チート行動(code)

湿布汁

第1話 チート行動①

「貴方、購買のパンに蜜蝋を塗って、満月の夜にクヌギの木に吊るしたことはある?」

「あるわけねぇだろ」

「でしょうね。秘法だもの、知ってるはずがないわ」


奈々糸ななしの野高校オカルト研究部部長、電波でんぱふわりの戯言が、今日も始まった。

どの部活もやる気が起きず、内申点のために間に合せで入部したことを、彼は改めて後悔する。

大城白露おおしろはくろが軽率にこの部の一員になってから、彼の放課後の時間は、部長の電波から垂れ流される妄想譚の聞き手になるために費やされていた。

聞き手になるにあたって役得があるとすれば、話し手側が大層美人で、一つ上の上級生のお姉さんであることくらいである。

事実、当の電波ふわりは学内でも一、二を争う美女であった。整った顔立ち、凛々しい目元。セミロングに切り揃えられた黒髪は陽を受けるたび燦然と輝き、風になびけば若い柳のように瑞々しく揺れる。

白い肌に包まれた華奢な身体は、精巧な西洋人形を思わせるほど完璧なシルエットを成している。......と、は語る。

そう言われてみれば異論はないので、周囲は否定しない。のだが、彼女のそのユニークな性格と言動ゆえ、誰もお近づきになろうともしない。言うなればミステリアスな残念美女。それがオカ研部長の電波ふわりという女だった。


「ところで部長さんよ、そろそろ部活の活動内容に職員の審査が入る日だ。早いところ部員集めないと、この部室も取り上げって聞いたぜ」

「あら、穏やかな話ではないわね。どういうことかしら」

「何をそんな初耳かのように振る舞うんだよ。前から話してるだろ、俺とアンタ、そこに最低でもあと一人部員を集めないと、この高校では『部活動』としては認められないんだぜ」

「すると?」

「学校から部費は降りなくなる」

「つまり?」

「校舎内の空き倉庫を使って、今みたいに部活動する権限が無くなる。部の名前も冠せなくなるから、同好会扱いだな」


「そうなっても別に今と変わらないだろうけど」と付け足したかった大城だったが、電波が何かを言い出そうとしているのを見て、発言を止めた。


「......ね」

「お?結構?それで構わないって?案外諦めが良いんだな、部長」

「違うわ、やむを得ず実行するときが来たってことよ」

「実行?何の?......あ、職員室に直談判とかはゴメンだぜ。進路に響かないように波風立てない方向で頼むよ」

「それは残念ね、多少の危険を伴うから、貴方には付いてきて欲しかったんだけれど」

「......何だって?」


何をする気だこの女。


「今日の22時、私はこの部活を守るために高校を訪れるわ。ちょっとした作業をするの。人手が多いと助かるから、貴方にも来てほしかったのに」

「待て待て待て待て」


何だか知らないが、電波はさっさと荷物をまとめて、備品倉庫ぶしつを出ようとしている。


「ああそうだ、今夜この部室にも用事があるから、帰るときは鍵を開けたままにしておいて」

「待て待て待て待て待て!」


、大城くん」

「おいコラ何をする気だ待てコラ!」


言うだけ言って部屋を出ていった彼女を追った大城だったが、廊下に出ると、彼女はすでに姿をくらましていた。






同日、22時。

奈々糸野高校、正門前。


深夜にも関わらず、そこには街灯に照らされる電波の姿があった。

そして大城の姿も。


「嬉しいわ、来てくれたのね。じゃあさっそく」

「止・め・に!来たんだよ」

「あら」


大城は、電波の装いを見るなり驚愕した。


「深夜の校舎に黒尽くめの目出し帽で来るやつがあるか!ロープとフックを携えるやつがあるか!懐にピッキングツールを忍ばせてるやつがあるか!!」

「あら、同年代なのに意外と疎いのね。これが今の流行トレンドよ」

「そんな『盗っ人御用達』みたいなトレンド聞いたことねぇよ!不法侵入する気だったな!?」

「あら心外ね。これでも腕は確かよ、私は現代のルパンって呼んでいるわ」

「自称かよ!というか俺が心配してるのは腕じゃねぇよアンタの頭の方だよ!ひいては俺の進路も心配してるよ!アンタが何かやらかして、部活の名前出されたら俺も連帯責任になりかねないだろうが!」


