第2話 来栖社長の追い出し計画

 もはや会社には、野崎部長に楯突く者は一人もいなくなったのでした。事実上のトップになった野崎部長は、業績を伸ばすべく営業課を編成し直しました。和田課長が率いる営業1課、浅沼課長が率いる営業2課、そして藤井係長が率いる玩具課という組織になりました。


 営業1課は和田課長と新人社員3人がいます。営業2課は浅沼課長と鳥居君と新人2人になりました。玩具課は藤井係長と荒木主任と新人1人です。この営業課の編成替えは、この後に待ち構えている奇妙な編成替えと違い、純粋に営業成績を上げるためのものでした。野崎部長は今まで通り大きい仕入先と得意先を担当し業績を伸ばして行きました。そして、待望の専務取締役に就任したのでした。



 それからというもの、野崎専務はロードを大きくすべく業績を上げ、銀行からの借入を増やし続けました。しかし、全ての陣頭指揮を取る野崎専務にも、いつしか割り切れないものが沸き上がってきたのです。そして、野崎専務は栗栖社長へ反旗を翻す気持ちを確信するのでした。ただ、30歳になったばかりの野崎専務には、ロードを飛び出して独立するだけの資本がありませんでした。それに、社員も付いて来るか疑問でもありました。そこで、ロードを引き継ぐ事を考えたのです。つまりは、ロード乗っ取りを考え始めたのでした。


 乗っ取り計画は野崎専務と浅沼課長そして和田課長の3人で話し合われました。和田課長は、浦辺部長が栗栖社長の援護もなく、ロード退職を余儀なくされたことが、栗栖社長に反旗を翻す計画へ加担した要因でした。そして、幸か不幸かそこには、荒木主任の入る余地はなかったのです。



 荒木主任は、藤井係長よりも和田課長よりも抜きん出た成績を上げていたにもかかわらず、野崎専務の構想からは外され、冷や飯食いにいつも回っていたのでした。浅沼課長と営業成績で張り合えるのは荒木主任ぐらいで、その事が浅沼課長の脅威になったのでした。しかし、荒木主任が玩具課に配属されたのは、ある意味制限がかかったと言えるでしょう。


 荒木主任は、新設された玩具課でも、この所のヒット商品やこれからヒットしそうな商品を考え、売上を伸ばして行きました。それは、一般雑貨の高級品を扱う浅沼課長に引けを取らない営業成績でした。会社としては、銀行からの借入金引き出しの最有力手段が、売上アップでしたから、素直に喜ぶところでしょうが、野崎専務と浅沼課長には受け入れられない、荒木主任でした。


 この業界は、電話で営業をして、宅急便で配送を済ませます。大きい経費としては、電話代と運賃そして人件費といったぐらいです。それで、順調な売上で安定した利益が見込めました。その事が、人材軽視に繋がっているのです。それは、会社に力が備わったからこそ、それほど営業マンに力がなくとも、売れる商品を揃えているので売れたと、野崎専務は思っているのでした。


 野崎専務の構想の中では、浅沼課長さえいれば、ロードが安泰と考えるようになって来ているのでした。野崎専務が最大の敵であった浦辺部長を排斥してからは、いよいよ人の意見を聞かなくなり、ワンマンそのものになっていきました。和田課長などは、意見を言う事が恐ろしくなってきていました。他の社員も、学習して野崎専務に何も言わなくなりました。

 しかし、ただ一人だけ相変わらず、自分の意見を臆面もなく言えるのが荒木主任でした。野崎専務は、苦虫を噛み潰したような顔で聞き流し、ワンマンと言っても表面はソフトなので、裏で画策するのです。その仕打ちとしては、どんなに営業成績を上げようとも出世の道を閉ざしたと言う事で、その回答を出していたのでした。それが傍らで見ている者は、誰しも専務に逆らう者は荒木主任のような憂き目を見ると思わざるをえませんでした。それからというものは、皆がイエスマンになって行くのでした。



 そして、野崎専務の究極の栗栖社長追い出し計画が実行されたのでした。これに反対すると言う事は、このロードにいられなくなるという事でもあるのです。それからは、野崎専務と浅沼課長が、頻繁に会合を開き、話を煮詰めました。野崎専務は、年下の浅沼課長を誰よりも信頼していました。

「俺は、専務では飽き足らなくなった」

と、野崎専務がボソッと言いました。


「独立するのですか」

 浅沼課長は心配げに尋ねました。


「まだ、俺には資本がないので、独立は無理だよ。ロードならもう既に出来上がっている会社だ。その土台を築いたのは栗栖社長で、自分が独りで設立しようと考えても尻込みするぐらい大変そうだった。それは、発足から1年の社長の直向な努力に象徴されるように、一からの出発の大変さだろうねぇ。


