神元さんは悪霊退治しかできない

長閑

第1話

 けたたましい笑い声が夜の静寂を切り裂く。だが、なずなは冷静に手の中の剣を固く握り直し息を整えた。


「ドウシテ?ワタシノナニガダメナノ?」


街灯の光も届かないような路地の奥から聞こえる甲高く責めるような問い。

人の言葉を話してはいるが、その声の抑揚、高さから気が狂っていることは明白だ。


そしてゆらりゆらりと覚束ない足取りで茶色い髪を揺らしすがソレに顔はない。

白いピンポン玉のような顔に茶色い髪の毛のみを生やすソレ。果たして声はどこから出ているのか、この世の理から外れた者にこちらの常識などは通用しない。


(顔がないとことは複数の人間の恨みつらみの集合体)


一歩一歩とこちらに近づくソレの髪からは甘いバニラの匂い、ツンとすましたミントの香り、満開の花が浮かぶローズの香りなど色々な香水の匂いがする。


なずなはもう一度剣をにぎり直し、一気に踏み込み、ソレとの距離を縮ませる。  


そして互いの息が掛かるほど近くまで距離を詰めその脳天に躊躇うことなく剣を振り下ろした。


剣はソレを真っ二つに切り裂いて、切り裂かれたソレは呻き嘆き罵倒の数々を叫びながら風に攫われるように消えていった。


「やはりなずなは筋がいい。」


声の方を見れば路地の外、街灯のスポットライトの中佇む黒衣の男が一人こちらを見守るようにみていた。

黒衣の男は17.18位の見た目に見える


その口と目は柔らかく弧を描き、彫りの深い端正な凛々しい顔立ちも相まってテレビの中のアイドルのようだとなずなは思った。


「ありがとうございます。天空様」


腰を折り感謝を述べ、両手に構えていた剣を片手に持ち直し、天空が待つ街灯の元まで歩く。


路地を出るまでの道中、ゴミやいかがわしい雑誌、虫などがあった。

そして顔の前に降りてきた蜘蛛を手でそっと払いなずなは路地を出た。


路地をで、街灯の光に照らされたなずなの剣は少しも光りはしない。


その代わりにびっしりと経の書かれた札を刃先に隙間なく張られた禍々しい剣が光の元に晒された。


「虫も怖く無いのか」


軽く目を見開きおどけたような表情を見せる天空になずなは無表情のまま、だけどその瞳に確かに冷たさを持って言葉を返す。


「虫なんて怖がっていたら悪霊退治なんてできません。」


馬鹿にするな。

口には出さないがその意図も込めた言葉に天空は親のような、師のような表情で微笑みなずなの頭を撫でる。


「子供扱いはやめてください」


なずなが顔を顰め、その手を払えば天空は寂しげにだけどまた笑った。


(この人はいつも笑ってる)


なずなと天空が出会ったのはほんの二週間ほど前。

そして共に過ごす時間の中でなずなは天空が怒ったり、悲しんだりするような姿を見たことがない。


笑って許して、微笑んで諭すまるで菩薩のように。


(まぁ、実際は神様だけど)


天空はなずなの家が代々祀ってきた天気の神様なのだ。


なずなと天空の間に風が吹く。


風に攫われ過ぎて行く薄ピンク色の花弁は妖精が踊るように悠々と二人の間を通り過ぎる。


その花弁の一枚が天空の黒々とした髪に止まる。


天空は手で髪を払いながら照れたように笑って見せた。


その姿はあまりにも無邪気で、学校で見かける男子の姿と重なる部分が部分があった。


なずなは自身の手を天空から見えない位置でそっと触れる。


女性らしさもない硬くささくれた醜い手。


悪霊を断つための剣を、経を描くための筆を握るためだけの手。

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