ヤベー悪女に転生したけど開幕詰んでる
しらとり(くゆらせたまへ)
第1話 既に人が死んでいる件について
「カルメール・スピネラだけはやめてって言ったじゃん!」
〝転生するならヒロインがよかった!〟
ふかふかのベッドにうつ伏せた少女が、枕を殴りながら突き刺すように叫んだ。
カルメール・スピネラは先日大病から快復したばかりである。流行り病というだけあって対抗策がほとんどなく、開発されたばかりの薬をまるで実験動物のように摂取し続けるしかできない日々だった。それが快復へ向かったのだから、本当に運が良かっただろう。
病み上がりのせいか叫び声に頭がくらりとした。枕を殴るのをやめて、横向きなり胎児のような姿勢を取る。悶々とする頭がそれで冴えてくれるわけもないのだが。
カルメール・スピネラとは、〝最強聖女の楽園作り〟というウェブ小説の中の登場人物である。そこそこ人気のある作品で、一度読み切りの漫画にもなった。そんな小説におけるカルメール・スピネラとは、言ってしまえば悪女である。
悪女と言っても星の数ほど悪女がある。カルメールの場合は救いようのない悪女だった。
カルメールには生まれながらに感情が欠けていた。両親から愛情をもって育てられたはずなのに、肝心の愛が欠落していた。
カルメールは悩んだ。愛という感情以外はすべて持っていると言っても過言ではないほどに恵まれていたカルメール。愛はなけれど、怒りや悲しみは持っていたから。
カルメールは自分がまるで人間でないように思えた。もしかしたら魔族の子供で、今の両親が拾って来たのではないかとまで考えた。だが、両親とは血が繋がっていたし、兄弟とも腹違いですらなかった。
カルメールは愛が欲しかった。愛するという行為を経験したかった。だから、だからカルメールは……。
「どうして思い出すのが初犯の時なんだ……」
カルメールは恋人を作った。そして、恋人とあらゆる行為を〝してみた〟。キスだって身体の交わりだって、喧嘩だって仲直りだって、なんでもやった。そして最後に、〝永遠の別れ〟を経験してみたいと思った。
だからカルメールは、恋人を殺した。
その最初の殺人の日が昨日であり、前世を思い出したのが今というわけである。
「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」
情緒が不安定な、少女もといカルメールに転生した誰かは泣いた。そしてふと、思い出すことがあった。
「死体がそのままだ……」
昨日、カルメールは恋人を殺している。その死体は今も部屋の隅にあった。
「どうすればいいのよぉ」
泣きながらカルメールは死体を抱え、空の浴槽に放り込んだ。家族に見られると人生が終わる。早く処分しなければ。
カルメールは前世を思い出す前の自分が購入していたらしい死体溶解液を手に取る。死体溶解液は俗称で、正式名称は小難しい名前をしている。
一般的に死体は脳を含む大部分を残すとゾンビに変容してしまうため、燃やすか溶かすかして骨にする必要がある。死体溶解液はその過程で使われることのある、許可がないと買えない高い高い液体である。なぜカルメールが持っているのかというと、友人が持っていたからだ。なにその友人? こわ……。
カルメールは一人分はたしかこれくらい必要だったな、と思い出しながら、ほとんど目分量で液体を注ぐ。原理は分からないが、魔法が使われる世の中である。これくらいでも死体は溶ける。
あっという間に死体は溶けだしていき、骨を覗かせる。もちろんそんなものを眺める趣味は今のカルメールにないので、足早に浴室を出た。
「うう……うぇ……おぇ……」
げぇげぇと魔法のトイレに吐く。本当に魔法で水洗になっているトイレなのだ。もうそれに感動する暇もなかった。
今、カルメールはこの屋敷で一人である。両親も兄弟も聖女選抜という厳かな行事を見物しに行っている。何度か見に行ったことがあるが、特に心惹かれるものもない、長ったらしく地味な、聖女が決まる儀式だ。
カルメールは家族が戻るまでに死体を溶かさなければならない。時間よ早く過ぎて、と祈りながら、カルメールは仮眠を取った。いっそ夢であってくれ。
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