1-2 なんだか、かなり嫌われてるみたいだな

 

!? !?


 という悲鳴は、思わずムジカ自身があげてしまったものだった。

 セイリオスの中枢機能たる学園。その中の一つ、錬金科棟にて。ムジカがその凶報を聞かされたのは、彼が所属する研究班、アルマ班の研究室に顔を出した直後だった。

 研究室の中央。来客用も兼ねるテーブルには、今二人の人影がある。奥側に座っているのが、こじんまりとした白衣の少女――ムジカたちの先輩にあたる班長、アルマだ。顔には露骨な不機嫌を浮かべ、険悪な半眼で不貞腐れている。


 もう一方、対面にいるのはムジカの知らない男だった。

 椅子には座らず、見下ろすようにしてアルマを見据えている。歳のほどは、おそらく二十歳前後。大柄な、神経質そうな顔つきの男だ。上級生なのは疑いようもない。表情は澄ましてこそいるが、その顔には険が見える。

 気になったのは、制服に取り付けられた腕章だ。そこにあるのは文字ではなく、盾を背景にした翼と剣の紋章――つまりはセイリオス周辺空域警護隊の隊章だ。

 それからわかることは、簡単には二つ。一つ目は、この男がおそらく“ノーブル”であること。

 そしてもう一つは、おそらくは面倒事の類だという嫌な予感だった。

 と、こちらの悲鳴に気づいた男が、こちらを一瞥してつまらなそうに呟く。


「没収などという言い方は不当だ。撤回してもらおう」

「ならば、不当接収辺りが妥当かね?」


 それに言い返すアルマの不機嫌は最高潮だ。彼女が傭兵だったなら、発言の最後につばでも吐いたかもしれない。

 視線を戻した男を迎え撃つように、アルマはそのまま吐き捨てた。


「そんな、どうでもいいことにこだわっているとも思えんがね。何の権利があって、などと口論するのも面倒だ。ちょうどいいタイミングで助手が来たんだ。用件をさっさと述べたまえよ」

「私も、口論する気などない……が、その前に、改めて名乗らせてもらおう」


 と、男はムジカに向き直って、唐突に名乗ってくる。


「セイリオス周辺空域警護隊副長、ガディ・ファルケンだ。ここに来た用件は、貴殿らにかけられている、とある容疑の取り調べだ……まずは、手荒な真似は控えたほうが賢明だ、と言っておこう」

「取り調べ……? ……とうとう捕まるようなことやったのか?」

「……なあ、助手よ。その発言は私のことをどう見てるのか白状したようなもんだぞ」


 威嚇するように歯をカチカチ鳴らしながら、アルマ。どうやら彼女は身の潔白を確信しており、こちらの反応を不当だと思っているようだが。

 威嚇はひとまず無視すると、ムジカは一度部屋の奥、ガラス張りのパーティションの先を見やった。そこにあるのはガレージだ。錬金科棟の生徒が何かしらの制作物を設計したり保管したりするための作業空間。

 広大な空間のその奥、ハンガーに三機のノブリスが懸架されている。ラウルの<ナイト>に、整備用<サーヴァント>――


 そして問題のノブリス、技術試験や新規開発、設計用のテスト機体、<ダンゼル>。


 見た目だけを評するのであれば、それは奇妙なノブリスだった。

 装甲板の類がほとんどなく、左右のガントレット・マニピュレータのサイズも不揃いで、ブーストスタビライザーを含めた背部レイアウトは突貫工事のような雑さ。唯一マシなのは脚部のフライトグリーヴだが、それにしたって一発被弾で機能停止必至の性能最優先、安全性度外視モデル。

 総評すれば、まともな機体ではない。

 だがこの機体が真実、一週間前にこの浮島セイリオスを救ったのだ。

 視線を男――ガディに戻すと、彼はそれを待っていたかのように説明してきた。


「貴殿らの<ダンゼル>には、使用の禁止されている魔術兵装搭載の疑いが持たれている。全島連盟法には、浮島を“安易に”破壊しうる兵装の搭載を禁止している条項がある。本件ではその調査のため、当該ノブリスを押収する」

「使用を禁止されてる魔術兵装? ……イレイス・レイのことか?」


 あの<ダンゼル>で使用する武器のことだ。ムジカが<ダンゼル>を異形と評する理由の一つでもある。

 イレイス・レイ――正確には、イレイス・レイ用共振器。遠距離戦を主体とするノブリスの主兵装、ガン・ロッドの代わりに<ダンゼル>に搭載された、唯一の武器だ。

 見た目こそただの剣だが、その実態は振れたもの全てに情報崩壊を仕掛け、全ての防御を無効化して最小結合単位にまで分解する魔の閃光――その魔術が刻まれた“魔剣”である。

