1-7 上等だ

 エアフロントと空、その境界までを低空で飛び、ムジカはそこから<ナイト>を上方へと飛翔させた。戦場はここからはまだ遠く、また敵の脅威も存在しない――だが着々と迫る争いの気配に、ムジカは目を細めた。

 戦場の中心にあるのは、推定“ドヴェルグ傭兵団”のフライトシップ。炎上する空船の周りで傭兵団と空賊のノブリスが交戦中。そしてそこにラウルたち、セイリオス周辺空域警護隊のノブリスが追いついた。


 ラウルが指揮する警護隊の戦闘は堅実だ。三方から迫る空賊たちの一つに目をつけ、集中して叩く。総勢六機のセイリオス側<ナイト>のうち、前衛として前に出たのはラウルと思しき動きのいい一機だ。

 ラウルがかき乱し、後衛が魔弾の乱射で崩れた敵を討つ、そういう陣形だ。仕掛けられた側はひとたまりもない。学生の狙いが甘いうちに、機体を機動させて飛び回る――


「一発も当たらねえな……相手の空賊の腕がいいのか?」


 そう動きがいいようにも見えないのだが。学生の攻撃は空を切り、むしろ撃ち返されて慌てる始末だ。実戦経験のあまりない手合いらしい。

 そちらのフォローもしなければならないため、ラウルの動きもどこか鈍かった。ラウル本人に危なげはないが、生徒を狙う相手にやらせないよう牽制を挟まざるをえなかったりと、どうにも冴えない。

 なんにしろ、そんな様子をムジカは遠方から俯瞰した――そして見えてくるものがあった。

 と。


『――ムジカさん。今、どんな様子ですか?』


 上位者からの強制通信。モニターの片隅に映像が灯るが……通信を飛ばしてきたのは、レティシアだ。背景からして、まだ外にいるようだが。

 ちらと背後を窺うと、エアフロントにはまだぽつんと人影が一つ。気づいて、ムジカは呆れを口にした。


「あんたな……避難しとけっつったろ?」

『とは言われましても。ほら、私、これで浮島の管理者ですから。状況把握はしておきたいものでして。大丈夫ですよ、もしもの時には逃げますとも!』

「危なくなる前に逃げてもらいたいもんだがなあ……」

『その時には守ってくださいな』


 返答はため息で返して、ムジカは視線を戦場に戻した。

 交戦は当たり前だがまだ続いている。形勢は援軍の来た傭兵側――そしてラウル側に傾いたようだが、鎧袖一触とはいかない。

 動きを見る限り、空賊側のノブリスは六体。傭兵団のフライトシップを三つの小型船が三角形の布陣で囲っていたが、ラウルたちの増援で一画が崩れつつある。

 その辺りまで観察してから、ムジカは先ほどの問いに答えた。


「あいつら、遊んでやがんな」

『遊んでやがる、と言いますと?』

「空賊と、傭兵のノブリス。殺す気でやってない――たぶんだが、グルだぞあいつら」


 きょとんと訊いてくるレティシアに、目を細めて観察を続けながら告げる。


「ノブリスの数がほぼ同数だったのに、あれだけ燃やされてるのは不自然だし。なのに船体……というか、航行が未だに安定してるのもおかしいし。大方、襲われてるふりをしてるってところじゃねえか?」

『そんなことして、何か意味があるんですか?』

「さっき言ったろ、さっさとコンテナ渡して追い出せって。船が壊れてんのにあんた、あいつら追い出せるか?」

『……難しいですね。人道にもとることすると、うるさい人たちもそこそこいますし……』


 と、そこで困ったようにレティシアは唇に指を添えた。


『ということは、彼らはどうしてもセイリオスに入島したい理由があると?』

「たぶんな……っつっても、どうせろくなことじゃないだろうけどな」


 なんにしろ、俺が知ったことじゃないけどな、などと呻いて一度話を区切る。

 だが、ムジカはなんとなく彼らが来た理由に予想がついていた。


(<男爵バロン>級ノブリス――確か、名前は“ロア”だったか?)