必死になってまくしたてたところで、一度息を整える大城。


「で、何をしようってんだ。聞きたくもないけど、動機だけ聞くよ。そんで大人しく帰ろうぜ、部長」

「帰らないけど動機は話してあげるわね。実のところ、言いたくてウズウズしてたのよ」

「いや帰れよ!」


止める大城の言葉も聞かず、電波は話し始めた。

これから隠密に校舎へ侵入し、部室へあるものを取りに行き、次に図書室、そして深夜0時までに音楽室に行く、という意味不明な計画を。


「......なんで?いや本当になんで?」

「あら、一昨日の部活中に私が話したコト、忘れてしまったの?」

「一昨日ぃ?」


目を閉じ、記憶を遡って確かめてみたが、普段と変わらずよくわからない妄想を展開してたことくらいしか印象になかった。


ガチャン。


「悪い部長、今日のことって以前から何か話してたんだっけ、..........................................“ガチャン”?」

「門が開いたわ、続きは中で話すわね」

「んなシームレスに学校の門をピッキングするなよ!おいちょっと待てって!!」


速やかに移動する電波を、大城が慌てて追いかける。


「門を解錠したのに、何で門から離れるんだよ!」

「門を開けたのは囮よ。万が一のとき、侵入経路をぼかしておくと後々便利なのよ」

「......実は初犯じゃなかったりする?」

「急いで大城くん、時間がない」

「あ!逃げた!」


そう言って電波が向かったのは、高校の裏手にある側溝だった。


「暗いから分かりづらいわね、大城くん、この懐中電灯で私の手元を」

「え、あ、おう」


投げ渡された懐中電灯を大城は咄嗟に受け取り、言われるがままに電波の手元を照らした。


「はいこれで共犯」

「あ、しまった!」


大城は慌てて懐中電灯を電波に返したが、さっきまでの明かりによって、彼女はすでにお目当ての何かを見つけ終わっていた。


「ここ、側溝のこのタイルね。昼間に印を付けておいたの。このタイルを、外す......と!......ふぅ」


電波が側溝にはまったコンクリートの重いタイルをどかすと、中には予想よりかなり広い空間があるようで、彼女はその中に入って行く。


「さぁ、ここから先は貴方の判断よ、大城くん。一緒に来れば、とても素敵なものが見られるわ」

「行かなかったら?」

「部活が存続できる確率が低くなる。同時に、私が『作業』を手こずる可能性と、貴方の進路に傷が付く可能性は高くなる、すでに共犯だもの」

「あぁチクショウ!」


夜のテンションに任せて、半ば自暴自棄になりながら、大城は同行を決心した。

先に入った電波に続き、大城も側溝に入り、狭い通路を這うように進む。


「ちょっと、あまり後ろから近付かないで頂戴。今夜は動きやすさを重視したものを着用してるから、下着には自信がないのよ」

「黒ズボン履いてるのにどうやってパンツ覗こうってんだよ!良いから早く進んでくれ、何するか知らないけど、さっさと終わらせようぜ」


這い進みながら、数分後。

彼女らは開けた場所に出た。


「ここって......」


その場所も暗がりだったが、大城には大体見当がついていた。

そして直後、電波が懐中電灯の明かりを点けたことで、今いる場所の正体が明白になった。


「そう、我らが憩いの備品倉庫ぶしつよ」


備品倉庫。正門から最も離れた管理棟1階の端にある部屋。

さっきの側溝から、数メートル進み、金網でできた敷地の外壁を隔ててすぐ先にある場所。


「掘ったのか」

「ええ、そうよ。いつかは使うってわかってたから。便利だったでしょう?」


よく見ると、部屋の床にある出口の穴は、以前電波が持ってきた大量のオカルト雑誌で隠されていたようだ。穴はコツコツ掘り進めていたのだろうか。ある程度の計画性が窺える。


