5-1 だが平民は金と権威で簡単になびく

「納得いかない――納得いかないっすよ、こんなの!!」


 セイリオス学園裏にある、中央演習場。ノブリス用格納庫と一体になった控室に怒りを吐き出したのは、リムだった。

 外――というか一部は頭上からも響いてくる観客たちの歓声に、彼女の声は負けていない。手に持つスパナを全力で握り締めているが、幸か不幸か彼女にそれを捻じ曲げる力はないようだ。

 控室はハッチが閉ざされており窓もないため、少々陰気な雰囲気だが。部屋隅のベンチに腰掛けながら、ムジカは怒る少女に呆れ声をかけた。


「おいおいリム。そう怒んなよ。仕掛けられた以上は仕方がねえさ」

「なーんでそう行儀よくしてられるっすか!? あいつら、喧嘩売ってきてるんすよ!? こんな見世物みたいな扱いまでさせられて! アニキはもっと怒るべきっすよ! アニキが怒らないなら、あーしが怒るっす!!」

「そーかい。んじゃまあ、頑張ってくれとしか言えんが」


 気炎を吐くリムだが、言葉を尽くしてもこれは納得しないだろう。

 ダンデスとかいうノーブルのバカのせいで、渋々やらされることになった決闘当日。開始数十分前の今、リムの怒りは絶好調といったところだ。物に八つ当たりする性格でないのが唯一の救いだが、決闘騒ぎがバレてから今日まで、彼女の取り扱いにかなり苦労させられた。

 リムが気に食わないのは、まあ概ね全てだ。そもそもの原因が相手の自業自得であること、にも関わらず反省の素振りさえないこと、責任転嫁した挙句に決闘を挑んできたこと、決闘管理委員会がこんなバカげた決闘を承認したこと――まあ、挙げればきりがないのだが。

 ひとまずガルガル唸るリムの頭に、ムジカはぽんと手を置いた。


「……なんすか。いきなり」

「いや、特になんもねえけど……まあ落ち着けよ、らしくもねえ」

「これがどうして落ち着いてられるっすか!!」


 ぺしっと頭に置いた手を払うと、リムは腕時計型の情報端末を操作した。

 空中に投影されたのは、今日公開された、今回の決闘の詳細だ。決闘を挑んだ経緯と目的、それに対する反論、勝者の報酬などいろいろ書かれているが。

 目が滑って仕方ないのだが、どうにか読み上げる。


「“愚昧なるアルマ研究班は、浮島スバルトアルヴの名家、フォルクローレの嫡子たるダンデスを公然と侮辱した。しかるに私、ダンデス・フォルクローレはこれをフォルクローレ家に対する名誉棄損と判断し、決闘に臨むこととした。私が勝利した暁には、愚昧なるアルマ研究班は我がフォルクローレの傘下とし、二度と平民風情がノーブルに楯突けないよう教育を施すものとする”……改めて読んでもすげーなこれ。素面でこんな酔っぱらった文章、よく書けたもんだ」

「笑ってる場合っすか!? 滅茶苦茶バカにされてるっすよ!! ここまでコケにされて、なんで笑ってられるっすか!?」

「いや、とは言うけどなあ……」


 激怒顔で詰め寄られて、ムジカはついため息をつく。開示された資料には、これに対するムジカの返答もあるのだが。個人的にはこちらのほうが相手のことを馬鹿にしていると思っていた――“経緯から何からアホくさいんで、ノーコメント”。

 実際、本当にアホくさい話ではあるのだ。ノーブルが平民に決闘を挑むなど。しかもその理由を要約するのなら、“平民風情が。二度と歯向かえないようにしてやる”である。


(随分とまあ、ノーブルらしいことで……)


