?

 わたしはわたしから鏡を奪う。

「ちょっとそれ寄こせや地味女ぁああああ!」

「ヒィッ! ごめんなさい」

 鏡を奪い自分の姿をよく見る。

 あれ? 意外と悪くないぞ?

 いや、こいつすっぴんだよな? 

 ちょっと待て、すっぴんでこの顔にツルツル肌にこのおっぱい、もしやとんでもない逸材???

 じゃない!

 見とれてる場合じゃない!

「わたし達……ひょっとして」

 自分でも認めたくないからか、声が詰まった。

 それは向こうも、いや、おそらくこの体の持ち主も同じだった。

「そ、そうですね……多分ですけど」

 向こうも声が詰まる。

 その後二人揃って、

「「入れ替わってるぅうううう!!??」」

 叫んだのだった。

 その時、背後から声がした。

「なんじゃうるさいの~」

「神主さん!」

「お、その様子じゃとあんたらも?」

「も!?」

「いやいや、こっちの話。アンタらも入れ替わってもうたの?」

「そ、そうなんですよ~、入れ替わっちゃったみたいでぇ~」

 自分で声を出してからはたと気づく。

 クソ、猫なで声で話してんじゃねえよ!

 基本が染みついてやがるみたいに、男に媚びるのが染みついてやがる。

 何年もかけて訓練した結果がこの様(ざま)か!

 無意識レベルで技を出すとは、わたしも成長したものだ。

 じゃない。なんて悠長に構えてる余裕はない。

「あの、すいません神主さん、これって戻るんですかね?」

「いや嬢ちゃん、急にマジなトーンで喋らんといてや、怖いわ」

「いやいや、確かに渡辺 瑳月になりたいとは念じましたけど本人になりたいとまでは願ってないですよ」

 その時、この体の持ち主、地味子がそんなことを話し出した。

 いや、わたしも瞬輝の好きな娘になれますようにって願ったんだけど、もしかしてもしかして? いやまさかまさか? 瞬輝の好きな娘がこのおっぱいが取り柄の、地味子?

 ハハッ…………ハハハッ! 

 いやいや、ないない、アイツはわたしの透けブラ画像で、今頃シコシコどっぴゅんのはずだろ? さすがのクールぶってるアイツも、性欲の前にはただの犬に成り下がるはずさ!

 と思ってたら、神主さんから衝撃の一言。

「いやいや、その学校、神月高校の制服やろ? つい先日も神月高校の君らぐらいの学年の子が入れ替わってなぁ、まぁ三十日もしたら戻れるから安心しぃや」

「え!? 三十日もこんな地味なの?」

 それより、神月高校の入れ替わった奴等って誰だよ!?

 大変な事になってんな。大丈夫かよこの神社。

「無理です無理です。三十日もギャルなんて出来ません!」

 え? 一日二日なら出来るとでも? 随分と舐めたこと言ってくれるじゃない、地味子。

「まぁまぁ、そう言いつつも神月高校の子らも説明聞いてったし、団子でも食べながら説明聞いて行きや~」

 言われるがままに、神主宅で団子を食べた後、チェックリストなるものをもらい、作成した後に美容室へ行き、トリートメントをしてメイク道具を購入した後、バイバイすることにした。

 神主さんには、周囲に知らせるのは止めといた方が良いと言われたが、

「面倒くさいので教えます」

「わ、私も!」

 と二人して反応した。

 神主さんは、驚きと同時に困っていた。

「嬢ちゃんら正気か? 捕まったら実験材料にされるで!?」

「捕まった人知ってるんですか?」

「そんなもん知っとったらご家族と警察に教えとるやろ!」

 なるほど、確かにその通りだ。

「じゃあご家族と親友にだけ教える、というのはどうでしょう?」

「う~ん、親友っちゅうのは口が軽いしの~、ご家族も年下の弟か妹だったら危険やろ?」

「じゃあ両親と友達一人にそれぞれ教えるって言うのは? もちろん危険性も教えたうえでの話ですけど?」

「あ、私女子の友達一人もいないんで安心です」

「可哀そうだな地味子、せっかくだからギャル仲間に入れてやるよ!」

「え!? いいですよそんな、本読む時間減りますし」

「いや、本読んでるよりメイクの勉強したりさぁ、もっとJKならやることあるだろ? お前神社に来てまで何お願いしに来たんだよ? そういうわたしも将来は小説家志望だけどさ~」

 そこまで言うと、外見ギャルのわたし、中身地味子の斎藤 菜穂は、

「そ、そうですね、メイクとか! ファッションとか! 女子高生ならやることいっぱいありますよね! お願いします渡辺 瑳月さん、私をお洒落にしてください! ってちょっとまって? 小説家志望? あの渡辺さんが!?」

 ふむ、物凄い熱心に頭下げられたな、悪い気はしない。しかしわたしが小説家志望だといけないことみたいに言ってないこの娘? 気のせいだよね? 気のせいだろ。

「では、なほっぺよ、そなたの好きな男子を教えるのじゃ」

 わたしの突然の、なほっぺ呼びにも、なほっぺは冷静だった。

「え? なほっぺって私? ダサくない? いやダサ良(い)いようなきもするんですけども、けど、なほっぺは流石に」

 困惑する地味子、なほっぺに私は甘い誘惑をする。

「では、なほっぺ呼びを受け容れたらトリートメントに連れて行ってやろう」

「はい、なほっぺでいいです! トリートメント体験ツアーに連れて行って下さい!」

 コイツちょろいなぁ~。

「では、なほっぺよ、好きな男子を教えるのじゃ」

 なほっぺはそこからはチョロくなかった。

 斜め下を見て口を引き結ぶと、頬をリンゴのように紅潮させて、

「さ、流石に好きな男子は、そんなに簡単にホイホイ教えるものじゃない。とおもうんだよね」

 おぉ~っと、小生意気にも強気かぁあ~?

 なほっぺの癖に強気かぁ~?

 でもちょっと可愛いぞ~! 

 わたしの姿で照れてるから、可愛さ三倍マシマシだぞ~!

 家系ラーメン、だったら野菜マシマシってくらいにマシマシだから、麺にたどり着くまでに時間かかるぞ~?

「じゃあわたしの好きな男子を教えるから、なほっぺの好きな男子も教えて」

「そ、それならまぁ」

 契約が成立する、ビジネスマンのオッサン同士だったら、熱い握手が交わされるシーンだ。

だがここはJK同士、キャピキャピした反応を期待したのだが、なほっぺは暗かった。

「わたしはねぇ~、源 瞬輝なんだよね! うふフフフ」

 サザエさんかよ! というじゃん・けん・ぽんの後の笑いを交えて、わたしは、なほっぺを牽制した。

 これで、なほっぺは、簡単に瞬輝のことが好きだとは言えない。

 言った瞬間に、バトルが没罰するからだ。

 女子全員を巻き込む、WORLD WARが勃発する。

 その激しさは、世界で起こってる戦争の激しさ、に匹敵するくらいの熱を持っている。

 しかし、なほっぺは、わたしの予想を、あっさりと斜め上に上回っていった。

「私も、源 瞬輝くんの事が好き」

 やっべ、WORLD WAR起こるわ。

 脳内の神経伝達物質は、各自緊急事態に備えよ。

 もしここが、神社から出たばかりの広場ではなく、朝の教室内だったら、そんでもって入れ替わって無かったら、なほっぺは女子から総叩きを食らうだろう。

 地味子のお前ごときが何を言うか! と。

 身の程を知れ! と。

 それこそ、わたしが中学時代に瞬輝に告白して、ほとんどの女子からプークスクスされたぐらいのいやからせや嘲笑は受けるのだろう、と。

 あー、それは見たくないし、やっぱり嫌だなー。

 はー、こういう時になんだかんだ言っていい奴なのがわたしなんだよな~。

「OK、じゃあ、なほっぺとわたしはライバルってわけだ」

 なほっぺは俯いて上目遣いで、

「やっぱり、トリートメントは、無し?」

 その可愛さに、胸を打たれたわたしは、何かがはじけ飛んだ。

「やめろおおおおお! 人が磨き上げた美ギャル姿で、そんな可愛い反応するんじゃねえええええ!」

 そう、その可愛さの武器は、わたしが、対、源 瞬輝用に磨きをかけた必殺技だった。

 牙突(がとつ)零式(ぜろしき)だった。

「ゴ、ごめん、渡辺さん、そんなつもりじゃ」

「いいよ、分かってるよ、メイクもファッションも教えるし、トリートメントもしてやるよ!」

 まぁきっと瞬輝なら似たような状況になったら、そうするだろうしな。

 わたしもそんな、いいやつというか、いい人でありたい。

「でもそのわたしのギャルの姿で、絶対に瞬輝に告んなよ!? 告った瞬間にボコボコにするからな!」

「わ、分かりました! 渡辺さんも告白しないでね?」

「しねーよ! どう考えても負け戦だろ!」

「そ、そう、良かった」

 ホッとしてんじゃねえよ!

 勝ち馬気取りか!?

 いや、違うな、コイツの場合はなんかが違う。

 わたしの周囲に居るギャル軍団とは、一線を画している。

「それじゃあトリートメント行くか。先ずはこの痛んだ髪の毛、どうにかしないとな」

「フフッ」

 なんか急に笑われた。

「ああ!? 何笑ってんだ? 自分の体だろ?」

 わたしがキレると、なほっぺは慌てて首と手を顔の前で振った。

「あ! いや、そうじゃなくて!」

 じゃあなんだってんだよ? という前に、なほっぺは間髪入れずに訂正してきた。

「渡辺さんって、話してみると面白いんだね。もっとぶりっ子してるのかと思ってた」

「んな!?」

 な、な、な、何を恥ずかしいことを急に言いだす!? なほっぺよ!?

「ち、違うし、これはメイクもお洒落もしてないから、OFFモードなだけだし!」

「OFFモードだとそんな性格なんだ?」

「……なほっぺには関係ない!」

 わたしはそこで心を閉ざした。

 OFFモードと言っているが、それは幼少期にわんぱく小僧みたいな女だったから、癖になって抜けないだけだ。

 話し方も全て気を遣うようになったのは、中学の時に瞬輝に振られたから。

 それがわたしの、心の闇の原動力となって、そんな普段のギャルモードの時はぶりっ子したような対応をさせる。

 全部瞬輝のせいだ!

 わたしの様子が変わったのを目ざとく発見したか、なほっぺは謝ってきた。

「ご、ごめんね、なれなれしかったよね?」

「いや、別にいいよ、本当はわたしも馴れ馴れしいし」

 それからのわたしのテンションは、どこか低かった。


    ◇


外見 渡辺 瑳月(中身 斎藤 菜穂)――――。


 中学までは友達の一人や二人はいたのだが、皆本好きだった。

 小、中学校で本好きと言うのは陰キャだ。そして、いかんせん、親の都合で転勤になって転校を何度も繰り返してる人間、が多い。

 もちろん転校陽キャなどは小学校などに多くいるのだが、中学に入ると先輩、後輩、部活関係の人間関係、というものが出来上がってくる。

 そんな中をいついかなる時も陽キャでいるのは不可能、というものだろう。

 特に中学に入ってからの転校の連続は地獄だった。

 と、銀行員の家族のみっちゃんは言っていた。

 部活はバスケットボールを中学入学時にやっていたらしいのだが、転校と同時に、いきなりレギュラー争いに食い込むので、人間関係が原因で辞めたとのこと。

 また、つったんが言うには、お洒落したくても、転校族はヤンキーの女に目をつけられて面倒くさいことになるので、一人寂しく地味に暮らすことが多いらしい。

 そんなつったんに、ある日突然言われた。

「菜穂ちゃんはなんで、陰キャの自分に合わせて、地味でいてくれるの?」

 実は私もお洒落したいんだけど、ヤンキーと上位カーストが怖い。

 と、教えてあげると、

「やっぱり、お洒落は大学か、自由度の高い高偏差値高校行かないと無理だよね~」

 文芸部の部室の中で、そんな話をした。

 

 時は流れて現在、私は突然、なんとこれまでとは対極の陽キャに、いきなりなっていた。

 おかしいよ神様、確かに私、渡辺 瑳月になりたいとは言ったよ?

 でもさ、まさか本人になっちゃうとは思わないじゃない。

 そんなの、幼稚園児の将来の夢に、『海賊戦隊ゴーカイジャーのレッドになりたいです!』

 って言って、本当になっちゃうのと同じくらい、ありえないことでしょ?

 もうちょっと察して下さいよ神様~。

 入れ替わった本人の渡辺 瑳月は、学校で見せる様子と違っていた。

 学校ではいつも男に媚びるような声を出して、ギャル軍団の中を跋扈している、ギャル中のギャルだ。

 しかし現在の渡辺 瑳月は、そんなギャルとは、盛りのついたメス猿とは、一風変わった様相を呈していた。

「渡辺さんって、話してみると面白いんだね。もっとぶりっ子してるのかと思ってた」

 そう話した時、渡辺さんは照れたのか、それとも私が渡辺さんの心の闇に踏み込んでしまったのか、暗い表情をするようになった。

 少し、悪いことしちゃったかな?

 いや、それでも、いきなり人の事を『なほっぺ』呼びは無いと思う。

 そんな呼び方で呼ばれたことねぇよ。

 ギャルって、距離の詰め方えぐいんだな。

 いや、単に渡辺さんだからか、どんな風に育ったら、渡辺さんみたいになれるのかな?

 たぶん、源君も渡辺さんの事が好きなんじゃ?

 いやいや、私にだって優しくしてくれたし、よく目が合うし!

 なーんてことを、美容室に行くまでの間、渡辺さんと話していた。

 そして告白するに至ったと、これまでの経緯を説明した。

 渡辺さんはそれを聞いた後、

「へ、へぇー、そうなんだー。まぁ瞬輝は他人の事そんなに特別扱いしないしぃ? 他に何かしたんじゃないのかなぁ? なほっぺは? 例えばおっぱい見られちゃったとかぁ?」

 いや、見られねえよ、どんないちゃもんのつけかただよ!? それにしても渡辺さんは、なぜ神社に居たのだろうか?

