3-5 つまり、基礎力よ!
第七演習場から、ところ変わって繁華街、プリュム亭。
「――というわけで、アーシャの課題は圧倒的基礎力不足よ!!」
訓練後の昼休憩ということで寄ったまだ馴染みの薄い喫茶店で、セシリアが主張したのがそれだった。
同じテーブルを囲むのは、自分も含めて先ほどの四名。身を乗り出して強弁するセシリアに、勢いに押されて少々ビビり気味のサジ、そして疲労困憊の体で机に突っ伏しているアーシャ。後は欠伸をかみ殺す自分。
完全に気力が尽きたのか、アーシャはセシリアにビシィと指を差されても何の反応も示さなかったが。
セシリアはアーシャの反応など気にせず主張を続けていた。
「反応の良さと思い切り、咄嗟の機転と瞬発力。その辺りは認めてあげるわ――だけどそれ以外がてんでダメっ! 経験不足のせいか対応に幅がないし、機動も射撃精度も甘々の甘、位置取りに至ってはもはや見れるところなし――つまり、基礎力よ! 基本がまったくできてない!」
「……とは言うけどなあ。本来、それを教えるための戦闘科だろ? 学校始まってまだ一月前後だし、講義もろくに進んでないような状態だし。素人にアレコレ要求すんのもな」
「甘い、甘いわ。私がさっき頼んだハイパー地獄巡りデラックスチョコブラウニーパフェパーフェクトスイーティより甘いわ!」
「……さっきも聞いて思ったんだが。何だその……食べ物?」
「なんでわからないの。パフェよ!」
「……そーかい」
としか言いようがない。こちらの呆れが伝わらなかったようだが、それ以上言っても無駄だろうとムジカは諦めた。
が、困ったことにセシリアの話は終わらなかった。乗り出していた体を戻して座り直すが、表情は険しいままだ。
「そもノーブルにとって、未熟とは許されることではないのよ。私たちの弱さが、戦えない人々を危険に晒すの。真に高貴を自称するならば、それに見合う振舞いと実力が必要なの。私たちノーブルに、惰弱は許されないわ――そうでしょう?」
「……なんだろーなー。言ってることはマトモだから頷いてもいいんだけど、微妙に抵抗感じるんだよなー」
「なんでよ」
セシリアは真面目な顔して言い返してくるが。彼女の格好が“レトロスタイルな貴族のコスプレ”にしか見えないムジカとしては、どうしても素直に頷けない。
お互い半眼で見合って、先に音を上げたのはムジカのほうだ。
「まあその辺はノーブル同士、内々でやってくれりゃいいとは思うが……アーシャの基礎力ねえ?」
「……うぼあー……」
散々な評価をされているとはわかっているのだろう。女があげていいものかわからない呻き声をアーシャがあげたが。
とはいえ、とムジカは認めた。それを責めるのは酷な一方で、ノーブルとしてのアーシャの能力に難があるのも事実ではある。単に初心者だから、というのは簡単だが、その彼女が戦場に出るのだ。未熟は死に繋がる――
と、ふと気づいてムジカは訊いた。
「そういや、その周辺空域警護隊への参加っていつからなんだ?」
「二週間後よ。時間的にはまだ余裕はある――けど、アーシャの実力向上を目的とするなら、そんなに時間があるとも言えないわね。毎日ノブリス使わせてもらうわけにもいかないし……」
単純に、整備の手間のことを彼女は言っているのだろう。
当然のことだが、訓練に使用したノブリスも点検や整備が必要だ。リミッター付きの魔弾で撃ち合った程度では大したダメージはないが、衝撃だけはそのままだ。内部の部品が破損することは十分にあり得るし、そうでなくとも機動系はデリケートな部分が多い。
そしてこれも仕方のないことだが、現在錬金科は慢性的な人手不足だ。メタル襲撃の件で修理が必要な<ナイト>がたんまりとあるので、各研究班は猫の手も借りたい状況だ。ただしろくに講義も受けていない一年坊はいても無駄なので、だからこそサジやムジカは遊んでいられるのだが。
だが、そんなノブリス周りのデメリットをすべて無視できる方法がないでもない。
(……まあ、ちょうどよかったってことなのかね?)
