ライフ&シガレット

くま既知

第1話 背徳感と逃げ切り。

亡き父はいつも煙の中の人だった。交番勤務の巡査だった父は地域で人気のある警察官だった。

その父は勤務明けにタバコを一服。家に帰っても皆の前では吸わないが自室では常にタバコを吸っていた。

私は父のタバコのにおいが嫌いではなかった。

母は、そんな父のタバコ臭さが嫌いだったが私が母の胎内にいる時は禁煙していたらしい。それくらいだけど。

父はいつの日か、私が幼いころに庭の倉庫に少しづつものを運び込むようになった。それはタバコのカートンが詰まった箱である。

「いつの日か、煙草が禁止になるかもしれないから保険だ。」

そう言って、父は酒は嗜む程度でタバコだけにお金を使っていた。すぐに倉庫はタバコでいっぱいになった。


そして、父はたまたまコンビニ強盗に遭遇して柔剣道で倒そうとしたが相手の放ったボーガンが脳を貫通して死んだ。殉職だった。


犯人はコンビニにいた他の客や店員が取り押さえたが父だけが死んだ。

私は人生が理不尽なことを知った。葬式では地元の警察署長や市長までが来た。

二階級特進で我が家には遺族年金が入るようになった。その時私は14歳。他にきょうだいはいない。

生活には困らなかったが母は近所のスーパーにパートに出るようになった。


私は反抗期というものではなかったが父の残した倉庫のタバコに興味を持った。試しに吸ってみた。苦いしせき込むし、こんなもののどこがいいんだと思って当分近づかなくなった。


それから一年ほどで全世界で禁煙化の流れが進み、日本でも二年後に全面生産禁止となることになった。違法売買でなければあるだけのタバコはまだ吸ってもいいらしい。


その頃には喫煙率は日本でもわずか2.3%だったから反対する者もいなかった。それより都会での薬物汚染の方が問題だった。私の住むところは地方都市だが人口は10万人以上いる。


生産禁止になってからわずかな喫煙者たちは在庫確保の為に奔走した。タバコ製造業者はたばこ農家をどうやって救うかを考えていたが彼らはすでに商売的に厳しいことを知っていたから転業していった。


その頃、私は煙草に目覚めた。父が残した膨大なタバコの量。父の同僚も知らなかったらしい。誰も喫煙者は宝の倉庫のことは知らなかった。


私は一日ひと箱吸っても20年くらいありそうな量をゆっくり楽しんでいた。


母は気付いていたみたいだが知らないふりをしてくれた。


それからしばらくして、世界に異変が起きた。


大型の哺乳類がどんどん死滅していくのだ。ネコ科の動物。象、カバ、等。アフリカから始まって牛や豚も死んでいった。犬も大きいサイズのものはどんどん死んでいった。 猫や鳥は無事だった。そしてついに人間も死んでいくようになった。


まず、欧米からどんどん人が死んでいった。いつの間にか、国連は機能しなくなり、国際秩序は破綻するかと思われたが各国とも自国の人間がどんどん死んでいくのでそれどころではなかった。


あっという間にヨーロッパはゴーストタウンだらけになり、米国も主に白人からいなくなっていった。だが被害はどんどん広がっていった。南米アメリカ大陸は一部の原住民を残してほとんど死んでしまった。


アフリカは情報不足で確認ができなくなってきたが大型哺乳類がほぼ全滅したときには人間も消えていくのが確認された。


アラブ圏、南半球、アジア、北極圏、南極圏、人がどんどん死んでいった。


そんな中、私の母が死んだ。朝起きたら母がキッチンで倒れていて、まだ日本は社会構造が少しだけ維持できていたから救急車と診察、そして死亡確認、葬儀までは出来た。


それでも日本でもどんどん人が死んでいき。私は母の遺骨を埋葬できなかった。


丁度私は高校を卒業して近所の宅配集配所に就職する目前だったがそれどこではなくなった。学校の同級生、会社の人間、どんどん死んでいき、死体安置所と火葬場は大混乱。


仲の良かった幼馴染で、自分を童貞から卒業させてくれたあの子も死んでいった。


気が付いたら自分だけが生きているかのような錯覚に陥った。


そうではない、生きているものもいる。私と同じ匂いがするものが。それはヤニの臭いだった。


私は気付いた、空気の密度が変化していって喫煙者以外は耐えられないのだと。


だから、私は倉庫のタバコを家の中に隠して、誰も住んでないように偽装することにした。それでもぎりぎり生きている隠れ喫煙者の数は少ない。


いつの間にか、人と会えなくなった。


それから3年が過ぎた。


ソーラーパネルと井戸の水、この家を建てる時にオール電化にしていたから生活は困らなかった。


ほとんど人がいないことを確認して、私は食料の為に鳥をつがいで飼った。鳴き声を聞いてやってくるものはいない。


孤独だ、でも生きている。毎日タバコを吸って。


もはや世界はどうなったかわからない。3年前にネットは繋がらなくなり、情報は全く入らなくなった。日本の五大都市もほとんど消滅したらしい。


ちょっと前に車の音がしたような気がしたが幻聴だった。願望が聞こえてきたのだ。


私は車の免許を取る前にこんな出来事になったので運転は出来ない。それでもコンビニやスーパーの倉庫を散策するために電動で充電できる原付を見つけてそれを走らせて食料を探すことが日課になった。


「なんで、生きてるんだ。皆と同じところに行きたい。」

よく呟くが答える者はいない。父の遺影が、生きろ、と語りかけている気がするから力尽きるまで生き抜いてやろうと思う。


もう人と会わなくなってから5年が過ぎた。煙草はまだたくさんある。スーパーの隅に隠されていたタバコも見つけたから理論上は40歳くらいまで生きられるはずだ。だが、その先はない。


先が見えない。夜は暗いから薬局で手に入れた睡眠薬で眠るしかない。酒の味は救いにならないし、飲みすぎて泣きはらしても誰も側にいない絶対的な孤独に酒は危ないからだ。自死するつもりはない。


お願いだ、誰かの声が聴きたい。たのむよ、助けて。

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