第2話 神器管理官 蜂屋史桜

 いざという時のための備え、あるいは執行人の心身の静養の場として、神器の守護を司る一族の大抵は、本殿とは別に離宮と呼ばれる建物を構えている場合が多い。『氷華の一族』もそうした一族の一つであったようだ。

 場所は、御播山にある本殿から見て西方に位置する、蓮華山の麓。白雪をかぶった銀杏並木を通り抜け、重厚な黒塗りの警備門をくぐった先に建てられた、天日様式建築の木造建築物である。

 背の高い囲いの中の大邸宅は、横に広い二階建て。中にまで入らずとも、部屋数の多さが分かるほどだ。決して華美ではないが、質素でもない。細部までこだわる天日様式建築の粋が注がれていることがひと目で分かる。二人を乗せた車はそのまま敷地内を進むと、広々とした玄関の前で停車した。


「お疲れのところ申し訳ないんですけど、まずは、うちらの頭目である氷室冴和さわ様と顔合わせを。その後、鎮守衆と話し合うても構いませんし、お部屋でくつろがれても問題はないんで」

「分かりました」


 鳥類の剥製の飾られた荘厳な玄関を通り、邸宅内へ。

 外の寒さが嘘のように、空調の効いた室内は暖かった。磨き上げられた木目調の廊下の床は塵一つない。窓から見える中庭もまた、見事なものだ。雪化粧の施された大小様々な花樹が植えられており、楕円の池や小さな滝まで流れている。更に、池には朱塗りの橋まで架かっていた。渡った先にあるのは、こじんまりとした東屋。夏場ならば、きっと良い納涼の場となることだろう。

 玄関から進んでようやく。飛鳥は、『応接の間』と彫られている木札のかかった襖の前で止まる。彼女はその場で両膝をつき、「失礼します」と引き戸を引いた。

 畳の敷かれた静謐な室内に座していたのは、一人の年若い少女。

 滑らかな絹を思わせる黒髪。水面に薄く張った氷のような瞳。深雪の柔肌。ピンと背筋を伸ばして正座する様は、淑やかな深窓の令嬢と表するに相応しい。

 可憐な身を包み込むのは、古式ゆかしき天日伝統の民族衣装、白い流水紋と小花柄があしらわれた水色の着物だ。帯には蝶々結びや花飾りといった装飾品があちこちに付けられ、より華美な印象を与える。

 少女はゆるりと顔を上げ、史桜と視線をかち合わせたと同時に深く一礼。次いで、襖の影に隠れていた飛鳥の姿を見つける。と途端、ぱっと表情が綻んだ。


「ッ飛鳥!」

「冴和様。氷室家の当主として、お客様の前ではしゃんとなさってください」

「はあい」


 口では元気よく返事をする少女冴和だが、その態度を直す様子はない。はにかむ笑顔を見るに、こちらが素なのだろう。外見が抱かせる楚々とした御令嬢像は、容易く崩れていく。飛鳥は頭を抱えながら眦を上げ、再度溜息混じりに「冴和様」と名を呼んだ。


「いいっすよ。俺は別に気にしません。どこに座れば?」

「……寛大なご対応、感謝いたします。どうぞ、こちらへお座りください」


 飛鳥に促されるまま、史桜は冴和の目の前の座布団の上に腰を落とした。冴和は史桜を上から下まで見つめ、傍に座した飛鳥へ声を掛ける。


「……ねぇ。帝都の殿方って、やっぱりテレビのニュースで見る通りかっこいいのね、飛鳥」

「冴和様」

「だって」

「……どうも。祀庁神器管理課より来ました、神器管理官の蜂屋っす」

「……ありがとうございます。私は、神器『椿』の管理を務める『氷華の一族』の筆頭家、氷室家第十二代目当主、氷室冴和と申します。今回は、我々の不手際でご足労いただきまして、ありがとうございます」

「いや、そちらも驚いたでしょう。まさか、火を点けられるとは思わないでしょうし」

「…………そうですね。ここまでのことをするとは、思っていませんでした」

「でしょうね。それで今、どこまで進んでいる状況ですか?」

「未だ占拠している賊の動向は、鎮守衆らに交替で日夜見張らせています。発生した死傷者については、二週間の内に全て対応済です」


 聞いた史桜は、僅かに眉間に皺を寄せる。

 神代から続く一族の采配にしては、あまりに手が遅い。

 神器の護衛を司る鎮守衆が寄り集まれば、賊を打ち破ることは容易いはずだ。人手が少なくとも、一度は奪還を試みるだろう。それすらもしていない。逃がさないようにしているだけ、といったところか。