 聞いてみたくなったが、もしかして渡辺さんも源君に告白? と考えたら修羅場になりそうだったので、考えないようにした。でも源君の事さっき好きだって言ってたしな。

 え? マジで!? マジ告白? んでもってギャルなのに神社? やばい、そう考えたら、なんかウケる。

 私はたまににやけそうになるのを堪えて、渡辺さんについて行った。

 それからというもの、美容室に行き、トリートメントをしてついでにある程度のロングヘアの長さまで整えた後、渡辺さんの家に行き、お洒落指南が始まった。

 さっそく渡辺さんの部屋でネットを見せられながら説明された。にしても広いなこの部屋、ブルジョワかよ。あと思ったよりヒョウ柄とかピンクとか無いもんなんだな。普通の部屋だ。

 今の時代は便利だな。『コスメとは』と検索しただけで、色々と出てくる。

 それから、私は渡辺さんと話し合った結果、渡辺さんの家、現在の私の外見の家に行くことになった。そこで両親に報告した後、私の家に行き報告する。

「それじゃあ先にわたしの両親に報告にいこっか」

「は、はい!」

 どうしよう、今更だが、道博のずりネタの人物になってしまった。


    ◇


外見 斎藤 菜穂(中身 渡辺 瑳月)――――。


「おかあさ~ん」

 なほっぺのメイク指南が一通り終わると、一階のリビングに降りておかあさんを呼んだ。

 おかあさんはヨガマットで一人ヨガを行っていた。

 その姿に一瞬、なほっぺがギョッとする。

 うちのリビングは結構広い。

 天井も、吹き抜けになっていて、通常は天井に手が届くことは無い。

 自慢になるが、わたしのおかあさんは、スタイルが良い。

 暇を見つけてはヨガを行っている。

 そして週一でジムにも通っている。

 お父さん浮気されたりしないのかな? そんなわがままな妻で、と普通は思うだろうが、うちの両親は毎日毎晩ズッコンバッコンだ。たまに恥ずかしくなるから普通のおかあさんでいてくれと思う。まぁ家事はしてるけど。

「あら瑳月……と、お友達?」

「わたしとこの娘、入れ替わっちゃいましたぁ~」

「…………で、どうしろと?」

 おかあさんは何を考えてるのか、しばらく反応するまで、間があった。

「いやぁ、二人で相談して、両親と親友には教えようってことになったんだけど、家まで別々にするか悩んでて~」

「……そう、ようするにプチ家出がしたいのね、瑳月は?」

「渡辺さんのお母さん、順応力高すぎじゃない? あと曲解されてない!? 大丈夫?」

 なほっぺは不安になったのか、そんなことを言ってくる。

 まったく心配性だなぁ~この娘は~。

 やってることはプチ家出になるかもしれないからそう言ってるだけじゃ~ん。

「どうなの瑳月? あなたの口から話しなさい」

あれ?

 あれれ?

 どうやら理解されてない?

「ちょっとおかあさ~ん、入れ替わってるんだから私が瑳月でこの娘が斎藤 菜穂なんだって!」

「そう、あなたは斎藤 菜穂さんって言うの、その髪にその顔の良さ、上流階級とでもいったところかしら?」

「ほら、渡辺さんのお母さん完全に誤解しちゃってるよ! 渡辺さん!」

「どうやらそれっぽい、どうしよう、なほっぺ?」

 わたしは、おかあさんと、なほっぺを交互に見てうろたえる。

「ええっとですね、渡辺さんのお母さん、これには事情がありましてね」

 それから、なほっぺはなんか本に載っているような、難しい言葉を時折使いながら、うちのおかあさんに熱心に説明しだした。

 また、住所と隣に住んでる人の名前まで的確に言ってみたりもしたが、おかあさんは、

「そんなの打ち合わせてたら簡単に言えるでしょ」

 の一点張り。

 そう、入れ替わっても、「打ち合わせていたとしたら……」の一言で全てが終わってしまう。

 たまらず必殺の最終兵器、神主さんに電話することにした。

「ちょ、ちょっと待ってくださいね、このチェックリストも神社の神主さんの家で作ったんですよ? 携帯も違いますし、私友達一人もいませんから」

 パンッ

 突如、乾いた音が響いた。

「瑳月、いくら演技でも言っていいことと悪いことがあるでしょう」

 なほっぺが頬を叩かれたと気づいたのは、おかあさんが怒声をあげてからだ。

 あちゃ~、なほっぺ泣いちゃうかなぁ~、おかあさんのビンタ痛いんだよな~。

 しかしなほっぺは繰り返す。

「本当なんですお母さん、私友達一人もいないんです!」

 パンッ

「いたい!」

 あ、やっぱちゃんと痛かったんだ。

「あんたの事を友達だと思ってる子に失礼でしょ! 演技でもそんなひどい台詞は言うな! この馬鹿娘が! さっきから本に載ってるような難しい単語ばかり使って! 一体何なの? 小説家目指すの本気になったの? いいわ、そこまで言うなら神社に電話してあげる」

 そしておかあさん、神社に電話した後、青ざめる。

「え? あの、ハイ、え!? 何言ってるんですか? ……分かりました、では本日の夜に斎藤さんも交えて、はい、お願いします」

電話を切った後、おかあさんは、

「え? ドッキリ?」

 と普段のクールな仮面を壊された後、驚きの表情で外見がわたしの、さきほど二回もビンタした、なほっぺに、

「え、ええっと、斎藤 なほっぺさんだったわね、その、ビンタしてごめんなさい」

「え、あ、いや、斎藤 菜穂です。なほっぺは渡辺さんが勝手に呼んでるだけで、私としては恥ずかしい呼び名なので、あまり呼んでほしくないです」

「そ、そうなの? なほっぺ可愛いと思うんだけど……ダメ?」

「い、いえ、なほっぺでいいです! 私、斎藤 なほっぺって言います」

 なほっぺは、叩かれた時の母への恐怖心からか、あっさりと、なほっぺ呼びを受け入れた。

「それじゃあお父さんが帰ってきたら、二人とも、神社まで乗せて行ってもらいましょうか、神主さんが、斎藤さんの家にも連絡してくれてるみたいだから」

「はーい」

「は、はい」

 それからお父さんが車で帰ってくるまで、おかあさんは、なほっぺを質問攻めにした。

「なほっぺは彼氏いるの?」

「い、いないです。いた事ないです」

 クッキーと紅茶をつまみながら、ダイニングの椅子に座り、おばさん一人とJK二人のガールズトークが始まった。

 おかあさんはクッキーを食べても太らない、一向に土偶体形になる気配が無い。

「おかあさんなんでクッキー食べても太らないの? おかしいよ」

「え?渡辺さんのお母さんって何歳なんですか?」

「お、なほっぺはおばさんの年齢気になっちゃうか? おばさんはねぇ……45歳で~っす」

 おかあさん、それ45歳のテンションじゃないよ

「うちの親と一緒!」

「え……?」

 おかあさんのクッキーをつまむ手が止まった。

「ちょ、ちょっとおばさん化粧してこようかな……? クッキーは二人で食べといてくれていいからね」

 ガールズトークからさっそくおばさん一人が離脱した。

「え? あ、はい、頂きま……ってあれ、渡辺さん、この体で食べても大丈夫? 私は胸に脂肪集まるからあまり気にしないんだけど……人によって体質とかあるから」

 さりげなく巨乳アピールしてんじゃねえよ、揉みしだくぞ?

 まぁわたしは胸そんなにないけど、食べても太らないし?

「あー、わたしも食べてもエネルギーとして消費されるか汗か尿か便になって排出されるから問題ないかな?」

「そ、そう、良かった。じゃあいただきます。ところでなんでさっき渡辺さんのお母さんは化粧に? 十分綺麗なのに」

「バカ、いいか? なほっぺ!」

「は、はい!?」

「普通の女は自分と同い年の母親見たら威嚇の意も込めてお洒落して武装するんだよ! っておかあさんが昔言ってた」

「え? あの上から化粧って……あれよりまだ綺麗になるの? ドラ〇エのラスボスみたいな変身遂げちゃうの?」

「お、なほっぺはゲームもやるのか、ドラク〇はいいよな、うん」

「いや、ド〇クエの話は今はいいよ、あれより綺麗になるって、いったいどうすればあれより綺麗になれるの?」

「そりゃあまぁうちのおかあさんは完璧だから? 下地作って口紅塗って眉毛描くくらい?」

「渡辺さんのお母さん毎日旦那に求められるんじゃないの? なんで大家族じゃないの?」

「そこは私もよく分からない。なぜ弟が一人しかいないのか、おそらくお父さんの精子に欠陥があるのかもしれない」

「毎日のように……その、してるんだよね?」

「お? なほっぺ、スケベな話に興味深々なん? ドスケベムッツリさんだったのか?」

「ふ、普通だよ、多分……よく下着姿でベランダに出るけど」

「うーわ、なほっぺ痴女だったのかよ、まぁ両親がギシギシアンアン言ってるのは毎日のように聞こえるけどさ、人間なんて皆スケベだ。弟もなんかいっつも『唯ちゃん、唯ちゃ~ん』って言いながら盛大に抜いてるし、ってまさかなほっぺもオナ●ーを!?」

「しないよ! してたら下着姿でベランダになんか出ないよ!」

「ま、まぁそれはそうだよな」

 わたし実はオナ●ーってそんなにした事ないんだよな。中学の頃に興味本位でやってみたけど、なんかビクビクなっただけだった。

 それ以来オナ●ーしたいと思う瞬間があまりない。

 まぁ瞬輝を観てたらなんか股間がうずくんだけども、まぁ気のせいだろう。

 そうこうしてると、化粧を終えたおかあさんが戻ってきた。

「おっまたせ~、どうよ、なほっぺ?」

 なほっぺはうちのおかあさんに見とれた後、

「い、いいと思います」

と、なんか感想を言っていた。

「なほっぺのお母さんとどっちがキレイ?」

 おいBBA、調子に乗るんじゃない! 素材で言ったら、なほっぺのDNAのほうがうちの家系より可愛いだろ!

 可愛いは正義なんだよ!

「そりゃあ渡辺さんのお母さんの方が、綺麗です」

「でもでもぉ~、なほっぺの顔可愛いし~」

 おい、うちのおかあさんがキャラ崩壊しだしたよ。

 さっきまで、ガールズトークするまでクールないつものかっこよくて綺麗なおかあさんだったのに、いったいどうしてこうなった?

 なほっぺか? なほっぺが原因なのか? 可愛さは時として人を狂わせるのか?

「あー、うちはなんていうか、その~、性欲の強い小動物両親って言いますかね? いや、その、渡辺さんのお母さんとお父さんみたいに毎日してる訳じゃ無いんですけど」

 それを聞いたおかあさんは、わたしを睨んだ。

「あら瑳月、なにか余計な事を言ったわけじゃないわよね? 例えばうちの夫婦の夜の性事情とか?」

「い、いやだなぁ~おかあさん、そんなよそ様に向かって毎日おとうさんとおかあさんがズッコンバッコンなんていうわけないじゃないですか!」

「言ってんんじゃねえか!」

 パンッ

「いたい!」

 おかあさんの平手は何故か外見、渡辺 瑳月のわたしの頬にhitした。現在斎藤 菜穂のわたしは無傷だ。

「なんで!?」

 無論今、渡辺 瑳月の中身はなほっぺ、である。

 当然痛いのも、なほっぺだ。

「ごめんね、なほっぺ。なほっぺの体に傷をつけるわけにはいかないから」

「いや、渡辺さんも傷つけちゃダメでしょお母さん、虐待ですよ虐待!」

 なほっぺがそう言うと、おかあさんは鼻で笑って、

「ハッ、高校生にもなって虐待だなんだって騒いでいいのは、義理の父親とかに性的虐待された時だけでしょ」

 おかあさんはドライだった。

 そして再びガールズトークが始まろうかという所で、わたしのお父さんが一仕事終えて車で帰ってきた。

「おーい帰ったぞ~、電話で聞いたけど、神社行くんだって? いったいなんでまた、変な宗教にでもハマったのか?」

「うわ、イケメンだ!」

「なほっぺが突然、そう声を上げた」

「え? な、なんだよ瑳月、いつもはオジサンの臭(にお)いするって言って近づかないくせに」

「ああ、おとうさんその子今、なほっぺ」

「だ、誰君? いきなり他人のおとうさんのことナチュラルにおとうさんって呼んじゃうなんて、パパ活でもやってるのかい?」

「説明が面倒くさいわ、とりあえず神社まで行きましょう」

「あ、あかねさん、化粧してるの? なんでまた!?」

 あかねさん、とは、うちのおかあさんの名前である。

 うちは他の家がどうなのかは知らないが、両親共に名前呼びである。

「つよし君、実はこのおっぱいの大きい娘と、瑳月の体が、入れ替わっちゃったみたいなのよ。それでこれからその娘、なほっぺ、ていうんだけど、その両親と神社の神主さん交えて話し合う予定なのよ」

「なほっぺちゃんか、外国の人かな? めぐみん、みたいな名前の娘だね、親がアニメ好きとかかな?」

「いえ、本名は斎藤 菜穂って言います。なほっぺは二人が勝手に言いだしました」

「そ、それは失礼を、申し訳ない。じゃあ菜穂ちゃん、車乗ってー、神社行くよー」

「あ、ハイ、失礼します」

 こうして、渡辺家を出発したわたし達は神社に再び向かったのだった。

 

    ◇


外見 渡辺 瑳月(中身 斎藤 菜穂)――――。


 こ、ここが渡辺さんの家、ゴクリ。どう考えても新築住宅です。

 新築住宅地にて角の立地ではないものの、家同士の隙間は十分に離れており、日当たり良好、ヤンキーの影などこれっぽっちも見えない程に閑静な住宅街。

 そして先程も少々ふれたが、渡辺さんの部屋広いし、ギャルなのにヒョウ柄もピンクもそんなにない。っていうか存在しない。

 普通にお洒落な部屋だ。

 私の部屋をこどおばの部屋(子供部屋おばさんの部屋。とするなら、白を基調としたモノトーンな、明るい部屋。日当たりから考えても、朝日が昇るころには、良い明るさ。聖なる気を取り込めてる気がする。

 掃除とか毎日やってんのかな?この部屋12畳以上はあるぞ?

 そしてとなりはなんと源 瞬輝くん! 負けた。惨敗だ。

 こんなの勝てるわけないじゃんか。

 我が斎藤家は完全に敗北しました。

 しかも渡辺さんのお母さん、めちゃくちゃキレイ。

 でもビンタ痛い。

 うちのお母さんはキレイというより可愛い系の部類に分類されるだろうが、ここまで引き締まってない。

 まぁ引き締まってはいないけど、よく、男子から、

「お前の母ちゃんエロいな!」とは言われた。

 でもエロいならお父さんが夜伽を毎日しててもおかしくないのに、夫婦の寝室からは喘ぎ声がまるで聞こえない。

 私にも弟がいるが、ほとんど会話はしない。

 家の中を下着姿でうろついてても、何の反応も示さず、いっつも、

「楓、楓……なんで俺と付き合わなかった。チクショウ」

部屋の前を通るとそう言っている。

そろそろ学校を引きこもりだすかもしれない。

弟を一言で表すなら、『外見の言い道博』だ。

何故か奇跡のルックスに恵まれたが、いかんせん機械いじりを道博が教えてから、それにハマっているっぽい。

部屋は基本常に薄暗く、悪霊が住みついてそうなので、極力関わらないようにしている。

そんな悪霊に犯されてそうな弟も、出来れば一緒に神社に連れてきてあげたかったが、そういう訳にもいかない。

これから話すのは結構重要な話だ。

ズバリ、どっちの家に住むか!?

ということである。

だがもし体だけが入れ替わって別々の家で生活することになったら、私の弟、斎藤 結城(ゆうき)は貧弱なので、この体、渡辺さんの体の私が犯される心配は無いのだが、渡辺さんの貞操が危険である。

私の体は特にこれといった筋トレをしていない。

つまり、渡辺さんの貞操というより、私の体の貞操と渡辺さんの精神的な貞操の危機なのだ。渡辺さんの弟が、先程会話に出てきた『唯ちゃん』とやらにご執心してくれることを願うばかりである。

五人が乗れる、普通の黒塗りのカッコいい、軽ではない高級乗用車に乗りながら、渡辺さんの弟の話をされた。

「光明(みつあき)はね~、ちっぱい星人。だからおっぱいの大きい、なほっぺの体で渡辺家にプチ交換ホームステイすることになったら、なほっぺのおっぱいの魅力はちっぱい星人の光明を危ない性癖に目覚めさせるかも」

「え?」

 私の体は処女のまま未使用で居られるよう渡辺さんにお願いした。

「まぁ大丈夫だって、光明はいっつも『唯ちゃん唯ちゃん』って、あ、唯ちゃんてのは瞬輝の妹で、これぞTHE・妹! っていう感じの妹なんだけどね、単的に言えばロリコンだから」

 それを聞いて、私はひとまずは胸をなでおろす。

 ロリコンなら私は対象外かもな、大丈夫、か?


 神社に再び着いた。

 渡辺さんのお父さんは、スーツ姿のまま帰宅して、そのまま神社に向かったのだが、車から降りると気合いを入れる為か、スーツの下衿から上衿の辺りを掴んで、カチッとスーツを着直した。

 その動作に思わず見とれる。

カッコイイ。

こんなダンナなら毎日抱かれても大歓迎だろ~、もう子供何人でも作っちゃうでしょ!

神主宅に全員が入ると、少しにぎやかになった。

「初めまして、斎藤 菜穂の両親になります。よろしくお願いします」

 うちの親はペコペコと頭を下げる。

「あ、父さんに母さん」

「ねぇ、あなた本当に菜穂なの? 何かの間違いよね? 入れ替わりなんてそんな漫画とかアニメ映画みたいなこと起こる訳、ねぇお父さん」

「……そうだな」

 この父はいつもこうだ。

 驚いてるところやオーバーリアクションをしてるのを見たことが無い。

「それで、早速なんですけど、互いの娘さんはどうしましょうか?」

 母がいきなり切り出した。

 まぁ確かに挨拶どころではない。

「それはええっと、うちの瑳月は渡辺家で預かって、斎藤さんは斎藤さんで預かる。つまり体だけ入れ替わった状態で今まで通り暮らすっていうことでよかったでしょうか?」

「んん? ええっと、つまり?」

 渡辺さんも混乱してきたようだ。

 私もなんか、入れ替わりが面倒くさくて混乱してきた。

 だが答えはシンプルだ。

「ええっとね渡辺さん、つまり渡辺さんは外見が斎藤 菜穂のままで渡辺家に住んで、私は外見が渡辺さんのままで自宅に住むって言う事だよ」

「なぁるほど」

 ホッ、と一息つく。

どうやら、納得してくれたらしい。

「渡辺家は身体が代わってても大丈夫ですよ? 大事なのは中身だと思うんですよ!」

 渡辺さんのお父さん、熱弁する。

「……それもそうだな」

 父、ここに来てまさかの喋る。

「でもあんたそんな化粧してバッチリ決めて女子高生やって、これまでずっと地味だったアンタが渡辺さんの評判落とさないでやっていけるの?」

 まるで進○ゼミの漫画に登場する母、のような辛辣な言葉に渡辺さんから助け舟。

「あ、それならわたしが毎日、なほっぺの家に行ってセットするんで問題ないです」

「うう!」

 突如呻きだした母。

 いったいどうした、母よ?

「菜穂に、菜穂にこんなに明るい友達ができるだなんて、生きててよかった」

 いや、大げさじゃない!? 私もこれまでに友達いたでしょ?

「……弟達にはどう説明する?」

「問題はそこですよね」

「うちはお隣さんの女の子が好きなんで、問題無いんですけど」

 渡辺さんちの、イケメンお父さんがそう言う。

 渡辺さんも言ってたし、そうなのだろう。

「うちも、お隣さんの女の子が好きみたいなんで、問題ないと思うんですけど、大丈夫かな?」

「まぁそうね、結城は貧弱だし、犯される心配は無いわね」

「へぇー、斎藤さんちもお隣さんを、奇遇ですね」

 その後協議の末、中身に忠実に、体だけ入れ替わった状態で、それぞれがそのままの家に住むことになった。

「じゃあ、なほっぺ、明日学校行く前にメイクしに行くからな~、学校ではちゃんと渡辺 瑳月を演じ切るんだぞ~」

「わ、わかった、待ってます」

 こうして、神社を後にした。


 自宅に戻ると、食事の為ダイニングテーブルに着いたが、弟はいつもの如く部屋に引きこもっていた。

「菜穂、その子の体だから、晩御飯減らす?」

「それは気にしなくていいみたいだよ? 私が胸に脂肪集まるけど、渡辺さんは代謝がいいから痩せるんだって!」

 その後、弟のいない食卓でいつも通りご飯を食べた。

 私はとりあえずメイクを落とし風呂に入ってトリートメントをしたのだが、

 鏡に映ったのは中性的な、美少年とも美少女ともとれる顔をした、塚だった。

 これが宝塚か、と思わせるほどのその美形は、メイクして無理やり女の子になっていたのだと初めて知った。

 渡辺さんもこんなに綺麗なのに、神社でお願いするほど、恋愛には不安を抱いているのか。

 私も頑張らないとな、人としてメイクだけでも勉強しないと。

 それから、パソコンを開いてメイクの勉強をした。

 

    ◇


外見 斎藤 菜穂(中身 渡辺 瑳月)――――。


 家に帰ると、おかあさんが珍しくだらけた。

「もう疲れた~、今日ピザでいい? いいよね?」

「珍しいね、あかねさんがピザだなんて」

「だって今日はパーティーの気分だしぃ、問題ないでしょ」

 おかあさんはおとうさんがいると、クールぶるのをやめる。

 いくつになっても可愛く見られたいのか、急に甘えたがる。

 ちなみにわたしと弟の光明の二人とおかあさん一人の時は、栄養バランスから何まで完璧に料理する。

 まぁこれもスイッチのオンオフ、頭の切り替えというやつなのだろう。

 ずっと張り詰めていたら、いつかその反動が来る。

 いや待てよ、まさかその反動で毎晩あんな激しい夫婦の営みを?

 そんなことを考えていたら、弟の光明がリビングにやって来た。

「腹減ったぁ、晩飯は? その人誰?」

「瑳月よ、瑳月」

「え? 姉ちゃん? 別人じゃん、整形でもしたの?」

「あぁ~そうそう、ちょっとなかなかの整形だったからおとうさんとおかあさんについて行ってもらっただけ」

「いや、声まで違うじゃん。別人だろ!?」

「別人に、果たしてアンタが誰を好きで、どれくらいオナ●ーしてるのかがわかるものかな?」

「すみませんでした。姉ちゃんです。オ●ニーの件は恥ずかしいのでばらさないで下さい!」

「正直だな、それでいい」

「このうざさ、間違いなく姉ちゃんだぜ!」

 弟はちょろかった。

 というかちょっと待て、わたしってウザイの?

 その晩、食卓にはピザが並んだ。

「ピザうめぇ~」

「このチーズと具のハーモニーがたまらんのよ」

 弟とわたしで、ピザを頬張る。

「あかねさんのご飯の方が美味しいし」

「た、た、たまにはこういうのも良いでしょ?」

 おいババアとオッサン、目の前でいちゃつくな、うぜぇ。

「父さんと母さんは毎日セックスしてるのに、なんで三人目が出来ないの?」

 おい愚弟(ぐてい)、何聞いてんだ?

 それは言っちゃダメだろ。

「べ、べべべ別に毎日セックスしてるわけじゃないし」

「そ、そうだし、前戯だけで終わることもあるし」

「え~、ぜってー嘘だよ、毎日凄い音してるし、なぁ姉ちゃん!」

「あ~ピザうめぇ~」

 わたしは、弟のウザイ質問を無視してピザに集中した。

 両親はというと、なんか二人で料理をしだした。

 ピザ食いてえんじゃなかったのかよ!?

 結局ピザは、わたしと弟の腹の中に納まった。

 食事中、変な感覚だった。食べても食べても、お腹じゃなくてなんか胸に溜まってる気がした。

 これが巨乳の生体か、初めて知ったぜ。

 その頃、なほっぺは混乱していた。


    ◇


外見 渡辺 瑳月(中身 斎藤 菜穂)――――。


 さぁ~て、明日は学校だぁ~、寝るか~。

 と思いきや、隣の家の灯りが点いてた。

 今日は風が強いからか、ベランダの窓が開いていて、レースのカーテンが風で大きく踊って、部屋の中身が見えた。

「フンッ! フンッ!」

うーわ、シコってんのかよ、これだからサルは、どれ、ちょっと覗いてやろう。

 窓からスッと部屋の中を覗くと、

「ラスト50! 頑張って瞬輝さん! 脚支えてますから!」

「おおおおお!」

 なんか瞬輝さんとか聞こえた。

 そしてカワイイ女の子、妹の楓ちゃんが筋トレの補助してた。

 はて……瞬輝?

 幻聴かな?

 確か、家の隣は西村 道博とかいうキモオタのはず。

 どうやら肉体改造期間に入った道博は、オナ●ーも忘れて相当追い込んでるようだ。

 というか楓ちゃんも道博のこと応援してるんだな。

 でも瞬輝さんってなんだ?

 ちょっと電話して確認する。

「あ、もしもし、渡辺さん?」

「なに~なほっぺ? もう午後九時だよ? 午後十時には美肌の為に寝とか無いとダメなんだよ?」

「いや、隣の住人の事なんだけどね、キモオタの西村 道博なんだけど、なんか瞬輝さんとか妹の楓ちゃんが言ってたんだけど、どういう事だろう?」

「う~ん、多分瞬輝に勝ちたいのか瞬輝を見返したいのか、それで妹ちゃんに瞬輝の名前呼ばせて糧にしてるんじゃないのかな。わたしもトレーニングする時は目標の人の名前叫んだりすることあるし」

