思い出の小箱
十四たえこ
雪の思い出
誰かのせいで何もかもが台無しになった卒業式の後、あなたは失恋ソングをくちずさむ。部活は廃部、担任は辞任、戻るところを失い、振り返るべき思い出を汚され、よるべなく放り出される私たち。
何もかもが台無しにならなければ何でもなかったはずのその歌に、あなたはたくさんの感謝を込めていて、その歌はラブソングには聞こえなかった。
旅立ちの歌。
学校との、恩師との、別れがそこにあって、私は別れに共感することで、永遠にそばにいられる気がした。
大きな牡丹雪が、ぼたぼたと落ちてきて、白く景色を変えていく。しとしとと溶けゆく雪は、地面の温度を奪い、やがてしゃばしゃばに積もり出し、しんしんと白さを増していく。
踏みしめると、しゃくりと沈む。
思いの外深い。
この雪は、明日も残っているだろう。
制服を着てるあなたが好きだった。校則に不自由そうに従って、校舎を離れると少し気崩して。
思い返すだけで惚れ惚れする。あなたは筋肉質な腕が適度に見えるように、袖をまくる。
卒業して、自由になって、あの頃ときめいた私服姿が当たり前になって、あなたが思い描いていた通りのあなたになって、私の熱は静かにさめていく。
おしゃれなあなたの完璧なスタイルを適度に拾ったコーディネートは、魅力的なシルエットだけれど、いざという時にご不満げに身につけるスーツ姿が私の胸をときめかす。
これはフェチの話ではない。
あなたを愛したいのに、自由なあなたを愛せる自信がない。
本質を愛したいなんて、素のままを愛したいだなんて、そんなの幻想。
今の、この、あなたを愛する気持ちを失いたくない。
お願いだから、不自由でいて。
あの頃のままで、あなたは素敵よ。
気を抜くとへの字になるあなたの口元は、知り合いを見かけると、きゅっとブイの字に上がる。それだけで私は頑張れるような気になる。
仲間とか、友達とか。絆とかいうものを、いつからかあなたは築き上げている。戻れない日々を、私は夢見る。
あなたの指が、長い髪に触れ、あなたの腕が、しなやかな腰を支える。あなたの腰が、求めて彷徨う。
私だけがあなたの味方で、あなただけが私の居場所だと感じていた頃。
あの、制服を着ていたあなた。
電車は動いてる。バスは重たそうにチェーンを履いたタイヤを回している。
自転車の轍を頼りに、歩みを進める。足元だけを見て。キョロキョロしては危ない。
人通りのない道を、雪かきする人がいる。
雪の中でも、あなたは口ずさんでいる。あの頃胸に響いた失恋ソングは凡庸にかき消え、ドスの効いた応援歌が、晴れやかなラブソングのように軽やかに響く。
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