「……飛鳥、人払いは?」

「既に済んでおります。今、邸内には我々の他に給仕が数人と夜勤を控えた鎮守衆ら数名のみ。いずれもこの棟とは別の場でそれぞれのことをしているかと」

「流石、飛鳥ね。――蜂屋様。これからの話は、私達二人以外には他言無用でお願いいたします」

「……何を」

「蜂屋様にはこれから、神器『椿』が賊の手によって破壊された、と周囲に通達していただきたいのです」

「…………はぁ?」


 とんでもない申し出に、史桜は思わず腹の底から声を出してしまった。そのような考え方自体が、この国の民としては常識外れだった。

 この国に住まう者の持つ意識として。

 神器とは、大地の澱みより生まれ、人の魂そのものへ危害を加える穢れた神のなれはて――アヤカシを屠る退魔の力を秘めた武器だ。国生みの時世より人の手に与えられた、神様からの授かり物の総数は二十四。これらそれぞれに使い手である執行人がおり、国内のあちこちで出現したアヤカシを神器を用いて屠り、日夜人々の安全を守っているのである。そうした側面からか、古来より神器やその執行人は半ば神格化されている。それほどまでの代物であり、そう扱うに足る存在なのだ。

 『神器が破壊された』と報じよなど、それを守護・管理する一族の当主が出す話題ではないだろう。


「勿論、報酬は出します。私が好きに扱える額の範疇にはなりますが、提示された金額がご用意できるように尽力いたします」

「……意図が読めないのですが。何故、神器が破壊されたという話をする必要が? 何のために? ……賊の侵入を許した汚名が濯がれるとは思えませんけど。むしろ、悪化するでしょう。守護出来なかった上に破壊まで許したとなれば」

「私達の狙いは、それではありません。……私の目的はただ一つ。自らと飛鳥の身の自由、それだけです。……蜂屋様。管理官ならば神器執行人がどのような扱いかはご存知でしょう……?」


 じとり、と向けられた冴和の凍てつく眼差しに、史桜は何も言い返さなかった。

 神器を狙う賊の手から守るため、そして、数少ない中で効率的にアヤカシを滅していくため、神器とその執行人は人の手によって管理される。

 どこへ何をするにしても執行人の傍には常に護衛官が付き従い、一人で過ごす自由な時間というものはほぼない。常に誰かから命を狙われるかもしれない、という意識を持ちながらの人生。アヤカシ退治を生活の主軸とされ、国民のために奉仕し続ける生活を強いられる。

 人を守るという大役は、とても重要なものだ。しかし、選ばれた当人が支払う代償は大きいと言わざるを得ない。特に、冴和のような年頃の少女には不自由に感じるだろう。


「けど、アンタは執行人じゃないでしょう。今、神器『椿』は休眠状態。百年ほど執行人は選ばれていないと聞いてますが」

「えぇ。……確かに執行人はいませんでした。つい二ヵ月前まで、ですけれど」

「……というと」

「まだ祀庁には報告を上げてはいませんけれど、つい先日執り行なわれた執行人選定の儀式である椿繰りの儀において、神器『椿』は執行人を選びました。選ばれたのは、氷室分家に当たる氷見家の子――氷見晶臣あきおみです」

「……なら、何にそこまでこだわってるんです?」


 史桜はますます冴和の意図が読めず、眉間に皺を寄せる。

 神器は使い手である執行人を複数人選ぶことはない。一つの器に一人だけ。どれだけ時代が移り替わろうとも、選定の儀式が神器を守る者達によって異なれども、そのルールは変わらない。選ばれたたった一人の人間が、自らの命が終わるその時まで神器と共に奉仕する運命を背負わされる。

 冴和は、選ばれなかった側。つまり、その役目から外れた人間。神器守護の一族に生まれた身とはいえ、そこさえ目を瞑れば普通の人々と変わらぬ生活が送れることだろう。神器の在り方にこだわる意味がない。


「……実は今、『椿』の鎮守衆の中で、挿げ替えを行なおうという動きがあるのです」


 言いながら苦い顔を見せる冴和。史桜は、僅かに瞠目した。


 挿げ替えとは、神器選定におけるシステムの一つ。何らかの理由で神器に選ばれた執行人の心身いずれかを殺し、神器に新たな執行人を選定してもらおうというものだ。

 行なわれる理由は様々だが、大きく分けると二種。執行人が何らかの犯罪を犯した場合や、アヤカシ退治を拒否した場合といった選ばれた執行人側の問題。そして、選ばれることで家格を高じさせようとする権力闘争や、選ばれた者に対する愛憎といった執行人を取り巻く環境の問題だ。

 神器は全てで二十四。一つの神器が一時的に機能しなくなったとしても、別の神器執行人に肩代わりしてもらうことが可能だ。事実、現代においても神器は二十四全てが機能しているわけではなく、執行人を選んだ神器のみでアヤカシ退治の儀式を執り行なっている。そうした役割を補える特性が、挿げ替えという行動を起こしてしまうのだ。


「その、選ばれた人間に、何か問題があるんです?」

「……えぇ。あの子は、氷見家の中でも異端の子なのです」

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