 だから、社長が前の会社を捨て、よく俺たちを連れて出たと思う。そのバイタリティーには敬服していたよ。しかし、それも発足から1年だけだった。それからの4年間は、俺たちが育て上げたようなものだ。もう、社長はいらない。社長は別な会社を創ると言っているが、その実体がない。それに、社長のあの派手な服装からはどうみても遊び人としか映らない。もう、栗栖社長は以前のやる気のある人とは違がって来ている」


「では、譲ってもらうのですか」

と、不思議そうに尋ねました。


「社長に会社を譲って欲しいと言ったら、譲ってくれると思うか」


「ただでは譲ってくれませんよね」


「2000万は用意できる。ロードは資本金1000万円だが、今から独立といっても皆はついて来ないだろう」


「私も藤井係長も鳥居君もついて行きますよ。和田課長と荒木主任を必要とするかは別ですが」


「浅沼課長がいれば、荒木主任がいなくても会社を成功させることは出来ると思っている。それに、荒木主任の代わりは鳥居君が育って来ているのでカバーできると思う。やはり、災いの元は今のうちに断って置いた方がいいと思う。俺と意見が違えば、一緒には仕事ができない」


「そこまで買っていただいているとは、恐縮です。ただ、独立よりはロードを継承してもらいたいというのが本音です。ロードには私も4年間の思い入れがあります。出来ることなら、買収してもらいたいです」


「乗っ取りしかないか」


「野崎専務の経営センスには感服しています。今だって、社長は何もしていないのですから、いなくなっても何もかわらないと思います。しかし、ロードを創設したのは栗栖社長ですから、2000万で手放しますかね」

 と、専務の懐具合を確かめる意味合いを持って尋ねました。


「2000万は少ないかな。公認会計士は、営業権はそれぐらいと言っている。しかし、この業界は、不動産がなくても商品の回転率さえ上げれば賃貸でも出来るので、資産価値で表せない正に暖簾という部分が大きいとも言っている」

 と言って、考え込みました。


「はい、5000万ぐらいの価値があると思っていましたから」


「そのへんは考えてみるよ」

と言って、憧れの大物社長の事を野崎専務は考えていた。



「確かにロードは、100パーセント栗栖社長の会社ですから、以前の栗栖社長なら私たちが口を挟む余地はなかったかもしれませんね。しかし、今の社長には私たちも付いて行けません。皆も違和感を持っていると思います。ただ、皆が望むのは新会社ではなく、ロードの社長交代だと思います。やはり、独立よりこのロードを譲渡してもらう方法を考えるのが早道じゃないですか」


「社主とはいえ、何もせずに月収350万はないよ」

 と、溜め息混じりに言いました。


「専務がいなければ、私はとっくにロードを辞めていましたよ。私が入社した時には、社長は仕事をしない人でしたから、いいイメージは持っていませんでした。社長は専務の頑張りに胡坐を掻いていますよね。そんな気持ちを社員全員が持っています。でも、みんなも急激な変化を望まないでしょうね。と言うのも、専務が社長の役割を完璧にこなしているからでしょう」



「社長と俺たちが辞めたら、前の会社は直ぐに倒産したよ。それは、栗栖社長の頭にも残っている事だから、俺たちが出て行くと言ったら、条件次第では譲ってくれると思う」


「そうですね。条件ですよね」

 浅沼課長は野崎専務に腹案があるのか、5000万円もの大金をどうにか出来るのか興味津々でした。


「まあぁ、大丈夫だろう。俺は会社を大きくする自信がある。今のままじゃ、ただ栗栖社長に大きくなった会社を献上するようなものだ。それは割に合わないからな。社長が会社に出て来なくなった当初は、俺も無我夢中で頑張ったよ。今だって社長が何もしなくなってから、売上も粗利も2倍にはなった。確かに、俺の役員報酬も2倍になったが、それだけでは満足できない」


「勿論ですよ。すべて、専務の力ですから」

 と言ったものの、浅沼課長は営業成績を上げるよう無理を強いられていた時期を思い出していました。


「私が社長になった時は、和田課長を正式に抜いて、浅沼課長がナンバー2だからな。和田課長の向上心のないのんびりムードには閉口するよ。見ていて、苛々する。兎に角、浅沼課長の営業力が必要なんだ。和田課長との力の差は、皆の前ではっきりさせる。いくらロードの発足メンバーといえども、仕事の出来ない者は力のある者に抜かれるのが競争社会では当たり前の事だ。俺は浅沼課長を買っている。これからの私のチャレンジに必要な人材だから、頼むよ

「はい、全力を尽くしますのでよろしくお願いします」

 と、神妙な顔で答えました。


 浅沼課長は、何時の間にかロードの中心にいる事が不思議でたまらなかったのです。競争社会とはいえ、ロードの発足メンバーを次々に粛清して行く遣り方に恐ろしさを感じる一方、それほど普通の人と変わりなかった野崎専務の変貌に、自分も近づいている事を感じているのでした。


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