5-4 そういう機体だからな

「――それでは、入隊テスト、チーム戦のルール説明を行います!!」


 というレフェリーの宣言によって。

 仕切り直しというわけでもないが、エフテイル三兄弟は素直に身構えるのをやめた。なんでさっき身構えたんだ? と疑問の目で見やるが、三兄弟は欠片もこちらの視線には気づかなかった――まあ、バイザー越しなので当たり前ではあるのだが。

 そうして語りだした、レフェリーの説明によると――


 ルール自体は、基本的にランク戦と変わらないらしい。つまり危険部位の損傷や戦闘継続能力の消失、戦意喪失が確認された時点で勝敗が決まる。

 ただし今回はチーム――つまりは多対多戦闘による混戦・乱戦が生じた場合、ノーブルが負傷する可能性が危惧された。そのため交戦開始距離はランク戦より広く取り、ガン・ロッドには外付けのリミッターをセット。魔弾は衝撃力のみを残したほぼ空気砲同然の術式に変更され、被弾時には内部システムがダメージをエミュレート、損傷具合によって被弾箇所の機能を喪失させることとなった。

 当然と言えば当然だが、ノーブルの負傷を思えばムジカのイレイス・レイ用共振器はとんでもない危険物だ。そのため相手への攻撃に関してイレイス・レイは使用禁止となった。。


(にしても……“チーム”戦、ねえ……?)


 定位置へと移動しながら、ついムジカは顔をしかめた。

 バイザーの耳元を二回クリック。手動で通信を立ち上げて、レティシアに声をかける。


「生徒会長? 先に訊いとくけど、作戦とかってあるか?」

「作戦、ですか?」


 きょとんとした声と、こてんと首をかしげる仕草で、レティシア。

 やや間を開けて、唇に人差し指を当てるようなしぐさをしてから、


「……ありませんねえ。実は私、人と合わせるってことがあんまりなくて」

「悪いが、俺もだ。連携の訓練もしてなかったしな」

「エフテイル三兄弟とはそこが違いますねえ。となると、行き着く先は個人技ですか」


 まあ仕方ないですね、とレティシアはあっさり応じる。

 その上で、彼女が言ってきたのがこれだ。


「作戦と呼べるほどのものではないですが……とりあえず、二十秒ほど時間を稼いでもらってもいいですか? 私の“ブーケ”、実は結構なスロースターターなノブリスでして……」

「稼げって言われても、俺は前衛で前出るしかない。相手の動き次第になるぞ?」

「それはそれで構いません。もしムジカさんを無視してこちらに来るようなら、その時はその時です、が……たぶん、最初に狙われるのはムジカさんだと思いますよ?」

「……まあ、装甲の薄い近接機が、この中じゃ一番落としやすくはあるか」


 道理で考えればそうなる。墜としやすいやつから墜とすのが集団戦の当たり前だ。

 と、ふと気になって訊く。


「それはそうと……勝っちまっていいのか? 目的はメンタルケアなんだろ?」

「ああ、その点はお気になさらず。この後も入隊テストは続きますから、ケアはそっちにお任せです。管理者の威厳を保つためにも、私は負けられませんし」


 つまり、変に気を使わなくてもいいということか。

 そんなことを話しているうちに、所定の位置にまでたどり着く。エフテイル三兄弟もだ。

 そこからお互い、手を上げて準備完了を示す。


(装甲多めの二丁拳銃持ち、短射程前衛。軽快さ重視の標準的中衛。大型ガン・ロッドを所持した攻撃的後衛……)


 目を細めて、敵を観察する。機体から読み取れる構成は、そのまま彼らの役割に繋がる。敵がどんな動きを見せるか、それを脳内で組み立てながら――

 ムジカはダガーを腰部ラックに戻すと、空いた掌を握り締めた。


(……ブランクは三年。問題は――)


 かつてのように、“レヴナントクイックステップ”を、自分が使いこなせるかどうか。

 血反吐を吐くまでの研鑽の果て、あの<カウント>を撃ち滅ぼしたときのように――

 ハッと。ムジカは顔を上げた。

 スタジアム中央のレフェリーが、今高らかに試合開始を宣言する。


「汝ら、“義務負いし者”なり――誇りを胸に、信念を示せ!!」

『――我らエフテイル三兄弟!! 雄姿を見せるは、今ぞ!!』

『『応っ!!』』

 

