スイーツ大好き新米外科女医は異世界に召喚されて聖女となる
さかき原枝都は(さかきはらえつは)
第1話 ビターチョコレート
聖女様はスイーツがお好き
第1話 ビターチョコレート
バシャ。
魔物の喉をかき切りながら剣が舞う。
剣の刃先が魔物の体内に食い込むときの抵抗感を手に受け、さらに奥へと力を込め剣を押し込む。
バサッ!
魔物の返り血が豪快に飛び散り、衣服へ付着する。
汚れることを気にしている場合ではない。そんなことに気を取られていると、あの鋭い牙で己がやられてしまう。
「喉を狙え!」
『おぅ!』
彼の一声が共に戦う兵士たちの闘気を高める。
人の2倍ほどの大きさがあるオオカミに似た魔物。鋭い牙に岩をも砕きそうな強じんな顎。噛まれれば腕など一瞬にしてちぎられてしまうだろう。
そんな魔物が目の前に1頭や2頭ではない。ざっと目に入るだけでも20頭はいる。
一部隊を引き連れての魔物討伐。
総勢30名ほど。だが、戦力となる人材は限られている。
ちまちまとした消耗戦ではこちらの疲弊の方がうわまる。一刀打尽、一撃で仕留めねばならない。
喉元をかき切れば魔物は死す。だがさすがに急所となるところのガードは
「うわぁー!」
負傷する兵士の声が耳に届く。一人、また一人……。
その声を耳にするたび、気は焦り恐怖が己を包み込んでいく。
一瞬の気負いが大きな仇となり襲い掛かった。
背後を取られた。
パリッ――――。厚手の生地で成された軍服が切り裂かれる音と共に、強烈な痛みが背中から伝わる。
猛烈な熱さと激痛がまるで巨大な岩を背負わされているかのようにのしかかってくる。
瞬時にきびすを返し、仁王立ちをし襲い掛かろうとする魔物めがけ剣を突き刺した。間一髪魔物からの攻撃をかわし、魔物は
その魔物のなれの果てを目にしながら、己の視界がぼやけ意識が遠のいていく感覚に襲われる。
日光をも遮る密林の中、木々の隙間から一筋の光が差し込んでくる。
「隊長!!」
その一筋の光を目に入れ、己の躰は地へと伏せた。
「……エクストラ・ヒール」
白き聖女の衣装が血で染まる。
「隊長さん……隊長さん」
彼女の声が遠くから聞こえてくる。しかし、その声に答えることは。
その時は……。出来なかった。
◆◆
「メス」
褐色の消毒液を塗られた皮膚にメスが滑るように入り込む。
「モノポーラ」
器具だしのオペ看護師から電気メスを受け取りメスの入った幹部にあてがうと、ふわっと淡い煙が立ち上がる。
交通事故で搬送された患者。年齢18歳、女性。
ERで処置をし、CT検査後腹部に内出血を認めた。出血個所は胃の血管の損傷によるものだ。
搬送された時点では意識があったが、処置中吐血をし大量の血を吐いた。血圧が急激に下がり、彼女は意識を失った。
すぐに緊急オペとなり、そのまま私は助手としてオペ室に入った。
しかしそれはそれ。ちゃんとした医師免許を持つ私は医者である。
日々先輩医師の指導の元(毎日嫌になるほど怒鳴られてます! 涙……)一人前の外科医になることを目標に精進しております。
「うまいじゃないか
執刀医の先輩、上司。上級指導医でもある医師からお褒めの言葉をもらう。正直嬉しい。
こうして助手としてオペ室に入ることが出来たのは幸運である。最も、ほかの先生たちが手が離せなかったということであるが、私としては本当にラッキーである。
胃内部に溜まった血液を吸引する。胃液と混ざり合った血の色はまるでチョコレートのようだ。
ERではよく重度裂傷の患者さんが搬送されてくる。もう衣服は血で染まり、幹部はぱっくりと割れ骨まで見えている時さえある。そんな患者さんの傷を処置した後、「ああ、今日は肉食いてぇなぁ。レアステーキなんか最高だよなぁ」なんて言う先輩医師の言葉を聞きながら、最初のころは傷口いや、血を見るだけで、気が遠くなり吐き気を覚えていた私が今や吸引した血を見ながらチョコレートを想像するなど。いやはや私も成長したものです。
「ああ、ここだ。聖川出血個所見つけたぞ。処置する」
「はい」
ペアン、鑷子。損傷した血管を浮かせペアンで挟み込みしっかりとラチェットかけ血流を遮断させ、
執刀医は手際よく血管を修復していく。
「うん、よさそうだな」
処置後、状態観察をして腹部を閉じオペは滞りなく終了した。
いやぁ緊張した。正直ものすごく疲れた。甘いものが恋しい。
私の躰が心が糖分。スイーツを欲しがっている。
何を隠そう私はスイーツオタクなのだ。