「そうなんだ。 分かった、ありがとう~」

「おい、なほっぺ? もう寝ろよ? その体わたしのものなんだからな!」

「あ、うん、うん、ごめんなさい。もう寝ます」

 あの様子だと道博、一週間たつ頃には別人になってるかもな。


 翌日、私の体をした渡辺さんが早速やってきて、メイクしてから学校に行くことになった。

 そして、一週間が経った。




























第六章 西村 道博、高二デビュー


外見 西村 道博(中身 源 瞬輝)――――。


「おはよう、母さん、親父」

 最初は西村 道博と作ったチェックリストの通り父親のことを父さんと呼んでいたが、自分を追い込み過ぎていつしか余裕が無くなり、気づけば親父呼びになっていた。

「あらおはよう、今日から学校行くの?」

「おう、大分いい面構えになったじゃねえか」

「ああ、今日から学校行くよ、今までご心配おかけしました」

「あなた本当に道博?」

「それだけ変わったってこったろ。そのどうしても見返したい奴、に感謝しろよ」

「親父はいちいち言う事が面倒くさいんだよ」

「うるせぇ! 黙って朝飯食って学校行け!」

「今日ももやしなの?」

「いんや、今日から朝はプロテインバー。昼は要らないから帰って来た時の為にホエイプロテイン用意しといて」

「わ、わかった、ホエイプロテインね。せっかくここまで男前になったんだものね、また気持ち悪くなるのは私としても見たくないし、仕事帰りに買ってくるわ」

「ありがとう、じゃあ学校行って来ます」

 家を出ようとしたところで、楓ちゃんに呼び止められた。

「待って瞬輝さん!」

 オレはなんだろう、と思い振り返る。

「途中まで一緒に行きませんか?」

「ああ、うん、じゃあ行こうか」

 その時、家のインターホンが鳴った。

「楓~、お友達来てるわよ~」

「チッ、今行く~」

 楓ちゃんが舌打ちして、扉を開けた。

 何となくこの一週間は楓ちゃんと一緒にトレーニングの一週間だったので、楓ちゃんの話を聞くことが多かった。

 楓ちゃんは、オレの妹の唯と仲良くしてるようだ。

 家が近い。

 というのが一番の理由らしい。

 あとオレは楓ちゃんに、

「参考までに聞いておきたいんですけど、瞬輝さんは妹の唯ちゃんと、どんな感じの距離感なんですか?」

そう聞かれたので、包み隠さず話しておいた。

「唯はね、そうだな、一言で言うと変態かな?」

「まぁ変態ですよね、兄の為に勝負おパンツが見たいとかいう子ですもんね」

「唯の一日はオレのシコティッシュチェックから始まる」

「……え?」

 沈黙の後(のち)、楓ちゃんが身長差のない今の体のオレを見て声を上げた。

「いや、唯のすることだから、そんなに驚かないと思うんだけど」

「いや、そっちに驚いてるんじゃなくて」

「え? じゃあ何に驚いてるの?」

「瞬輝さんでも●ナニーするんだなって思って」

「あ!」

 墓穴掘った。

「まぁそりゃあ思春期男子なんで、する時はしますよ」

「へぇー、何をオカズにしてシコシコするんですか?」

 おいなんだこの羞恥プレイ。

「そ、それは好きな人に似てるAV女優とかを参考に」

「へぇー、ちなみに唯ちゃんはシコティッシュチェックした後どうするんですか」

「盗んで口に入れたり臭い嗅いだりするらしいよ」

「……唯ちゃん、ヤバ過ぎるよ」

 楓ちゃんは絶句した後、残念なものに向ける言葉を発していた。


 そんな唯が西村家に楓ちゃんを迎えにやって来た。

「じゃあ途中まで行くか」

 と言っても、10分程度歩いたら別れるのだが、なんだかここ一週間でまともに会話したのが楓ちゃんしかおらず、妙な友好関係が出来上がってしまった。

「えへへー、久しぶりお兄!」

「おう、久しぶり、なんか今日やけに髪型気合い入ってないか? あと唯、お前その肌、化粧なんかしてるんじゃないだろうな?」

「え? ちゅ、ちゅちゅ中学生が化粧とかするわけ無いし! 校則違反だし!?」

「あ、ごめんなさい瞬輝さん、私ちょっとだけ化粧してます」

「え!? そうなの!?」

 全然わからなかった。

「唯も楓ちゃんと同じくらいの、控えめな化粧を教えてもらいなさい」

「か、楓ちゃん、化粧教えてくださ」

「嫌」

「え?」

「ああ、気にしないで、それで化粧だったね。唯ちゃんにはまだ早いと思うよ?」

「か、楓ちゃん、もしかしてお兄の事!」

「ああ、私瞬輝さんのこと好きだけど?」

「「え!?」」

 オレと唯は二人揃って驚いた。

「あれだけ身近でストイックな姿見せられて、好きにならない方がおかしいよ、あ、もうお別れだ、それじゃあ瞬輝さん、放課後また家で」

「え、ああ、うん」

 それから女子中学生二人と別れ、一人、久しぶりに学校に向かった。 少し遠回りになるが、このまま川に沿って歩こう、これも更に痩せるためだ。

 今のままでもいいが、あと五キロ、いや、三キロ痩せたらこいつの体のベストだ。

 それを日常生活と日常の食事に慣らして実行していくから、ちょうど三十日も切った残り二十数日で終わらせるのがこの体のベストだろ。

 でも楓ちゃん、オレのこと好きなのかぁ。

 てっきりアニキの痩せた姿見たいから協力してくれてるものだとばかり、オレの体も知られてるしなぁ。

 入れ替わりが終わったら、どうするんだろ。

 頭を使いつつ歩いてると、学校に到着した。


 周囲がざわつくほどのカッコよさは手に入れてない。

 身長だって平均値と比べたら小さいし、楓ちゃんと並ぶか、それより少しだけ高いだけで、楓ちゃんに見上げられることは無いほどだ。

 だが、明らかに、席に着いた途端、

「誰、あれ?」

 というのが聞こえてきた。

 西村 道博にはチェックリストによると、小馬鹿にしてくるキモオタはいても、これといった友達もいないので話しかけることも出来ない。

 なんと悲しいことか。

 しかし、隣の前後の席で話してた陽キャっぽい女子二人に話しかけられた。

 女子は意外と群れてたら、男子にも積極的に話しかける生き物だ。

 単独ならビッチ以外は基本何もしないけど、仲のいい奴は別。

 そんな話しかけてきた女子は、気さくに、

「おはよう~、てか誰~?」

 と明るく挨拶してきた。

「一週間学校休んでた西村 道博です。名前だけでも覚えて下さい」

 選挙かよ、という自己紹介をすると、女子は流れるように、

「えぇ~西村? 私写真撮られた~、携帯見せろよ!」

 明るく言われたのでこちらも普通に明るく返す。

「いや携帯はちょっと……今自分のじゃないんで……」

「何それ、どんな理由? 写真撮って何してたんだこら~?」

 絶対シコってただろと思うが、オレは、「来月携帯戻ってきたら見せるね」と言ってやり過ごした。

 様子を伺ってたのか、スクールカースト底辺のキモオタも二人話しかけてきた。

「に、西村……くん」

 オレが西村に反応して振り返ると、くん呼びされた。

「なんだ? どうした?」

「そ、その、似合ってないんじゃないかな?」

メガネでニキビだらけのやばい奴は、そう話しかけて来る。

「そうそう、コンタクトは流石に……」

 もう一人のカバみたいな顔の奴がそう話す。なんか絶句している。

「まぁオレのセンスなんだからほっとけよ。それよりお前らとオレって普段なんの話してたっけ?」

「は?」

「おいおい西村、ちょっと痩せたからってそれはないだろ~」

「黙って聞いてりゃ西村この野郎!」

 メガネとカバ男と様子を伺っていた他のオタクが口々にそう言った。

 まずい、怒らせてしまったか?

「いや、悪気はな無いんだ。実はちょっとした記憶喪失で」

 滅茶苦茶な言い訳だった。

「なんだそれ? ふざけんな!」

「冗談にしても酷すぎる!」

「オカズ提供してやったのに!」

カバ男、オタク、メガネがそれぞれ吠える。

いやでも本当にどんな話してるか知らんし。

「もうほっとこうぜ、西村は変わっちまったよ」

「ハイハイ、オタク趣味も辞めたんだろ!」

「おおい! こいつ渡辺 瑳月のこと好きだぞ~!」

 カバ男とメガネは吐き捨て、オタクが爆弾を落として去っていった。

 ばらすなよ、西村可哀そうだろ。

 オレは当の西村、現在の源 瞬輝を見ると、ハラハラした様子でこちらを見守っていた。

 困ったな、瑳月は源 瞬輝と幼馴染だって結構言いふらしてるからな、このまま今の源 瞬輝の許に行ったら、渡辺 瑳月と仲良くなりたいから源 瞬輝に近づいたと思われてしまう。

 教室には源 瞬輝の他にも、既に渡辺 瑳月とオレの好きな斎藤 菜穂が教室に居た。オレは割と普通の時間に学校に来ることが多いのだけれど、本日は肉体改造後初登校ということもあって、予鈴ギリギリの登校だった。

 瑳月をチラリと見ると、なんか心配そうな表情でこっちを見てる。

 やっぱり瑳月って、いい奴なのかな?

 と一瞬思ってしまったが、斎藤 菜穂を見てそんな考えは吹き飛んだ。

 気づけば斎藤 菜穂がめっちゃ顔を赤くしてこっちを見てる。

 これは一体、どういうことだろうか?

 もしかして肉体改造した事で斎藤さん、この西村 道博のこと、好きになっちゃった?

 違いますよ~、中身オレですよ~、源 瞬輝ですよ~。

 この時、渡辺瑳月、斎藤菜穂、源 瞬輝の体の中では精神が大崩壊していたことをオレは知らない。

 一時間目、早速数学の時間に当てられた。

 もう時は仮想現実、VRを超えて拡張現実、ARの時代に突入した現代である。

 そして機械はAIが主流になりチャットGPTも出現した。

 もう分からない事の殆どは機械に聞けば解決してしまう時代である。

 そんな時代に今更試験のやり方をちょっと変えただけで意味は無いと思うのだが。

 それよりも今こそ全若者にAIと機械、ネットワーク、コンピュータを学ばせ、一刻も早く詳細な倫理規定を作るべきだろう。

 そうしないと、デジタルデバイド(情報格差)がどんどんと広がって、搾取されるものはされ続け、機械で自分の容姿をネットに晒されたりする。

 そしてそれを防いだりする方法も分からないままだ。

 それではいけない。

 逆に、高校生がAIを使って世界中を相手に振り込め詐欺を行ってもいいし、世界中のデジタルデバイドがそれをできるくらいに縮まらならなければならないと思うし、それができる国と出来ない国とでは貧富の差がますます広がり、結果的に第三次世界大戦に繋がってしまうだろう。

 文科省、改革の時だ。今こそその重い腰を上げろ。

 ――なんてことを考えながら長々と三角関数の問題を解くと、数学教師の二階堂(にかいどう)先生からお褒めの言葉を授かった。

「西村、お前いったいどうしちゃったんだ? あれか? アップデートってやつか?」

 そう、オレは肉体改造と並行して頭も鍛えていた。

 身体が限界まで動かなくなると、手を動かした。

 もちろんオ●ニーするために動かしていたのではない。

 ひたすら教科書と睨めっこ。

 基礎中の基礎と言われてる白チャートを西村 道博は持っていたので、それを使い勉強した。

 青チャートか赤チャートやれよ、と思う人は多くいるだろうが、意外と白チャートで満点をとれる人間は少ない。

 いきなり赤チャートから始めた所で、レベル1で覚えるメラを習得していないとその先のメラミ、メラゾーマ、カイザーフェニックス、メドローアと順に覚えていけないように、

ものには順序というものがある。

 この順序、を正しい手順で踏まないと、かえって時を遡ってレベル1からやり直すことになったりする。

 四則演算を使いこなせない小学一年生が、時速や速さ、平均の問題が解けないように、数列を知らない者に階差数列を訪ねても解けないのと同じ現象が起きるだけなのだ。

 なので時速や速さを求めたいなら、まずかけ算と割り算を覚える必要がある。

 そう、恥ずかしいかもしれないが、高校英語を完璧にしたいなら、先ずは中学英語をマスターしよう。

「いやぁ~、ちょっと勉強のやり方の本読んだだけですよ」

「な、なるほどな、ええっと、今日はこの問題解けるようになったら終わりなんだけど、もしかして皆解ける?」

「無理です!」

 陽キャの日笠が元気よく答えた。

 それから、数学教師二階堂の解説が始まった。

 オレは退屈だったが、解説を聞きながらハンドグリップで握力を鍛えていた。

 隣の女子はチラチラとこっちを伺っていた。

 二時間目は英語表現だった。

 かつては英語、と一括りにされていた英語の授業だったが、この改革、英語をコミュニケーション英語と英語表現に分けた改革は素晴らしいと思う。

 今の時代、英語は読めて書けて当たり前だ。

 昔とは違う。

 母さんと親父の時代は英語と言っても、英作文など難関大以外の試験で殆ど出題されず、出題されても数問程度で、試験に大きな影響を及ぼさなかったと言っていた。

 時代は変わる。

 十年後、やはりパソコンやネットワークの授業が今よりも更に発展しているのであろうか?

 なんてことを考えながら授業を受けた。

 基本オレは予習をしてから授業に臨むので、余計な事を考えてても授業自体は問題無いのだ。

 余裕でこなせる。

 三、四時間目は体育だった。

 種目はバスケ、男子はハーフコート、女子もハーフコートだった。

 この時、学校に来てから初めて外見 源 瞬輝の西村 道博が話しかけてきた。

「ど、どうしよう源君、おれバスケなんてできないよ!? 見学した方が良いかな?」

「オレが、学校に来るまでの体育はどうしてたんだよ?」

「源君が来るまでは野球だったから……おれ小学校の時野球やってたし」

「そうか、野球か、おれ野球嫌いなんだよな。休みで良かった」

「え? 源君野球苦手なの? 教えて上げようか?」

 西村 道博はウキウキとはにかみながらオレにそう話しかけて来る。

「いや、別に苦手ってわけじゃ無いんだけど、嫌な思い出があってだな」

「あ~、もしかして源君、弱小軟式野球だった?」

「お? よく分かるな。西村は硬式か?」

「うん、そう、リトルリーグ。源君が休みの先週は、この体で無双させてもらったよ。体育の授業があんなに楽しいと感じたのなんて久しぶりだったな」

「な? 筋トレしててよかっただろ? 元に戻っても続けろよ!」

「もちろんだよ! ってそうじゃないよ! 今はバスケだよ! おれぜんぜんできないよ?」

「うーん、とりあえずドリブルしてレイアップしてみ?」

「え、笑わないでよ?」

 外見 源 瞬輝はドリブルしてレイアップした。

「あれ? 出来た! 出来たあああ!」

「騒ぐなど阿呆(あほう)。基本が体に染みついてるんだから、それぐらい出来て当然だ。ボールが手に吸い付いてる感覚あるだろ?」

 そこで改めてドリブルする外見 源 瞬輝。

「あれ、本当だ! なんか手に吸い付いてる感じする。いっつもボール叩いてるだけなのに!」

「それがドリブルだ!」

「そっか、体に染みついてるもんなのか、あ、でもごめん、それじゃあおれの体じゃ上手くプレー出来ないよね?」

「いや、どうやらやり方は体と魂に刻みこまれてるらしい。ドリブルしてレイアップくらいなら出来る」

「おおい、なに西村に教えてんだよ瞬輝~、俺にも教えてくれよ~、マミちゃんにいいとこ見せたいんだよ~」

 日笠が呼んでもいないのにやって来た。

「あ、日笠、では教えてやろう、ドリブルは手に吸い付けるイメージで、レイアップ」

 いつの間にやら外見 源 瞬輝の西村も日笠を呼び捨てにするほど成長したらしい。

 オレも友達の一人でも作っておくかな?

 と思ったが、誰に話しかけたものかと考えていると、THE・普通の近藤君が話しかけてきた。

 近藤君はキモオタや一軍には話しかけてるイメージが無いが、普通の人に話しかける、普通の……うん、やっぱりミスターTHE・普通だな。

「久しぶり西村君、イメチェンしたの?」

「あぁ~、うん、そんなところ。近藤君って部活やってるの?」

「うん、ボク、バスケ部なんだ」

マジかよ。

「え、そうなの?」

「ちょっと自信あるんだ! 西村君は得意なの? バスケ?」

「まぁ、ドリブルとレイアップぐらいしか出来ないよ、オレは」

one on oneでも仕掛けてみっかな?

と思っていたらすぐに教師が来て5対5のゲームが始まった。

 源 瞬輝と西村 道博は同じチーム。

 近藤君は相手チームだった。

 ジャンプボールから始まる。

 女子も見てる、というかなんか視線が怖い。

 女子からの刺さるような視線が怖い。

 耳に聞こえてきたのは、気持ちの悪い不細工ガールズ、三軍以下の女子からの罵声。

「西村調子乗ってね? な~んか、痩せてきて勉強もしてたみたいだけど」

 うるせぇデブス、てめぇは痩せろ!

ジャンプボールを飛ぶのは外見 源 瞬輝の西村だった。

 おいおい大丈夫かよ、足震えてるし。

 だが鍛えた筋肉は嘘をつかない。

 さすがオレの体、素晴らしい跳躍だ。

 相手のバスケ部の近藤君もなかなかの跳躍だったが、所詮モブ。

 モブは敗れる運命なのだ。

 ボールはオレの手に渡った。味方が走り出す。

 だがそれよりも速く、オレはドリブルしてあっさりと点を取るレイアップ。

「「「「「な!?」」」」」

 驚いたのは相手チームだけではなかった。

 味方はもちろん、観戦していた女子も驚いてる。

「ちょっと待てアイツほんとにあのキモイ西村かよ」

「よっしゃ、今のうちに唾つけとこ」

「しょうがない、筆おろしでもしてやるか」

 ギャルの、肉食っぷりが怖い発言が聞こえてきた。

 その後、近藤君は結局モブらしく、活躍することなく試合は終わり、オレ達は勝った。


 その後も時は過ぎ、放課後になるとギャルに囲まれた。

「西村カラオケ行こ~カラオケ~」

「いやボウリングっしょ」

「アニメイトでもいいよ~」

「「「あ、じゃあアニメイトで」」」

 オレと渡辺 瑳月と、なぜかギャルっぽくなった斎藤 菜穂がハモった。

「えぇ~、アニメイト~?」

「三人だけで行って来いよ。うちらは井上君達とカラオケいこーぜ」

「ゆかナイス! じゃあな~オタク共~」

 ギャルの群れは雲散霧消していった。

「えぇっと、源 瞬輝も呼んでいい?」

「「え!」」

「ダメかな?」

「「いえ、どうぞどうぞ」」

「おおい源 瞬輝~」

 流石に今のオレのクラスカーストで、一軍を苗字で呼び捨てにすると、どんな反感を買ったか分かったものじゃないので、フルネームで呼んでみた。

「なになに~?」

 野郎、この一週間で大分明るくなったみたいじゃねーか。

 オレに話しかけられて、しかも好きな異性の渡辺 瑳月がいる状況だっていうのに、キョドルこともなく、明るく近づいて来るとは、相当日笠達に鍛えられたんだろうな。

「一緒にアニメイト行こうぜ」

「え!? この四人で?」

「そうだけど、ところでアニメイト行って何するの?」

 オレが純粋に尋ねると、斎藤 菜穂も瑳月を見た。

 え!? 斎藤 菜穂の発案だったんじゃないの?