 試合開始を意識させたのは、そちらよりもエフテイル三兄弟の雄叫びのほうだったが。

 なんにしろ、開幕の宣言と同時にムジカは突っ込んだ。

 遠間から全力で距離を詰める。前衛の役割は単純だ。相手の敵陣に踏み込んで楔となること。高火力の後衛は純粋な脅威だ。後衛の武装は大抵の場合火力特化で、一撃でノブリスを撃沈させるものも少なくない。

 だから、後衛を自由にさせないためにも圧をかけなければならなくて――

 だから、相手も同じことを考える。

 聞こえてきたのは、おそらく三男だろう若めの男の声だった。


『エフテイル三兄弟、前衛機“プラクティカル”!! 堅実で実直な三男が、敵陣に切り込んでヘイトを稼ぎ!!』


 ムジカとまた、同じように。開幕と同時に突出してくる、エフテイルの赤い前衛機。

 突撃しながら二挺の拳銃型ガン・ロッドを乱射。対するムジカもガン・ロッドを撃ちこんだ。

 機動性重視、当たらないことを前提としたムジカの“クイックステップ”と違い、三男の“プラクティカル”は被弾上等の装甲重視だ。魔弾の間をすり抜けるようによけるムジカと、受ける部位を変えながら直進してくる“プラクティカル”の速度は同等。

 よって、両者は同時にスタジアム中央へ突っ込む――そして互いに、前進をやめない。


 スタジアムの中央で、二機のノブリスが激突した。

 本来なら、ノブリス同士の戦闘で格闘などまず起こらない。だが今回は避ければお互い、後衛を危険に晒す。故にこの激突は必然だ。

 互いにM・G・B・Sをカットしての、全身を使った質量打撃。互いに弾き弾かれ、突きつけ合う――ガン・ロッド。


(――ちっ!!)


 だが、ムジカは撃てなかった。

 前面のブラストバーニアを全て吹かして急後退。その眼前を空から落ちてくる――魔弾。

 見上げれば、空にいたのは緑の中衛機だ。三男が全力で突撃するのを尻目に空に上がり、頭上からムジカを狙っている。


『はっはっはぁ!! エフテイル三兄弟、中衛機“フィドラー”!! 抜け目なく要領のいい次男が、三男の拘束した敵を叩く!!』

『そしてぇ!!』


 その叫び声は長兄のもの――だが次に動きを見せたのは三男だ。ただし、彼もまたガン・ロッドを撃たない。

 三男の動きは簡単だった。

 


「――っ!!」


 今度は、舌打ちも打てなかった。

 とっさの判断で肩部、大腿部ブラストバーニアを全力噴射。“プラクティカル”の動きに合わせて横へ飛ぶ――その瞬間に、吹き抜ける圧力。

 魔弾だった。それも、“プラクティカル”や“フィドラー”の比ではない。速く、厚く、長い――点ではなく、線の閃光。

 それが後衛の一撃だ。直撃すれば、低耐久機など簡単に削られる。攻撃のための出力に全てを注ぎ込んだ、後衛だからこそ許される超火力。

 三男、次男と続いて、長男が大見得を切るのが聞こえてくる――

 

『エフテイル三兄弟、長男機“ファイファー”!! 冷静かつ合理的な長男が、弟たちの作った隙を狙い撃つ!! 我らのコンビネーション!! 貴様に抜けられるかぁ!?』


 試合の最中だし手を抜いているわけでもないだろうが。一瞬の隙間に、大見得を挟んでくるのを耳は捉えていた。

 そして耳以外では、捉える余裕など全くなかった。


(予想以上に、やるなこいつら……!)


 侮っていた。二丁拳銃で魔弾をばらまく“プラクティカル”にまとわりつくように機動しながら、ムジカは内心で舌を巻いた。

 完全な三対一。前衛機“プラクティカル”とほぼゼロ距離を保つのは、その距離こそが最も安全だったからだ。頭上からは中衛機“フィドラー”が、タイミングを計った連携で後衛機“ファイファー”がムジカを狙っている。


 高威力ゆえにリロードの必要があるからか、後衛機の攻撃回数は極端に少ない。だが前衛機“プラクティカル”後衛機“ファイファー”からの攻撃から盾にしなければ、容易に撃ち込まれそうな精密さが敵にはある。

 そして厄介なのが中衛機“フィドラー”だ。こちらには後衛の攻撃を遮る前衛機のような肉壁がない。ムジカの死角に潜り込みながら、イヤなタイミングで撃ち込んでくる。

 中衛機がレティシアに突っ込まないのは、それだけ彼女を警戒しているということもあるのだろう。集団戦闘のセオリーは局所優位だ。多対一、多対少数を作って削る。自分たちが有利な状況を作って一つずつ潰していく。

 だからこそ、今はムジカの撃墜を優先しているのだろうが――


(共振器が使えりゃ、まだ楽なんだがな……!!)