 ダンデス・フォルクローレが使っていたノブリスだ。俗に“爵位持ち”と呼ばれる、再現不可能な古代魔術師たちの遺産。

 ダンデスが“退学”ということであれば、本来なら彼が用意したノブリスも一緒にというのが筋だが……それがさっきエアフロントになかった時点で、レティシアが交わした取引というのも推測できる。

 というより、浮島の管理者の殺人未遂を帳消しにできるような取引となると、それしか思いつかないのだが。ついでにアルマが<ダンゼル>に取り付けていた、<バロン>級魔道機関の出所にも疑問があった。仮にも爵位持ちノブリスの魔道機関など、そうポンポンと用意できるものではないのだ。


(となると、大方アレの奪還が狙いか? たかだか一ノーブルの移送ってだけのことに、傭兵団を派遣する意味もねえもんな……)


 たった一機のノブリスだが、一方では浮島を守る重大な戦力であり、二度と作れない貴重な財産でもあり――付け加えるなら、家督そのものとも言える。ノブリスを失うということは、貴族でなくなることとほぼ同義だ。

 ならば取り返したいと思うのは当然のことだし、だからこその“汚れ役”には傭兵が適任だというのも理解はできる。

 まあその“貴重な財産”を玩具にする、マッドな不届き者も世の中にはいるのだが……

 と。


「……うん?」

『? どうかしましたか?』

「戦場に動きがあった」


 警護隊のノブリスに撃ち込まれまくった<ナイト>の一機が、自棄を起こして傭兵のフライトシップに撃ち込んだ。ちょうどいいとこに当たったらしい。

 数秒後に機関部周辺から煙が吹き上がる。直撃――にしては、フライトシップの速度が急減速しないし、爆発も起きないが。


「ありゃ、不時着するな……ほら、アンタが言ってた“もしもの時”だ。落ちてくる前にとっとと下がんな」

『仕方ありませんね……アレがエアフロントに落ちるとなると、少々大地が大変なことになりそうですけれど』

「爆発しないよう祈っとくんだな」


 ため息に軽口を返して、ムジカは通信を切断した。

 視線を前方に戻せば、フライトシップが小規模爆発。何かに引火したようだ。

 爆発の余波が一瞬だけ戦場を凍らせ、その隙にフライトシップが船体を加速。空賊から逃げ出すように、エアフロントへと迫る――

 その中で。学生たちが相手していた一機がフライトシップに追従したのを、ムジカは見ていた。


『っ――すまんムジカ、一機抜かれたっ!!』


 ラウルの通信。迫るフライトシップは上に飛んでかわしながら、向かってくる敵<ナイト>を睨む。どう考えても深入りしてきた敵だが。

 その顔は空船ではなく、ムジカを見据えて離れない――ターゲットはフライトシップではない。ムジカだ。


「――上等だ」


 唇を舌で湿らせた。戦場に在って、気分が高揚することなどもはやない。だから表情は変わらない。迫る敵を静かに見据えた。

 突撃軌道から急停止。こちらに銃口を向けてくる敵<ナイト>に、ムジカもまたガン・ロッドを突き付ける。マギ・ブラストの燐光が銃口から溢れ――殺意となって放たれる。

 射撃はほぼ同時だ。だが動きは対照的なまでに分かれた。全力の機動で優位位置を得ようとする敵に対し、ムジカはほぼ不動。空でステップを踏むかの如く、たった一歩分だけ横へ。


 眼前すれすれを横切る魔弾に向ける意識など欠片もなく、ムジカは更に牽制射を撃った。次手の攻撃より位置取りを優先して、ムジカの上を取ろうとした機動を咎める。

 当然、相手は機動を変えた。足――フライトグリーヴを突き出すように急制動。ブレーキをかけて魔弾への直撃を避けるが……そのせいで、足が止まった。


(――後の、先っ!)


 その隙に、ムジカは全力で前へと突っ込んだ。


『……っ!?』


 フライトグリーヴ、ブーストスタビライザー、最大励起。魔力を限界を超えて過供給。悲鳴のような駆動音――それすらも置き去りにして、前へ、前へ。

 それはノブリスの定石では、本来あり得ない機動だ。敵に突っ込む突撃前進は、現代の空戦機動の常識にはない。

 予想外の一手にたじろぐ相手の、ひきつる息を聞いた気がした。

 それほどまでの距離――すなわち、ゼロ距離で。

 足を止めてしまったがために、狩り取られることになった敵<ナイト>の胸に。ガン・ロッドを突き付け、引き金を――


『――そいつぁ俺の獲物だぜっ!』

「……っ!?」


 引く直前に、ムジカは敵<ナイト>を蹴飛ばした。

 M・G・B・Sは遮断しない。機体重量をゼロにしたまま、反動を生かして後方へ。

 第三者の声――そして脅威は、下方から現れた。


 すなわち、燃えるフライトシップの中から。


 炎上する船体、その中から放たれた魔弾が空賊の<ナイト>に突き進む――ただしムジカが敵<ナイト>を蹴飛ばしたせいで、敵にはかすりもしない。ムジカと敵の間を貫いていったので、ムジカは追撃の機会を失った。

