5-3 遅えんだよ

「――逃げずによく来たねえ、平民」

「…………」


 嘲るように敵がそう言うのを、ムジカは無言で聞いていた。

 見世物として、引きずり出された演習場。観客席は遠く、客の瞳が何を浮かべているのかはここからではわからない。

 決闘に至った経緯は既に公示済みだが……彼らは何を思っただろうか。バカバカしいと思ったか? それともよくやったとでも思っているのか。一番あり得そうだと思えたのは、これだった。

 ――どうでもいい。それよりさっさと戦ってみせてくれ。


(まあ、そらそうか。誰かがノーブルを怒らせたってだけだしな)


 嘆息しながら、視線を演習場内に戻す。中央には自分も含め、三機のノブリスが立っていた。自分に、何やらさえずっている決闘相手、そしてレフェリーの三人。

 全員バイザーを被っているから、こちらも表情はうかがい知れない。だがレフェリーはともかくとしても、もう一人が何を考えてるかは容易にわかりそうなものだ。

 そうしてムジカは、改めて纏った自らの<ナイト>を確認した。各部モジュールを稼働させないまま、魔力だけを注いで感触を確かめる。コンディションは良好。機能に不全はない――真新しい装甲から察せる通り、この<ナイト>はほぼ新品の状態だ。


(つまり……多少無茶しても、簡単には壊れない)


 左手に持つガン・ロッドもまた、表面を見た限り使用した形跡はないが。


「――どうせ勝てないというのに、健気なことだね。敗北したときの言い訳の準備は――」


 そこまでを確かめたところで、ようやくムジカは何か言っている相手を見た――いや、見上げた。なにを話していたかは聞き流したので知らないが。

 なぜ見上げたかと言えば、単純にダンデスの纏うノブリスが大きかったからだ。

 全長は3メートルを大きく超える。2.5メートル程度の<ナイト>よりも明らかに大きい。外観から窺えるコンセプトは、装甲を重視した重機動型。先日のランク戦で見た<カウント>ウェズンとは異なり、“耐えて迫る戦闘”を指向したタイプだ。

 相手の攻撃を装甲で受け、反撃で落とす。そのためのガン・ロッドは特注仕様の超大型。火力と装甲でゴリ押す戦術指向は、ノブリス・アーキテクチャの完成系の一つとして知られるが。


(装甲と火力と機動性、全てを高水準でまとめられるほど、<ナイト>の出力に余裕はない……それにあの腰部。魔道機関の規格は――)

「……おや? まさか卑怯とは言うまいね?」


 その辺りでようやく、意味のある言葉を耳が拾った。

 嘲笑だ。ムジカを嗤っている。


「そう。ボクのノブリス、“ロア”は確かに<バロン>級だ。だが優れたノブリスを、優れたノーブルが持つのは当然のことだ。持たざる者が、持ち得た者に歯向かうほうが悪いんだよ。何を勘違いしたのか知らないが、君たち下賤の者ごときが――」

「――レフェリー」


 その長口上を、途中でぶった切って。

 半ばうんざりとしながら、ムジカは告げた。


「バカがうるせえ。とっとと試合を始めてくれ」

「なっ!? お前……!!」


 軽い侮辱にも我慢できないらしい。ダンデスが怒りに拳を握り締めたが。

 明らかに、レフェリーもうんざりしていたのだろう。ダンデスが動き出す前に、さっと硬質な言葉を挟んだ。


「それでは決闘開始前に確認を――本決闘は戦闘科一年、ダンデス・フォルクローレが、錬金科一年ムジカ・リマーセナリー、並びに三年アルマ・アルマー・エルマに挑んだものである。本決闘後、勝者は敗者へ一つ要求を課せるものとし、敗者は可能な限りこれを遂行しなければならない。反論はあるか?」

「ない」

「……ふん。ない!」


「では次に、決闘条件の確認を。両者は自らのノブリス単機でもって、相手に立ち向かうこと。勝敗を定めるのは以下の三つ。

 一つ、頭部バイザー並びにバイタルガードの著しい損傷により、これ以上の戦闘継続は困難と判断された場合。

 二つ、損傷増加により戦闘能力を喪失したと判断された場合。

 三つ、決闘者の戦意喪失が確認された場合。

 なお本三項目以外で緊急性が高いと判断された場合、決闘管理委員会預かりとして、決闘の中止を宣言する場合があることに留意されたし。何か意義申し立てがある場合は今のうちに申告するように」