嘆息すると、ムジカは三人に告げた。
「わかった、なら午後はちと付き合え――ちょうどいい教材があるんでな。午後は俺の所属する研究班で、それ使って訓練しよう」
「教材?」
「座学でもするの?」
きょとんとする三人に、ムジカは『それは後でのお楽しみだ』と肩をすくめる。
なんにしろ、昼食を取ってムジカたちはプリュム亭を後にした。クロエの『また来てねー』を背後に、目的地へ向かう。
目的地は錬金科棟の一階奥、アルマ班の研究室だ。
顔を覗かせると、先に目についたのは部屋中央のテーブルで勉強していたらしいリムだ。こちらの顔を見ると、一瞬きょとんとした後すぐにむすっとした顔を作った。まだ不機嫌は続行中らしい。
ため息をついてそちらは諦めると、部屋隅の大型マギコンをいじっているアルマに声をかけた。
「今戻った。客連れてきてるんだが、ちょっと騒がしくしてもいいか?」
「ん」
言葉としてのアルマの反応はそれだけだ。顔をこちらに向けもしない――が、しれっとこちらに片手を伸ばして、手のひらをくいっくいっと動かす。
意図は察した。要するに賄賂を要求している。
マジかよ、とムジカは思わず呻いた。まあ確かに迷惑かけるんだからそれくらいしておくべきだったかと思うが、今は用意がない――
「――失礼、お邪魔させていただきます」
と、いつの間にやら部屋に入ってきたセシリアが、ムジカの前を横切っていった。
そしてこれまたいつから持っていたのか、小箱をアルマの手に渡しながら穏やかに言う。
「これ、うるさくするお詫びというわけではありませんけれど、プリュム亭のお茶菓子です。お納めいただけますかしら?」
「む? んー……ふむ。まあよかろ。許可する」
「ふふ。ありがとうございます」
アルマは見ていなかったが、セシリアはにこやかに一礼して戻ってくる。
若干呆れめいたものを含ませながら、思わず訊いた。
「……なんであんた、お土産なんか用意してたんだ?」
「ふふふ。こんなこともあろうかと、よ。マグノリアはノーブルの家系ですもの。礼儀にはうるさいの」
「……だってよ?」
「なんであたし見るのそこで」
これは背後にいたアーシャのぼやき。飯を食べたからか、多少は回復したらしい。
なんにしろ許可は取ったので、ムジカは目的のものを探した。今日別行動だったリムにお願いしていた物だ。
探し物はすぐに見つかった。部屋の隅にどんと鎮座している。
見た目は何と言うべきか、高さ二メートルほどの箱――というか筐体だ。カーテンで仕切られた中にはリクライニング機能のあるシートが一人分だけあり、箱の外には外部モニターが取り付けられている。他には椅子の上にケーブルの繋がったバイザーが置かれているが、目立つのはそれくらいだ。
未だ不機嫌そうにそっぽを向いてるリムに苦笑しながら訊いた。
「リム。アレ、今使えるようになってるか?」
「……セットアップは終わってるっすよ。いつでも使えるっす」
「オーケー、あんがと。使わせてもらうぞ」
「……っす」
明らかに不承不承と言った様子で、リム。
そんな彼女に苦笑しながら、ムジカは三人を引き連れて筐体のほうへと歩いていった。
と、サジが小声で訊いてくる。
「……リムちゃん、まだ不機嫌? 何やって怒らせたの?」
「まあ、ちょっとな。うちのルールというか、不文律をちと破った」
「ルール?」
「“過去は極力振り返らない。捨てたものにはすがらない”……ま、その辺はこっちの事情だ。それよりアーシャ、お前ちょっとその中入れ」
「ふえ?」
言うだけ言って話題をぶった切り、アーシャに告げる。いきなり呼ばれて彼女は驚いたようだったが、存外素直に言うことを聞いた。
そうしてシートに体を預けてバイザーまで被ったあたりで、ふと訊いてくる。
「……ところでこれ何?」
「何って。エネシミュだよ。ノブリスの戦闘シミュレータ。聞いたことねえ?」
「ああ、これが? こんなのなんだ。聞いたことあるよ。高い装置だって聞いたけど。どう使うの?」
「見てりゃわかる……ひとまずシート動かして楽な姿勢作れ。寝転ぶくらいでもいいが、間違っても寝違えるような姿勢はやめとけよ?」
「ふむ?」
怪訝そうに眉根を寄せながら、アーシャはガチャガチャとシートを動かし始める。
そうして準備が終わったのを見届けると、ムジカはカーテンを閉じてから、エネシミュを起動した。
真っ黒だった外部モニターに光が灯ると、ノブリスの機動シークエンスに似た表示が明滅した。筐体内からは『お? おお……?』とアーシャの声。被ったバイザーで同じものを見ているのだろう。
そうして機動シークエンスが終わると、モニターに表示されたのはリストだった。
「……? 何これ? 何のリスト?」
「演習項目だよ。ユーザーが設定した仮想戦闘のシチュエーションの――いや、その辺の説明はいい。とにかくその一番上のやつ選んでみろ」
「これ? この……“初心者用教導演習1”ってやつ?」
「そうそれ」
モニター上でカーソルが動き、リストからアーシャの言った“初心者用教導演習1”が選択される――
と、表示が切り替わった。リストは縮小化されて左端に小さく移動し、画面中央には演習内容が、右側には使用ノブリスである<ナイト>が表示されている。変更も可能だが、今回は標準仕様の<ナイト>だ。
そして問題の演習内容だが――
「なになに……? 本演習は、初心者ノーブルに向けたノブリスの基礎講習である。演習1ではノブリスの基本中の基本となる空戦機動について――」
「あー、そこは読まんでいい。どうせ大したことは書いてない。それより下側の“状況開始”ってボタンあるだろ? それ押せ、早く」
「んー……? あ、これ? あ、ちょ、え? なにこ――……」
「……アーシャ?」
アーシャの声が不自然に途切れ、心配そうにサジが名を呼ぶが。
モニターが一度、アーシャの操作に合わせて暗転した。同時、エネシミュが本格的に稼働を開始。使用者の魔力を吸い上げてこおぉ……と小さく稼働音を立てる。
そしてモニターが再び光を取り戻すと――どことも知れぬ景色がそこに展開される。
何もない、本島に青いだけの空だ。足元に広がる雲海が、切れ間も果てもなくどこまでも続く、ただそれだけの空。そして――
画面の中央にいつの間にか現れた<ナイト>が、わちゃわちゃと全身で動揺を表現しながらこう言うのが聞こえてきた。
『――れ……って、あれ? ここどこ? なにこれ、どうなってんの!?』
アーシャだった。
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