5-6 ちょっと、ツラ貸してくれよ?
「――やればできるじゃないかー!」
戻った第一演習場スタジアム内の控室にて。ノブリス“クイックステップ”をハンガーに懸架して抜け出した後、聞こえてきた声がそれだった。
レティシアの乗る“ブーケ”はまだハンガー前。特殊なガン・ロッド、“ブーケ”をハンガーに戻すのに手間取っているらしい。形状が形状なだけに収納するのが手間なようだが。
ひとまずそちらから視線を戻して、ムジカは控室の中央を見やった。満面の笑みでこちらに寄ってくるのは、先ほどの叫び声を上げたアルマだ。
彼女は上機嫌なようだが、どうにもその理由がわからない。前置きもなかったので、ムジカは怪しむように訊いた。
「いきなりだな。何の話だ?」
「機動データだよ! 助手よ、キミの本気の機動データ!! これさえあれば、<ダンゼル>の背部レイアウトが決められる! これだけのことができるなら最初からそうと言いたまえよ! どうせなら“クイックステップ”の仕様も盛り込んでみようか――ああ、ようやく私の<ダンゼル>が形になる……!!」
「本気、ねえ……? まあ楽しそうなようでなにより」
それ以外に言いたいこともなく、ムジカは呆れ顔で呻く。幸いというべきか、水を差してもアルマは全く気にしなかったようだが。
それはともかく、とムジカはアルマから目線を離した。見たかったのは壁際のハンガー――そこに懸架された、ガン・ロッドのほうの“ブーケ”だ。
「ガン・セグメント――魔力を貯めこんで自立稼働する、小型ガン・ロッドか。かなり癖は強いが、便利な武器なんじゃないか? わざわざチーム組まないでも、アレ一人で連携攻撃できるんだろ?」
赤い花を模したガン・セグメント。機能の一端を垣間見せたそれを見つめて、感心を呟く。先ほどの戦闘で、レティシアはこれを使いこなした。一回目は回避した敵への即座の追撃に、二度目は集中砲火の形で。
単純に考えるなら、ガン・セグメントは瞬間的にだがノブリスの数が増えるに等しい脅威だ。陽動から連携、火力集中をたった一機でこなす。搭載されたセグメントの数は六基だが、今回使われたのは二基だ。これは<ナイト>の魔道機関では出力が足りないということなのだろうが……もし十全の力を発揮したのなら。その光景は想像するだけで厳しい敵だと感じさせる――
のだが、上機嫌はどこへやら。アルマの反応は、打って変わってひどく不愉快そうなものだった。
「言うほど便利なものじゃないよ――言っておくが、あれは別に自立稼働なんかしてないし」
「……あん?」
吐き捨てるように言うアルマに、きょとんとした声を思わず上げる。
流石にそれだけでは説明不足だとわかっていたのだろう。彼女は大げさなため息をつくと、心底つまらなそうに、
「だから、“自立”稼働なんかしてないんだよ。魔力供給が追い付く高等級機なら思念式の遠隔操作機能が解放されるから、それを指して自立と言えなくもないんだがね。<ナイト>だと遠隔術式に割く余剰がないから、逐一シーケンス式の命令叩き込まないと使えないんだよ」
「……シーケンス式?」
「命令貯めこみ方式だよ。一秒後にスラスター吹いて突撃、二秒後に軌道修正、三秒後に弾丸射出、四秒後に特定機動で帰還……みたいに、起動してからどう動くのかを決めておけってことさ。しかも、固定目標ならまだしも、動き回る敵相手にそれをやるんだ。使い物になると思うかね?」
「……なんでそんなもん作ったんだ?」
「技術試験だよ。しかも、最初は思念操作式しか検討してなかった。<カウント>以上じゃないと供給魔力が足りないっていうんで、作ったっきり倉庫送りになってたんだよ。それをどこぞのアンポンタンが、<ナイト>でも使えるようにしろって言うから……っ!」
恨み節か、アルマは言いながら拳を強く握りしめる。震えているのは相当に力を込めているようだが。
説明をしっかり噛みしめて、数秒後。
呻くように、ムジカは訊いた。
「……メチャクチャ使いにくくないか、それ」
「だから何度も言ってるだろう、適性持ちじゃないと使えないって」
聞いてなかったのか? などとアルマは呆れ顔だが、ムジカもムジカで呆れ顔だ。
言い合ってから、アルマと二人“ブーケ”を見やった。ちょうどハンガーに懸架され、開かれたバイタルガードの中からレティシアが出てきたところだ。
体にまとわりつく髪を、首を振って簡単にまとめる。そうして一息ついたところで、ようやく彼女は注目を集めていたことに気づいたらしく、きょとんと首を傾げた。
「……? お二人とも、どうかしましたか?」
