第4話 決意
ある朝、その日は登校して驚いてしまった。隣の女の子のヘアスタイルが違うのだ。いつもと同じように自分の席に着こうとしたら隣を見たら「推し」と同じヘアスタイルなのだ。思わず「かわいい。」って言ってしまったけれど、声に出てしまっていただろうか。
もうこれは推しを推している「推し」に決定だ。あまりにも驚いてしまったので息が止まってしまった。授業中とか休み時間も遠くから眺めていて、いいなと思ってしまった。女の子ってヘアスタイルでで印象変わるんだな。
その日の給食の後の5時間目。ちょっと眠いが、たくさん黒板を描く先生なので寝ている暇はない。字もあんまりきれいではないので、自分も間違えて消す。隣の女の子も消しゴムを使うたびにツインテールが揺れていた。揺れるたびについ見てしまった。
そのとき「あっ。」っと声がしたと思ったら消しゴムがこっちに落ちてきた。見たら「推し」の消しゴムだ。
これを拾い、渡すときに話しかけるチャンスではないか。千載一遇のチャンス。神様ありがとう。今日は彼女のツインテールまで見られて、しかもチャンスまでくれて感謝である。
しかし急に来たチャンス。高鳴る鼓動。急に世界の時間の進み方が10分の1になる。ドクンドクンなっている自分の胸と消しゴムに向かって伸ばす手がゆっくりと進む。手が消しゴムに届き、彼女の方に消しゴムを渡す。さあこの瞬間声をかけよう。自分も好きだと伝えよう。
しかしだ、こんな自分の意とは反して喉が鉛のように重い。声帯が固まったのかと思うぐらいに声が出ない。あれほどゆっくりと進んでいた時間が消しゴムを渡した途端にいつも通りに動き出す。鉛のような喉は徐々に戻りつつあったがもう時はすでに遅しである。ただ黙って時間だけがすぎてしまった。
しかもむすっとしていたと思う。彼女がありがとうと言った気がしたが記憶にない。たった一言「自分も好き」と言えないのだろうか。情けない。
何もできないまま家に帰った。今日は自分が晩御飯を作る当番だ。ほとんど毎日父さんが作ってくれるけれど週に一度だけ、自分が好きなものを作って食べていいという日を作ってくれた。
たいてい自分がカレーを作ることが多い。カレーのルーがなかったときに肉じゃがにしてくれたのには助かった。でも今日は好きなカレーのルーは切らしていないのを知っていたので、自分好みのカレーを作っていた。
そのときに今日のことを思い出していた。本当に後悔している。なぜあのとき声が出なかったのか。なぜたった一言が言えなかったのか、いまだに悔しい。神様がくれたチャンスを無にするとは情けない。
父さんと夕食を食べながら聞いてみた。
「父さん?」
「なんだい?」
「ちょっと聞きたいんだけれど?」
「うん、カレーおいしいよ。父さん辛いの苦手だから、これぐらいがちょうどいいかな?」
「それは知っている。父さんと母さんって、はじめどっちから話しかけたの?」
「ん!」
変なこと聞いただろうか?父さんが喉を詰まらせて水を飲んでいる。
「なにを藪から棒に。」
「この間初音ミクのペンケース持っている女の子見たんだ。」
「初音ミクって?」
「父さん知らないの?VOCALOIDって言って、自分の作った曲を歌ってくれるんだよ。」
「ふう〜ん。」
「父さん、小説家だもんね。そういうの知らないよね。」
「最近はやっているのか?」
「もっと前からあるみたいだけれど、また今はやってきているみたいだよ。」
「そうかぁ。お前こういうのに興味あるのか。」
「うん、ちょっとだけ。」
「…似ている…。」
「なに?」
「…いやなんでもない。」
「そうじゃなくって、父さんが母さんに話しかけたの?母さんが父さんに話しかけたの?」
「それは…」
「それは?」
「母さんからだよ。」
「本当に?」
「母さんから話しかけられたんだよ。」
「いないからって嘘ついてない?」
そう、僕の母さんは僕が小さな頃に亡くなった。リビングには母さんが赤ちゃんの自分を抱っこしている写真があるけれど、自分にはその記憶がない。写真の中の存在でしかないのだ。
「嘘なもんか。母さんが父さんに話しかけてくれたのがきっかけだよ。」
「そっかぁ、じゃあ教えてもらえないね〜。」
「何を?」
「ミクちゃんのペンケース持っている女の子に話しかけたいんだよね。」
そう言いながら今までのことも話した。
「それはお前が話しかけてあげないとダメだろ。男だろしっかりしろ!」
「何言ってんの、父さんは母さんに話しかけてもらった方じゃん。説得力ないね。」
「う〜んそっかぁ…。」
父さんもあんまり喋るの上手じゃないから聞いても無駄だったかな。そんなことを思いながらカレーをおかわりしていた。
宿題も終わったしもう寝よう。寝支度をしながら考えていた。
なんで今日声かけられなかったかなぁ。まだ後悔している。こんな重い一言にこんな後悔したことは初めてだ。あれだけたくさんのグッズを持っていて、ヘアスタイルまで校則ギリギリのところまでやっているというのはもう絶対好きにちがいない。
気づいてからずいぶん経つ。もう自分も限界だ。話したい、話したいんだよ。好きなものを好きと言いたいんだよ。もし自分が逆の立場だったらどうだろう。もう絶対嬉しい。もし違ったら、それはそれで次の席替えを待てばいいんだ。
「ここはひとつ男気を見せるしかない!自分の道は自分で開いていこう。」
そう決意して寝ることにした。少し興奮していたが、すぐ寝てしまった。
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