 問題視されたのはそれのようだが、アルマは鼻で笑ってみせた。


「はっ。なら、見当違いもいいところだな。アレはあくまでガン・ロッドへの搭載を禁止しているにすぎん。“情報崩壊”の弾丸化の禁止だな。あの<ダンゼル>に積んでるのは専用の“共振器”だ。ガン・ロッドではないのだから、違法でもなんでもない――」

「――だが、本義である“浮島を破壊しうる兵装”という点は変わらない。確かに罪ではないのかもしれないが……」


 負けじとガディも言い返しながら――

 男が表示したのは、一週間前の事件の戦闘記録だった。メタルの大群を前に、件の<ダンゼル>級――つまりムジカが暴れまわる光景だ。

 ガディがピックアップしたのは、その最後のほうだった。


 天高く、大型メタルを前に、上段に剣を構えた<ダンゼル>。その手に持つ剣――イレイス・レイ用共振器が全力の光を放つ。

 天まで伸びる柱のように、というと大げさだが。それでも相当なサイズの光だ。この光全てが、振れたものを無に帰す情報崩壊を引き起こす。

 ガディはそこで、その映像を止めた。

 そしてじっ……と、アルマとムジカを険しい表情で睨んでくる。


「あるいは、ガン・ロッドに搭載するよりも危険なのではないかね?」

「…………」


 対するアルマはムジカを手招きすると、そそくさとガディに背を向けた。

 応じてムジカがアルマに近寄ると、小声で言ってくる。


「……おい助手よ。これ、言っとくがキミのせいだぞ」

「ああ? なんでだよ。俺は使えるように使っただけだぞ?」

「あんなの仕様に盛り込んどらん! 魔力の過供給など明らかに仕様外の使用だろう! あんな派手なこと、やれるかもとは思ってても、ホントにやるとは思ってなかったわ! キミが無茶したせいであの<ダンゼル>、内部に滅茶苦茶な負荷がかかって一度バラす必要が――」

「――無駄話は後にしてもらおう」


 と、こちらの内緒話に差し込むように、ガディが声を上げる。


「全島連盟法には違反していないという貴殿らの主張、まことに結構。別に、貴殿らを罪に問おうとしているわけではない――し、事実、ガン・ロッドへの搭載ではない以上、脱法的ではあっても罪にはならないだろう」

「だったら」

「だが、実態が実態なだけに、我々も見逃すわけにはいかないのだよ」


 アルマの口論を途中で遮って、ガディは言い切った。

 そして……冷たい瞳でムジカを一瞥すると、こうも囁いた。


「ましてや、それを持つのが背教者たる傭兵ではな」

「…………」


 その声には――明らかに、こちらに対する侮蔑が見えたが。


「背教者、ねえ……?」


 舌の上で転がすように、ムジカはその単語を繰り返した。

 何を言っているのかは容易に分かった。“ノーブル崩れ”――この世界で“蒼き血”を持ちながら、“ノーブル”であることをやめた者にはついて回る問題だ。


 ――私欲のために、“名前も知らないノブリス・誰かのためにオブリージュ”から背いたゴロツキ。


 人々を守るための力であるはずのノブリスを、そのためには使わない傭兵は、だからこそ蔑まれる。この空の汚点――裏切り者の代名詞として。

 そしてだからこそ、ムジカは頬を吊り上げて嗤ったが。


「――随分とまあ、人を見下すのがお好きなようだが」


 その言葉を囁いたのは、ムジカではなかった。

 アルマだ。意外なところからの反論にガディが眉根を寄せたが、彼女は気にせずに言葉を突き付ける。


「何か勘違いしているようだがね。元はといえば、あの<ダンゼル>を出す羽目になった経緯のほうに問題がある。罪には問わないが、調査はする……というのが警護隊の主張だったか? であれば、それがどうして必要となったのか、そして何に使われ何を成したのかも明確にしてくれるんだろうね?」

「……何が言いたい?」

「調査書にはこう書いておけと言っているんだよ。『我々があの<ダンゼル>を用意したのは、セイリオスの周辺空域の警護を任としながらもその役目をろくに果たせなかった、“役立たず”の――』」


 役立たず――その言葉が出た、まさにその直後だった。


!!


