スターエンド

天智ちから

スターエンド

 ――私の短い人生は苦痛と恐怖がずっと伴う辛いものでした。


 とある田舎町に祖父母と父、そして娘の4人で暮らす仲の良い普通の家族がいた。祖父母は農家をしながら山羊や鶏などを飼い、父は翻訳家で家の中にはいつも誰かいる、そんな家族にとって普通じゃないことが1つあった。

 娘のステラが余命を宣告されていることだ。

 まだ12歳のステラは、生まれた時にすでに1度心臓が止まっている。なんとか奇跡的に蘇生したステラは20歳までは生きられないだろう。早ければ10にも満たない内に亡くなる可能性もあるとそう医師から告げられた。

 けれどステラは12歳になるまで生きた。

 夜に煌めく星のような美しい髪を持つ少女は人より出来ることは少く、身体は思うように動かずしたいことも満足に出来ない、不自由な身体だった。それでもステラは笑顔を絶やさなかった。


「パパ!」


 そう呼んで笑うステラに父のウォルターはいつだって幸せをもらっていた。

 育児に疲れた妻に出ていかれてからウォルターはこの田舎町に引越し自身の両親であり、ステラの祖父母に協力してもらいなんとか生活が送れている。

 ステラの笑顔さえあればどんなことでも頑張れると思っていた。

 ステラがあまりに綺麗に笑うのでウォルターたちはもしかしたら余命なんて嘘だったのではないかと思った。

 16歳の誕生日前日に、ステラが倒れるまでは。


「ステラ」

「ステラちゃん」

「パパ、オリビア! 来てくれたのね!」


 ウォルターは自分をずっと支え続けてくれ、ステラにもとても親切でステラ自身もよく懐いている女性、オリビアと共にステラの元へ訪れた。

 ステラは倒れたあの日から入院している。

 医師からはいつ心臓が止まってもおかしくはないと言われた。そんなことが嘘のように、ステラはいつも通りに笑う。

 16歳になったステラはそれはもう美しい女性に育った。

 同じ病院にいる子供たちによく懐かれているようで、今も何か話を聞かせてあげているようだった。


「君は、星の終わりを知ってるかい」


 ステラの名前の由来にもなった星の話をしていたらしい。


「君が見上げた空には流れ星がいるだろうか。最期まで燃えて燃えて、私はここにいると叫んでいるあの星が。それこそが、星の終わりである」


 子供たちが見たことあるよ! とキラキラと目を輝かせながらステラに我先にと話しかける。その姿はまさに星のように煌めいていた。


「最期の時まで誰かの視線を心を奪うそれは、とても美しいものだった」


 素敵な話よね。とステラは話を終えた。

 


「忘れ物はないかな」

「うん大丈夫」


 ステラは今日退院する。どうせいつ死ぬのか分からないのなら病院じゃなくていつも通りに暮らしたいというステラの願いによって叶えられた。

 ウォルターは一時的に仕事を休止した。


「ステラ、まずは何をしようか」

「まずはボート!」


 ステラの叶えられる全ての願いを叶えるために、ウォルターはステラの流れ星になろうと決意した。

 家のそばの湖でボートを漕いで、持ってきたランチを食べる。こんなにも穏やかでゆったりとした時間は久しぶりだった。


「次は天文台!……は、無理だからプラネタリウムかな!」


 天文台までは移動時間が長いため、ステラの身体に障る。近場の小さなプラネタリウムで星の説明を聞きながら、人工的に作られた夜空を見上げる。ステラはその名に違うことなく、星が好きだ。夜空を見上げるステラの目に星が映り、ステラの瞳を星空に彩っていた。


「美術館! 本当は描いてるところを見てみたかったな」


 これはオリビアの伝手で、最近名を上げつつある画家の画廊で実際に描いているところを見せてもらえることになった。


「貴方は、どうして絵を描くんですか?」


 ステラの肖像画を描いてもらうことになり、ステラは椅子で座りながら画家に訊ねた。


「この世で1番美しいものが見たかったからだよ」

「1番美しいもの?」

「ここにある絵はどうだった?」

「とても綺麗だったわ! あの海の中の絵なんて今にも動き出しそうで……本当に綺麗だった」


 その絵を見た時の興奮を思い出したのか頬を赤らめながらほうと息をつきながらどれだけ素晴らしかったかを描いた本人へ語っていく。ステラが動くのにも関わらず画家の腕は止まることなく動いている。


「あ、ごめんなさい。動いちゃダメだったわね」

「……それが、1番美しいものだよ」

「え?」

「何かを美しいと思う心が、この世で1番美しい」


 僕はそれが見たくて絵を描いているんだ。という画家にステラは目を少し見開いてそれから大輪の花よりも美しく笑った。


「とっても素敵ね」


 肖像画が出来上がるまでにはまだ時間がかかるから出来上がったら連絡を入れると言って、画家と別れた。


「ねぇ、私今すごく充実してるわ」

「ステラ」


 退院してからの数ヶ月で色々なことを経験したステラはみるみる元気を取り戻していった。まるで、流れ星が最後の最期まで燃えるように命を、魂を燃やしているようだった。


 画家と会った1週間後にステラは再び倒れた。

 まるでやりたいことは全て終えたとばかりに。


 真っ白な病室に、沢山の管を身体中に付けたステラが横たわっている。

 ステラは今までの記憶を思い出していた。

 母に捨てられた記憶。皆が辛そうに自分を見る目。ずっと痛み続ける身体。いつ止まるのか怖くてたまらない心臓。それでも自分が笑えば父が笑うから。皆が笑うから。ステラが笑ってくれさえすればいいと言うから。辛くても痛くても笑顔を忘れたことはなかった。


 ――私の短い人生は苦痛と恐怖ばかりだった。


 けれどそれを覆い尽くすほどの愛を、想いを、幸せをもらっていた。



 声を出すこともままならず、口は送られる酸素を吸っては吐くだけ。目も霞んでぼんやりとしか見えない。けれど耳は大切な人たちが私を呼ぶ声をしっかりと拾っていた。


――ステラ。

――ステラっ。

――ステラちゃん。

――……ステラ。


 うん。聞こえているよ。

 ねぇ、皆が私を見ているね。私だけを呼んでるね。

 大切な人たちの今を、独り占めしてるみたい。


――ああ、なんて素晴らしい日なんだろう!



 ねぇ、私はここにいるよ。ここに、いたんだよ。



 君は星の終わりを知ってるか。

 とても悲しく、美しいあの輝きを。

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