 リムは怒り狂っているが、ムジカはむしろ笑い出したい気分だった。

 だが一方で、体の奥底、芯の部分は冷え込んでいる。さっさと戦わせてくれよと、冷たい熱にうずいている――

 未だにガルガルしているリムの頭に、ムジカはもう一度手を乗せた。


「なんすか。さっきからなんなんすかアニキ。頭撫でとけばあーしが落ち着くとでも思ってるんすか」

「そんくらい単純でいてくれたら、可愛げあって苦労もねえんだがなあ……」

「どういう意味っすかそれ!」

「さてな。ほれ、そろそろ時間だ。とっとと観客席戻れ」

「……むう」


 頬を膨らませてリムは不機嫌顔だ。明らかに不満を隠そうともしてないが。

 苦笑を隠さずに手を離すと、ムジカはリムの額をデコピンではじいた。

 あうっ、と声を漏らしたリムは、そこでようやく観念したようだったが。


「……無理しないでね」


 最後にそれだけ言い置くと、リムは足早に控室を出ていった。

 去り際、一度だけ振り向いたその瞳には……隠しきれない不安が覗いていた。


(……やれやれ、見抜かれてんな)


 こちらの心中が、だ。もう少し上手に隠せると思っていたのだが。

 どうでもいいときはごまかせるのに、正真正銘の本気の時には、いつだって胸中を見抜かれる。今朝がた悪夢を見たせいもあるのだろう。感情の制御ができていない。


(どうにもうまくねえな……)


 ため息をついて観念すると、ムジカは格納庫のほうに歩き出した。

 ハンガーに懸架された<ナイト>の前で、アルマが床に広げたノート型マギコンを叩いている。マギコンから<ナイト>の各部モジュールにケーブルが伸びているが、これは機体のチェックのための作業だった。

 床に胡坐をかいているアルマに、ムジカは背後から声をかけた。


「どんなもんだ?」

「――異常なしだよ。各部モジュールのコンディションはオールグリーン。内部システムも改変なしの初期状態。真っ当に整備された、ほぼ新古品の<ナイト>だね」


 振り向きもせず、マギコンと<ナイト>を見ながらアルマが言う。

 アルマの隣に立って、ムジカも<ナイト>を見やった。この<ナイト>は、決闘管理委員会からの支給品だ。戦闘用のノブリスを持っていないムジカのために、委員会側が用意した。

 今アルマがしている確認作業は、ムジカがお願いしたものだ。アルマはこの<ナイト>に異常がないかをチェックしている――そして、当然異常はない。

 結果に、というよりこの作業そのものに不満があるのだろう。見上げてくる彼女は、つまらなそうに言ってきた。


「助手が言うから一応確認してみたけど。これ、何のための確認なんだい? 基本的に貸し出される<ナイト>は委員会側が責任持って整備してるんだし。二度手間じゃないかね?」

「用心だよ。念のためだ、念のため。あんまり、決闘管理委員会とかいうのを信用する気になれなくてな」

「心配のしすぎだろう?」


 驚いた、というよりは呆れた、というようにアルマが目をしばたかせる。

 そうして彼女が説いたのは、おおよそただの一般論だった。


「委員会は公平に決闘を管理するための機構だ。そのために、わざわざ決闘と関わりの薄い平民がメインで構成されてるんだし。当然、整備メンバーもこちらに肩入れする理由のない者が選ばれている。こちら側に対しても言えることだが、彼らがどちらかに肩入れする理由はない――」

「――だが平民は金と権威で簡単になびく」

「……まあ、そういう学説があるのは否定しないけど」


 学説なのか、と少々肩をこけさせた。アルマの目に冗談の色は見えなかったので、どうやら本気で言っているようだが。

 と、ふと気づいてムジカは訊いた。


「そういや、ガン・ロッドは? そっちは調べたのか?」

「うん? いいや、まだだが……少々時間が足りんな。データは吸い出せても、確認する時間は――」

「ないか。まあ仕方ない。一応データだけは吸い出しといてくれ」

「はいはい。念のため、だね。先輩使いの荒い助手だよ、まったく」


 呆れたように、アルマがため息をつく。こちらとしても逆のことを言いたかったが、それでもやってくれるのだから文句はなかった。


 ――開始を告げるブザーが鳴り響いたのは、それから五分後のことだった。

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