イソカイ戦線異状なし

猫町大五

第1話

 嫌な予感というものだけは、どうもよく当たるらしい。床から身を起こし、窓硝子越しの外を見ながら、そう思った。

 雲間からの月光に照らされた闇夜の中を、一羽の大烏が飛んでいる。やがてそれはふわりと窓辺に着地すると、嘴で器用に硝子をつついた。


「今日は店仕舞いしたんだが」

『緊急だ、エトランジェ。君が必要だ』


 大烏が話した。


「……エトランジェは止めてくれ。それで?」

『”教会派”が派手に動いた。”聖女”を盾にね』

「なら他の連中で十分じゃ?」

『”聖女”は”渡世船”の遭難者だった。お陰で初動が遅れた。おまけに連中、この国の首都警備部隊を囲ったんだ』

「……何?」


 出ない理由はなかった。聞きながら支度を始める。


『この国の実弾兵器さ。兵もこの国でこの世界のだから、魔導兵装も魔導防壁も効かないんだ』

「当たり前だろう。……俺が行くまで待てなかったのか?」

『不意を突かれた。よくやってる方だと思うよ』

「批評を聞きたいんじゃない。相手方の勢力は?」

『約二個小隊、約百人』

「何というか……兵隊寄越すなら、もう少しまともなの寄越せないのか」

『分からない』

「またそれか」


 手数を重視する。今は軽装だが、これから人間武器庫になる予定だ。


「あらかたこっちの人間?」

『ああ』

「諸々の根回しと金は?」

『根回しはもう少し掛かる。金も』

「どのくらい」

『……二時間』

「ネゴシエーターが聞いて呆れるぜ。……要はその時間プラスアルファ、人質の”聖女”と残りもの抱えて遅滞戦闘しろってんだろ?」

『そうなる』

「いつもの五倍はないと割に合わないな。よろしく」

『そんな』

「こっちも慈善事業じゃないんだ!……お上が俺に暴れろってんだ、そういうことなんだろ?」

『……』

「その内どうなっても知らねえぞ?ったく、そっちから在庫処分扱いのくせによく言うぜ」

『……出撃を』

「あいあい」 


 ……面倒事はいつもこうして始まるが、今宵のそれは一等、面倒極まりなさそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イソカイ戦線異状なし 猫町大五 @zack0913

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る