オタクに厳しいギャル

ユダカソ

第1話

「東大行けるかどうかは勉強してみなきゃわかんないだろ。諦めるなら行動してからにしろよ。」

あんぐりと口を開ける褐色のギャル。

僕の言葉にとっさに言葉が出ないらしい。

しかしふるふると肩を振るわせ、見る間に顔が真っ赤になっていった。

「……うるせえよ」

僕を睨みつけ、絞り出される声。

「勉強できるからって偉そーに!あんたは勉強出来てもオシャレは出来ないじゃん!ダサダサじゃん!努力してないじゃん!自分だって出来ないことがあるくせに、上から目線で説教すんなよ!非モテが!」

ダサい。

その言葉は思春期の僕の心に、グサリと突き刺さった。


事の発端は、授業前。

「ギャル〜、宿題やった?」

「するわけないじゃん。どうせやっても成績なんて上がんないし。」

クラスメイトでギャルの小木家(こぎや)ルル、通称ギャルは机の上に足を乗っけてだべっていた。

「だよね。あたしも。」

「てか勉強の意味がそもそもわかんねーし、さっさと答え教えろっつーの。わざわざ問題出すとか手間じゃん。」

バカそうな会話に、宿題や勉強は当たり前にするものだと信じて疑わない僕にはあり得ない思考回路だと思った。

「なあ、オタク君さ、成績一位なんだよね?」

こういうギャルには全く無関係で一生が終わるのだと思っていた僕は、急に名前を呼ばれて一瞬、固まった。

オタク…尾卓直哉は僕の名前だ。

えっ?ギャルが僕に話しかけた?なんで?

「……なに」

彼女たちにあまりいい印象が無い僕は、不機嫌さが出ないようにするので精一杯だった。

「答え教えてよ。」

「は……」

ギャルは無邪気に笑顔を振り撒く。

宿題をサボった奴に、みすみす答えを教えろ、だと?

そんな要求が通ると思っていること自体、なんてどうしようもない馬鹿なんだと思った。

なにより自分のためにならないし、だがそれ以上にこの怠け者達に僕の努力の結果だけを奪われるような気がして、我慢がならなかった。

「そんなこと、嫌に決まってるだろ。」

「え、なんで?」

こちらが心底腹が立っていることに微塵も理解出来ない様子で、ギャルは首をかしげた。

「答え見るだけだよ。なんでやなの?」

「そんなこと……」

言わなくてもわかるだろ、と言う言葉を、ぐっと飲み込む。

「問題って自分で解かないと、意味ないし。」

「あ、そういうのいいんで。」

すかさずツッコむギャル。

腹立たしい。

「いいから見せてよ。お願い!」

手を合わせあざとく笑うギャルに、僕の神経は逆撫でられた。

「……なんで、なんで勉強しないんだよ。自分のためだろ?」

「なんでって……」

ギャルからは笑顔が消え、苛立ちの色が顔を覗かせる。

「…だって、勉強したってどうせ意味無いし。」

「意味なく無いだろ。なんでそう言い切れる?今からでも勉強したら東大行けるかもしれないだろ。なんでその可能性を自分から潰すんだよ。」

「東大なんてどうせ行けないもん、あたし。だから勉強なんてする意味無……」

ここで僕は堪忍袋の尾が切れ……

冒頭に至る。


……ギャルに口答えなどしなければよかった。

確かに僕は勉強に力を入れているが、容姿には微塵も手間をかけていない。

そのせいで髪はモサモサ、無難な黒縁メガネ、私服だってチェック柄の服とジーンズしか無い。

世間的に言えば、ダサい……

「ダサダサじゃん!努力してないじゃん!自分だって出来ないことがあるくせに、上から目線で説教すんなよ!」

非モテが……

ギャルの言葉が脳内でこだまする。

くそ、僕だって、努力さえすれば……

学校帰り、僕は近くのショッピングモールに立ち寄った。


「……ど、どれがどう違うんだ……?」

立ち寄ったはいいものの、どの服屋の服も全て同じに見える。

違うのは値段だけだ。

僕は服というものは着れればいいとしか思っていなかったので、どれが良いのか悪いのか、何もわからなかった。

化学式を覚えるのは人より得意だと自負しているのに、服は……服は……

「服のことは、なんもわかんねえ……!」

勉強という面ではトップクラスなのに、他分野、特にファッションのことになった途端に無能になるなんて……

しかもモテという点では、勉強出来るかどうかよりもオシャレかどうかという点が重視される。

そのことが頭の中を駆け巡り……

僕の自尊心は崩れ落ちた。


「……あれ?オタク君?」

絶望し、下を向いていると聞き覚えのある声がした。

反射的に振り向くと、そこには……

「……げ」

一番会いたくなかった、褐色のギャルがいた。

「え、オタク君、なんでここいんの?」

「や、あの、その……」

こいつにだけは悔しかったからなんてバレたくない…!!

「もしかして、服買いに来たの?」

ぎく。

「…あたしがあんなこと、言ったから?」

ぎくぎく。

顔が赤くなっていくのを感じる。

こいつにだけは、こいつにだけは、笑われたく無い…………!!!


「………すご」


「……え?」


僕は耳を疑った。

てっきり次の瞬間に嘲笑の嵐に包まれると思っていただけに……

「……すごい、すごいよオタク君。まじ努力家なんだね。」

「え、と……、え?」

「あたし、頭悪いなりにオタク君のこと言い負かしてやった!って調子乗ってた。勉強出来ないけど、オシャレは努力できるのがあたしの唯一の取り柄だったから。…でも、オタクはあんなこと言われて、オシャレも頑張ろうって思ったんだ。…それでここに来たんでしょ?」

思いの外しゅんとしているギャルの様子が信じられず、うまく言葉が出なかった。

「や、あ、あの…べ、別に気にしてないから……ただ、あの服いいなって……」

プライドが邪魔をし、軽く嘘をつく。

「ほんと?気にしてない?」

ギャルの顔が急に明るくなった。

「よかったーーー傷つけちゃったかもって、めちゃくちゃ心配してたんだ!」

本当はすごく傷ついていたけど、急に優しくなったギャルを見てたら、なんだか心が軽くなった。

我ながらチョロい……。

「お詫びと言っちゃなんだけど、一緒に服探したがる!行こ!」

「え?あ……………はい。」

とびきりの笑顔でオシャレなギャルにそんなことを言われたら、断れないはず無いのだ……。









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オタクに厳しいギャル ユダカソ @morudero

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