 ただしムジカもしてやられるわけにはいかない。全身に取り付けられたブラストバーニアを適宜噴射。踊るように体を捌いて魔弾と魔弾の間をすり抜け続ける、曲芸めいた機動で付き合った。

 稼げと言われた時間は二十秒。反撃の瞬間はまだ来ない――

 三発目の後衛機“ファイファー”の一撃を体裁きだけでかわし切ったときに、耳が苛立ちを拾った。


『急げ弟たちよ! “ブーケ”が動き出したらレティシア嬢は止まらんぞ!! 三対一でも勝てる相手かわからん!! 今のうちに傭兵を墜とす!!』

『『応っ!!』』


 楽な相手ではない。それを認めたからこそ――その瞬間に、エフテイル三兄弟が連携を変えた。

 “フィドラー”の撃ち下ろしに、前衛機“プラクティカル”の後退のタイミングが重なる。全身軌道を取りやめて撃ち下ろしの魔弾を避けた瞬間に――後衛機“ファイファー”が飛翔。“

 前衛機“プラクティカル”の頭上から。ムジカまで、射線が通った。

 これまでの数発から、後衛機“ファイファー”のリロード間隔は掴んでいた。それよりも幾分か早い――リロード間隔を刷り込ませての、今。

 厚みはないが速度は変わらない。線ではなく点、速射重視の魔弾が放たれる――


(仕掛けるなら――ここかっ!!)


 ――刹那、ムジカは共振器を抜いた。

 直撃の軌道に刃を重ね――一息に、振り抜く!!

 情報崩壊を引き起こす魔の閃光が、質量と熱量、速度情報を捏造された魔の弾丸を切り裂いて殺す――


『魔弾を……切り裂いた……!?』

「ラウルほど上手じゃないがね。これくらいはやれるのさ」


 これもまた、曲芸の類だ。ラウルがやったような、魔弾を魔弾で撃ち落とすのと同等の――ただし相手の動きを読んで同じ軌道に魔弾を重ねるよりかは容易だ。タイミングを合わせればいいだけなのだから。

 だがその衝撃は絶大だ。相手は必殺を狙っていたはずだ。戦術的な奇襲を奇抜な個人技でぶち抜いた。作戦を破られた衝撃が、わずかに時間を凍らせる――

 それでも、復帰は早い。冷静を自負する長兄が、最も早く回復した。


『ま、まだだ!! まだ一発芸を見せられただけだ! もう一度――』


 と。

 ちょうど、その時だった。


『――


 囁かれたのは、涼やかな声。

 放たれたのは魔弾と、あと二つ。赤い花のような――


(ガン・セグメント?)


 “ブーケ”のガン・ロッド、その一部品だ。花のような、銃口を持つ一片。スラスターから火を噴いて、魔弾を供にして空を裂く――いわば無線可動式の小型ガン・ロッド。


『くっ!?』


 レティシアが狙ったのは後衛機、“ファイファー”だ。ムジカを狙うために飛びあがったせいで、レティシアからも射線が通った。

 遠距離からの狙撃。弾速重視の魔弾を――後衛機“ファイファー”は身を翻してかわす。機動系モジュールの貧弱な機体で、全身を使って一撃を避けた。

 だがガン・セグメントの攻撃はそこからだった。

 外れた魔弾が空を駆け抜けていくその傍らで、共に飛来したガン・セグメントが急制動。

 踊るように身を翻して、魔弾を避けきった後衛機“ファイファー”に銃口を突き付けた。


『な……!!』

『――


 そして愕然とする長兄に、自立稼働する二基のガン・セグメントが魔弾を撃つ。

 回避の隙を狙った追い打ちに、後衛機“ファイファー”は脳天を撃ち抜かれた。

 衝撃できりもみ回転しながら吹っ飛ぶ。頭部に二発、ほぼ同時に撃ち込まれたのだ。リミッターもあるため死んではいないだろうが……もう動かない。システムが機体の撃破を伝えてくる。


『兄者ぁっ!?』

(――仕掛ける!!)


