第4話 なんでも良くなくない?

 日本では、大規模テロ事件と言うのは少ない現状がある。

 では、何故少ないのか?

 考察している有識者はたくさん存在する。それらの意見を俺なりに調べて、なるほどなと思ったのは以下の通りだ。

 ●基本的にテロと言うのは、革命的思想や世の中に対しての反発から生まれる行動だと思う。

 某新興宗教団体による、サリン関係の事件。これは現在の国家転覆と言う、革命的思想が根本にあった。

 そう言った過激な思想を持つ人間が少ないのも理由なのではないか。

 その代わり日本では、世の中に対して反発は、他国よりも通り魔事件が多いと言う形で行動として表れている。

 ●イスラム系の移民社会の未発達による、過激分子が少ない。


 今回の事件はどうだろうか?

 社会に対する反発……多少はあるのだろうが、金とラジオでのヒーロー扱いを希望と言う、言い方は悪いがスケールの小さな犯行だ。そう言った意味ではプロのテロリストではなく、衝動的な犯行と言う少女の見立ては当たっていると思う。


 「春男、ラジオの方はどうなったのかな? 県警に確認してみてよ」

 「そ、そうだな」

 「あと、逃走用の車は用意したの?」

 「いや、特には手配してないが?」

 正直、この包囲網の中での解決しか考える余地はない。

 「駄目だよ。あ、ちょっと待って、犯人に聞いてみるね」

 「え?」

 そんな軽いノリで……と驚愕する俺。彼女のこの冷静さは一体……。

 いや、ちょっとおかしな神経の持ち主なのか? 

 くるみは既に電話をかけている。

 『もしもし、猫田さん?』

 『……金が用意出来たのか?』

 『今ね、車も手配してるんだけど――ちょっと待ってね』


 カチッ、シュー


 おい、それは俺のコーラ……いや、それは良いとしても、今電話中だぞ?

 『な、何をしてるんだ?』

 『プハー! あ、ごめんね。喉が乾いちゃって、コーラ飲んでたの。あれ? 普通のコーラなのにあんまり美味しくなかった。車の手配だけど、何か指定ある?』

 俺のコーラ……

 『…………ああ、車か。指定?』

 『ほら、車って言っても色々あるじゃん。トラック、ワゴン車、普通の乗用車……あ、エコカーだっけ? そんなのもあるよね』

 『そんなのはなんでもいいんだよ!』

 『なんでも良くなくない? じゃあ軽トラでもいいの? スピード出ないよ?』

 『……ク、クラウンにしろ!』

 『わかった。クラウンね。荷物乗せるから、後ろが広い方がいいよね……なんて言ったっけ?』

 『ハッチバックな』

 『そうハッチバックだ! クラウンってハッチバックあるのかな? あ、ごめんね。それはこっちで調べるから。車は空きがあれば、すぐに手配出来るから、時間かからないと思うよ』

 『あ、あと食事を用意しろ』

 くるみの口元がニヤッとした様に見えた。

 『飲み物は?』

 『一緒にだ』

 『わかった。食事は何がいい? 和食? 洋食? 中華?』

 『そうだな、ステーキを用意しろ』

 『うん、わかった。焼き具合はどうする?』

 

 くるみは何を話してるんだ?

 くだらない選択肢で不毛に時間――


 俺は時計を確認する。

 あと、四時間か……。

 『なんでもいい』

 『じゃあソースは?』

 『ソース?』

 『和風とかデミグラスソースとか、色々あるじゃん』

 『なんでもいいんだよ!』

 『好き嫌いないの?』 

 『ない。お前は変わった奴だな』

 『くるみ』

 『フッ……くるみか。わかった。おおかた、俺を油断させる為に女の子を使っているのだろうが、楽しませてもらった』

 『一応こんなんでも、ネゴシエーターだよ』

 『ネゴシエーター?』

 『交渉人だよ』

 『そうか』

 『食事急いで用意するね。本当にステーキでいいのかな? ただなんだし、私も同じのお願いするから、ウナギなんてどうかな?』

 『お前も食べるのか?』

 『うん。でもステーキなら焼き具合はレアにするね』

 『なんでも――おい、まさか下剤とか入れないだろうな?!』

 『じゃあそこにいる全員分用意するよ。それなら、仮に一つだけに下剤入れたら人質に当たる可能性あるから、出来ないでしょ?だから心配しないで大丈夫だよ』

 『……わ、わかった。なるべく早く用意しろよ』

 『デザートは?』

 『……次から次へと聞いてきて、時間稼ぎか?』

 『逆探知をしたい誘拐事件じゃないじゃん。時間稼ぎして何の意味があるの? せっかくタダなんだから、一緒に好きな物食べようよ。私も学校帰りに呼び出されてお腹空いてるの』


 確かにそうだ。

 こんな滑稽なやり取りは一見、なんの意味もない。

 違うな。

 結果的に犯人は興奮状態から脱した。更に俺にはくるみが犯人の精神を尋問している様に見える。


 その後もくるみは、犯人への食事提供の話題で一時間を費やした。

 そのやり取りを見て、捜査本部内は時折苦笑い、失笑と言った困惑の笑いを堪えていた。

 そしてその間に、30分後なら犯人指定のDJがスタンバイ、放送開始可能と言う連絡が県警から入った。




 

 


 


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