エピローグ 前
セイリオスの学園内、医療科棟の、どこかもよく知らない病室にて。
「――私、言いませんでしたかね? ノブリスの操縦なんて、もってのほかだから安静にって」
「……いやまあ、確かに聞きましたけど」
「腕の骨、固定がズレてます。手術はやり直しですね。ついでに肋骨もへし折れてます。あと急性魔力衰弱の症状も出てますね。ぶっちゃけ過労です。熱も出てます。辛いでしょう? どんな無茶したら一日でこんな死にかけみたいな状態になるんですか?」
「……少し、事情がありまして」
「存じております。ですけど、入院ですからね。治るまで出すなと言われてますので、あしからず」
「……はい」
としか言いようがなく。
ムジカはそのまま容赦なく、入院病棟へと叩き込まれたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「やっほームジカー。元気ー?」
「……なように見えるか?」
「全然?」
医療科棟奥にある、入院患者専用の病室。ムジカはのっそりとベッドから身を起こすと、暢気にしているアーシャたちいつもの三人を出迎えた。
割り当てられた個室は快適とは言い難いが、まあ悪いというほどでもない。ただこじんまりとしているせいもあって、そんなところに三人も来客があれば少々窮屈ではあった。
一応来客用の椅子はあるにはあるが、一個だけしかないし、ついでに言えば既に使用中でもある。
アーシャたちもそれに気づいたらしい。ムジカのベッドの上を見やって、きょとんと言ってきた。
「……あれ? リムちゃん、寝てる?」
「まあな。気にしないでいいが、極力起こさないでくれ。説教疲れで寝てるだけだ」
「説教疲れ? なんで説教されてたの?」
と、クロエが首を傾げて訊いてくる。
だがムジカからすれば“さもありなん”としか言いようがない。肩をすくめて苦笑した。
「そりゃまあ、入院させられるくらい無茶したからな」
ズタボロの容態を見せびらかすように、肩をすくめる。幸い熱はもう下がったので、気分はそこまで悪くはないのだが。
「リムの反対押し切って、好き勝手やったらこのざまだ。ノーブルでもねえのに無茶するなんて、バカじゃねえのって散々だよ。おかげで耳にタコができそうなくらい怒られた。どこからあんだけ不満が出てくるんだか」
「それはまあ、心配かけたんだから、そういうものじゃないかな? ……私たちも、説教したほうがいいのかな?」
「ボクも? まあ、言いたいことは確かにちらほらあるけど」
「勘弁してくれ。というかアンタらの説教相手は隣にいるだろ。絞るならそっちをこってり絞ってとけよ」
「それもそっか。そういえばアーシャにはまだしてなかったっけ、お説教」
「ひぃ!? こっちに矛先が来た!?」
クロエがポンと手を打つと、アーシャが悲鳴を上げてサジの陰に隠れる。そのサジもどちらかと言えば説教する側の立場なので、隠れて意味があるかは微妙なところだが。
かしましい三人に苦笑しつつ、ムジカは窓の外に視線を投げた。
見たかったのは、セイリオスの眺めだ。一昨日のメタル襲撃を乗り越えた後の。
戦いは無事、セイリオスの勝利に終わった。戦闘は一昨日の時点で完全に収束し、騒動は終わったと言えるようになった――が、まだ“後片付け”が残っていた。
最も被害が大きかったのは、メタルによって破壊された浮島外縁部だろう。ついで損傷を負ったノブリス――そして負傷したノーブルたち。
被害はノブリスだけでなく人間側、つまりは戦ったノーブルたちにも出た。あれだけの戦いだったのだから、セイリオス側が無傷だったはずもない。ムジカ以外にも、入院させられた人間は何人もいるらしい――……
と――トントン、と。
控えめなノックの音の後に、その声は聞こえてきた。
「――失礼します。入ってもよろしいでしょうか?」
「誰だろ。お客さん? はーい、どうぞー?」
「なんでアーシャが返事するの。まったくもう」
クロエのため息混じりのツッコみ。その声まで聞こえていたのか、扉の先から躊躇いの気配を感じたりもしたが。
入ってきたその人を見た三人の反応は、くしくも全く同じだった。
「……え?」
呆然と、入ってきた人物の顔に見入っている。
特徴的なのは、長く伸ばした金髪に、どこかおっとりとした藍色の瞳。穏やかに微笑みを浮かべるその顔は、この浮島であれば誰もが知っているものだ。
その人物は微笑みもそのままに、小さく頭を下げて挨拶してくる。
「おはようございます、みなさん。ご歓談中のところ、失礼させていただきますね?」
「せ、せ、せ……生徒会長!? な、なんでこんなところに!?」
「人様の病室をこんなとこって言うんじゃねえ」
アーシャの悲鳴じみた声に、胡乱な目を向けてぼやくが。
すぐに怪訝に切り替えて、ムジカはその来客――この浮島の支配者、レティシア・セイリオスを見やった。確かに、変な話ではある。まだ忙しいだろうこのタイミングで、わざわざムジカに会いに来るなど。
レティシアはそうしてムジカの前まで歩いてくると、傍で眠るリムにようやく気付いたらしい。ほんの少しだけ声量を落として訊いてきた。
「二日ぶりですね、ムジカさん。お体の具合は?」
「見ての通りだ、よかねえな。仕事の依頼ならラウルに押し付けてくれよ。医者にも散々に怒られてるんでな」