 そしてその隙を、ムジカは逃さなかった。

 次兄の中衛機“フィドラー”は油断なく機動していたが、三男の前衛機“プラクティカル”が動きを止めていた。

 兄の撃墜に気を取られた、その瞬間にムジカは“プラクティカル”に肉薄する。

 “プラクティカル”の反応は、それでも俊敏だった。迫るムジカを前に二丁拳銃を突きつける。

 ムジカは避けるべく左半身を大きく引いて――

 姿


『……は?』


 両肩上部ブラストバーニア、最大出力。M・G・B・S切断。爆発と重力が“クイックステップ”の機動を書き換えて宙から落とす――敵にしかけた消失トリック。

 種は簡単だ。左半身を引いたのはフェイク。視線を回避先であるはずの横へと誘導し、体の向きと機体の機動を一致させなかった。反応の良さを逆手に取って、相手の予想を裏切った。

 真下からノブリス“プラクティカル”を見上げ、ガン・ロッドで魔道機関の納まる腰部を撃ち抜いた。

 ノブリスの装甲はあくまで正面から撃たれることを前提として固められている。腰部を、それも真下から撃ち抜かれることなどそうはない――だからただの魔弾一発で、“プラクティカル”は機能停止した。


「お、おおおおおっ!?」

『弟者ああああっ!? よくもおおおっ!!』


 肉声で聞こえた悲鳴と、残された次兄“フィドラー”の叫び。

 頭上を見上げ、撃ち下ろされた魔弾はステップを踏むようにに横へ飛んでよける。残された最後の一機だ。

 その獲物に――全力で突っ込む。

 ブーストスタビライザー、フライトグリーヴ最大励起。背部、腰部、下腿後部ブラストバーニア、全力噴射。

 <ナイト>級の枠を、明らかに超えた――全速力の突撃。

 

『傭兵! せめて、貴様だけはあっ!』


 叫ぶ次兄が下方から迫るムジカを狙う。愚直な突撃に合わさる射線。ガン・ロッドの口腔に燐光がともる。魔弾の光がムジカに迫る――

 敵の攻撃を前に、ムジカはだが、止まらない。

 速度は緩めず、突撃を敢行。迫る魔弾が触れる直前――射線から軸をわずかにずらして、全身のブラストバーニアを適宜噴射。風車が風を受け流して回るように。

 全身は被弾したかのように激しく回転しながら――それでも、敵へと押し進む。


『止まらない!? いや、当たって、ない……!?』

「そういう機体だからな」


 驚愕に、ムジカは囁きを返した。

 どんな状況であろうと、前進をやめないこと。そのためには、回避のためだけの機動など論外だった。敵へと肉薄する中で、どんな攻撃にも当たらない。そんな夢想をこそ求めた。

 だからこその無数のブラストバーニアと、攻防一体の共振器だ。爆発による強引な機動の書き換えで攻撃をすり抜け、あるいは共振器による情報崩壊で攻撃をかき消す。

 ――

 それがムジカの求めたノブリスであり、形となったのが“レヴナント”だった。

 

 そして魔弾をすり抜けた先にいた、ノブリス“フィドラー”を眼前に睨んだ。

 突撃の速度は殺さない。ムジカはそのままの勢いで飛翔。

 “フィドラー”とのすれ違いざまに、フライトグリーヴを魔弾でぶち抜いた。敵の機動を衝撃で殺し、“フィドラー”の頭上で急制動。

 さらに振り上げた――右足。脚部に備え付けられた、各部ブラストバーニアとブーストスタビライザーが連動。急速落下と組み合わせた尋常ではない速度の踵が、強烈な勢いで“フィドラー”を叩く!!


『――う、ぐ、おぐおおおおおっ!?』


 ガン・ロッドで受けた“フィドラー”は、だが衝撃を殺しきれなかった。空から叩き落されて、だが地に激突する前に急制動。ムジカにガン・ロッドを向けてくる――

 それを見届けてから。ムジカは告げた。


「後は任せていいか?」

『――ええ、いい位置です。承りましょう』


 そして待ち構えていたレティシアの“ブーケ”と二基のガン・セグメントが。

 魔弾で大地に縫い留めるように“フィドラー”を串刺しに撃ち抜いた。

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