 戸惑うオレ。

 もじもじする瑳月。

 いや、なんだこれ、おい!

「渡辺さんなんでアニメイト行きたいの?」

 外見 源 瞬輝が堂々と尋ねた。

「アニメイトカフェ行きたくて……あとアニメのグッズ見たくて」

 赤面する瑳月に、オレ達三人はただ、

「「「へぇ~」」」

 と納得した。

 それにしても瑳月にそんな趣味があったとは、瑳月も変わっていくんだな。

 アニメグッズ、なんて身に着けてる様子ないのに。

 ギャルの一面しか知らなかったな。

 そんなわけで、オレ達はアニメイトに行くことになった。


    ◇


外見 源 瞬輝 (中身 西村 道博)――――。


 それは源君と入れ替わって、三日目の事だった。

 今日は登校中に渡辺 瑳月の透けブラ待ち受け画像を見ないぞ~。

 たぶん昨日はキモがられて逃げられたんだ。

 何もしなければ普通に話しかけてくれるはず。

 そこでさり気なく会話の途中で西村 道博を褒めるんだ。

 そしたら元に戻った時に渡辺 瑳月と話すきっかけが出来てるってわけ。

 我ながら完璧な作戦だね。

 さぁ、渡辺 瑳月、いつでも後頭部をバッグで殴りにおいで!

 しかし、ゆっくり歩けども、隣の家から人が出てくる気配がまるでない。

 隣の家、渡辺家の駐輪スペースを見たら、自転車が無くなってることに気づく。

 これは、昨日のおれがよっぽど気持ち悪かったのだろうか?

 その日は陰鬱な思いで学校を終え、筋トレを終えた後、ベランダに出て、暗記系の勉強をしながら、渡辺 瑳月が家に帰って来るのを待ったら、なぜか斎藤 菜穂が渡辺家に帰って来た。

 んんんん~? どういうことだろうか?

 それから、翌日もその翌日も渡辺 瑳月は現れなかった。

 学校では陽キャと言葉のプロレスで鍛えられていく日々。


 そして日は経過し、今日、源君が肉体改造期間を終えて、遂に登校してくるようだ。

 源君より先に教室に着いたか、遅めに登校してるのだが、ここの所何故か毎日斎藤 菜穂と渡辺 瑳月が一緒になって遅刻ギリギリにやって来る。そして菜穂はギャルになってて、なほっぺとかみんなから呼ばれてる。

 なほっぺ、お前も変わっちゃったのか?

 源君が、おれの体で登校してきた。

 一瞬、体形はもちろんの事だが、髪に整髪料がついてるのと、その立ち姿勢から、転校生がやって来たのかと思ったほどだ。

 なんか隣の女子に話しかけられてる。

 そういえば隣の女子の写真こっそり取らせてもらったっけな? そのことについて怒られてるのだろうか? く、済まない、源君。

 おれが陽キャ達との、大分慣れてきたやり取りをしてると、源君が、別人になった源君が、スクールカースト底辺のキモオタに絡まれてる。

 キモオタはキレると無駄に声がでかくなる。

 ゲームで負けそうになったら、大声でキレながら、ファビョって回線ぶっちするのがキモオタだ。

 そんなキモオタを相手にするのは、さぞかし面倒くさいだろう。

 案の定、キモオタと源君は揉めていた。

 いや、揉めていたというより、あれはキモオタが、源君が生まれ変わらせた、おれの姿に突っかかってるだけだ。

 なんて嫌な人種なんだろうか? キモオタという人間達は。

 自分も、もし源君と入れ替わって無かったらと考えるとゾッとする。

 もし源君と入れ替わって無かったら、髪に整髪料を付けただけで、キモオタにからかわれていたことだろう。

 肉体改造してくれてありがとう、源君。この恩は忘れないよ。

 そしてキモオタと不細工は離れ際に、

「おおい! こいつ渡辺 瑳月のこと好きだぞ~!」

 なにばらしてくれてんだカバ男共おおお!

 まずい、絶対渡辺 瑳月に嫌われた。

 しかし渡辺 瑳月を見ると、なんかハラハラしている。

 あれ、これ以外にナシよりのなしじゃなくて、ナシよりのあり?

 そして菜穂よ、お前が何故顔を真っ赤にしている。

 お前はおれが渡辺 瑳月を好きな事を知っているだろう?

 そういや菜穂も変わったよな~。

 なんかギャルになってるし、ギャルからは、なほっぺとか呼ばれてるし。

 アイツも変わろうとしているという事なのだろうか?

 それにしても菜穂と渡辺さんはどうもおかしいんだよなー。帰りに源君に報告しよう。

 

 さて、源君が学校に復帰してからの授業が始まった。

 数学教師の、肝臓を悪くしていて肌が色黒、且つ口が臭い二階堂はさっそく今日やる予定の問題を源君に解かせていた。

 まずいぞ、今のおれなら源君の脳みそだから解ける問題だけど、おれの頭脳じゃ絶対に解くことのできない問題だ。

 キモオタ達が二つ後ろの席でニヤニヤしてるのが聞こえて来る。

 キモオタってSNSとかネットで悪口しか言わないし、人の失敗は笑う癖に、自分が笑われたらファビョってネットでストレス発散とか、ほんとどうしようもねえな。

 駆逐されればいいのに、オナ●ーばっかりやってて変な臭いする、気持ち悪い奴等。

 おれは変われて、ほんとよかったよ。

 心配するな源君、問題が解けなくてもおれがキッチリフォローしてやる! 伊達に一週間陽キャ達に囲まれて揉まれてきたわけじゃない。援護射撃は任せろ!

 だが源君は流石源君だった。スラスラと流れるように、詰まる事無く問題を解いてく。

 陽キャの中からは、「ヒュ~♪」と軽い口笛も聞こえた。

 楓が惚れるだけの事がある。

 楓の野郎、おれに、

「瞬輝さんって何が好きなの?」って、メスの声出しながら電話で尋ねてきやがった。

 知らねえよ、こっちが聞きてえよ。

 源君の好きな銘菓あったら元に戻った時に月一で献上させていただくわ!

 源君忙しいからあまり電話出てくれないけど。

数学教師の二階堂は、源君が鮮やかに問題を解くと、負け惜しみをいう事も無く、ただ純粋に驚いていた。

「西村、お前いったいどうしちゃったんだ? あれか? アップデートってやつか?」

 いや二階堂先生よ、そんな驚き方しなくてもいいでしょうよ!

 キモオタ達の雑音は消えていた。おそらく絶句しているのだろう。

 肉体改造だけじゃなくて頭脳までアップデートしてくれるなんて、さすが源君。

 感謝してもしきれないよ~。


 そのまま時は進み、体育の授業になった。

 どどどどうすっぺ! オラ、バスケなんてできねえだぁ!

 驚きのあまり心の声が訛ってしまった。

 たまらず元バスケ部の源君を頼った。

 源君に言われるがままに、ドリブルからレイアップをすると、なんとできた。

 どうやら体に染みついてるらしい。

 これまでドリブルなんて叩いてるだけだったのに。

 念能力かよ、一回覚えたら自転車の乗り方とと同じで一生忘れません。的な?

 そのまま源君もおれの体にもかかわらず、バスケで目立つという、もちろん良い方に目立つという奇跡を起こし、源君は放課後まで過ごすと、ギャルに囲まれていた。

 あぁ~、源君と一緒に帰りたいんだけどな~、無理かな~?

 と思いきや、なんと源君からご指名が入った。

 源君からご指名頂きました! ありがとうございます!

「なになに~?」

 自然に会話に混ざろうと試みる、おれ。

 陽キャ達との日々が、おれを明るい人間にさせた。

 話を聞くに、どうやら渡辺さんがアニメイトカフェに行きたいらしい。

 意外だ。渡辺さんアニメイトとか行くのか。

 てっきり菜穂が行きたいのだとばかり思っていた。

 かくして、四人のアニメイト行きが決まった。


    ◇


外見 斎藤 菜穂(中身 渡辺 瑳月)――――。


 遂に入れ替わってからの学校が始まった。

 瞬輝に構ってる時間無い! 朝忙しい!

 なほっぺの自宅に行き、わたしの体にメイクして、わたしもなほっぺの体にメイクして登校、なんだこの忙しさは? 美容系は絶対に仕事にしたらダメだな。

 やはりなるべきものは小説家なり。

 いつでもどこでも仕事可能。最高だね。

 でもなぁ~、才能ないんだよな~。

それから自転車で登校。

ゆかとかには入れ替わりを教えるか迷ったが、結局教えないことに、なほっぺと相談して決めた。

 それから、学校では、なほっぺの事をさつきちゃん。

 二人になると、なほっぺという奇妙な関係が続いた。

 なほっぺは学校ではわたしのことを、なほっぺ。

 二人になると渡辺さんと呼んで来る。

 そんな奇妙な関係が一週間程経った頃だった。

 朝、いつもの通りに、わたしの体にメイクしてると、なほっぺが急に尋ねてきた。

「さつきちゃんは西村 道博ってどう思う?」

 この頃になると渡辺さんからさつきちゃん呼びになっていた。

 心の距離感ちょっと埋まったみたいで嬉しい。

「誰それ?」

「あー、気にしないで、聞かなかったことにしといて」

「うん? まぁ分かったー」

 芸能人かな? なほっぺ小説よく読むって言ってたから、作家さんとか? まぁ興味ねえや。

 わたしも小説家志望なら本沢山読むべきなんだけど、今はそんなことより瞬輝攻略っしょ!

 西村 道博がどこの誰かは知らんが、わたしにとっては些細な人間さ。

 と、思っていた自分を、この時殴りたい。

 学校について、なほっぺと談笑していると、予鈴間際になって、中々のイケメンが登校してきた。

ふむ、わたしのイケメンレーダーがビンビンに反応してやがるぜ! 姿勢、佇まい。

 全てにおいて色んな要素が絡み合って、一つのイケメンを形作っている。

「さつきちゃん、誰あれ?」

 混乱しそうになるが、学校なので、なほっぺはさつきちゃん呼びなのだ。

 まったくややこしい。

 なほっぺなら何か知ってるかもしれない。

「あー、あれが西村 道博だよ。朝話してた」

 マジかよ、あんなイケメンいたなんて、これっぽっちも聞いてねえぞ?

 するとそのイケメンの周りに、キモオタ達が集まって行って何か揉めていたと思うと、

「おおい! こいつ渡辺 瑳月のこと好きだぞ~!」

 と騒ぎ出したカバみたいな男。

 わたしは顔が熱くなった。

 え、そんな好きな人のバレ方とか最悪やん。

 なほっぺは知っていたのか、わたしと西村 道博を交互にハラハラしながら見やる。

 西村 道博と目が合ったが、西村 道博は特に恥ずかしがる様子もなく、じっとわたしの方向を見ていた。

 これは放課後に話しかけに行くか、一応、と思い放課後になったら、突如湧いた童貞であろうと噂の西村 道博に群がる肉食系女子、てかギャル共。

 まぁこのノリで一緒にどっか行くか。

 そう思っていたら、なほっぺが急にアニメイト。と言いだした。

 何故にアニメイト? と思ったら、アニメイトカフェにいきたいらしい。意外な趣味があったもんだ。まぁ元陰キャだからな、なほっぺは。

 いや待てよ、昼休みになほっぺから聞いた情報によると、西村 道博はキモオタだったらしい。

 それを考慮しての、なほっぺの優しい心配りなのかも。

 なほっぺはいい奴だな。なほっぺなら瞬輝を取られても許せちゃうよ。

 さぁ~て、行くか、アニメイト(グランドライン)!


    ◇


外見 渡辺 瑳月(中身 斎藤 菜穂)――――。


 まだかな、さつきちゃんまだかな?

 最近の私の朝の日課が部屋の掃除になっている件。

 汚いお部屋にさつきちゃんを上げるわけにはいかない。

 何しろ私は毎日メイクで綺麗にして貰っているのだ。

 部屋ぐらいきれいにしなくてどうする?

 というわけで掃除をしてたら、体重が二キロも減ってしまった。

 バストが減った様子はない。

 さつきちゃん怒らないかな? まぁさつきちゃんには胸は無くても顔が良いし!

 それにしても最近、というか、入れ替わってからメイクの勉強ばっかで、小説全然書いてねえな。

 まぁ今は小説のためのネタ探しってことで。

 サボってるわけじゃないよ?

 これはそう、充電中ってやつだ。

 元に戻ったら沢山書くぞ~。

 ネタ帳にさつきちゃんのキャラクターと、ゆかちゃんのキャラクターなんかを勝手に妄想して詳細に描きだしたりしてみて。

 ええっと、さつきちゃんの心の闇は、源君に過去、男女(おとこおんな)という理由で振られたことが原因でメイクをするようになったっと。あぁ~妄想楽しい。

 そこまで書いてネタ帳を閉じると、さつきちゃんがやって来た。

 掃除もしたし、出迎える準備は万端だ!

 そう言えば今日、道博の肉体改造が終わるな。

 さつきちゃんにも一応聞いておくか。

「さつきちゃん、西村 道博ってどう思う?」

「誰それ?」

 ドンマイ道博。ドントマインド道博。

 せめて覚えて貰える位には成長しててくれ!

 だがそれは杞憂(きゆう)だった。

 道博はなんか源 瞬輝みたいにカッコよくなっていた。

 井上君や俊輔君みたいな雰囲気イケメンとは違う、本物のイケメンだ。

 さつきちゃんに「誰あれ?」と尋ねられたので解説する。

「あー、あれが西村 道博だよ。朝話してた」

 さつきちゃんは見るからに興味を持っている。

 頼むから、私の体で道博に抱かれるとかは、止めてくれよさつきちゃん。

 私の初めての相手が道博とか絶対に嫌だぞ?