そんなレティシアを指さして、アルマに訊く。
「……適性持ち?」
「要は、ある程度の精度で敵の動きを先読みできるような奴にしか使えんわけだからな。思念操作式のほうもそっちはそっちで大概な適性が必要なんだが。両方とも、真っ当に使えるレベルとなるとこの女しかおらん」
「ふふふ。もしかして、私のこと褒めてくださってます?」
話に追いついてきたレティシアが、微笑みと共にそんなことを言ってくる。アルマは「呆れてるだけだ」と凄く嫌そうな顔をしたが。
「……管理者の血かねえ?」
ラウルも保有する、異様なレベルの先読みの力だ。アルマの言う通りなら、レティシアは敵の動きを全て読んだうえでガン・セグメントを使いこなしている。
ムジカはそういったことができる人間を知っているから納得もできるが、普通に考えたらそんな奴がいるとは思わないだろう。
「ま、“ブーケ”が人を選ぶって理由がよく分かった。俺には無理だな、先読みの力もないし。一人コンビネーションとか、できるなら便利だと思ったんだがな」
「魔弾を叩き斬ってただろう? あれは先読みとは違うのかね?」
「ありゃ予測じゃなくて、ただの反応だ。見てから斬った。相手に強引に合わせることならできるんだが、相手がどう動くかを予想してどうこうってのは苦手だな」
まあそんなことはどうでもいい。
話の腰をぶった切って、ムジカは二人に訊いた。
「それで? この後はどうすんだ? 今日はもう試合もなかったと思ったが」
「この後? 私はノブリスを外のトレーラーに積み込んで、撤収するつもりだが」
「私はこの後運営に合流する予定ですね。これ以上私が出場して、入隊テストを荒らすのもなんですし……“ブーケ”も再封印ですか。これでお終いなのが、寂しい限りです」
わりと本気でそうおもっているのか、レティシアはしょんぼりとした顔を作った。
その顔で、ついでのように訊いてくる。
「ムジカさんは、もう一回だけ出場予定なんでしたっけ?」
「ん? ああ……まあ、付き合いでな」
いいなあ……と呻くレティシアにムジカは「そうか?」と疑問だけ返したが。
レティシアが言ったのは、セシリアのことだ。最近彼女に会っていなかったが、今回の騒動は元はと言えば、彼女が始めたことだ。
その彼女は入隊テストに向けて、自主練の真っ最中らしい。噂が広がってしまったがために入隊テストが開かれたのだから、彼女は苛立っていてもおかしくはなさそうだが……どうやら逆に奮起しているとアーシャたちから噂で聞いていた。
なんにしても、試合が終わればムジカたち控室に残っている理由もない。その頃には既にアルマも撤収準備に写っており、壁面の操作パネルをいじってハンガーのノブリス二機を移動させ始める。
その間ムジカとレティシアにやることはないので、アルマの作業をぼーっと見ていたが。
「――ああ、そうだ。そういや、この前の空賊の件だが」
ふと思い出して、ムジカはレティシアに呟いた。
何の話かと言えば、先日周辺空域警護隊の哨戒任務に付き合った件だ。空賊とドヴェルグ傭兵団に、繋がりが見えた件。ガディから報告がなされているはずだが、ムジカの口からは何も伝えていなかった――し、その後の話も聞いていなかった。
その確認のために訊いたのだが。
「ドヴェルグ傭兵団、厄介ですねえ……」
ガディはしっかり報告していたようだ。その上で、レティシアの返答はどこか気怠そうなため息だった。
「追い出せてしまえたら、簡単だったんですけれど。やってきたときから空賊と繋がってるのは察してましたが、物証がないからどうしようもないのですよね」
「物証?」
「ガディさんの証言や、提出されたログの会話程度だと、いくらでもシラが切れてしまいますから。ヘタに刺激して、島の中で暴れられても面白くないですし」
「島の中で暴れるって……できるのか? 確かノブリスの起動、セイリオスの中枢管理システムである程度管理できるんだろ?」
パーソナルロックのことだ。大昔、人のノブリスを盗もうとした事件があったようで、セイリオス内のノブリスは中枢システムで起動が監視されている。登録にない人間がノブリスを起動すると、大事になるらしい。
これに似た機能は他の浮島にもあり、外部からやってきた傭兵などは所有するノブリスをシステムに登録しなければならない。この登録は起動承認権限を相手に渡すことも兼ねており、浮島を出るまでは勝手にノブリスを起動できなくなるのだが。
そこにもまた問題があるらしい。レティシアは自身の頬に手を添えると、困ったように、