スイーツなくしては生きていけないといえるほど大好きだ。糖分の取りすぎはよくないとされているが脳の活性化と疲労回復には効果抜群である。特に私の場合職場でたまりにたまったストレスをスイーツで解消している。
ああ、今日はあの吸引した血の色から連想されたチョコレートが頭から離れない。そう言えばもうじきバレンタインと言うイベントの時期が近付いている。私にすればなんとも迷惑な行事である。
義理チョコなるものを用意しなければいけないのだ。おまけチョコみたいなものでごまかすことが出来ないのだ。先輩医師たちへのチョコはそれなりの品物を用意しなければいけない。
彼氏でもいればこういうイベントも楽しいかもしれないんだろうけど……もっぱら独り身の寒いハートの持ち主であるがゆえに、自分へのご褒美バレンタインと言うのが本命であるから、義理チョコには出来るだけ経費はかけたくないのが本音。
本命のご褒美チョコに全力投入したいのが願いである。
さてもうじき退勤の時間です。夜勤勤務からの日勤シフト。仮眠は出来るが、さすがに眠い。
定時きっかりに今日は帰れそうだ。
引継ぎをして、早々に病院……いや、職場を後にする。明日はオフだ。
帰宅途中、吸い込まれるように洋菓子店に入り冷蔵ショウケースの中でライトを浴び、ひときわ輝いて見える生チョコを目にした。
今日一日中引きずっていたチョコへの思いが、そのまま迷いなく私に行動させた。
もうじき来るバレンタインを狙っての販売であろうか。一口サイズのキューブカット。ココアパウダーをまとわせた生チョコレート3個入り……税込み八百円。お店からのコメントカードには『”|fresh cream chocolate《フレッシュクリームチョコレート》” ほろ苦く濃厚なカカオの風味をお楽しみください』と書き添えられていた。
ほろ苦い。つまりはビターチョコであるということだ。もうすでに甘さへの欲求は冷めてしまったが、スイーツを欲する欲求はまだ収まっていない。
ここで言っておくがスイーツと言えどもすべてが甘いものだけではない。確かに甘くフルーティーな味わいを想像してしまうが、ビターチョコレートのように、ほろ苦さを楽しむスイーツもあるのだ。
迷うことなく今日の私へのご褒美は決まった。
お店のドアを開けると空からはふわふわの綿菓子のような雪が舞い落ちていた。
「雪だ」とつぶやいたとき。
都会の大地が揺れた。
かなりでかい。立っていられないほどの揺れだ。そのまま頭を両手で抱え込みその場にしゃがんだ。
一瞬、街の光が閃光のように輝き、私は目を閉じた。
揺れが収まり静かに目を開けると。
今まで目にしていた街の光景は消え失せ、森の木々が私の視界に飛び込んでくる。
その木々の奥から、私をにらむ鋭い視線を感じた。いや、その物体は人の2倍はある大きさの真っ黒い
何故? こんなものが私の前にいるのか。
そんな疑問に答えを導く隙を与えないかのように、その
◆ビターチョコレート
ビターチョコレートとは、ミルク(乳製品)が入らず、カカオマスが40~60%のチョコレートのことです。カカオ分が高くなれば、糖分が少なくなり苦味が増します。
ビターチョコレートの別名には、ダークチョコレート、ブラックチョコレート、プレーンチョコレートなどがあり市販のものでは、スイートチョコレートのうち、カカオ分が70%以上のチョコレートをビターチョコレートと定義しているところもある。
◆生チョコレート
生チョコレートは、カカオマスに生クリームを混ぜて作るチョコレートです。生クリームの「生」が由来で、生クリームチョコレートの略です。
生チョコレートは、一般的なチョコレートと比べて水分量が多いのが特徴です。全国チョコレート業公正取引協議会では、生チョコレートの水分量は10%以上、チョコレート生地は全重量の60%以上、クリームは10%以上と定めています。水分が多いため口溶けがよく、クリームの使用量も魅力の1つです。
生チョコレートは、ガナッシュよりも甘さが抑えられており、チョコレート本来の風味を楽しむことができます。ガナッシュは柔らかく口の中で溶けやすい一方、生チョコレートはやや硬さがあるため噛みしめる楽しみもある。
◆
本編でのビターチョコレートの意味合いは苦みのある。ほろ苦いチョコレートとして扱っています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます