1-4 今お時間よろしいかしら!?

 セシリア・フラウ・マグノリアがどんな少女かと問われれば、答えはまあ、見てくれの通りの少女だと言えた。

 長く伸ばした金の髪に、氷のように澄んだ青い瞳。白磁の肌にすっとした鼻梁。整った顔立ちに、すらっと綺麗なプロポーション。美女と呼ぶにはまだ早いが、美少女の類であるのは疑いようもない。

 ではその美少女の何が残念かといえば……まあ、見てくれの通り、彼女の外見が自分を“ノーブル”の類であると殊更に――というかひたすらに――アピールしていることだろう。

 まず髪。毎朝丹念に巻いているのだろう、ボリューミーな縦ロール。今時そんな髪型、貴族でもやらないだろうというほどにボリューミー。

 次いで、制服。セイリオスの学生服はある程度の節度さえ守れば改造が認められているが、彼女の制服は“制服”というより“ドレス”である。色合いこそまだ落ち着いているが、なんだかやたらとフリルが多い。

 そして最後がこの――


「おーほっほっほっ! また会ったわね、アーシャ・エステバン! 今お時間よろしいかしら!?」

「……よくないって言ったら帰ってくれるのかな、この人……」


 ……もうなんというべきか、この“勘弁してよ”な高笑いである。

 総じてまとめてしまえば、アーシャのとっても苦手な人物だった。

 ちなみにだが、同じ戦闘科の同級生である。


「ところでさっき、誰か私の事うるさいって言った?」

「……気のせいだよ。たぶんね」

「そ? ならいいわ」


 セシリアはあっさり頷くと、我が物顔でこちらに近寄ってきた。どうやらもうご一緒するのは決定らしい。

 むすっとした顔でセシリアを睨んでいると、彼女はアーシャより先に、クロエに声をかけた。元々持っていたケーキ箱らしきものを見せながら、


「こんにちは、庶民。頼まれてたお遣い、行ってきてあげたわ。これで合ってるかしら?」

「え? あ。もしかして、喫茶フランソワーズ? うそ、買えたんですか? あのお土産セット?」

「ええ、もちろん。ちょっとツテがあったから……あなたたちじゃ、この時間の限定商品は買いに行きにくいでしょうしね。数はそんなに多くないけど、オーナーさんと分けて食べてね?」

「わあ……ありがとうございます!」

「構わないわよ、普段は私がお世話になってるもの。あ、今って注文受け付けてる? 季節のケーキセット、お願いできるかしら?」


 嬉しそうにするクロエにそう告げると、クロエは素直に頷いてキッチンのほうへとオーダーに向かっていった。

 それをしばし見送ってから、ぽつりと訊く。


「……知り合いだったの?」


 クロエとセシリアがだ。

 別にお目付け役とはいえ、アーシャとクロエは四六時中一緒にいるわけではない。だからクロエがセシリアと知り合いだろうが友達だろうがおかしくはないはずなのだが、不思議と呆然としてしまう。

 一方のセシリアといえば、なんてことはなさそうな顔で答えてきた。


「ええ。ここ、よく使わせてもらってるの。クロエさんがお手隙の時には、少しお話に付き合ってもらったりもしてるし。いい子よね、彼女?」

「いい子なのに、あだ名は“庶民”なの……?」

「あらやだ、ただのノーブルジョークじゃない。毎回庶民なんて呼ぶわけないし、通じる人にしか言わないわよ、あんなこと」

「……ノーブルジョークってなに?」


 聞いたこともないジョークの類に思わずうめく。が、明らかに藪蛇になりそうだったので、アーシャはそれ以上何も言わなかった。

 そして本当になんでか、彼女は許可も出してないのに相席する気満々のようだ。一度アーシャを、そして対面に座るサジを見やると、楚々とした微笑みと共に、


「ごめんあそばせ? 私、アーシャにお話がありますの。お隣、失礼させていただいても?」

「あー、えーと。どうぞ……というか、ボクはいないほうがいい話かな?」

「あら、お気遣いなさらず。あなた、アーシャのバレットでしょう? であれば、一緒にいてくださったほうが話もしやすいわ」

「そ、そう? なら、まあ……えーと。どうぞ……でいいのかな?」

「ふふ。ええ、ありがとう」

「……むう」


 そそくさと隅に寄って席を空けるサジに、思わず白い目を向ける。とはいえ、鼻伸ばしてんなーこいつ、とは言わない程度には、アーシャは大人のつもりだった。

 そして、ひっそりとため息をついた。

 別に、アーシャはセシリアのことが嫌いなわけではない――し、この少女がこちらを嫌っているわけでもなさそうだ、というのも察してはいる。

 ただどうにもわからないのは、この少女がここ最近、アーシャを構ってくるようになった理由のことだ。


 同級生で、同期のノーブルということは知っていた。授業で何度か顔を合わせてもいるのだから、名前くらいは覚えてもいた。戦闘の実力は相手のほうが上だ、と思う。それがどれくらいかはまだわからないが、少なくとも彼女は故郷で数年ほど訓練を積んできた、らしい。

 ただ、これまでしっかりと話をしたことはほとんどなかった――と、思う。少なくとも、談笑の類は入学してからこれまで一度もしてこなかった。


 それが変わったのは……というか、ちょくちょくつっかかってくるようになったのは、たぶん一週間前からだ。ちょうど、あの襲撃事件の後。同じチームを組んで、死線をどうにか切り抜けた後から。

 この前はたまたまアーシャのほうが彼女より長く戦場に残ったが……

 彼女と何かあったとすれば、思いつくのはそれくらいだ。


(それがなんで、こう……変に絡んでくるようになったかなー……)


 なんというべきか、からかわれて遊ばれてるような雰囲気を感じなくもない。何が一番面白くないかというと、たぶんそれだろう。

 セシリアとクロエの関係から見る限り、まあ悪い人ではないようなのだが。


「それで? セシリア、いったい何の用?」

「あらやだ、用がなければ会っちゃいけないの? 不景気そうな顔が見えたから、ちょっとちょっかい出してみたくなっただけなのだけれど」

「……話ってもしかしてそれ? 今はそういう気分じゃないんだけど」

「そういう気分の時ならちょっかい出してもいいってこと? あらやだ大胆」

「ちーがーうー!」


 口元を隠してビックリしたふりのセシリアに、アーシャは目を吊り上げた。カチカチ歯を鳴らして威嚇するが、セシリアは面白がるだけだ。

 と、その表情は変わらないまま、セシリアが訊いてくる。


「まあちょっかいはともかくとして、随分と不機嫌な顔が見えたから気になったというのは本当よ? 何か困りごと? 相談なら乗ってあげないこともないけれど?」

「…………」


 妙に恩着せがましい物言いなのが、どうにも気になるが。表情だけ見ればその実本当に心配しているようにも見えるので、アーシャは微妙な表情を作った。

 そして困りごとではないが、悩みがあるのもまた事実ではある。

 迷ったのは、それをセシリアに相談するのは心底癪なことだったが……

 ふと気になったのは、あの訓練の様子を見たセシリアが、ノーブルとして何を思うのかだった。

 自分は手も足も出なかった――では、彼女なら?

 そして一度気になってしまえば、引き返せないのがアーシャだった。


「……理由を見せてあげてもいいけど、見ても笑わない?」

「ええ、もちろん。なんならマグノリアの家名に誓ってあげるわ」


 さらりとそんなことまで言ってのける。そして実際に、それを嘘にしないのだろう。彼女はそんなところがある――まあ、詳しく知っているわけでもないが。

 ため息をつくと、観念してアーシャは携帯端末を操作して、空中に映像を投影した。

 映し出されたのは――


「二体の<ナイト>? 両機体、共に標準仕様ね……これの片方があなた?」

「そ。あたしは奥のほう。訓練に付き合ってもらったの……ただ、相手のほうは途中からハンデ付きになるけど」

「ハンデ付き?」


 それはどんな――と確認の声よりも早く、<ナイト>たちが動く。

 両者ともに、空へとガン・ロッドをぶっ放した。それが開始の合図だ。

 そうして両者、空戦機動から射撃戦に移るが――


『――にゃあああああっ!?』

「……今の、あなたの悲鳴?」

「……にゃああああ」


 まさかのあられもない悲鳴に、羞恥心をごまかすように呻くが、まあそれはともかく。

 戦闘のほうはといえば、端的に言えばひどいものだった。

 小刻みに小さく、だが機敏にその場を舞うように飛ぶ敵機と、おおざっぱ、大げさ、そして無駄も多くひたすら必死に飛び回るアーシャ機。特徴だけを抽出すれば、両者は相対的とも言える。

 優勢なのは常に敵のほうだ。敵側のハンデは相当にキツいはずで、もし同じハンデをアーシャが課されたとしたら、悲惨な結果になるのは間違いないはずなのだが……


「……全然当たらないわね、あなたの射撃」

「……しっかり狙ったもん」


 つい呻く。すねたような声になったのは癪だが、まあ事実だ。

 しっかり狙った。当たるとも思った――だが全部、避けられた。

 そう、流石にアーシャも自分が未熟なことは理解している。だからこそ、ムジカにせめて一撃でも与えるために工夫をしたのだ。

 素人の付け焼刃、といえばそこまでだが。わざとガン・ロッドの出力を絞って二連撃にしたり、補正をかけて弾速を変えたり。体をわざと揺らして撃つふりを交えたり、吹っ飛ばされてる最中の反撃なんて無茶もやった。出来得る限り、思いつく限りの工夫はしたのだ。

 だが全部ダメだった。そしてなぜダメだったのかがわからなかった。

 だから、セシリアに見てもらうことを思いついたのだ。第三者として、彼女にはわかるかどうか……

 と、不意にセシリアが言ってきたのは、よくわからないこんな言葉だった。


「ああ、なるほど。これは……随分と、人の悪い講師なのね?」

「人が悪い?」

「……まあ、確かに行儀のいい性格ではないかもだけど」


 サジと二人、きょとんと顔を見合わせて首を傾げる(ちなみにだが、わりとひどいことを言ったのはサジのほうだ)。

 だがなんにしても、セシリアはアーシャに気づけないところまで見抜いたらしい。

 不意に目を細めると、こう訊いてきた。


「……この相手、まさかムジカ・リマーセナル?」

「わかるの?」

「ええ。以前、講義であなたと撃ち合いしていたの、少し見ましたもの。この異様な反応速度と、最小限の動き。ガン・ロッドの射撃に合わせたみたいなタイミングで、ブースターを少しだけ吹かしてちょんと避ける。あの時とほとんど動きが同じね……」


 そういえば、そんなこともあったかと思い出す。ラウル講師の補佐として、ノブリスの操縦訓練に付き合うムジカが挑んだことがあった。結構前の話だ。最初の頃の戦闘科の講義のこと。

 その頃のことを、しかも見ていただけなのに覚えていたのか……と意外に思っていると、セシリアは少し考えこむように口元に手を当てた。


「……訓練に付き合ってもらったって言ったわよね? あなた、彼と親交があるの?」

「え? うん、まあ。最初にセイリオスで出来た友達だし」

「なるほど……ちょうどいいのか悪いのか……」

「ふえ?」


 奇妙な物言いに、きょとんとアーシャが首を傾げると。

 セシリアは改まったように真面目な表情をして、ぽつりと呟いた。


「少しね……彼に、話があるの。仲を取り持っていただけないかしら?」

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