 ガディが叫び、テーブルに拳を叩きつける。

 それはこの男が初めて見せた激情だったが。

 まっすぐに睨み合って、三秒。恥じ入るように身を引くと、だがそれでも繰り返す。


「……二度と、我々を役立たずと呼ぶな」

「呼びたくて呼んでるとでも思ってるのならお笑い種なんだがね」


 対するアルマはどこまでも嘲笑的だ。ガディの怒りなど意にも介していない。真正面から大の男ににらまれて、それでもなお笑みを引っ込めなかった。 

 なんにしろ、それで多少は溜飲が下がったらしい。不機嫌こそ変わらないが、軽蔑の類の笑みを浮かべて、アルマは肩をすくめてみせた。


「ま、私としてはどうでもいいよ。アレを持っていきたいなら好きにしたまえ。ただし、アレの魔道機関は私の物だ。調査が終わったらとっとと返せ」

「………………」


 明らかに不快だったのだろう。ガディの眉間にはしわが刻まれ、狂相とも言える表情でアルマを睨むが。

 そのまま何も言わず、ガディは二人に背を向けた。

 そして部屋を去っていく――<ダンゼル>はそのままだから、後でまた来るということか。

 その背中をしばし見送ってから、アルマが深々とため息をついた。


「はー……やれやれ。大した罪でもないんだから、目をつむればよいものを。これだから頭でっかち共は……」

「まあ、その辺は別にどうだっていいが……」


 言いながら、ムジカはガレージのほうを見やった。そこにはまだ――当たり前のことだが――<ダンゼル>が懸架されているが。

 思い出していたのは、それを――そしてムジカを見るときの、あのガディの視線だった。


「なんだか、かなり嫌われてるみたいだな」

「む? それはまあそうだろう。連中からすれば、私たち二人はくびり殺したい程度には疎ましい敵みたいなものだろうし」

「……あん?」


 理解できず、きょとんとアルマを見やる。

 と、アルマはテーブルに頬杖をついて、うんざりしたように言ってきた。


「一週間前の、あの大規模メタル襲撃事件。あれは私たちのおかげで切り抜けたと言っても過言ではないわけだが……そのせいで、面目が潰れた奴らもいるだろう?」

「……ノーブルどもか?」

「というより、空域警護隊だな。キミがメタルの巣を発見してきたのもよくなかった。おかげで彼らのメンツは丸つぶれだよ。戦闘でも超大型を墜としたのはナンバーズだし、戦局を変えたのもラウル講師だったようだし。空域警護隊は大して戦果を挙げられず、名誉挽回を計れなかった。役立たずって言ったら怒っただろう。あれはつまり、そういうことだよ」


 呆れたように手のひらをひらひらと振って、アルマは言い切るが。

 ふと思い出したように、こう付け足してきた。


「……スバルトアルヴって、もしかして“アレ”の関係者か?」

「そうだよ。“アレ”の関係者さ」

「……マジかよ」


 久しぶりに訊いた嫌な名に、思わず苦い顔でうめいた。ほとんど忘れかけていた名だ。

 スバルトアルヴはある浮島の名だ。少し前に、その出身者と揉め事を起こした。騒動自体はメタル襲撃事件のすぐ前あたりの出来事なので、さほど時間が経っているわけでもないのだが……今となっては思い出したくもない類の記憶だ。

 だが、その名を今聞くことになろうとは、とムジカは頭を抱えた。変なところで変な因縁ができていたらしい。


「でもだからって、それで俺たちが気に食わないから<ダンゼル>かっぱらうって? 逆恨みだろ?」

「あっちは正統な恨みだとでも思ってるかもしれんよ? 身内の後輩が人生ドロップアウト決定の上、自分たちの顔に泥を塗られたわけだしな」

「…………」

「ま、大したことじゃあない。連中も、キミがあの冷血女――レティシアの紐付きだってことはわかってるはずだ。こんなことでアレにケンカを売って、タダで済むと思い上がるほどバカでも無謀でもなかろうし。少し待てば玩具も返ってくる。それまで暢気に待てばいいさ」


 あくまであっけらかんとアルマは言う。その表情にはなんの口惜しさも覗いていないが。

 目を細めると、ムジカはぽつりと聞いた。


「本音は?」

「あんな突貫工事の未完成品を私の作品扱いされたくないから、とっとと返してほしい。なんで一切悪いことしてない私が辱められなきゃならんのだ?」


 しれっと、だがものすごく不機嫌そうに顔をしかめて言うアルマに、ムジカはひっそりとため息をついた。

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