 だがそんな時、キモオタ共から心無い声が聞こえた。

「おおい! こいつ渡辺 瑳月のこと好きだぞ~!」

 おいおいカバ男とオタク共、なに言いだしてんだお前等? それ言うならお前等だって私の胸目当てに連絡先聞いてきたじゃねえか! キモいから断ったけど。

 とりあえず視線は西村 道博とさつきちゃんを交互に見やった。

 もうこれはオロオロするしかない。

 そうだ! 道博に褒美として放課後さつきちゃんと遊びに連れて行ってやろう。

 しかしギャルが群がっていた。

「カラオケとボーリングどっち行く~?」

 まずい、これは道博がギャルに食い散らかされる流れだ。

「アニメイトでもいいよ~」

 自分で提案しつつ、

「「「あ、じゃあアニメイトで」」」と道博とさつきちゃんと私とでキレイにハモる。

 なぜか源 瞬輝も付いてくるという嬉しい特典つき。

 アニメイトカフェに行きたいと言ったが、正直そこはどうでもいい。

 道博がオタクなので、あえてアニメイトをチョイスしただけである。

 こうして、四人での、事件が起こるアニメイト巡りが始まった。





















第七章 不穏な気配


山根(やまね) 誠(まこと)――――。


「あぁ~、ゴスロリの女とセックスしてぇ~」

「山(やま)オーはオタクの女とセックスしたいの?」

 俺のでかい独り言に、肩まである金髪が特徴の敷島(しきしま)、通称シキマーが反応する。

 ちなみに山オーとは俺の事だ。

 断じて山王工業高校ではない。

「あぁ~? よく分かんね、コスプレHとかしてみたいじゃん? それにはオタクの女だろ? そしたらゴスロリの女ってことだろ?」

「相変わらずの筋肉バカだな。まずなんか食おうぜ!」

「おおいサイフー、今日は一万でいいや、金貸して」

 腹が減った背の高い凪(なぎ)助(すけ)、通称ジャンボが何か食いたそうにしてるので、

 俺達はパシリの財布君の伯和(はくわ)、通称サイフーから、返す予定のない一万円を借りる。

 気づけば街中に来ていた。

 でかいファーストフード店があったので、サイフーを家に帰して、シキマーとジャンボと店内に入る。

 注文を終えると、適当に食いながら南高校の生徒が座っていた眺めの良い席を奪う。

「おらどけ! おぼっちゃまくんは家帰って勉強でもしてろ」

 南高校の生徒達は席をどけた後、

「将来性のないバカ校が!」

 そう吐き捨てて逃げた。

 ちなみにおぼっちゃまくんはポテトが残っていたにも関わらずゴミとして捨ててやがった。

 これだからブルジョワは気に食わねえ。

 逃げるのに全力ダッシュだし、笑える。

 こっちトレーで両手塞がってんだから追いかけるわけねーだろ、ビビり君www!

 席に着くと再び会話を再開する。

「んでオタク女だよ! オタク女ってどこにいんだよ?」

「あれじゃね? アニメイトってとこ」

「「「あぁ~」」」

「んじゃ行くか、アニメイト」

「完全に場違いじゃね? 俺ら?」

「いいんだよ、女攫ってサッサと消えるんだから」

こうして、危険分子までもがアニメイトに集うことになった。


    ◇


西村 楓――――。


「ねぇ唯ちゃん。瞬輝さんこれからアニメイトに行くんだって!」

 放課後会いませんか? としつこくメッセージを送って、ようやく手に入れた情報だった。

「ねぇ楓ちゃん、お兄ちゃんのどこが好きなの?」

「中身、かな」

「くっ、本当のことだから、止めておけと忠告したいのにできない!」

「そう言えば唯ちゃん、お兄さんのシコティッシュチェックは、流石にやめたほうがいいと思うよ?」

「なんで知ってるの!?」

 唯ちゃんからこれまで聞いたことも無い変な声が出た。

「いや、瞬輝さんに普通にバレてたよ」

「そんな!? バカな!?」

 唯ちゃんは顔を真っ赤にさせた後、

「アニメイトだね! アニメイトに行きたいんだよね? 楓ちゃんは!」

「え、うん、そうだけど」

「じゃあ一緒に行ってあげるから、学校の皆には広めないで~」

「心配しなくても、学校の皆はシコティッシュって分からないと思うよ、お嬢様学校だから」

「で、でもでも~、知ってる子もたぶんいるよ~」

「分かった分かった、アニメイトで何かグッズでも買って行こうよ」

 こうして、私達もアニメイトを目指すことになった。







第八章 決戦! アニメイト!


外見 西村 道博(中身 源 瞬輝)――――。


 学校前から出てるバスにバス停から乗り込み、とりあえず駅に行った。

 駅についてしまえさえすれば、あとは乗り換えで、アニメイトも行き来自由だ。

 駅は平日という事もあって、この時間帯だと学生と老人しかいなかった。

 あっという間にアニメイトに着いたのだが、なんかオレの知ってるアニメイトじゃなかった。

「アニメイトってこんなにお洒落だったっけ?」

 建物の外観が違っていた。

「リニューアル工事ってやつだよ。この建物の一階から九階、そして地下二階まで全部アニメイトなんだよ!」

 外見 源 瞬輝 の中身 西村 道博が自信満々にウキウキと語った。

「へぇー、そうなんだ」

 ってちょっとまて西村、その姿で堂々とオタク知識をひけらかすな! オレがオタクみたいになるだろ!

「源君詳しいんだね」

「しゅ、瞬輝がそんなこと知ってるなんて意外だなぁ」

 ほら見ろ、斎藤 菜穂と瑳月も引いてるじゃねえか。

「ああ違う違う、日笠が他の奴と喋ってたんだよ」

 おお! 上手いかわし方だ! そんな事まで出来るようになったのか西村!

「どうするさつきちゃん? いきなりアニメイトカフェ行く?」

「いや、せっかく来たし人も外国人くらいしかいないからちょっと見て回りたいかな」

「あ、原画展やってるって、見とく?」

 斎藤 菜穂と瑳月がそれほど盛り上がることも無く、意見を交わす。

 瑳月、ほんとはアニメイトカフェとか、別に来たくないんじゃ?

 という考えが頭をよぎった。

 だって瑳月より斎藤 菜穂の方がはしゃいでんだもん。

「うわ! しゅごい! しゅごいよ、なほっ……さつきちゃん、このアニメわたしも見てたよ!」

「へぇー、そうなの?」

「なほ……さつきちゃん、ライトノベルとか見ないの?」

「う~ん、たまに見るけど、私の場合はエンタメ小説が多いかな?」

「そうなんだ……オタクじゃないんだ」

「え? ああ! オタクだよオタク、このラノベも見たことあるし!」

「よし、さつきちゃん、じゃあ原画展見た後、グッズ買ってアニメイトカフェ行こう」

 流れが決まった。

 その頃、オタク街をぶらつく場違いのバカ三人は、ナンパをしまくってた。


    ◇


山根 誠――――。


「シキマー、ゴスロリってなんか、なんかキモくね?」

「逃げられた負け惜しみかよ、ダセーぞ山オー!」

「ちげーじゃん、あれだろ! 壁ドン! 壁ドンすりゃあいいんだろ? 次アイツ行くわ!」

「いやあれゴスロリじゃないじゃん!」

「女のオタクってお洒落なの多いな。なのにギャルがいねえ」

「なんだジャンボ、ギャル狙いなのか? うわ、山オー本当に壁ドンしてるし、ウケるwww」


 俺は巨乳が好きだ。巨乳は正義。正直女は顔より乳で選ぶ。

 そんな巨乳の女が目の前を通った。

 壁ドンチャーンス!

 見てろシキマー、ジャンボ、あの巨乳は、俺のもんだ。

 肩を掴み強引に壁ドンしてみたが、横頬思いっきりビンタされた。

「イッテー」

 ビンタ自体はヤンキーに殴られるより痛くないのだが、奇麗に上手いこと叩かれると、脳が揺れるのと、顔面の水分が揺れて涙が滲むのが厄介だ。

 シキマーが爆笑してる姿が目に浮かぶ。

 クソ、見てろ、あと三人には声かける。


一人目――――。

「お姉さん暇~?」

「――――」

 無言スルー。

 あれ、ナンパってこんなに難易度の高い行為っけ?

 無言スルーとかホストしかされないって聞いたぞ?

 学生服着てたら無言スルーはされないのに、学生服神話は崩壊したのか?

 これがオタク街のオタク女の身持ちの固さってやつか。

 面白れぇ、絶対に一人は引っ掛ける。


二人目――――。

「お姉さん、すいません!」

「な、なんですか?」

「道教えてもらっていいですか?」

「交番行って下さい」

 女はスタスタと歩いていった。

「え、ナニコレ?」

 シキマーとジャンボが大笑いしてるのは見なくても分かった。


三人目――――。

 もうブスだけど乳でかいからあの女でいいや。

「おい女、付き合えや」

「話してよ不細工!」

「えぇ~!」

 声上ずった。

 俺、面と向かってブサイク言われるの、なかなかねえぞ?

 

 そんな感じでオタク街でのナンパは失敗に終わった。

「クソ! イライラが治まらねえ! ス〇ローでペロペロしてニュースになってやる! そしたら一躍俺も有名人だ!」

 気が狂った俺をシキマーは止めた。

「早まるな! 本物のバカになる気か? この後アニメイト行くんだろ? せめてアニメイトでナンパしてから絶望しろよ!」

「なんかオタク女は無理だろ、ギャルじゃないと、ハァ、アニメイトにギャルいねえかな?」

 こうして俺達はアニメイトに着いたのでアニメイト探検することにした。


    ◇


西村 楓――――・


 電車に乗るのは久しぶりかもしれない。

 バスでの移動ならあるんだけどな。駅に服とか下着とか買いに来るし。

 でも流石にアニメイトがある駅にまでは来たことが無い。

 これは未知の小旅行だ。

「唯ちゃん、スイカってどうやって使うの?」

「え!? 楓ちゃん電車乗ったこと無いの?」

「し、失礼な! あるよ! ただ小学校以来乗って無いから聞いてみただけだよ!」

「それって修学旅行の電車なんじゃ、まったく楓ちゃんはおパンツは大人なのに社会経験は子供だね。そんなことでJKになったらどうするの? 楓ちゃんの進学先って南高校でしょ? 駅一つ違うじゃん!」

「ヒ、一駅ぐらいなら自転車でなんとか」

「脚太くなっちゃうよ? お兄ちゃんのシコティッシュの味は、太い脚は嫌いだって主張してたよ?」

「いや何言ってるの唯ちゃん? いきなりシコティッシュの話題出しただけでなく、そんなシコティッシュソムリエみたいな、利きシコティッシュ事情のこと言われても、訳分かんないよ?」

「ごめん楓ちゃん、楓ちゃんはお兄のシコティッシュに興味が無いんだね? そんな女子(おなご)にお兄は任せられないよ」

 ごめん唯ちゃん。 普通にキモイ。

「もういいや、その辺の人に聞こ」

 その後、電車を乗り換え、オタク街にやって来た。


「へぇー、オタク街だけど、女子しかいないね唯ちゃん」

「ちょっと待った、楓ちゃん、ステイ!」

「わ! な、何!?」

 髪の毛を引っ張られた。

「あれを見てごらん!」

「どれ?」

 唯ちゃんが指をさすという、いけない行為まで行って私に忠告してくれた。

「あ、バカ高校の人達がナンパしてる!」

「シッ、女のオタク街って言っても、たまにオタ女目当てのああいう変なの湧くんだよ。楓ちゃんは可愛いんだから絡まれたら面倒でしょ、さっさとアニメイトに行くよ!」

こうして、唯ちゃんの的確な判断と案内で、絡まれること無く、アニメイトに着いた。


    ◇


外見 斎藤 菜穂(中身 渡辺 瑳月)――――。


「はーっ、凄かったねさつきちゃん、なんか基本このアニメイト、外人と女子しかいないし、また来ようかな?」

現在、私達は原画展を見終え、キャラクターグッズを一通り見た後、アニメイトカフェに来ていた。

「西村君はあんまり楽しくなかった?」

 わたしの体のなほっぺが西村 道博に尋ねる。

 やはりなほっぺは西村 道博に気を遣ったのだろうか?

 幼馴染だから分かる事ってあるよね?

「いや、楽しいことは楽しかったんだけど、女の人いっぱいいて疲れたっていうか、そんな感じ」

「あー、西村君童貞くさいもんね」

「それを言うなら瑳月だって! いや、何でもないです」

 え? なにコイツ、今、瑳月とか呼び捨てにしやがったか?

 ちょっと遊んだだけで随分な距離の詰め方だな、おい!?

 わたしがそんな二人のやり取りを見ながら、アニメイトカフェで注文したデザートを食べてると、事件は突如起こった。


「あっれー!? ギャルいるじゃん!」

バカ高校の工業高校の生徒が、なぜかアニメイトカフェに出現した。

幻のレアポケモンに遭遇した気分である。

いや違うな、そんな嬉しい気分じゃない。ド○クエで例えるならボス戦を終えてさらに進んだら、ラスボスのネルゲ○がいたのと同じくらいの衝撃だ。

 もはや、絶望。の二文字しかない。

見つかった時点で絡まれることは必至。

「一緒に座ろー、ていうかおっぱい揉まして!」

「ヒッ!」

 わたし、渡辺 瑳月は陰でビッチだなんだと言われているが、生粋の処女である。

 しかも今は完全ギャル武装した渡辺 瑳月では無く、外見は斎藤 菜穂。

 男なら、とりわけバカ高校に通うサルなら、なおの事この、なほっぺのおっぱいを前にして黙っていられないだろう。

 揉まれる!

