第3話 再 会

結局、残りの数十ページを読むためにいつもの倍以上の時間がかかり、読み終えたころには日が傾いていた。ふう、とため息をひとつ溢した。きっと、もうアルは夜会に行ってしまったわね、なんて考えながら立ち上がる。カウンターを覗くと、なじみの司書が本を読んでいた。当然、青年の姿はもうない。なんだか疲れた気がする、それはきっと司書も同じだろう。


「お疲れ様、あの方は納得された?」

「フィオナ様! それが、案内するときにはすっかり大人しくなられて、本を借りていかれました」

「そうなのね、案外素直な方なのかもしれないわ」


フィオナがそういうと、司書もつられるように笑った。王立図書館は夜まで開いているため、仕事終わりが遅くなる司書に挨拶をして、フィオナは図書館をあとにした。迎えをよんでもいいけれど、家まではそんなに離れていない。日が暮れたとはいえ、街中はまだ灯りに包まれていた。活気の溢れる街並みを眺めながら歩くのが、フィオナは好きだった。

夕方からオープンしているパブやレストラン、閉店間際の花屋は売り切るために鮮やかに店頭を飾っていた。大通りを抜ければすぐに屋敷がある。薔薇のあしらわれた門をくぐれば、門の外に執事の姿が見えた。


「おかえりなさいませ、フィオナ様」

「ただいま、ロージン。 外に出てどうしたの?」

「それが、アルテリア様のお客様が来られるらしく、出迎えの準備をしております」

「お客様?」


夜会に行っているはずのアルテリアに来客なんて、と首を傾げる。いつもであれば夜会に行ってそのまま友人と飲み明かしたりして、朝帰りもよくあることだった。こんな宵の口に帰ってくることはいままでなかった。その違和感に少しだけフィオナは眉を顰めた。もしかしたら何かがあったのかもしれない。そうでなければわざわざお客様が来る前に執事が外に出迎えに出るわけもない。


「どなたが来られるの?」

「僕の友人だよ、姉さん」

「アル、友人って?」


フィオナと執事の会話が聞こえたのか、ドアからアルテリアが顔を出した。友人、友人。フィオナが覚えている限り、アルテリアが屋敷に友人を呼んだことは数えるほどしかない。フィオナに遠慮をしているのか、不在がちな両親を気にしているのか、いつも友人宅へ行くか貴族専用のバーで飲み明かしていた。そんな弟がわざわざ家に友人を呼んだという。


「どなた?」

「テオドール・ラングレーだよ」

「ラングレー!?」


社交界に顔を出さないフィオナでも知っている家名だった。それもそのはず、ラングレーと言えばこの国の筆頭公爵家だった。そのうえテオドール・ラングレー、それはラングレー家の嫡男のはずだ。公爵家と婚姻を結び、格があがったとは言えローズ家は伯爵家であり筆頭公爵家とはあまりにも格が違いすぎる。そんな公爵家の嫡男と、自分の弟が友人であるという事実に驚いている。


「そんなに気にしなくていいよ、アイツの家は今日都合悪いからうちに来るだけだし」

「貴方、いつもラングレー家に行っているの!?」


普段は声を荒げたりしないフィオナも、今回ばかりは告げられる言葉に語気を強めずにはいられなかった。格上の来客だというのに、今は家にフィオナとアルテリアしかいない。通常、格上の来客の場合その家長もしくは女主人が挨拶をする。この場合フィオナが挨拶をすることになるだろう。しかし来客があるとは思っていなかったためにドレスは街中に馴染む素朴なものだ。慌ててメイドを呼ぶ。


「だから気にしなくていいって」

「そんなわけにはいきません。 たとえ友人とはいえ、しきたりは守るべきよ」


ぴしゃりと制されたアルテリアは困ったように肩を竦めた。

アルテリアの算段では、フィオナは日が暮れる前に帰ってきて部屋に籠っているだろうからその隙に友人を招いてしまうはずだった。しかしフィオナの帰りはいつもより遅く、タイミング悪く来客を知られてしまった。そうなれば、真面目な姉はきっと挨拶にくるだろう。気にするな、と言っても到底無駄だったのだ。

それならばと、自分の部屋に招こうとしていたのを応接室へと変えることにした。執事に指示をすれば、ぱたぱたと部屋に戻る姉を見て小さくため息をこぼした。



部屋に戻り慌てて来客用のドレスに着替えて、軽く化粧を直す。来客を知らせるベルが鳴るのはもうすぐだろう。それにしても、とフィオナは息をついた。弟が筆頭公爵家の嫡男と友人だなんて知らなかったし、普段はその家に邪魔しているということも驚いた。アルテリアの友好関係が広いことはしっていたが、まさかここまでとは。図書館のことも重なって、今日一日のフィオナの疲労は相当なものになっていた。


「フィオナ様、テオドール様がいらっしゃいました」

「ええ、今行くわ」


ベルとともに執事がドアの外から声をかけてきた。社交界にほとんど顔を出さないフィオナはテオドール・ラングレーの顏を知らない。階段を下りながら必死に思い出すけれど、やはり会ったことはないようだった。アルテリアが家に連れてくるのだからおかしな相手ではないだろう、そう頷いて応接室のドアをノックした。ドアを開けて礼を執る。


「はじめまして、ローズ家長女、フィオナと申します」

「ああ、わざわざすまない。 テオドール・ラングレー、だ……!?」


ゆっくり顔をあげようとしたところで、テオドールの声が上ずった。どうしたのかと視線を上げると、そこに居たのは、図書館で本を探していた貴族だった。

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