ハッピーエンドへの幸先案内人
羽入 満月
青空の落とし物
何か面白いことはないのかと思いながら、俺は河川敷を歩いていた。
今日は、なんだか調子が出なくて、仕事でミスを連発した。
さすがに見かねた上司「もう帰っていい」と言ってきたので早退してきたのだ。
体調が悪いというわけでもなく、ただ調子が出ないのだ。
どうしたものかと考えていると、小学校低学年ぐらいの赤いランドセルを背負った女の子が「どこにいっちゃったんだろう」と言いながら何かを探している姿が目に入った。
落とし物か?
と思って見たものの、おっさんではないけれど、小学生から見ればおっさんが声を掛けたらば、『キャー痴漢!!』『変態!!』『不審者!!』なんて言われるかもしれない。
そんなことを言われたら立ち直れないかもしれない。
なんていったって、最近の小学生はませてるからな。
薄情だといわれてもここは無視するのが正解だな。
そのまま横を通り抜けようと決めた時、女子高生が二人小学生に話しかけた。
「どうしたの?なにか落とし物?」
ショートカットとポニーテールの高校生だった。
「うん」
「何を探してるの?」
「探すの、手伝おっか?」
なんともまあ、やさしいお姉さんたちだ。
口々に手伝いを買って出る。
俺の出番はなさそうだ。
声を掛けなくて本当に良かった。うんうん。
「あのね、あのね。あおぞらのおとしものをさがしてるの」
しかし、次の小学生のセリフに、ほのぼのとした空気が止まった気がした。
うん?青空?
壮大な落とし物、いや探し物だな。
さすがの女子高生たちも困ったように顔を見合わせている。
「青空の落とし物って、青空色の何かを落としたってことかな?」
「どんなものか形が分かれば何とかなるかな?」
二人は、あきらめずに付き合うらしい。
ショートカットの方が小学生に尋ねる。
「どんな形の物かわかる?」
その質問に小学生は、うーんとうなって手をひろげて、大きさを示す。
「お、大きいね」
戸惑った声でポニーテールが答える。
そんな大きいものが落ちていたら目立つし、なくなったら大騒ぎだろ。
うーん?
いやいや。俺は関係ないから考えんでも…
でも、気になるな……
さすがに情報が少ないからか、ショートカットがさらに尋ねる。
「いつ落ちてたとか、最初から順番に話せる?」
そう尋ねると、小学生がつっかえながら答える。
「あさね、がっこうにいこうとしたら、ここにおちてたの。」
そう言って地面をさす。
「それでね、もってかえりたかったけど、もてなかったから、いれものをさがしてきたの。」
よく見ると小学生の手には、小さな小瓶が握られていた。
よくよく思い出してみると、昨日は遅くまで雨が結構降っていて朝にはここら辺に…
「「「水たまり」」」
偶然にも女子高生たちと声がハモってしまった。
ポニーテールがこちらを見てきたので、さっと目をそらした。
立ち聞きしてるから、ばつが悪い。
おっほん。
つまりこの小学生は、登校時水たまりができているのを見つけた。
そこには、雲一つない青空がうつっていたのだろう。
そして昨日の夜とは打って変わって今日は天気がいい。学校で勉強している間に水たまりは乾いてしまったのだろう。
地面にあった(水たまりに映った)青空を小瓶に捕まえたかったわけだ。
本物の青空ではないけれど、きっとこの子には青空の一部が落ちているように見えたのだろう。
子どもらしいといえば、子どもらしい。
でも小瓶に雨水を入れても、それはただの水になってしまうだけで……
それは、ただの雨水。酸性雨。排気ガスとかを吸っている汚い水だ。
そんなかわいくないことを考えていると、ショートカットが何かを思いついたようだ。
「ねえ、ミネラルウォーター持ってる?」
聞かれたポニーテールはカバンからペットボトルを取り出す。
「あるけど、どーすんの?」
「ちょっとちょうだい。瓶も貸してくれる?」
そう言って、ポニーテールからペットボトルを、小学生からも瓶を受け取り、瓶の中に水を入れる。
やってることは、小学生のやろうとしたことと一緒である。
しかし、それはただの水で、青空の映った水ではない。
「はい」
ショートカットが小学生の手に瓶を乗せるが、小学生の顔は浮かない。
そりゃそうだ。ただの水だもんな。
「その瓶を空にかざしてごらん」
ショートカットがジェスチャー付きで、小学生に説明する。
小学生は素直に真似をして、直ぐに顔が明るくなりはしゃいだ声を上げる。
「すごいすごい。あおぞらがはいってる!!」
瓶の水を通して、青空が見えてるだけなのだが、小学生はとても喜んでいる。
「青空もお家に帰りたいから、いつもその中に入っているわけじゃないけど、そうやって見ると入ってくれるかもね」
「おねえちゃんたち、てつだってくれてありがとう!!」
そう言って跳ねるように小学生は帰って行った。
女子高生たちも「あの子、かわいかったね」「発想がかわいい」と話ながら、帰っていく。
俺はと言うと……特に何もない。
ただ何となく見上げた青空のように気持ちが広がったような気がした。
なんだか、気分転換にはなったのかもしれない。
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