第17話 私は何をしに来たのか

 病院は、けっこう人の出入りが激しい。今は外来の患者さんがたくさんいるようだ。入り口で検温と手の消毒、更に過去2週間以内にこれらの症状がなかったかなどの質問を受け、左腕に「4/28検温済」というシールを貼られる。

「場所、分かりますね?」

と言われて、後はご自由にという感じだった。何と言うか、どこへ行ってもいいなんて、セキュリティーが甘いような気が。それで、次男のいる南病棟に行くエレベーターはどこかな、と探そうとした矢先、ふと気が付いて愕然とした。

 わ、私、荷物持ってない……。ああ、バカだ。さっき入り口で用件を聞かれ、入院している息子に荷物を届けに来ましたと言ったのに、その肝心の荷物を持っていないではないか。や、やばい。どうしよう。いや、取りに戻るしかないよな。嘘だろー!うわー!バカだー!

 私は一体ここに何をしに来たのか。1つ言える事は、病院の場所を確かめに来たのだ。

 すぐに引き返し、次男にLINEをして、家に帰った。

 そうだ、黒いリュックはいつも2つか3つ、そこら辺に置いてあるので、あまりに自然で見慣れているから、出かける時に目に入らなかったのかもしれない。いや、そもそも背負うという事を考える前に思考停止していた。リュックを用意した時点で、すぐに頭から抜けていたのだ。

 それにしても、ここに来るまで気づかないなんて、自分が信じられない。だがそれは、この場所にたどり着けるかどうか、そればかり気にしていたからだろう。わーん、電車賃損したー。

 家に帰り着く直前、次男の中学校時代のママ友にばったり出くわした。急いでいるから挨拶だけにしようと思ったのだが、

「お散歩?」

なんて聞かれたものだから(赤いバッグは持っているので、手ぶらではない)、

「それがさあ。」

と、次男の入院の話をしてしまった。その人の息子、つまり次男の友達も3歳の時に腸閉塞になった事があるそうで、大変!と言ってねぎらってくれた。あちらも、今顧問と合わなくて、高校のバレー部を辞めようとしたけれど、辞めさせてもらえずに休部状態なのだと言う。お互い色々あるよね。私が荷物を忘れた事も、

「ママも大変だから、仕方ないよ。」

と、笑うでもなく言ってくれた。そう、別に何時までに行かなければならないわけでもないし、ここで立ち止まって話をして良かった。ちょっと救われた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る