「はい、懐中電灯。ちょっと持ってて」


電波が室内で何かを探しているようで、大城は手元を照らしてやった。


「なぁ部長、穴を通って内側から部室に入るのが分かってたなら、鍵を開けたままにしておく必要なかったんじゃないか?俺一応、言われた通りにして、鍵はかけずに帰ったんだけど」

「いいえ、良いの。開いてさえすれば良いのよ」

「はぁ?」


「あった」と電波が言うと、ある段ボールの中から、新聞紙の塊を取り出した。

外側から新聞紙を剥いていくと、中から一つの水色のビー玉が出てきた。


「なにそれ、ビー玉?」

「一昨日、私が言った話、それは私が見た夢の話だったのよ」


大城の質問もお構いなしに、電波はビー玉を見つめながら切り出した。

一昨日、大城が「いつもの戯言」だと聞き流していたであろう、彼女の話を。


「私見たの、確かに見たわ。この手順で、こうすることで、隠された存在に近付けるって」

「......おい」


まさか。と大城は思った。

ここまできて、こんなリスクを冒して、まさかまた彼女の妄想が繰り広げられるだけのオチなのか、と。


「わかったからさ、部長。それ持って帰ろうぜ。今なら誰にも見つかってねぇしさ、お互い面倒事にもならないだろ」

「確か呪文はこうだったわ、『ラ・オーレ、ラズオレ、コエンディモス・ポリオン』」


恐らくそうだ。というか、間違いなくそうだ。

結局全て、いつもの通り、彼女の戯言だった。こんな時間にこんな場所で、妄想に付き合わされたのだ。


「なぁ帰ろうぜ。残るってんなら俺だけ帰るからな、もう巻き込まないでくれ」


目立たぬよう、大城は小声で憤り、穴へ戻ろうとする。

やってられない。今度という今度は退部しよう。内申に響くかも知れないが致し方ない。


「こんばんは、


バキン!

と、鋭い衝撃音が響く。

反射的に、大城は音の方向へ振り返る。すると、部屋の扉に、さっきのビー玉が投げつけられていることが分かった。

砕ける一歩手前なのか、扉に衝突したビー玉が形を歪めている。


「ついにトチ狂ったか!デッケェ音立てやがって!もう付き合ってられねぇ!帰る!」

「あらあら、時期尚早じゃないかしら。せっかちは嫌われるわよ大城くん」

「あ゛ぁ!?」

「よく見てご覧なさい」


扉を指差す電波を見て、嫌々、大城はそちらに目をやった。

そして唖然とする。


「ビー玉が、......!?」


投げつけられて衝突したなら、後は砕けるか落下するのみだろうが、目前のビー玉は扉に張り付いたまま、グミのようにグニャグニャと形を歪めて、不自然な回転を続けていた。

回転の摩擦で、ビー玉が溶け出しているように見える。そして柔らかくなった状態で、扉に癒着し始めているようにも見えた。


「部長、これは......!?」

「言ったでしょう、夢で見たの、確かに見たのよ。間違いなくね」

「だから何を!?」


錯覚ではなかった。

ビー玉の回転が増すにつれて、どんどん歪な形になり、ドロドロになりながら扉と混ざり合い始めた。扉の大部分を構成していた鉄板も、蝶番も、ドアノブも、一緒くたに混ざり、溶け合っていく。


「何って、それも一昨日言ったはずよ。これから再現するのは、私が夢で知った『隠された存在に近付く』方法」


扉とビー玉の騒がしい撹拌が収まったかと思うと、扉があったはずの場所に扉はなく、その先には、逆にあるはずのない光景が広がっていた。

1階の備品倉庫の先に繋がるわけがない場所。

そこは3階の、窓から月光が射した図書室だった。



作法STEP1、“解錠された扉にビー玉をなげうて”。鍵がかかっていなければ、どの扉に投げても良かったんだけれど、逃走経路あなの場所の都合上、ここにしようと思っていたの」


何と返して良いやら、眼の前の現象に対して言葉が見つからない大城。

電波はクスリと笑いながら、得意げになって先へ進む。


作法STEP3まであるわ。楽しい夜になりそうね」





























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