 申告はない。それを見て取ると、レフェリーは二人から離れるように大きく後ろへ飛んだ。

 試合開始を目前にして、ダンデスがムジカに侮蔑と憎悪を囁く。


「覚悟しろ、平民。二度と僕に歯向かえないようにしてやる……」

「…………」


 ムジカは何も言い返さなかった。

 ただ内心で、静かに肯定した。



 もはや戦場には二人だけ。バイザー越しでもわかる、嘲りの気配。敵をムジカはまっすぐに見据えた。

 二人を視界に収めて、レフェリーが宣告する――

 ――同時に、アルマからの緊急通信。


!! ――』

「汝ら、“義務負いし者”なり――誇りを胸に、信念を示せ!!」


 ――それが開始の合図。


 ダンデスは即座に行動した。セオリー通りに後方へ跳躍。牽制のためのガン・ロッドが、ムジカを捉えようと持ちあがる。

 だが所詮は練度不足のノーブルの動きだ。後退と合わせて撃とうとしたせいで、銃口はムジカを捉えていない――

 

 その全てを、ムジカは見た。

 見ていた。

 


 ――


 フライトグリーヴ、ブースターに魔力を全力で過供給。爆発したのかと思うほどの轟音を立てて前へ、前へ。視界に映る何もかもを置き去りにして、音速すら超えて前進する――

 その全てが、まばたき一つにも満たない刹那。


「――あえ?」

「遅えんだよ」


 後方へと飛んだダンデスを、眼前に追いついたムジカが嗤う。

 そして勢いのまま、右ガントレットを突き出した。

 前進推力に純粋腕力――そしてM・G・B・Sを切断したことによる質量打撃。装甲が砕ける轟音と共に、ダンデスが悲鳴を上げて吹き飛んだ。

 熟練者なら、それでも即座に切り返す。ラウルなら――まずこの一撃自体捌かれただろうが――吹き飛ばされながらも姿勢を制御し、飛び退きざまにガン・ロッドをぶっ放してくる。

 だが相手、ダンデスはそれをしなかった。いや、それどころではなかった。何をされたのかも理解できないまま、無様に空に溺れていた。殴られた勢いのまま地面を跳ね、勢いも殺せずに後方のフェンスに叩きつけられる。


 ムジカは容赦せず、それを追いかけた。

 再び全力での直進。衝撃から回復したダンデスが慌ててガン・ロッドを振り上げるが、遅い。

 それよりも早く懐に飛び込んで、ガン・ロッドを蹴り上げた。つま先で掌を穿ち、ガン・ロッドを吹き飛ばす。

 そして蹴撃に持ちあがった腕を掴むと、ムジカはダンデスを振り回すようにして地面に叩きつけた。相手がM・G・B・Sを切断していなかったから、ひどく簡単な作業だった。

 そうして最後、地に倒れ伏す相手の背中を踏みつけて……息を吐く。


(……拍子抜けだな)

 

 本来なら距離を取って魔弾を撃ち合う、ノブリス同士の基本戦闘。それを裏切っての近接戦闘もまた、ノブリス戦のセオリーの一つだ。逃げようとする相手を追いかけての近距離戦闘はザラにある――し、ムジカの本領はそちら、あるいはその更に先にある。

 今となっては誰もやらなくなった、ゼロ距離格闘こそがムジカの納めたノブリスの扱い方だった。

 この戦い方なら、ガン・ロッドなど関係ない。アルマが何かを見つけたようだが、ムジカはハナから普通の戦い方を捨てていた。これが傍から見れば、異様な戦い方だとも知っている。その証拠に、周囲は静まり返っていた。


 凍りついた観客席を、他人事のように一望して――そして今、これまで使わなかったガン・ロッドを空に突き付ける。

 こんなのは、ただのパフォーマンスだが。

 ちらと、一度だけレフェリーを見やった。決闘管理委員会が派遣した、この決闘の立会人だ。試合を止める様子もないが、気配で狼狽えているのがわかる。おそらく、彼は何も知らないのだろう――


(ツイてないな、アンタも)


 彼に一度だけ哀れみを向けてから、ムジカはガン・ロッドに魔力を限界まで送り込む――

 ――そして引き金を引くより早く。ガン・ロッドは半ばから大きく爆ぜて、ムジカの左腕を飲み込んだ。


「……どうせ、そんなこったろうと思ったよ」


 爆散したガン・ロッドを睨んで、ムジカは怒りを囁いた。

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