 だが危機一髪のところでカッコつけるのが、主人公の役目である。


「触んじゃねえよ」


 ただその役目は瞬輝では無く、西村 道博だった。


    ◇


外見 西村 道博(中身 源 瞬輝)――――。


 コイツ知ってる。

 髪の色こそ染めてはいるが、山根だ。

 山根 誠だ。

 小学校時代の暗黒時代の象徴、腰巾着(こしぎんちゃく)を強いられた、思い出したくもない封印された過去。

 でもおかしいな。体が西村 道博のおかげか、全く震えが無い。

 小学校時代、オレはこいつにビクビクしながら過ごした。

 顔色を窺って過ごす日々。

 機嫌を損ねればグーパンチが飛んできた。

 もしくは蹴りが飛んできた。

 小学五、六年生の時はこいつとクラス一緒なだけで最悪だった。

 いきなり殴られたかと思うと、やり返す前に逃げる。

 当時オレは人の殴り方も蹴り方も知らなかった。

 できる攻撃と言えば、噛みつくぐらい。

 しかもこいつは同じ軟式野球の少年団だった。

 今でもコイツが言ったことは忘れない。

 ある日、オレはスタメンの試合を風邪で休んだ。

 翌日、相手チーム(結構強い)に勝利した。

 という吉報が耳に入った。

 すると山根 誠は言ったのだ。

「お前いないから勝てたわ」

 たったそれだけのことに思えるかもしれないが、野球を嫌いになるには十分だった。

 野球はチームスポーツだ。

 しかもチームスポーツの中でも、とりわけ責任感と一体感を強いられる。

 エラーは出来ないという責任。

 得点チャンスなら、ランナーをホームに返さなければいけないという責任。

 チーム一丸となって相手投手を攻略していく一体感。

 これらはバスケットボールの比ではない。

 バスケットボールは、最終的に点を取られず点を取れば、どんなわがままプレーだろうが許される。

 しかし野球においてそれは許されない。

 時にはホームランを打つよりも、ファウルで粘ってランナーを貯めて、相手守備にプレッシャーをかける作戦もあるし、盗塁などは勝手にやれば味方から総スカンをくらっても文句は言えない。

 それでも、チームのメンバーが仲良しだったら生まれる一体感は、どのスポーツよりも心地いい。

 しかしチームのメンバーに一人でも嫌な奴がいると、一体感は生まれず、やっていても楽しくない。

 バスケは一体感なんて感じなくても、自分が得点出来て自分がリバウンド、もしくはスティールできれば最高に気持ち良いので、チームスポーツの中でも異質だ。

 よく弱小バスケットボールチームでは、ワンフォーオール・オールフォアワンというスローガンが掲げられ、スクリーンを積極的に使う。

 しかし、真に強いチームは、絶対的なエースさえいれば、自然とそいつにボールが集まる。

 これはサッカーでも同じだ。

 サッカーでは、フィールドは天才プレイヤーのエゴによって支配される。

 漫画のブルーロックでも似たような事を言っている。

 ただ、野球ではそういうのは無い。

 野球は、一人の嫌なチームメイトのせいで、一気につまらなくなるスポーツだ。

 オレは毒づいた山根のせいで、野球に対する気持ちが一気に冷めた。

 山根がそれを言っている時、他のそれが耳に入ってるチームメイトも、特に否定しなかった。

 北谷 弘貴とやっていた野球は楽しかった。

 オレがピッチャー、弘貴がキャッチャーを交互に変わりばんこで、他のメンバーもプロ野球を見る位の野球好き。で、そいつらもたまにクローザーをやったりしながら、撃たれた、打ったの繰り返し。

 ただの遊びだったが、思えばあれがどのスポーツよりも楽しかった。

 でも楽しい時間は続かない。

 弘貴は転校するし、適当に入った少年団はちっとも面白くない。

 そこでダメ押しの山根のセリフだ。

 野球なんてつまらん。

 いつしかその考えがオレの脳内を支配した。加えて山根の暴力、こころの奥底にまで刻みつけられた思い出したくない過去。

 しかしそれが、今、この体においては何も問題無かった。

 西村 道博は山根 誠を知らないからだ。

 ここは思いっきり山根 誠をぶん殴ってみよう。

 オレは山根の片手を掴んだ。

 楓ちゃんと鍛えた、最大限の握力を込めて。

 だが所詮は一週間の、強くなるためではなく、痩せる為に行った筋トレだった。

 源 瞬輝の体ならともかく、ヤンキー相手を黙らせるには、体格も腕力も足りなかった。

「おい、離せや、モヤシ」

 掴んでいた手を振り払われた。

 握力が無理なら、直接打撃で応酬する。

 全力で殴ってみる。が、効果なし。

 逆に殴り返された。

 吹っ飛ぶオレ、騒然とする店内。

 その時、外見 源 瞬輝、中身 西村 道博は、オレの考えていた通り、深層心理まで刻みつけられたトラウマのせいで、動けないでいたに違いない。

 店内は個別に区切られたスペースのため、何が起こったのか、まったく気付いていない客もいる。

 店員がこちらの騒ぎに気づきだした頃、本物のヒーローがやってきた。

「瞬輝さんに」

 声と共に、その銀髪は一瞬で目の前を揺れた。

「何してくれてんだゴラァ」

「いってぇぇええ」

 楓ちゃんだった。

 ヒーローは楓ちゃんだったのだ。

 山根 誠は内臓をやられたのか、血反吐を吐いた。

 銀髪美少女が、自分より一回りも二回りもでかい、ヤンキーを倒すという、ありえない事態が起こったことで、イベントだと思ったのか、客も店員も、

「今日プリ○ュアのイベントかなんかやってるんだっけ?」

 と、場は混乱した。

 山根達バカ高校三人組は、山根を連れて逃げて行った。

「アイツやべーぞ! 山オー連れて逃げるぞ、ジャンボ」

「筋肉バカの山根が、女子に負けるとかありえねえだろ!? なんだよワンパンって?」

「いって、内臓いてぇから揺らすな!」

「拍手が沸き起こった所で、楓ちゃんが冷静になって、オレに抱き着いてきた」

「瞬輝さん! 無事でしたか!?」

「あ、うん。ありがとう、楓ちゃん」

そこで瑳月が口を開いた。

「え!? えっと楓ちゃん、瞬輝さんってどういう事!?」

「え!? 渡辺さんがなんで楓ちゃんの事知ってんの!?」

「「「「んんんん!?」」」」

 遂に種明かしの時が来た。

 



















第九章 かくて源 瞬輝はモテにけり。


西村 楓――――。


「っていう訳で、源 瞬輝さんと、うちの愚兄の西村 道博は入れ替わっていたのでした~!」

 私がそう発言すると、お隣の菜穂ちゃんと渡辺さんとやらは深いため息を吐(つ)いた。

「はぁぁぁぁ、はっはははは、はっははははは」

 菜穂ちゃんが壊れた。

 そして何を喋るかと思いきや、アイスカフェオレを、やっすいプラスチック容器に入れられた、アイスカフェオレを、蓋(ふた)外してグイっと飲み干した後、立ち上がってその容器を、勢いよくテーブルに叩きつけ、外見 源 瞬輝さんのネクタイを掴み、こう言った。

「スマホ見せろ」

 酷く冷たい声だった。

 まるで雪女でも降臨したような空気が場に流れた。

 雪女っておっぱい大きいのかな?

 外見 源 瞬輝さんの中身 クソアニキは、「な、や、止めろよ菜穂!」ネクタイを掴まれながら騒ぎ立てるが、

「うるせえ!」

 一喝&ビンタの一撃。クソアニキは「いだい!」と悲鳴を上げながらスマホを差し出した。

「な、なにすんだよ!?」

 ビンタされた箇所を手で抑えながらクソアニキは菜穂ちゃんの、

「ロック解除しろ」

 その冷たい一言を言われるがままに、ロックを解除して菜穂ちゃんに渡す。

 菜穂ちゃんはそのスマホの、ロック解除された待ち受け画面を、皆の注目が集まるように、テーブル中央に叩きつけた。

 そこには白Tシャツにピンクの透けブラの、目の前の渡辺さんが映っていた。

 唯ちゃんが思わず、

「あ! 瑳月ちゃんだ!」

 と声を上げる。

 他の面々はドン引き。

 皆一様に、そのちょっぴり扇情的な待ち受け画像を見て、

「ないわー」

という顔をしている。

 うん、無い、流石に無い。クソアニキの生体を知ってる私から見ても、さすがに無い。

 すると菜穂ちゃんは叫んだ。

「よくもだましてくれたなああああああ!」

「え!? 何々? どういう事?」

 みんながそんなリアクションをする。

 すると菜穂ちゃんは事情を説明した。

「実はわたくし、渡辺 瑳月と斎藤 菜穂も入れ替わっていましたあああああ!」

「「「「えええええええ!」」」」

 アニキの好きな女が、名乗りを上げた瞬間だった。


    ◇


外見 斎藤 菜穂(中身 渡辺 瑳月)――――。


 わたし、渡辺 瑳月はまんまと踊らされたってわけだ。

 この瞬輝の皮を被った、変態写真撮影家、西村 道博に!

 そもそも大前提として、わたしがこのスマホの待ち受け画像を見なければ、瞬輝に告白しようなどとは思わなかったのだ。

 そうすれば神社に行って恋愛成就のお願いをするということも無くなり、なほっぺと入れ替わる。ということも起きなかったわけだ。

 このドスケベ写真撮影野郎、絶対に許さねぇ。

「ま、まぁ落ち着けよ瑳月、この際だから言うけど、オレの待ち受けも斎藤 菜穂だし。あと、オレの体あまり傷(いた)めつけないで」

「あぅ、そ、そうだった。こいつは瞬輝じゃないけど体は瞬輝なんだった! ってちょっと待て! 瞬輝も待ち受けになほっぺのエロ画像を!? 見せろ!」

 私は叫んだ。

 瞬輝は私に気圧されてスマホの待ち受けを見せる。

 ふむ、エロくは無い。

「これならば良し」

「さつきちゃん、こいつは確かに気持ち悪いし変態写真撮影家だけど、変わりつつあるんだよ! 許してやって!」

「なほっぺ、こいつの事を庇うなんて、まさかこの変態の事が好」

「あ、ごめん、それはない」

「だよなぁ」

「ひでぇ、やっぱりキモオタはどこまで行ってもキモオタなんだ、生まれ変わるのなんて無理だったんだ」

「んなことねえよ!」

「そ、そうだよ、道博さん頑張ってたよ!」

「源君、唯ちゃん!」

「お前がオレの体を醜く太らせなかったのは、ひとえにお前がしっかりオレのボディメンテを怠らなかったからだろ? 感謝してるよ! オレは」

「源君、本物のイケメンからそんな言葉を聞くことが出来るなんて、おれは、おれは、凄い嬉しいよ!」

 西村 道博が瞬輝の体で泣き出した。

「おい変態、瞬輝の体で泣くな、みっともない」

「ゴ、ごめんね渡辺さん、もう渡辺さんで抜(ぬ)いたりしないから」

「当たり前だ、気持ち悪い」

「おい瑳月、お前さっきから黙って聞いてりゃ、酷すぎるだろ! こいつはお前のことが本当に好きで、キモオタから本気で変わろうとしたんだぞ?」

「でも努力したの瞬輝じゃん!」

「そりゃあそうだけど、こいつの努力も認めてやれよ」

「なにそれ?」

「なんだよ」

「わたしの告白は認めなかった癖に!」

「中学の頃の話だろ!」

「じゃあ今は? 今告ったら認めんの? わたしの事、彼女候補として認めんの!?」

「斎藤 菜穂の姿でそんなこと急に言うなよ!」

 気づけば大声でバチバチにやりあっていた。

 周囲から、「青春だなぁ~」という声が聞こえてきて、一気に冷静になった。

 顔が熱くなったわたしは、

「帰る!」

 大声でそう言い残してその場を走り去った。

 しかし、走力において、肉体改造してきた瞬輝に敵うわけなかった。アニメイトの外に出た途端に捕まる。

 腕を掴まれ、また説教か、と思いきや、瞬輝がしてきたのは、単純な謝罪だった。

「中学の時は、スマン」

「――――え?」

 それは心の底から聞きたかった、中学時代からずっと抱き続けていた言葉だったかもしれなかった。

「中学の頃、お前ずっと男みたいなカッコしてたし、いきなり告られても、お前の事、瑳月のこと女として見れなくて、でもな、あれからお前変わっただろ? オレの事見返すためかもしれないんだと思って言えなかったけど、聞けなかったけど!」

 瞬輝の腕を握る強さが強くなる。

「今のお前なら、告られたら、ちゃんと真剣に考える」

 やばい。

 何だこれ何だこれ何だこれ!?

 顔がにやける。

 いやダメだニヤけちゃ、我慢だ。

「そこは告ったら付き合ってくれるとかじゃ無いんだ」

「オレにも好きな女子がいる」

「へ、へぇー、どんな奴よ!?」

「いや、ちょっと待った。まだ好きなのかも分からない。そいつのこと何も知らないから」

「だからどんな奴だよ」

「さ、斎藤 菜穂、だけど」

「それは、見た目で?」

「ああ、うん、見た目で」

「ふ、ふーん」

 なんてこった、なほっぺだったか。ってさっき瞬輝の携帯の待ち受けなほっぺだったよ! そういや!

「いつから好きなん?」

「同じクラスになってから」

 気づけば、掴まれていた腕は自由になっていた。

「じゃあこれから、なほっぺといっぱい遊んで、なほっぺの事知らないとね」

「ああ、そうだな」

「体はわたしの、渡辺 瑳月のままだから、瑳月ちゃんのことが好きになっちゃうかもしれないけどね」

「それ言ったら今のオレだって西村 道博なんだから、どうなるかわかんねえだろ」

「いや、アンタは瞬輝だよ、オーラが違う。特質系だ」

「人を念能力者にするなよ」

 お互い、言いたいことは言った。という感じだ。

 それから、アニメイトカフェに戻って、瞬輝が恥ずかしい思いさせたお詫びにと、食べ物頼んで良いと言ったので、好きに注文させていただいた。

 食べ物を待っている間、再び会話。

 瞬輝とバチバチに外でやりあってた頃、どうやら西村道博を慰める会が行われていたらしい。


    ◇


外見 源 瞬輝(中身 西村 道博)――――。


「分かっていたさ、キモオタは所詮恋なんて迷惑なことしちゃいけないって、でもさぁ、それでもさぁ! 人である以上、人を好きになるものだろ!」

「アニキ……」

「道博さん……」

 楓と唯ちゃんがおれの涙しながらの言葉に、ただただ絶句する。

 きっと二人にも好きな人がいるのだろう。

「うん、道博、アンタが今言ったその台詞(せりふ)は間違ってないよ。でも自分に非があったのも分かるだろ?」

「……うん、透けブラ待ち受け画像は反省してる」

「じゃあまずそれ消さないと、それからでしょ?」

「そうだアニキ! 脱オタの儀式だ! その画像消して謝罪しよう」

「そうですよ道博さん。画像消去して生まれ変わりましょう!」

「楓、唯ちゃん! そうだよね、おれ、消すよ!」

 叩きつけられて、塗装が少しだけ剥(は)げた最新のiPhoneを手に取り、おれは儀式を行う。

 ただ、魂が簡単にはその儀式を遂行させてくれなかった。

 もしおれが西村 道博のままの体だったら、脳が、画像を消す事を拒否する命令を出していたことだろう。

 まだ源君の体だったから、指が震えるだけで済んだ。

「消した。消したよ! おれこれでキモオタじゃないかな!?」

「ああ、アニキはもうキモオタじゃねえよ!」

「そうですよ! おめでとうございます!」

「お祝いにケーキ注文しよう」

「みんな……ありがとう!」

 おれは感極まってくしゃくしゃになりながらケーキを食べた。

 そうしたら源君と渡辺 瑳月が戻ってきた。

「あ、わ、渡辺さん!」

「なに?」

 機嫌が良いのか、強い拒絶を示されることも、微笑みで受け止められることもない、

「なに?」

 という疑問と表情だった。

「おれ、画像消したから、もうキモオタ辞めるから!」

「ふーん、いいんじゃない?」

 余程機嫌が良いのか、それともどうでもいいといった様子なのか? いや、この場合は

後者か、なんにせよ、これでキモオタの西村 道博とはお別れだ。

 それにしても、女子陣の源君を見る目がなんか熱い。

 みんなメスの顔だ。

 菜穂なんて目が蕩(とろ)けてる。

 おれが見たことのないメスの顔だ。

 源君の前だとそんな顔するのかよ。

 あれ……、なんだこの気持ち?

