後ろの化け物

和音

考え事



 私の後ろには化け物がいる。距離にしておよそ10m、気づいた時にはそこにいた。赤と黄の混ざった灰色のもやが集まり、何とも取れないような見た目をしている。初めて見た時は恐怖と困惑が頭を支配したが、他の人には見えないらしく、さらに直接危害を加えてくるわけでもない。慣れとは恐ろしいもので、もはやいるのが当然とまで思うようになってしまった。こんなことを他の人に相談するわけにもいかず、もう十数年の付き合いになるだろうか。思い返してみると随分長い関わりになる。


 しかし、困ったことが一つ。この化け物は私の頭からこぼれた考えを拾って喰べてしまう事がある。私はよく考え事をしながら歩く。やらなければならない事や気になる事、先ほどしていた会話など様々な事を次々に頭の中に浮かべては、こぼれ落ちていく。そして化け物が拾い喰らった考えは、自分の力では思い出せなくなってしまう。


 その化け物のせいで私はよく忘れ物をする。それだけではなく誰かとの約束や覚えたことも、他人から言われるまでとんと忘れてしまうのだ。よく怒られたり呆れられたりするような人生であったし、これからもそうなのだろう。


 どうしても覚えておきたい事は、頭からこぼれないように気を付けて歩くか、どこかにメモをしておくようになった。まあ、何かの拍子に溢れこぼれたり、メモを残したことさえ忘れたり、意味のないことが多いのだけれども。



 最近、気のせいかもしれないが、化け物との距離が近くなっている気がする。曖昧だった境目はぼんやりとした輪郭となり、先日、とうとう人のような形だと判別するに至った。人型の何かに常に付きまとわれているこの状況は、まさにストーカー被害者のようだという考えも、数分したらこぼれ落ちて喰らわれてしまった。


 とある雨の日、もはや真後ろから離れなくなった化け物と歩いていると、強い衝撃が背中に走る。私の身体から中身が飛び出し、代わりに化け物が入り込んだ。


 はっきりとした身体うつわを失った私は、私の考えは、だくだくとこぼれ出していった。雨粒で揺らぐ水たまりに映る姿は、私が最初に見た化け物のようだという考えも、雨と一緒に流されてしまった。

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後ろの化け物 和音 @waon_IA

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