 その勘に体勢を立て直した敵<ナイト>は、新手の気配にたじろいだような様子を見せたが。

 一拍の間を置くと、ムジカに背を向けて一目散に逃げだした。

 その後背をガン・ロッドで撃ちつつ見送ってから……ムジカは最後に、下方から聞こえた声の主に銃口を突き付けた。


「――しゃしゃり出てきたのはどこのヘボだ?」


 苛立ちと共に吐き捨てて、冷ややかな目でそいつを見やる。

 燃えるフライトシップの中――炎上する船体をぶち抜いて現れたのは、一機のノブリスだ。それも、<ナイト>級ではない。上から数えて四番目、<子爵ヴァイカウント>級。暗青色の“爵位持ち”ノブリス。武装は平均的なガン・ロッドと――


(“スパイカー”?)


 右ガントレットに括り付けるようにして装備された、大型の腕時計めいた銃口。近接戦闘の際に使われる、いわばガン・ロッドの亜種的な装備だが。滅多にお目にかかることのないレアな兵装でもある――何故レアかと言えば、それはノーブル”のための装備ではないからだ。

 もっと直接的に言うなら、“ノーブル”を殺すための装備だが。

 そいつはムジカの銃口を気にもしなかった。顔は見えないが笑顔の気配と共に、開き直るかのように言ってくる。


『おっとぉ、悪いね。邪魔しちまったか? だがありゃ俺の敵だ。横槍は嬉しくねえな』

「墜とされかけてるやつが言えたセリフか? おかげで俺は、あいつを墜とし損ねた」

『そいつぁ悪かった。だがこっちとしちゃ、助けてやったつもりなんだぜ?』

(あの敵をな)


 透けている意図にはそれ以上付き合わない。内心で冷たく付け足した。

 その<ヴァイカウント>がこちらを攻撃してくるのであれば、迎撃しなければならないが。その気配を感じなかったので、ムジカは早々に興味をなくした。

 視線を戦場の空に戻せば、空賊たちはすでに撤退準備を進めている。警護隊のノブリスに牽制射をばらまきながら、一目散に逃げだしていく――

 その様を見つめながら、ぽつりと吐き捨てた。


「……おっせえな」


 敵が、ではない。自分がだ。

 自覚がある。今日の動きは精彩を欠いていた。ただし機体の整備が悪いわけでもなければ、ムジカの腕が落ちたというわけでも、何かしくじったというわけでもない――

 悪いのは、ノブリスの性能そのものだ。交戦の最中、あの<ダンゼル>なら、と何度か考えた。

 <ナイト>では速度があまりに足りない。頼りない、どころではない。足りないのだ。もっと早く。もっと前へ。あの<ダンゼル>ならできたことが、<ナイト>ではできない。思い通りにいかない速さにもどかしさが募る。

 これまではそれが当たり前だったのに、今ではそんなことに苛立ちを感じていた。


(ダメだな。贅沢になってる。この感覚に違和感が持てないようじゃ、マズいんだけどな……)


 ムジカは当然のことながら、ノーブルではない。である以上、<ナイト>より高い等級の機体が回ってくることなどほぼ絶対にない。<ダンゼル>は唯一の例外だが、例外である以上は<ナイト>以外の感覚を求めても意味がない――

 それでも不足を感じている。先日のメタル襲撃で、<ダンゼル>を乗り回したあの日から。ただの<ナイト>では、あの戦場を突破できなかっただろうとわかっているから。

 思い通りにならない現実に、ムジカは小さくため息をつく。

 その頃には敵の襲撃などもはやどうでもよく。ある程度のところで見切りをつけると、ムジカは誰にも何も言わずに勝手に撤収した。

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