 おれは芽生えた不思議な気持ちに蓋をして、その後、唯ちゃんと帰宅するまでやり過ごした。


















   最終章 それぞれの気持ち


源 唯――――。


帰りはお兄と一緒に帰る事に。

そうなれば、必然的にお兄の姿をした道博さんと一緒に家に帰る訳で。

私の心臓はドッキドキだった。

「道博さんってギャルが好きなんですか?」

「いや、唯ちゃんみたいな単純に可愛い子も好きだよ」

「はう! お兄の姿でそんな事言わないで下さい!」

「そんなこと言ったって、おれはいったいどうすればいいの?」

 私は血のつながったお兄が好きである。

 恋愛感情を超える愛情、を抱いてると言ってもいい。

 しかし、そのはずだったのだが、最近よく分からなくなってきた。

 お兄が、源 瞬輝が好きだったのに、中身が別人になったと分かるや否や、これまでお兄に抱いたことのない感情が芽生え始めた。

 私はお兄が好きなはず、せめてお兄のシコティッシュさえ手に入れる事ができれば、なにかわかるかも知れない。

 私はお兄の皮を被った道博さんの隣を歩きながら、尋ねた。

「道博さんはオナ●ーしないんですか?」

「いきなりどうしちゃったの唯ちゃん?」

「うう、道博さんは何でオナ●ーしないんですか?」

「いや、そりゃあ源君の体だからだけど」

悪いのは全て本物のお兄ちゃん。

そう、この時、私、源 唯の兄への感情が、へんな方向に爆発していくのを、本物のお兄ちゃんの源 瞬輝はまだ知らない。


    ◇


西村 楓――――。


 現在、自宅にて、アニキの体を改造した瞬輝さんと、他メス犬二人が、アニキの部屋にて何かをやっている。

 何やらガタゴトと物音が凄い聞こえる。

 さすが瞬輝さん、まさかの3Pですか、大胆なことをおなさりになられるものだ。

 わたしも混ぜてもらおうかな、いやでもアニキのチン○は挿入されたくないな。

 今は我慢だ。我慢。瞬輝さんが元に戻るまであと一ヶ月もかからないと言っていた。

 瞬輝さんが元の体に戻ったら、唯ちゃんと協力して妹達(シスターズ)プレイによる3Pを実行してもらおう、そうしよう。

 実行場所は唯ちゃんの家、源家。

 プレイは瞬輝さんを私が力づくで動けなくして……てこれじゃ本当に犯罪だな。

 ちゃんと合意の上で、なおかつ多少強引に行かないと瞬輝さんは手を出してくれないだろう。

 JKよりもみずみずしいJ●による体。

これには瞬輝さんも、たまらずビュルビュルどっぴゅんだろ!

 そうと決まれば早速唯ちゃんに連絡だ!

 私、西村 楓と源 唯は間違った方向に進もうとしていた。

 計画は進行する。


    ◇


外見 渡辺 瑳月(中身 斎藤 菜穂)――――。


 アニメイトカフェの帰り、道博は源君の妹の唯ちゃん以外と一言もしゃべらなかった。

 話しかけようかとも考えたが、このさつきちゃんの体で話しかけるべきではない。

 道博を変に興奮させてしまってもいけない。

 仕方ないから、さつきちゃんと話しながら帰ろう、かと思いきや、源君に離しかけまくって、完全に二人の世界のさつきちゃんと源君。

 すると聞き捨てならない台詞が。

「瞬輝の今の家行ってみた~い」

 ちょっと何言ってるのさつきちゃん?

 道博の家で、二人で何をする気なの!?

 まさか、ナニをする気なの!?

 ちょっとやめてよさつきちゃん!

 今その体私の体なんだよ? 

 仮に、今のさつきちゃんと今の源君がエッチなことするってことは、私と道博がエッチな事するのと同じ事なんだよ!

 いやだよ私、道博の子供なんて孕みたくないよ!

「おういいぞ、楓ちゃんもいるし変なことにはならんだろ、上がっていけ」

 いや道博止めろよ! ってああもう、道博と唯ちゃんとはさっき別れたんだった!

 くっそ、こうなったら仕方がない。

「ワ、私も上がっていっていいかな?」

「もちろん、西村 道博と幼馴染だったんでしょ? 気にせず上がっていってよ」

 

 こうして、現在道博の部屋に女二人と肉体改造した道博の姿の源君一人。

 源君はお茶を取りに行った。

 さて、今からいったい何が始まるってんだ?

 不安を抱いていると、さつきちゃんは勝手に部屋を物色しだした。

 クローゼットを開けたり、引きだしを開けたり、いったい何を探してるのだろうか?

「さ、さつきちゃん? いったいどうしたの?」

「ん~? エロいもの探し!」

 エロいもの探しって、男子なら一つや二つはあるだろうに。

「探してどうするの?」

「瞬輝と西村 道博の目の前で燃やす」

 ギャルこええ~。

「そ、そこまでしなくても」

「だって西村 道博、キモオタ辞めるんでしょ?」

「あ」

 そうだった。道博はさっき、さつきちゃんにキモオタ卒業宣言をしたんだった。

 なら少しでも気持ち悪いものがあってはいけない。

 気づけば私もさつきちゃんと一緒になって手を動かしていた。

「手伝うよ、さつきちゃんの言う通りだ」

 二人でガサゴソと部屋中を詮索していると、源君が戻ってきた。

「おいおい、なに散らかしてんだよ?」

「瞬輝はこの部屋全部調べた?」

「いや、調べてないけど、いったいどうした瑳月?」

「さっき西村 道博がキモオタ卒業宣言したから、部屋にあるキモいものは全部燃やす」

「ならこのパソコンが一番怪しいかな? オレも見たこと無いし」

「よし、じゃあ今から西村 道博呼ぼう。ここまでチャリで20分もかからないでしょ?」

「それもそうだな。呼ぶか。まってろ今連絡する」

それから、道博は飛んできた。

「どうしたの源君! 源君から電話なんて滅多にないじゃない!」

 まるで尻尾を振る犬の如く、道博はやって来た。

「西村、このパソコンの中にあるエロいの、完全に消去しろ」

「え」

「キモオタ卒業するんでしょ?」

さつきちゃんが圧を加える。

「道博、さつきちゃんの言う通り、キモオタじゃなくて一人の人間として見てもらいたいなら、キモくてエロいの全部消しな!」

「え! 源君はそれで、エロいのなしでオナ●ーをいったいどうしてるの?」

「適当にスマホのエロ動画で済ませろ、オナ●―なんかに時間かけんな」

「しゅ、瞬輝、その、性欲って、どうやったら溜まって暴走するの?」

 さつきちゃん何聞いてるの? そんなの正直に答えてくれる訳ないでしょ!?

「うーん、オレの場合は晩飯が焼肉だったりすき焼きだったり、ガッツリとサシの入った肉食うと抜きたくなるかな?」

 いや答えるんかい!

「へ、へぇー、サシの入った肉ね。そういうもんなんだ」

 おいさつきちゃん、行動を起こすのは元に戻ってからにしてくれよ!?

 道博の子供なんて孕みたくないんだからな!?

 その後、道博のパソコンは結局、工場出荷時にまでデータ消去されることになった。

 源君と道博はその後、互いの両親に入れ替わりを説明しに行くといって、四人は解散となった。

 それから、さつきちゃんが、「うちで話そう!」

 と言いだしたのだが、流石に歩き疲れていて、さつきちゃん程の体力が無い私は、

「ごめん、うちでいいかな? 疲れた」

 疲れ切った私の表情を見るが、話しておきたいことがある。

 と言われてさつきちゃんの話を聞くと、

「瞬輝、なほっぺのこと気になってるんだって!」

「ええ!?」

 いきなりのご報告。

「さ、さつきちゃんはどうなの?」

「わたし? うーん、わたしは」


    ◇


外見 斎藤 菜穂(中身 渡辺 瑳月)――――。


 アニメイトカフェからの帰り、瞬輝とこれまでにないくらい、小学校でもこんなにしゃべらなかった。というくらい喋った。

 やばい!

 楽しい! なにこれ!?

あ~でも瞬輝もちゃんと楽しいのかな? わたしだけ楽しくないかな?

 なほっぺは今楽しいのかな?

 いかん、なほっぺはこれからライバルになるのだ。おそらくだが。

 かまっている余裕はない。

 とりあえずこのまま今の瞬輝の家、西村 道博の家までついて行こう。

 そんでもって、キモオタ卒業させてあげよう!

 なほっぺは西村 道博のキモオタ卒業肯定派だった。

 わたしが部屋を片付け始めると、積極的に、「手伝うよ」と言って手伝ってくれた。

 いつしか瞬輝の存在も忘れる程に、キモいもの探しに熱中していた。

 残るはパソコンのみ。

 瞬輝は西村 道博を召喚する。

 パソコンは結局データ全消去となった。

 その後、瞬輝と西村 道博は互いの両親に入れ替わりを説明するとのことで、わたしとなほっぺは帰宅する運びになったのだが、なほっぺにはこれだけは言っておかなければならない。

「瞬輝、なほっぺのこと気になってるんだって!」

「ええ!?」

 突然の報告に驚く、なほっぺ。

「さ、さつきちゃんはどうなの?」

「わたし? うーん、わたしは」

 答えはまだ微妙だった。

「わたしは、瞬輝が気になってる、かな?」

「好きじゃ無いんだ」

「中学の頃に酷いフラれ方してるからね。でも今日、ようやくそのことについて謝ってもらえた。わたしがこれでギャルやる意味も無くなったかな?」

「ええ!? じゃあギャル辞めるの?」

「多分元に戻ったらね。でも化粧は続けるかな?」

「……そうなんだ」

 なほっぺは何か言いたそうだったが、わたしは言いたい事と自分の気持ちがハッキリしたので、なほっぺの体で、渡辺家に帰ることにした

「敵同士だね」

 なほっぺの家を出てから、そんなことを言われてる気がした。


    ◇


外見 源 瞬輝(中身 西村 道博)――――。


「ごめん父さん、母さん、黙ってて、実は今のおれはこのイケメンの源 瞬輝 君なんだ!」

「てめぇこの野郎! なんで黙ってやがった?」

 キレる父さん、そこで源君から助け舟。

「すみません、お母さん、親父さん、二人で話し合って決めたことなんです。色んな人にバレたら大学の実験材料にされるかもしれないからってことで」

 父さんは源君を認めているのか、

「お前、ホントに道博じゃねえのかよ……あんなに頑張ってる姿が……他人だったってのかよ」

 そんな発言をしながら、お猪口に入れられた酒をあおる。

 時刻はもう夕刻、帰宅した働き盛りの父親は晩酌を始める時間帯である。

「いつ戻るんだ?」

「あと一ヶ月もかかりません。このままお世話になりたいのですがいいでしょうか?」

「好きにしろ、もうガキじゃねえんだ。ただお前んとこの両親にも説明しとけよ」

「ありがとうございます」

 源君は父さんに頭を下げた。

「よし、じゃあ西村、オレの家に行くぞ」

「あ、うん」

 それから、源君の家に行って、源君の両親に説明したが、筋肉と鍛え方でおれの姿の源君は、源 瞬輝であると判別されていた。

 おれは、「これからもトレーニングを欠かしません」と源君のご両親に説明して、源君の家に居て良いことになった。

 その後、源君はおれの家、西村家に帰っていったのだが、部屋で一人考えた。

 おれはいま誰が好きなんだろう?

 どうやら渡辺 瑳月も菜穂も、源君のことが気になってるというか、多分好きだ。あとついでに楓も。

 みんなが源君を見る目は、完全にメスの顔だ。

 おれは源君みたいになりたい……。

 もっと源君みたいになって、モテてみたい!

 ベッドに寝転んでダイブして、天井を見て頬を伝った雫は、おそらく悔し涙だ。

 源 瞬輝に、おれはなる!

 もう迷いはなかった。


    ◇


外見 西村 道博(中身 源 瞬輝)――――。


 西村家に戻り、瑳月と斎藤さんが散らかした部屋を片付けると、いつもの通り日課の筋トレを開始した。

 時間が無かったので、少しペースを上げる。

 トレーニングが終わると午後7時を過ぎていた。

 ここから晩飯は太る。

 別に部活をやっているわけでもないのだ。

 もりもり食べる育ち盛りの男子高校生とは違う。

 窓を開けてベランダに出て、涼しい風を浴びようとしたら、お向かいさんも同じ考えだったらしい、Tシャツ姿で出てきた。

 オレの今の体、西村 道博の体は、なほっぺの、斎藤さんの現在の体、渡辺 瑳月の扇情的な姿にフル勃起した。

 いかんいかん。

 これは目に毒だ、風呂入って寝よう。

 そう考えたら、スーパーボールが飛んできた。

 オレは振り返って、

「なんだよ」

 と言ってのける。

「源君はこのさつきちゃんの姿見ても勃起しないの?」

 やれやれ、いきなり何を言いだすんだこの人は。

「体は西村 道博だからな。フル勃起だよ。でも魂の勃起はしてない」

「魂の勃起?」

「体が勃起しても、朝立ちと変わんない、生理現象ってことだよ」

「じゃあ今夜オナ●ーするの?」

「しないよ、西村 道博はキモオタを卒業したんだ。こんなことで抜(ぬ)いたりしない」

「そっか」

「あと斎藤さん、いや、なほっぺ」

「なに?」

「オレは、なほっぺが気になってる」

「それは私の外見? 性格?」

「両方だ。だからこれから、なほっぺと沢山遊んで、なほっぺを知っていきたい」

「そっか、私も源君が気になってる」

「じゃあこうしよう」

「なにを?」

「元に戻る前と、元に戻った後で、沢山デートしてみる」

「いいけど、元に戻る前に変な気起こさないでね? さつきちゃんに対しても、だよ?」

「分かった」

「それじゃあまた明日学校で」

「うん」

 オレはスーパーボールをお向かいさんのベランダに投げ返すと、小さくガッツポーズして、自室に戻った。

 時は動いている中、オレと斎藤さん、なほっぺは確かに進展した。瑳月とのわだかまりも解けた。

 入れ替わって、よかったかもしれない。

 そんなことを考える、西村家での夜だった。

 入れ替わり終了まで、残り二十日とちょっと。

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どっちの入れ替わりショー! うちは ツイタチ @tatuyuki_g

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