「もちろん、承知しております。お体はお大事に。その代わり、ラウルおじ様をしばらくお借りしますけれど。よろしいですか?」
「稼ぎ時ってこったろ? しばらくこき使ってやってくれ。どうせパワー有り余ってるだろうしな」
そのラウルだが、今はいない――後片付けの現場指揮に駆り出されているようだ。
超大型メタル討伐のほうに参戦していたラウルだが、聞いた話によれば、戦闘後半にすさまじく暴れ倒したらしい。
ちょうど、リムとムジカが戦闘介入を宣言したタイミングだ。それまで後方支援部隊の指揮を担当していたラウルは、リムの介入宣言を聞いた直後に指揮を放り投げて前線に出張った。そして獅子奮迅の働きをした……らしい。
リムに言わせれば、“最初からそうしとけばよかったんすよ。後から役に立ったって仕方ないっす。だからダメなんすよあのおじさん”とけんもほろろだが。
と、アーシャが急に慌てて口を挟んでくる。
「ちょちょちょちょ、生徒会長相手にその口調はっ!?」
「大丈夫ですよ? 私からOKは出しておりますし。ほら、彼は私の直属ですから?」
「……その直属ってやつ、リムの方便じゃなかったのか?」
ラウル傭兵団の戦闘介入の際、リムが宣告した件だ。
当たり前の話ではあるが、本来ならノーブル以外の者による戦闘行為はご法度だ。例外は緊急事態と権利者による承認を得ている場合、つまりは傭兵として雇用されている場合だが。
実を言えば、この辺りがムジカたちの場合、かなりグレーな状況だった。
なにしろ今回、傭兵としての雇用契約はラウルしか結んでいない。リムとムジカは、セイリオスではあくまで“学生”なのだ。
それをリムは、セイリオス管理者直属――つまりはレティシアの命令でやっているとごまかした。“事後承認でいいから、傭兵契約しとけよ”というある種の脅しだ。
おかげでレティシアは、リムとムジカに報酬を払わねばならない状況に追い込まれたわけだが。
そんなことなど大して気にもしていないようで、レティシアはふふふと微笑んでみせた。
「ええ、まあ。でもいい響きですよね、直属って。おかげで私、気軽にムジカさんとお話しできる立場になれましたし?」
「仕事の話なら、先にラウルに振ってくれよ。一応はアレが俺たちの保護者だからな。ヘタに勝手するとへそ曲げるぞ、あのおっさん」
「それはあまり、よろしくないですね……ええ、承知しました。何か頼みごとをするときは、ラウルおじ様にもお話を、と」
というより、ラウル傭兵団の話なのだから、団長を通すのが当たり前なのだが。
まあ雑談としてはこんなところで十分だろう。いきなり本題に入るのは不躾ということで、そのためのワンクッションだ。
そうしてレティシアは、本題に入るためだろう。一度深呼吸をして表情を改めると――
すっと、静かに頭を下げた。
「まずは、感謝を。あなたが東側のメタルを殲滅してくれたから、このセイリオスは救われました……仮にノーブルが残ったとしても、非戦闘員に甚大な被害が出たことでしょう。この浮島が存続できるのは、あなたのおかげです」
「……別に、仕事をしただけだ。大したことはしてない」
「……ふふふ。そういうことにしておきましょう」
本当は、仕事でもなんでもない。あの戦闘介入は、ムジカ自身の意思でやったことなのだから。
だが建前は大事だし……なにより、ムジカはそんなことのために戦ったわけではない。だから、その礼を受け取るのは筋違いだろう。
そんなムジカに苦笑して。次にレティシアが呟いたのは――
あるいは、そちらこそが本題だったのかもしれない。
「ねえ、ムジカさん。あなた、
「……っ!」
「それって――」
声をあげたのは、おそらくアーシャだろう。ムジカはといえば、しばらく何の反応もできなかった。示されたものの重さに息を詰まらせていた。
古典的な言い方をすれば叙爵だ。一介の傭兵が、お偉方に見出されて貴族の仲間入りを果たす。
現代において傭兵の源流はノーブルだ。ラウルもムジカも、血筋や能力という点で不足はない。今回の事件で、セイリオスの戦力不足が浮き彫りにされたこともある。それも踏まえれば、レティシアの要求は正しい選択だと言えただろう。
だがムジカはゆるゆると首を横に振ると、苦笑と共に静かに告げた。
「悪いが、ガラじゃない。“顔も見えない誰かのために”って思想、好きじゃないんだ。そんな理由じゃあ戦えない」
「……なら、あなたは何のために戦うのですか?」
「さてな。それがわからないから……俺はまだ、傭兵でいい」
父の問いの、答えをまだ見つけられていない。
その答えがわかるまでは、自分はきっと“ノーブル”にはなれない。なってはいけないのだと思う。
そして、と、内心でだけ苦笑した。
(“ワガママ”なんて理由で、戦うわけにもいかねえしな)
そんな理由で戦うノーブルなどいないし、許されないだろう。だからこそ、それは自分なりの戒めでもあった。
しばらくの間、レティシアは口を閉ざしていたが。
観念したように嘆息すると、彼女は出来の悪い弟でも見るような目をして、くすりと笑った。
「仕方のない方……ええ、では仕方がありません。
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