「傭兵団の皆さんのノブリスは登録できてますけど。空賊の彼らはその辺りの登録、関係ないですからねえ……警護隊の人員不足で警戒網に穴があるらしいですし、今空賊に突っ込まれると大事になります。浮島の中枢管理システムには、
「……聞いてるとヤバそうに聞こえるんだが?」
「本気でやろうとするなら、やってやれないことはない、というのは事実ですよ? まあそんなことしたら、一発でこの空の敵認定されますけれど」
そこまで言ってから。
レティシアはほんの少しだけ眉根を寄せると、急に眼を閉じた。
ぶつぶつと、こちらにも聞こえないようなか細い声で、何事か呟き始める――
「でも……うーん……うーん?」
「……会長? どうした?」
「…………」
呼びかけるが、反応はない。何にかは知らないが、目をつむって集中しているらしい。
やがて。ゆっくりと目を見開いたレティシアは、先ほどまでの困り顔が嘘のように穏やかな微笑みで言ってきた。
「――ええ、大丈夫でしょう。たぶんですが、セイリオスにはそんなに被害はないと思います」
「……何を根拠に大丈夫って言ってるんだ?」
「勘です、勘。未来に嫌な手触りは感じませんでしたから。どこかの誰かが、ちょぉっと苦労するくらいで済むと思いますよ?」
「……暗に何かが起こるって断言してねえかそれ?」
ドヴェルグの絡みとなると、最有力はやはりガディだろうか。あまり話したことがあるわけでもないが、まあ苦労してそうなたちではある。
なんにしても、自分にはあまり関係ないだろう――などと、楽観視していると。
「――――」
「……? なんだ?」
目を見開いて驚いたようにこちらを見てくるレティシアを、ムジカはきょとんと見返した。
なんでいきなりそんな顔をしているのかもわからないが。彼女がこう訊いてきたのも不思議ではあった。
「……信じるんですか? 私、今、ハッキリ“勘”って言いましたのに」
「管理者の血族の“勘”だろ? 信じてもバチ当たらん程度には信頼できると思ってるし、第一、あんた前科持ちだぞ? いそうだからーなんて理由でメタルの“巣”探しやらされたの、まだ忘れてねえぞこっちは」
「あれはー……メタルの遭遇頻度とか分布とか、推測の根拠がありましたしー……」
レティシアは何やら煮え切らない反応だ。勘を信じられても、というような困り顔だが。
「なんにしたところで、なんか起こるかもって思っとく程度なら何も問題ないだろ。何もないって言われて放置して、気構えもしてないのに大事になるよりかはいいんでないかね?」
「……前向きなのか後ろ向きなのか、わからなくなるお言葉ですねえ……」
実際にどっちなのやら。自分で言っておきながら、ムジカもそれがわからなかった。
と――不意にレティシアの腕時計型携帯端末にコール。窺うようにこちらを見てきたので、ムジカは頷いて答えた。
軽く頭を下げると、彼女はこちらに背を向けてコールを受理する。
「ヤクト? 何かトラブルかしら?」
『トラブルと言えばトラブルですね――そろそろお時間だというのに、解説席にさるお方が入場されてないのです。実況の彼、随分とやきもきしてますよ。まだ準備中ですか?』
「あら、まあ。もうそんな時間でしたか。すみません、すぐに行きますね?」
それから少し会話をして、レティシアが通話を切る。
そうしてこちらを振り向いてきた彼女は、柳眉をひそめて困ったように、
「……時間切れみたいです。私ももう行きますね?」
「あいよ。お疲れさん」
「はい。ムジカさんも、今日はお疲れさまでした」
会釈程度に頭を下げて、レティシアはそのままスタジアムのほうへ向かう。
その姿を見送ってから、ムジカは小さくため息をついた。いつの間にやらアルマもノブリスごと姿を消しており、戻ってくる気配もない。この控室が次に使われるのは午後からだ。
次の試合は別の控室で待機しているチームが行うので、まだゆっくりしていてもいい――のだが。
「…………?」
不意に気づいて、ムジカはきょとんと瞬きした。外からこの控室に、誰かがやってくる気配。今のこの時間に、誰かが来るとは思っていなかったのだが――
現れたのは、来ると思うどころか想像すらしていなかったが、もし現れるならこんな時だろうと思えるような顔だった。
そいつは顔を出すと、気安い笑みを浮かべて手を掲げ、友人のように声をかけてくる――
「よお少年。うちのが世話になったって聞いたぜ――ちょっと、ツラ貸してくれよ?」
ドヴェルグ傭兵団の長、フリッサだった。
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